事件の被害者でありながら事務所パワーで芸能活動に傷をつけることなく済んだフリルは内心心配していた硝太の見舞いに事務所のマネージャー、氷室と共に訪れる。しかし硝太とフリルが会った後に硝太から情報が漏れることを危惧した氷室は硝太と個人的に話をするためにフリルを病室の外に置き去りにする。そこに硝太の母、斉藤ミヤコが現れる。ミヤコはフリルに事件のこと、ではなく硝太の母親として友人になってくれたことへの感謝と拒絶しないでとお願いしてその場を去る。
その後聞こえた硝太と氷室の言い合い。硝太の身勝手ながらもタレントを一人の個人として見る言葉を聞いて、フリルは自分の感情を理解した。
「さっきはごめんね。ウチのマネージャー、ちょっと乱暴なところあって。背中痛くない?」
氷室との話を終え、母親を呼びに行こうとした硝太は私を見つけると巻き戻しをするように後ろ歩きをしてそのままベットに腰を下ろす。その隣に座って先程の氷室の行動を謝罪する。
確かに芸能事務所の社員としみれば氷室の行動は仕方ないと言う者も多いだろうが暴力は暴力、それも無抵抗の人間にやったのだから世間的に見れば氷室は逆恨みから行動したただの加害者でしかない。
「ん?ああ、平気平気。あの程度で痛がるほどやわな身体じゃないよ」
硝太は言われてやっと気付いたようで背中を摩ったり首元に触れたりしたがどこも異常はないようでさらっと流す。
強がりからの発言とは思えないので本当に痛くないようだ。それどころか投げ飛ばされた事など気にもしていない。今まで疑問に思っていなかったがもしかしたら硝太は相当強い人間なのかもしれない。ストーカーに相当殴られたはずだが、包帯は目立つ箇所だと、頭部、左腕ぐらいしか見えないので怪我の治りも早い。
「僕よりフリ──不知火さんの方が大変でしょ。怪我とかはそうだけどさ。怖かったりしない?一人でいる時とか」
「大丈夫。平気」
硝太はそんなことより、と前置きして先程氷室に聞けなかったのだろう質問をしてくる。怪我がないのは見れば分かることだが、ストーカーに家の中まで押し入られたというのはトラウマになっても当然と言える事件であり、物理的な攻撃まではされなかったものの精神的な傷は十分ある。しかし、少なくとも今は平気だ。トラウマ的な症状も無いし、ストーカーに襲われたことより硝太のことを考えてしまうぐらいには余裕がある。
「そっか、何かあったらすぐに言ってね。精神科の病院は幾つか知ってるし、僕にも最低限の知識はあるから」
精神障害を持つ硝太は色んな病院で見てもらったからか、スマホをちょっと弄ってこれまで通った病院のリストを見せつけてくる。精神科の病院だけでも10回は転院している。その辺の事情には詳しくないが、転院回数はかなり多い部類に入ると思う。その分患者としての経験値は高い、と言いたいのだろう。確かにそうだがその事に大して硝太は引け目がないように見える。別に障害があることに引け目を感じて欲しいと思っている訳では無い。自分のことに対して無頓着すぎる。まるで自分がいつどうなってもいいと思っているようにしか見えない。
「ねぇ、硝太。約束して欲しいことがあるんだけど」
「ん?何?」
「もう、勝手に一人で全部やろうとしないで」
硝太の目を見てちゃんと告げる。
今回の件、硝太のスタンドプレーが無ければ無警戒の私がストーカーに襲われていただろう。硝太を襲った人の件があって、尚且つ氷室のような事務所の人間が警戒していたとはいえ、見つけていた訳では無いのだから襲われるのが遅いか早いかだけの問題だったと、私は思っている。
しかしそのせいで硝太は怪我をした。早くて全治4ヶ月。その間左腕はまともに使えない。硝太自身はそれに対して病院が嫌だ、ぐらいしか考えていないように見える。ナイフで腕をズタズタに切られたら当然痛いし、死ぬかもしれないと考えれば怖いはず。硝太がその辺の感受性に乏しいかと言われるとそうでは無い。ただ、どうせ自分だからと小さなこととして片付けてしまっているように見える。
