【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回までのあらすじ
硝太から事件の詳細を聞いたアクアは硝太が巻き込まれた、フリルのストーカー事件とアイが襲われたストーカー事件に同一の共犯者がいる可能性があることに辿り着く。アイの復讐を考えるアクアは硝太がわざわざ隠している情報を聞き取ることにした。当然、彼女であるあかねも使う覚悟で。



#58 失言

 硝太が目覚めた。病院から電話を受け取ったミヤコさんに連れられて最初に見たのは二日間何も食べていないからか少し痩せこけた硝太だった。目覚める前は紫に変色していた左腕は指先を除いて鎧のようなギプスを嵌めてその上から三角巾がかけられていて医者も動くことを想定していなかったので大急ぎで取り付けたのを察せられる。生きていて欲しいとは思っていたがこんなに早く、普段通りとまでは行かないまでも動けるまで回復することを想定していなかった為呆然とするこちらに硝太はいつものようにベットから降りるとミヤコさんに抱きつく。一度知らない人に刺されてもミヤコさんに甘えたいのは変わらないらしい。

 まだ完全ではないとはいえ、硝太が回復したことで大丈夫のように見えて憔悴していたミヤコさんもすっかり元通りになり苺プロ内も戻っていった。硝太が襲われたのは通り魔(?)らしいが犯人が捕まっていることもあり、警察の取調べのようなものは来なかった。この点は硝太本人も不思議そうにしていたが、私としては来ないなら来ないでいい。また事件だなんだとただでさえ不自由な硝太を駆り出したくない。こうして硝太が巻き込まれた事件も幕を下ろし、左腕が使えない状態の硝太だけが残った。

 

「硝太〜来たよ〜」

 

 硝太が目覚めてから数日。ルビーはアイドル業と宿題等の普段の生活の合間を縫って硝太の調子を見に来ていた。利き腕ではないとはいえ左腕が使い物にならないと食事も食べるのに苦戦するし風呂も着替えもまともに出来ない。普通の患者なら看護師がついてくれるのだろうが硝太は看護師に頼らず基本的に全て一人で行っている為ちょこちょこ補助が必要になる。ルビーは前世の上手く立って歩くことすら出来ない自分を思い出しいつも以上に過保護になっていた。

 

「お昼食べた〜?お姉ちゃんが食べさせてあげよっか?」

 

 昼時の時間に硝太のいる病室の扉を開く。硝太が右手だけを使って食事をしているだろうと思ってベットを囲んでいるカーテンを開く。そこには昼飯を終わったのかゲーム機を抱えながらパソコンに向かい合っている硝太がいた。ベットに備え付けられた机の上にパソコンを置いて唯一動く右手を使って何やら作業をしている。

 動画の編集をしているのか、と思ったがB小町のマネジメント、という名目のお手伝いはしばらくさせないとミヤコから聞いている。硝太がパソコンを使うことがほかにないという訳では無いがわざわざ誰かに持ってこさせてまですることは無いだろう。

 

「もうお昼は食べたよ」

 

 ルビーが来たことを足音で事前に察していた硝太はルビーが来ても驚くことはせず聞かれた昼を食べたかどうかだけを答える。

 

「何してんの?」

 

 ルビーはカーテンを締めると硝太の背後に周り、パソコンの画面を覗き込む。そこにはSNSでJIFとタグがつけられた投稿が検索されていた。アイドルのファンのつぶやきやアイドル達本人のつぶやきが相当数並んでいる。

 

「あ、あー。これは、ね。テキジョウシサツ?ってイウカー。これからも、ネ。B小町のテキ?ライバル?になるから…ア!アイドルについて調べてた!」

 

 パソコンの画面を見られた硝太は明らかに焦っていつも通りのわかりやすい嘘をついて誤魔化そうとしている。ただでさえ高校生の男とは思えない高い声が裏返ったり、呂律や発音がおかしくなっており、外国人が下手くそな日本語を喋っているようなものに近い。なので嘘とはわかるが内容自体は別におかしなもののようにルビーは思えなかった。B小町の仕事は無いとは言ってもJIFに出演したアイドルやそのファン層を調べるのは止められてないし、アイドルを知らない硝太がここからアイドルについて学ぶのも不思議では無い。

 しかし硝太は嘘をついている。つまり目的はアイドルについて調べることでは無い。

 

「硝太嘘つかない」

「ごめんなさい」

 

