情報収集の一環として病院内のコンビニに置いてある新聞を見ようとした硝太はコンビニで吉祥寺頼子と再会する。東京ブレイドのファンだと言ったことで作者の鮫島アビ子と会う機会を作ってもらうことに。しかし突如入ってきた藤波木陰に誘われるように硝太は吉祥寺から離れる
夏の日差しが熱い屋上は解放されているくせに人の気配がしない。医療ドラマなら手の空いた医師が缶コーヒー片手に駄弁っているのだろうが、今は人っ子一人いない。
藤波とほぼ同時に屋上まで辿り着くと藤波は辿り着くやいなや置かれたベンチに腰をかける。
それに対して硝太は三角巾から鞘付きのナイフを取り出す。ここには人も監視カメラもない。何より吉祥寺のような巻き込んではいけない人がおらずそのくせ開けて烏がいるような場所に移動するのは今の硝太にとって都合がよすぎる。なにか罠を仕込んでいる可能性もあるが、硝太の瞳はそれらしいものを映していない。
「そんなビビるなよ。今のところ何もしねぇ」
警戒しっぱなしの硝太に苦笑すると降参、というように両手を上げる。
しかし最初にフリルを犠牲にするような言い方で情報を伝えて上手く誘導された前例がある以上硝太も警戒心を崩さない。
「私達としてはお前が生き残った時点で作戦は成功してるんだ。その中でどんな勝手なことされようとそれはそれでいい。大事なのは未来が変わったことだからな」
藤波と諸木の目的は『未来視のインスタントバレットの否定』だったことを思い出す。あの場で死ぬはずだったのが不知火フリルと斉藤硝太の二人だったのが刺されたのは斉藤硝太一人、その上生き残っているのだから未来視は否定されたと言ってもいい。こちらの目的が友人を守るためとはいえ、頑張った結果得したのは藤波と諸木の二人。二人は表立って動くことはなく、この事件で誰より得をした。
藤波の機嫌がいいはその為だろう。藤波の反応は殺気を発している相手に楽しんでいるように見られこれまであった時の中で1番機嫌がいい。
「あの場では、お前だけが死んでいたはずだった」
機嫌がよく警戒が緩んだのか、なにか思い出すように藤波は大切な情報を話し始めた。
「お前がナイフで刺される瞬間までは未来視で聞いてたまんまだったよ。何者かに銃で左肩を撃たれ、逃走中にcolorfulの襲撃、不知火フリルの自宅に逃げ込んだらストーカーに襲われお前は奮闘するもナイフで刺されて死亡。そして持っていたカードキーで鍵を開けたストーカーの手によって不知火フリルは
あの子、魔女と呼ばれる未来視のインスタントバレット。彼女が見た未来は確かに自分とフリルが体験したストーカー事件の概要。最後のフリルが生きたまま解体される、という想像するだけでグロテスクな情報を除けば、だが。
仮に自分のインスタントバレットの能力が殺されても生き返られる、のみだった場合刺された後立ち上がる未来はともかく今フリルが無事であるはずが無い。今フリルが元気でいることが本来完全なはずの未来視のインスタントバレットが外れた証拠になる。
「だが結果はこうだ。お前のインスタントバレットは未来視の影響を受けない」
マジシャンが種明かしするように両手を広げた藤波の言葉に硝太は黙って頷く。フリルが生きたまま解体されるという情報は気になるがその答えを藤波が持っているとは思えない。藤波にとって必要なのは変更される前の未来視の情報と斉藤硝太がそれを変更するだけの力を持っているか否かであり、その行動に至る理由には興味が無い。
「これで満足ですか」
「諸木と深…アイツは大満足だろうよ」
苛立ちを隠そうとしない硝太の言葉に嬉しいとも悲しいとも取れないなんとも言えない顔で藤波は返答する。手を汚さずに望んでいた答えが出てきたので喜びながら答えるかと思っていただけにその反応は意外に感じた。
思い出してみれば諸木の方が『未来視の否定』に必死だった。藤波としてはどうでもいい、というよりそれはそれで嫌なことがあるのか複雑な感情が見て取れる。
「ならさっさと消えて下さい。僕は貴女達と二度と馴れ合う気はありません。僕の友人たちにも手を出すな」
だが、それで優しくなるような硝太では無い。自分の身だけならともかく、フリルをあれだけ傷付けることを知りながら最低限の情報すら渡さなかった藤波は最早敵と言っていい。直接殴ってこないだけで厄介極まりない。
鞘を取り外しはしないもののナイフを片手に持ったまま藤波の前に出る。藤波が今後も友人達を利用すると言った時に今すぐにでも首を切り捨てられるように。何故未来視の否定をしたいのか、そこまでしてなんのメリットがあるのか、何も分からないがどんな理由であれ、友人達を巻き込んだことだけは事実。今回利益が出たということは今後もやり続ける可能性がある。ならここで殺すしかない。
そんな真っ直ぐな感情の硝太の肩の上に一羽の烏が止まる。三本の足を持つ台所でカサカサしてる甲虫に似た黒光りした色の翼を持つ神域の烏。見覚えのある烏に硝太と藤波の視線が集中する。烏は人の肩に乗っておきながら気楽に一声「カァ」とだけ鳴く。まるで二人に「落ち着け」と言っているように硝太には見えた。
「はぁ…そういう事か。お前はそっちと手を組んだんだな」