「何かあればちゃんと話して欲しいよ。勝手に動いてたら私は何も分からない」
「君の言うことも分からないわけじゃない。ただ、今回は僕が一人でやらなくちゃいけない事だった」
硝太も人に頼れるのが下手なだけであって頼れない人ではない。しかし今回の件は自分一人でやらなくてはならないという使命感があったのだろう。前々から家族にも話さずにやっているような態度からして何か重いものを抱えている。
今ここでそれを追求したところで彼は口を割らない。自分の息の根を止めてでもその情報を守るはずだ。だから、話して欲しいとは思いながらも別の言葉を伝えなくてはならない。なんて伝えればいいか、一人で死にいくようなことをして欲しくないと、どう伝えればわかってくれるのか。そう考えた時、一つの呪いが浮かんだ。ただでさえ重りを持っている硝太により重くのしかかる呪い。彼を傷つけるだろうものだが、それでも私はいいと思える、思えてしまう。
「…わかった。じゃあ、君が死んだら私も死ぬね」
「不知火さん?何言ってるんだ」
嘘や冗談では無い。
死にたい訳ではなく、死んでもいいと思っている人を繋ぎ止めるには死にたくない理由を積み立てるしかない。これからの人生で硝太がそれに出会える保証は無い。もちろんそれを積めるように努力を怠る気は無い。しかしそれでもと無鉄砲になってしまう彼を繋ぎ止めるには、『守った命が失われる』恐怖を植え付けるしかない。本当ならルビーや彼のお母さんを引き合いに出した方が効率的だろうが、そこまでのことは私にはできないし、出来たとしたら硝太に今この場で首を跳ねられて終わるだけだ。なら私自身の命を賭けに出すしかない。
「嫌なら死なないで」
当然私も死ぬのは怖いし死ぬ気は無い。ただ、「自分が死んだら不知火フリルも死ぬ」とだけ思ってもらえればいい。
「…ごめん」
やっと懲りたのか硝太は頭を下げて謝罪してきた。このままこの話を続けたところで水掛け合いになるだけ。硝太としては私が出した提案を断れるだけのものが欲しいが彼の手元にその手札はない。なら何がなんでも約束を守り通すしかない。
苦しいだろうが、硝太にはこういう荒療治が効く。
──その代わり、と言ってはなんだけど。ちゃんと私も君も見てるから。拒絶しないで君のことをちゃんと受け入れるから。
──だから君も、ちゃんと自分を晒して欲しい。怖がらないで、身体を預けるぐらいのことはして欲しい。
「うん。それと、なんでまた不知火さん、なの?」
「ゔっ…あの時はその、いろいろと一杯一杯で」
話していると呼び方が不知火さん、に戻っているのが気になってきた。空を飛んでいる人から逃げている最中に名前を呼びあったというのにそれが嘘のように戻っているのは気分が悪い。それについて聞いてみると露骨に顔色を悪くしてそっぽを向いてしまう。反応は非常に愛くるしいがそれでは満足出来ない。名字呼びが悪いと言うより名前呼びの方が特別感があっていい。そもそも、『今日は甘口で』の作者の吉祥寺先生の事を『頼子ちゃん』と名前+ちゃん付けで呼んでいた。プラス要素のおかげで特別感もあって羨ましい。
「ちゃんとフリルって呼んで。私も硝太って呼ぶから。なんならちゃん付けでもいいよ」
ちゃんと名前で呼んで欲しいので顔を近づけて圧をかけてみる。本当はフリルちゃん、で固定にしたいが流石にそれはやりすぎなので高望みはしない。
近くで見る硝太の顔は分かりやすく焦り氷室に殺意を見せていた人と同一人物にはとても見えない。額には血が滲んだ包帯があり、痛々しいがそれ以外の場所はいつも学校で見る硝太そのもの。赤く澄んだガラス玉のような両目の瞳に幼く感じる表情。拾われたばかりの子犬のように瞳を潤ませているのは人によっては犯罪に走りかねない危険性を併せ持つ。顔がいい人が多い陽東高校の中でもイケメン、美人と校内で持て囃されるアクアとルビーの二人には劣る上に男性の中では人気のないかわいい系なものの、顔がいいか、と言われたら間違いなく顔のいい部類に入る。