 指摘すると言い訳を諦めて肩をガクリと落とす。硝太が嘘をついているのが勘違いでは無いことに安心したが同時にJIFというワードまで出しておきながらアイドルについて調べてた訳ではないなら何を調べていたのか知りたい。

 

「で、何を調べてたの?」

「…」

「硝太」

「…今回の事件のこと。投稿された画像の時刻とかを集めたらわかることがあるかなって」

 

 一度は黙って流そうとしていた硝太だが詰め寄ると渋々と理由を語り始めた。その言葉に嘘は無い。硝太は今回の事件、硝太が刺された事件について調べている。しかも事件のことを調べるのにJIFというワードで検索していることから硝太は犯人をJIFにいた、もしくはその近くにいた人間と疑っている事になる。既に硝太を刺した犯人が捕まったことは聞いている。硝太自身も直接は見てなくともミヤコさんなりなんなりに聞いているか調べれば出てくるはずだ。

 

『逃げられない理由があったんだろ。自分の命を秤に乗せても捨てるだけ大切なものがあったんだ』

 

 刺された硝太を見たアクアの発言を思い出す。硝太は事件の事を最初から何となくわかっていた。遺言書を書いて終活のようなことをするほどの時間があったことを考えるとそれを知ったのはおそらくMEMちょ加入の前後。何故硝太は誰かにその可能性について言わなかったのか。硝太が動くだけの理由を全部伝えればJIF出演は決まっていたので中止にはできなくともボディガードをつけるなり対策は取れた筈だ。しかしそうはしなかった。というより出来なかった。硝太はなにか、重大な秘密を隠している。

 

「硝太、事件のことが気になるの?」

「ああ。今回の事件、まだ終わってない可能性が出てきてね。多分共犯者がいる」

 

 画像を見た程度で何がわかるのかは疑問だがマウスをぐるぐると回しながらつぶやきに添付された画像を見ていく姿を見るとまるで警察か探偵の人みたいに見える。脇は甘くともこういう細かい行動は基本的に丁寧なのがよくわかる。

 それより自分を刺した犯人に共犯者がいると硝太が思っていることの方が気になる。実行犯は警察に捕まった一人として何故共犯者がいることを疑っているのか。そして何故硝太はそれを調べるだけに留めようとしているのか。

 

「そんなの警察に言えばいいじゃん」

「まだ証拠がない。証明出来なきゃただ子供が喚いているだけでしょ」

「あー」

 

 放り投げたような言い方に硝太が警察という組織を基本的に信用していなかったのを思い出す。記憶喪失直後の硝太は変なところに行って補導される事が多かった為か警察を嫌っている。証拠を提示できないからと頼らない方針をとるのもわかる。

 それならそれでせめて私とアクアとミヤコさんの三人には話して欲しかった、と家族として思ってしまうが。

 

「それに、今回の事件の共犯者はアイさんの事件と同一人物かもしれないって兄さんが…」

「アクア、が?」

 

 顎に手をやりながらボソッと独り言を零す硝太。その何気ない一言がルビーの心に突き刺さる。

 

──アクアが、アイの事件を追っている。

 

 ルビーは思わず生唾を飲み込む。生まれた時からどこか達観していて大人びていたアクアはアイの死から変わってしまった。なにかに情熱をかけられないというか現世に絶望したような、無力感のようなものが感じられていた。そんなアクアがアイの事件を追う理由なんて早々ない。未だ捕まっていない貝原亮介という名前の実行犯とその仲間。彼らを捕まえること、ではなくアイの死より辛い現実を叩き込ませること。即ち復讐。そうとしか考えられない。

 仮にこの推理が間違っていたとしても、少なくともアクアと硝太にとってアイの事件は既に終わったものと考えられている訳では無い。まだ、終わっていない。ルビーもアイの死を過去のものとして処理なんてしたくないし、出来ることなら自分から殺しに行きたいほど憎んでいる。その感情を、二人はずっと持ち続けていたのか。

 

「うん。実行犯の持ち物と犯行の方法が一致してるってだけだから模倣犯の可能性もあるけどね」

 

 気の抜けたような硝太の声もルビーには半分も聞こえていない。

 ルビーにとってはアクアがアイの事件のことを調べている、もしくは調べようとしているという事実だけで十分。それに硝太が関わろうとしているのなら、言わなくてはいけない事がある。

 

「姉さん?」

 