藤波は藤波で違うことを感じたのか、大きなため息をひとつつくとベンチから立ち上がり屋上に続く階段の方へと向かう。
利用価値があると判断した硝太を改めてスカウトする予定だったのが言葉の節々から見て取れる。
「気が済んだらウチに──『世界の端っこ』に来い。諸木のやつが首を長くして待ってるぞ」
そう言い残すと藤波は階段を下ってその場から去った。『世界の端っこ』──この場合は諸木の作り出した空間──に行ったのだろう。『世界の端っこ』は諸木の作った空間のことだと思ったが二人のチーム名でもあるらしい。少なくとも今のところ藤波に何か騒ぎを起こす意図は無い。一人で帰らせてもインスタントバレットで事件を起こしたり、まだ中にいるだろう吉祥寺を追ったりなどの問題に発展しない。硝太は黙って三角巾にナイフを再び隠すと、肩に乗ってきた烏の頭を撫でた。
「ありがと」
もし烏が止めていなければ硝太は藤波と殺し合いをして、おそらくは負けていた。身体能力なら圧倒的に硝太の方が高いが魔法使い同士の戦いに無駄に高い身体能力はむしろ足枷になる。その上魔法使いとしての年季は間違いなく藤波の方が上。未来視から魔法の情報を得ていることを考えると情報量でも劣っている。
烏は返事の意図があるのか軽く頷くとまた「カァ」と鳴いて藤波がいたベンチに乗る。その瞬間、周囲に霧が立ち込めた。
煙玉を何十個も一気に起爆したように一瞬で病院の屋上を包み込んだ霧には神域の力を感じる。なんの前触れもなく急に起こったことではあるが不思議と驚きはしなかった。烏が来た時からここを見張っているのは知っていた。
「ほんと、君は考え無しで動くんだから」
霧の外が見えなくなるようになると不意に目が横をむく。そこには白髪の少女が呆れた声を発しながら屋上の柵にもたれかかっていた。これまで何度も会ったことのある烏を操る謎の少女。未だ名前すら分からないが少なくとも藤波達よりは安心出来る相手である。
「フリルの安全の為だ。ああいう手合いはちゃんと脅さないと調子に乗ってとんでもないことをしでかす」
「気持ちはわかるけど、そういうのはもっと強くなってからやって欲しいね。君の左腕、まだ動かないだろ?神経がイカれてるんだよ。その状態でインスタントバレットと戦闘が成立すると思わない方がいい」
「うぐっ」
硝太は素直に自分の考えを述べると少女は形だけのため息をつく。ベンチに立っていた烏が少女の方を向くと彼女の近くまで飛んで柵の上に立つ。先程烏が硝太と藤波の間に入ったのは少女の指示と見ていい。
藤波達は未来視の情報があるとはいえ明らかに自由に振る舞っている。おそらく事件の時に襲ってきた
しかし当の本人がそう感じるように硝太と藤波には圧倒的な差がある。それを理解しながら脅そうとしたのは考え無しと評されても仕方がない。
「まぁいいや。君が『世界の端っこ』と組もうと『
何が不服なのか少女はベンチまで歩くと藤波と同じように腰掛ける。少女はインスタントバレットかどうかは置いておくとして不思議な力を持っているがこの二つのどちらの所属でもないようだ。『世界の端っこ』とcolorfulとは敵対している為少女が『世界の端っこ』側の人間かと思ったが扱いとしては第三勢力らしい。
「悪かったって。それよりちょうど良かった。君には会って話をしたかったんだ」
「話?」
宥めるジェスチャーをしながら少女と話を始める。藤波と出会ってこんなことになってしまったが硝太は元々少女を探すつもりでいた。連絡が出来るものは持っていないし、居場所も分からないため会える見込みがあるとは思っていなかったがこうして会えたのは都合がいい。
硝太はポケットから彼女に貰ったビー玉を出すとそちらに視点を移して呟くように言った。
「あの時の
「そうだけど、それが何?」
少女はこちらの目的が分からないようで首を傾げる。目覚めた時にそこにいた、少女が烏を使って持ち帰った動く死体。あの時は硝太の能力で切りつけ機能停止させたが、分かっているのはインスタントバレットと見られる何らかの能力で操作されていた尖兵だということのみ。相手にとってあの死体が切り札なのか、ただ手の手札のひとつでしかないのか、それとも威力偵察でしかないのか未だに不明だが相手が残していったものなのは間違いない。
活用方法が無かったとしても能力が使われ、再起動してもおかしくない代物を遺族(?)に渡したり森などに隠しておく訳にもいかないのでまだ持っているだろうとは予測していたが的中したようだ。
「事件の真犯人を見つけるために、欲しい」
「は?」
少女の顔が引き攣る。確かに一度自分命を狙ってきたものを真犯人を見つけるためとはいえ利用しようだなんて普通は考えない。動く死体がああなったのは真犯人が何か直接手を下した結果なのは想像に難しくないがその方法はおろか、そこから犯人に繋がるものを導き出すのは警察なら兎も角素人の硝太と少女にそんな事を推理できるとは思えない。その点から少女から見て動く死体は放っておくのはリスクが大きいだけで何も使い道のない粗大ゴミのようなもの。
「…何する気?埋葬?」
「ここは病院だよ?そりゃやるでしょ、解剖」
硝太が先程まで藤波のように口角を上げて得意げに言い放った言葉に少女は一瞬身体を震わせる。
──この子は今、なんて言った?