後ろに下がろとするもすぐに壁まで追い込まれる。そこから走って逃げようとしないのは硝太個人の人徳だろう。
「う、うーん…フリル?」
「うん。硝太」
諦めた様子で名前を呼んでくれる硝太に笑顔で答える、と言うより頬が緩んでしまう。これまでも友達として付き合ってきたし、名前呼びになっても友達から関係が変わる訳では無いがワンランクだけ上に上がったような気もする。
上がったのはいいが今回硝太の見舞いに来た本来の目的は仲良くなるためではない。硝太が元気かどうかの確認と硝太から預かっていた物を返すこと、そして硝太が目覚める前に考えた推理を硝太に話しておくことだ。元気かどうかは今こうして確認できた。推理はルビーに話す予定だったが、こうして硝太が起きた以上ルビーに話を通す必要は無い。事件にルビーを巻き込みたくない硝太としてもこれが一番都合のいいはず。
「これ、返すよ」
まずは両手で持っていたサングラスと帽子を返す。ストーカーに追われた時にお守り代わりに、と受け取ったものだが今考えると怪我をすること前提で考えていたから壊したくなかったから、という理由の方が大きい気がする。
「これ、姉さんにって」
「君が戻ってくるって思ってたから」
既にルビーに渡されていると思っていたのか目をパチクリさせてサングラスと帽子を受け取る硝太。確かに渡される時に「何かあったらルビーに渡す」という話をしたが硝太が戻ってこなくなることを嫌って渡せなかった。今なら直接硝太の手元に返せる。
「…ありがとう」
なにか思うところがあるようだが、それを隠して帽子とサングラスを受け取った硝太は近くの机の上に二つを置く。
この時点で私が今するべきことの半分以上が終わった。もう一つは私個人の問題と言うより硝太の問題。
「硝太、この前の事なんだけど」
ストーカーに刺されたことがトラウマになっている可能性もあるが確認しなければならない。もし仮に、この前の推測が全て正しかったとするなら硝太にとってこの事件はまだ終わっていない。
硝太もすぐにこちらの考えを読み取って先程までの流れから切りかえて顎の下に手をやる。硝太本人にも思うところがあったようだ。
「ああ、そう来たか」
「ストーカーのことは警察の人に聞いたんだけどまだちゃんとした取り調べはしていないって。だから銃の事とかあの空飛んでた人のこととかはさっぱり」
どのニュースを見ても空を飛んでいる女の人と硝太が撃たれたことはニュースになっていなかった。信憑性が引いのもあるだろうがそんな話題にも好き勝手に飛びつくメディアが黙っていることからも別の事情があるように感じる。
その事情は不明だがもし硝太が関係あるのなら、今この時間ですら硝太にとっては危険になる。
「そもそも空飛んでいた人なんて見たのは私が狂ってるだけかもしれないけど」
「そりゃ、サイコキネシスの類でしょ」
普通、生身の人間は空を飛ばない。飛行機やフライボード等の道具を使って空を飛んだり浮遊することは出来ても生身で飛んでいるのならまず最初に足元がガラス板なことを疑うだろう。しかし私が見たのは空を鳥よりも自由に動く20代程の若い女性。鳥というよりあれではタチの悪い亡霊だ。ストーカーに追われてたことで気が狂った結果そういう幻を見た、と警察や事務所が解釈するのも当然だろう。
正直、数日経った今になると空を飛んでいる人を硝太も見たのかどうか怪しい。本当に気が狂った結果見た幻なら、硝太を狙う人はいないで納得出来るのでそれでも悪くは無いが。
しかし、硝太は当然のことを言うとようにさらりと答えを出した。硝太自身も見た可能性が高いとはいえ、まるでサイコキネシスが普通にあるもののように納得する硝太に驚きが隠せず口が半開きの状態で止まる。
サイコキネシス、というのはいわゆる念力のことで精神の力等で物理的な力を出すもの。瓦礫やらなんやら持ち上げていた空を飛ぶ女性がサイコキネシスを使う、というのは漫画やアニメの設定なら納得感はある。