 ルビーの雰囲気が変わったのを感じとったのか硝太がパソコンを閉じてルビーの方に顔を向ける。赤いガラス玉のような両目に自身の姿が映ったのを見てルビーは貯めていた言葉を吐いた。

 

「…硝太。お姉ちゃんね、遺言書読んだよ」

「ああ、死んだ時のために書いておいたやつか」

「お姉ちゃんはね、理解あるお姉ちゃんだから硝太が隠し事したい気持ちもわかるよ。だけどね、家族に『僕の事を忘れろ』なんて言う子に育てたつもりは無いよ」

 

 硝太は遺言書を読んだと言っても何も気にしていなかったが次のルビーの言葉は流石に響いたのか眉がピクリと動く。

 硝太がまだ目覚める前。部屋の整理と称して入った硝太の部屋に置かれていた遺言書。明らかに事件のこと、と言うより自分が襲われることを事前に察知したような書き方がされておりそこには最後に家族へ『僕のことを忘れて幸せになってください』と書いてあった。

 色々言いたいことはあるがそれが硝太の本心なのだろう。自分が死んだ後のことを考えて、尾を引かないように、悲しい思い出としてみんなの足を引っ張らないように考えたとわかる。しかし、私たちはゲームのキャラクターでは無い。データを消して『忘れる』なんてことが出来るわけじゃない。仮にできたとしてもずっと家族として生きてきた弟を忘れることなんてしたくない。

 

「硝太の事絶対に忘れないから」

「…」

 

 まっすぐな目に硝太はたじろぐ。

 何を言っても硝太は勝手に行動する。監禁でもすれば…と考えはしたが硝太なら手錠ごと破壊して走り出してしまいそうだ。この子は自分がやるべきと考えたら何でもする。そういう勝手な使命感で行動するのは最初からだ。ミヤコさんすら治せなかった。

 だからせめて、私たちの思いを伝えなくては。みんな硝太のことが大切で、大事な弟。まだ障害を抱えている硝太が負担になることだって当然あっても私たちは忘れたいとすら思っていない。

 

「ごめん」

 

 この数日の間に誰かに似たようなことを言われたのか硝太は素直に頭を下げて謝る。『忘れろ』にどれだけの感情を込めたのか、今も分からないが、硝太なりにこちらを案じてくれたとわかっている。だからちゃんと言葉にすれば硝太のブレーキにはなるはずだ。

 

「はい、わかってくれたなら話は終わり!硝太寝てないんでしょ?お姉ちゃんが近くにいてあげるから少し寝てて」

「う、うん」

 

 話を強引に切り上げて硝太の手を握る。一人では寝れない硝太は基本的に病室で寝ることは無い。寝てる時は大抵気絶している時だ。それほど硝太は警戒心が強く心休まる時がない。

 私達が近くにいてあげないと硝太は眠ることすら出来ない。その事実が硝太の子供の見た目と共に実年齢より若く見えさせる。

 硝太は少し遠慮気味に手を握ってベットの上で寝転がる。毛布をかけてあげると気絶したようにすぐに寝に入ってしまった。これもいつもの事なので気にしない。すーすーと小さな寝息を立てるのもごく普通の小学生の男の子のようで微笑ましい。

 

「…」

 

 手を握られたまま寝られて離れることの出来ないルビーは硝太の寝顔を見つめる。十年以上ちっとも変わらない硝太の寝顔は実は硝太だけ時が止まっているのではないかとすら思わせる。

 

──こんな子を殺そうとした奴がいて、そいつはアイ(ママ)も殺した。

 

「許さない」

 

 ポツリと、独り言を零す。

 アイ(ママ)はドームライブ直前に殺されて、硝太をこんな目に合わせた。もしかしたら生きているのを知ってもう一度殺しにくるかもしれない。

 

「許せない」

 

 瞳孔が大きく開く。空いた手を硝太の額に乗せて優しく撫でる。ルビーは硝太をアイの形見の一つだと思っている。アイがお姉ちゃんとして守りきった硝太を今度は私が守る。その意思をより強くする。

 

「大丈夫だよ、硝太。硝太をこんな目に合わせたやつはお姉ちゃんが絶対に見つけ出して──殺してやる」

 

 ルビーの星の瞳が一瞬だけ黒くなったのは本人すら気付かなかった。

 




今回はルビーがお姉ちゃん!してる回で#48の回答回です。え?あの話からもう10話…嘘だ…僕を騙そうとしてる…

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ルビーと硝太の掛け合いはひたすら可愛い
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