解剖すると言った。人の死体を。司法解剖と言って犯罪に関係する死体やその疑いのある死体の死因を見つけるために解剖する事はある。しかしそれをするのは大体が高度な専門知識を持つ法医学者などが遺族等に了承を取った上で行う。
襲われていた前回の状況なら兎も角これから解剖すると言って死体を切るのは一般的な価値観の人間なら遺族側やその死体に意識が向いてまず出来ない。出来たとしても死体損壊という犯罪になる。そんな事を硝太が知らないわけがない。と解剖という言葉だけ知った子供のように無邪気に発言することなんて出来ないはずなのに平然と言い放っている。
「君…倫理観とかそういうのないの?そもそもその腕でやる気?」
「倫理観?言ってる意味がよくわからないな。僕はあくまでフリルを傷つけようとしたヤツらを──僕の家族を狙う奴を、許さないだけだ」
「──っ!?」
倫理観の欠如、善性の欠落。こういったいわゆるサイコパスな
大切に思うから、守ろうとする。守ろうとするから、敵を排除する。幸せになって欲しいから夢を手助けするのと同じ。他人を信用出来ない男は、誰かが家族に向ける感情を信用出来ない。それならどんな感情も悪意と思ってみた方が余計な気を使わなくて済む。
所詮彼はそういう生き物。人類として、生き物として異端者でしかない。インスタントバレットなんて人類が持てるものじゃない破壊衝動の極地をその身一つで使いこなすだけはある。
──生まれながらの破滅思考。そのくせ殺る時は自分の感情も全部捨てて遂行する執着心。むしろ身内に愛情を感じられることがバグとすら言える攻撃性。人と言うより神に近い
生まれながらに人として壊れた子供、と言うだけなら実は珍しいながらも生まれては来る。大抵の場合は親が必死に処置しようとして失敗するか、保護を諦められて野垂れ死ぬかどちらかになるが、稀にそれでも生き残る者もいる。彼らは
しかし硝太はそうでは無い。異常性を客観的に見ることは出来ても他人を騙せる技がない。ただの社会という名の群れからはぐれたバグ。これを制御した親は一体どんな手段を用いたというのか。
「分かった。次に来る時に持ってくるよ」
少女は怖いもの見たさではあるが俄然興味を持っていた。こんなもの初めて見る。こんな生き物として壊れているようなモノが一体誰を救えるというのだろうか。
もしかしたら、この子なら。神様ですら匙を投げるあの二人を助けてくれるかもしれない。
そんな期待を胸に持って彼の言う通りに持ってくることを決める。責任が取れる訳では無いがそうするだけの力が、どちらにもある。
「次っていつ?君スマホとか持ってないんだろ?」
少女がそんな事を考えているとは露知らず、硝太は首を傾げる。今時スマホを持っていない人はかなり珍しいが少女は見た目だけなら小学生低学年なので持っていないことも有り得なくは無い。
「この子を君に貸すよ。危なっかしい時はサポートに回すし私との間の伝書鳩として使ってくれ」
少女は先程硝太の肩の上に乗った八咫烏の一羽を再び硝太の肩の上に飛ばす。烏を個体として認識出来て使いこなせるのはそう多くは無い。戦闘能力としてみても丁度いいサポート役になる。
「スマホ買ったら?」
「近いうちに買うよ。それまでの繋ぎさ」
先程までの異常性とは打って変わり、常識的な返答をする硝太に少女はクスクスと笑う。笑っている理由が分からず硝太はまた首を傾げる。
「じゃあね、また会おっか」
そういうと少女は再び霧を出して身体を隠す。霧が完全に晴れた時には少女は影すら残さず消えていた。
「霧は神域と現世の境界線。空間転移は影が由来?まぁそういうこともあるか」
少女の能力を再び見て彼女の正体に当たりをつける。しかし口に出すことはせず、烏の頭を撫でるとそのまま病院の中へと戻って行った。
蒔かぬ種生えぬということわざがありまして。これは種を蒔かないと何も出てこないよ。から努力しないと結果は出てこないよ、苦労せずに得られるものはないよという意味になります。つまり前回と今回のサブタイトルは「苦労せずに得られるものはない?私得ましたけど?」みたいな感じになります。簡単に言うなら棚から牡丹餅です。読んでいて「ん?なにこれ?」ってなる感じの皮肉ってるようなサブタイトルにしたかったんだ。
硝太は大怪我、他の勢力も得るものはあまり無かった中藤波達だけはかなり得をしましたからね。皮肉ってもいい。
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ここからが反撃!になるといいなぁ