「古代では空は別の世界って言われてた。見下ろすと風景が変わるからだろうね。視覚は人間の感覚の八割を担うって言うから高い風景ってのはそれだけで人の認識を狂わせる。あれは逃避からくる飛行だね、重力に縛られるのは肉体だけじゃないってことだ」
学校の教師がやるように指を振って得意げにそれっぽいことを言い出す硝太。彼はかなり変わっている、と思ってはいたがズレ方は予想より大きかったらしい。
しかし考えてみれば空を飛んでいる人が幽霊なら硝太の霊感で見えたとしてもおかしくは無い。飛び方も攻撃方法も幽霊っぽかったしあの空を飛んでいた人は実は幽霊だったのではないだろうか。そう考えると納得出来てしまう自分がいるのは、きっと硝太が何も不自然に思わずに納得しただと思う。
本人がイタイこと、つまり厨二病に近いことをしてると自覚して言っているとは思えない。言い方的にも本心でそういうものがあると確信している硝太が能力を予想している、と思われる。いくらズレているとはいえサイコキネシスで空を飛んでいる人を「そういうもの」と納得出来る度量は普通の人間には無い。
「硝太ってそういうこと言うんだ。オカルトとかもしかして好きだったりする?」
あまりにも硝太がすぐに納得してしまうので
然し硝太はバツが悪そうに苦い表情をして口ごもる。先程当然のことのように言った発言が軽率だったと反省しているのだろう。しかしその時も嘘を言ったり、冗談を本気で受け取られたと思った時に見られる反応は無い。その様子だけでもサイコキネシス、もしくはそれに近いものが少なくとも硝太の中では『ある』と思われていることになる。
「あーいや、最近自分がそっちの人間って言われてね。正直まだ実感湧かないんだけど。インスタントバレットって、聞いたことある?」
「ううん」
苦い顔をしながら告白してくる硝太。嘘かどうかわかりやすい彼でなければまず最初に裏付けが欲しくなるような発言だが、誤魔化しているようには見えない。
インスタントバレット。直訳すると即席の弾丸、だろうか。まるで魔法や必殺技の名前だ。某アニメの主人公の固有結果のように銃弾がポンポン出てきそうなイメージがある。当然そんなものは聞いたことがない。初めての単語。
聞き覚えのない単語に首を傾げるがその直後に彼の言葉に引っかかりを感じてさらに首を傾げる。
「──って実感?」
まだ理解出来ていないとかそういう言葉なら硝太が不自然なことを言うのも誰かに変なことを吹き込まれたか、見せられた結果渋々といった様子で納得したと取れる。しかし実感、ということは実際に見て感じた時の反応だ。空を飛ぶ人の魔法としか言いようがないものを見たから、という理由でも別におかしくない言い方だがその前に「そっち側の人間」とつけてることからそうでは無いことが分かる。
「ああ、なんかそういう魔法?能力?みたいなのがあって僕もそれだって」
「霊感強いとか?」
「いや…霊感とは少し違うな。僕はね、ちょっと視点が狂ってるみたいなんだ」
こめかみの辺りで人差し指で丸を書く硝太。
言い方があやふやなのは彼自身もその詳細を理解していないから。そのインスタントバレットという不思議な名前の魔法に説明書のようなものは無いことになる。何より、魔法が何なのか分からない硝太に魔法について大体の知識を授けた誰かがいる。
それがわかっただけで充分な前身だ。何せ、襲ってきた空を飛んでる人が魔法使いなら仲間同士で結託して硝太を誘導した可能性が生まれる。
「話がズレたね。空を飛んでる人、七辻すいむって名乗ってたな。それが夢物語として処理されるのは仕方ない。こればかりは君と僕でしか通じない話だろうね。けど拳銃は数は少ないとはいえ現代日本にあっても夢物語とは片付けられないものだろう。種類によっては海外に行けばその辺で売ってる、日本でも闇ルートを探せば買うぐらいはできるんじゃない?」
話の内容はあくまで事件のことであって魔法使いのことでは無い。
話を戻した硝太の言う通り現代日本において拳銃は玩具ならともかく実物は相当なレア物、というより持っているだけで犯罪になるもの。なので当然取り締まりが強く、ネット通販とかその辺のスーパーで買えるものでは無い。とはいえ全くないか、と言われると首を傾げる。普通に生きていれば生で見る銃なんてせいぜい警察のリボルバーや自衛隊の銃ぐらいのもの。職業によっては競技用の銃や猟銃も見ることもある。素人知識でも精度や重さは最悪だが銃を作ることも出来なくもない。
魔法が使われたと聞けば警察は笑って聞かなかったことにするか精神科に回すだろうが銃が使われたと聞けば余程の嘘つきだとわかっている前提がある場合や使われていない証拠があったりという特殊な場合を除けば最低限警戒はするしそれ相応の捜査をするはず。
「うん。少なくとも硝太の腕には銃創?ってのがあるんだよね」
「あるにはある。けど撃たれた左腕はナイフでズタズタにされたし警察医ならともかく普通の医者が傷の種類にそこまで拘るとは思えないな。だから気付いてない…って考えるのも強引か」
私は硝太の傷だらけ左腕を指さす。仮に捜査の段階で何も出なかったとしてもけが人の硝太に銃に撃たれた傷、銃創があるのなら今回の事件に銃が使われたとしてマスコミに話すかどうかは別として血眼になって探し回るだろう。しかし少なくとも私にはそのようには感じられない。こちらの言葉が全て嘘と棄却されているように感じる。
「銃は一瞬しか見えなかったけど音があんまり鳴らないやつだから他に目撃証言がないのも…あ」
銃について知識があるのか、硝太が独り言をブツブツと呟きながら推理をしていると不意に何かに気付いたのかスマホを手に取って何かを検索し始めた。片手が使えないながらも非常に軽快な動きで指を動かすが、その表情はそれなりに暗い。
「どうしたの?」
「いや、まさか…今回の事件って…でも、それだと
話しかけてみるが硝太の耳には入っていないようで何かフリック入力しながらブツブツと独り言を続けている。こうして見ると某身体は子供、頭脳は大人な名探偵が頭に浮かぶが、身体は子供ながら運動神経に優れていて、頭が回る高校生という共通点はある当たり絶妙に似合う。それはそれとして推理を始めるということはなにか思い当る節でもあったのだろうか。思い出して見れば今回の事件の最初は硝太が何かを隠している事を聞くことからだった。魔法のことはもちろんのこと、最初の時点から硝太と私では知っている情報量が違う。硝太には硝太の思うところがある。
とはいえ、硝太を一人で推理させておくわけには行かない。今回のように勝手に突っ走られる訳にはいかないのだ。この子は目を離すと一人で勝手にどこかへ行ってしまうから、誰かが重りにならないと行けない。この場合、誰かは私がやるべきだ、というかやりたい。
「──硝太」
少し声の高さを下げて声を響かせる。声量自体は周りの患者のこともあるので控えめだが舞台で歌って踊る経験もあるので声だけで目の前の人物一人の意識をこちらに向けることなど造作もない。
一言だったが硝太が独り言をプツリと止めてこちらを振り向く。
「ああ、ごめん。まだ仮説なんだけどね、少しやばい推理が出来ちゃって」
「やばい?」
「ああ、それはね──」
仮説ながらもこうして言葉にするということはそれなりに筋は通っている推理なのだろう。硝太はなんだかんだ頭が回る方なのはわかった。その上で今回の事件について色んなことを隠している硝太の推理は聞く価値がある。出来れば隠し事を全て洗いざらい吐いて欲しいがそれは怪我が治ったあとでいい。
周りに聞かせたくないのか手招きをした硝太に従って耳を寄せる。事情が事情なら頬にキスでもしてくれそうな距離にドキマギするだろうが、今はそこまでふざけられない。そんなこの状況を残念に思いながら硝太が推理の詳細を話そうとした、その時。
「何してんだ、硝太」
聞きなれた男性の声が聞こえて硝太が勢いよく頭を後ろに振ってベットの上で跳ねる。驚いて後ろをむくと病室の出入口にアクアが何やら荷物を持って立っていた。
硝太を事件に巻き込んでしまったこちらとしては硝太の身内のアクアとは顔を合わせることが出来ない。
「兄さん!?何してんの?」
ベットの上で跳ねるも持ち前の体幹ですぐに体勢を建て直した硝太は体を起こしてアクアに声をかける。硝太の兄であるアクアは私と硝太が事件のことについて話していたことを聞いていたのかまでは分からない。鉄仮面と言ってもいいほど表情の変化に乏しいアクアからは感情を引き出すのは簡単では無い。
「いや、お前暇そうにしてるだろうなって思ってSw〇tch持ってきた。どうせポ〇モンやるんだろ?」
軽くため息を吐きながらアクアが持ってきたのは両側に赤と青のコントローラーのついた某ゲームハードとその充電器。
それを見て硝太の目が今日一番輝いた。赤いガラス玉のような瞳に星が浮かんで見える。どうやら硝太はポ〇モンが好きらしい。趣味まで子供らしくて可愛い、と思うのは私だけだろうか。
「やった!兄さんありがとう!」
大好きなおもちゃを買い与えられた子供のようにはしゃぎながら充電器をコンセントに刺してハードの電源をつける硝太。その姿に数秒前の事件の推理していた子どもの姿は無い。
そのくせ左腕につけられた三角巾を使いながらハードを持つ器用さは持ち合わせているようだ。考えてみれば目覚めたあとの二日間の硝太は人馴れしていないのに医者や看護師が休む暇もなく来て夜も眠れず、一呼吸置くことすら出来なかった可能性が高い。ゲームという素直に楽しめるものが目の前に置かれるのは文字通り娯楽を得るということになり大きな意味を持つ。
「フリルもやる?ポケ〇ン」
本当に楽しいのだろう。話そっちのけで始めたあとは非常にワクワクしながら一人用ゲームをこちらに勧めてくる。
ゲーム時間がカンストしたデータを見せられると彼の知らない面を知れて嬉しくなる。
「私ルールわかんないけど」
「僕が教えてあげる!」
いの一番に遊びたいだろうに、いやこの場合一緒に遊ぶ相手が欲しかったのか、ゲームを起動して見せつけてくる。片手で持って操作するのがキツかったのかハードを手渡されると硝太が背後からプレイ画面を覗き見してくる。新しいデータなら操作説明があるだろうがやりこんだデータにそんなものがあるはずもなく急に知らないところに出てきて何をやるか分からない上に硝太は黙ったまま画面を見続けるのみ。教えてあげるとは何だったのか。非常にやりづらい。
せめて複数人で遊ぶゲームにしなかったのか、と思ったがさすがにそれを言うのは野暮なので黙る。楽しめるかどうかは別として硝太の趣味は理解出来たので心の中で「Swit〇h」買うか、と決めた。
「…俺は帰る」
「待って兄さん 」
役目は終わったと言わんばかりにすぐに病室から出ていこうとするアクアを硝太が止める。何かあったのだろうか。そう思っていると硝太はこちらをチラリと見た後アクアさんに再び声をかけ直した。
「今回の事件のこと、ちゃんと話したい」
今回はサブタイトルめちゃくちゃ悩んだ話。いいサブタイトルが全然思いつかなくて直前までサブタイトル無しで書いてました。案外即興でサブタイトル書くこと多い気がする。
内容ですがフリル→硝太の感情整理と事件の内容整理ですね。僕的にはちゃんとサスペンス(ミステリー)書けてると思いますが…どうでしょう?感想待ちます
ポ〇モンは偉大。古事記には書いてないけどそんな気がする。因みに硝太は記憶喪失のおかげで精神年齢的にはゲームの主人公達に近いんですよね。変に廃れることも無いため最新ゲームを楽しく遊んでます。今は状況的に無理だけど今後は硝太が友達とゲームやってるだけの話を複数書くかもしれない。とはいえポ〇モンやってるだけの話書いたらそれはもうポケ〇ンの二次創作なんだよなぁ…
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フリル単体だと書きにくいけど硝太絡ませるだけで筆が踊る