【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
硝太からの事件の捜査の協力依頼を聞いて内心デートだと舞い上がるフリル。共演者の女優、片寄ゆらの発言から自分が硝太のことが好きな理由を考える。その時浮かんできたのが普通の女の子でいさせてくれるから、だった。


#63パッチワーク(三)

 フリルとの電話が終わり、硝太はスマホをポケットの中に仕舞う。まさか自分が不知火フリルに恋心を持たれている、フリルが内心ドキドキしていたことなど考えもしない。

 

「君って案外人が悪いよね」

 

 そんな硝太を半目で見る白髪の少女。事前に硝太がフリルを守ったこと、なによりフリルの感情を何となくわかっている為その感情利用したようにしか見えない硝太に対していつも以上に口が悪い。隣に来た烏の一羽が同意するようにカァッ、と元気に鳴く。

 

「そうだね。でも、魔法について話せるのは彼女しかいないんだ」

 

 少女の言い分を「事情を知っていることをいいことに事件の捜査に付き合わさせる」と思った硝太は頷きながらも言い訳を言う。あまりにも無理解な硝太の言葉に少女は大きな溜め息をつく。「これは説明しても無駄そうだ」と諦めている。

 

「それより、気になることがあるんだけど」

「ん?何?」

 

 徐ろに手袋をはめ直してブルーシートの上に乗せられた死体に近づいてその目元に触れる硝太。瞳に無い死体にスマホのカメラを向けて写真を撮りながら軽めに呟く。

 

「君、何者?」

 

 硝太の警戒心からして少女を簡単に信用して受け入れたのは異例中の異例。解離性遁走後に会った時の対応から警戒心が薄れている。しかし、考えなくとも少女の立ち位置から八咫烏を使役している理由、硝太の警戒心が薄れた理由まで全てが謎。そもそも硝太は少女の名前すら知らない。信用と信頼はしている事実が逆に不信感を醸し出す。

 そんな硝太の内心を理解した少女は呆れた顔で軽く手を振る。

 

「怖いなぁ、私これでも君にはかなり真摯に対応しているつもりなんだけど」

「それは知ってる。君、案外他人の扱いが雑だから。でも僕は君の名前も知らないんだ」

「じゃあ、推理してみてよ。どんな推理でも笑わないから」

 

 硝太は真面目に言っているのだから少女は両手を広げてくるくる回りながらのらりくらりとかわして屋上の柵に腰掛ける。余裕のある姿に硝太は眉を細めるも、直ぐに「笑うなよ」と前置きして死体をスマホの画面に収めながら推理を行う。

 

「…三本足の烏と言うと日本神話の八咫烏が最も有名だ。天照大神(アマテラスオオミカミ)が遣わした導きの神、同時に太陽の化身ともされる。君が烏を伝書鳩扱いしたことから少なくとも君にとって八咫烏は神話のものと近い、あるいは同種の物と考えていることが分かる」

 

 少女は否定しない。ただ黙ったまま楽しそうに硝太の推理を眺める。

 

「そんな八咫烏は特にミサキ神として知られる。前提条件がちゃんとしている分、この説が一番正しいのだろう。しかし君は人間、より詳しく言うのならその体の構成はホモ・サピエンスのそれだ」

「おや、そんなところまで見抜いたのか」

 

 八咫烏は神話の上では伝書鳩のように扱われており、神武天皇等天皇家の人間、つまり天照大神の子孫を導いた記述が残されている。その中でも特に有名なのはミサキ神としての側面だろう。ミサキ神とは神霊が現れる際に出てくるその予兆や使いのような役割を果たす小規模の神霊。他にも伏見稲荷の狐がミサキ神となる。

 八咫烏が導く神としてではなく他の用途、例えば戦闘に使われるのならこの説を採用するのが最も都合がいい。小規模な神霊と言ったが霊の中では間違いなく高位な部類に入る。仮にインスタントバレットのような常人から離れた力が使えるような環境でもそう簡単に使役できる存在では無い。

 

「なら君はなんなのか。人であり神である、半神とか神稚児の説も考えたけど前回…というより今日の昼でその疑いは晴れた。君は人を器として使用しているだけの神様だ」

 

 神稚児、神稚児信仰とは七つまでは神のうち、といって七歳までの子供の死にやすい特徴を天に召されやすいとイコールで結んだ結果神の子として信仰していた日本の古代の生命観ならびに風習。少女の見た目は硝太と同じ小学生低学年に近いものでありこの信仰がそのまま適応される。しかし硝太はその考えをすぐに否定した。

 その姿は子供を神に見立てる信仰が形となるのを信用したくなかったように少女には見えた。もしそれを認めてしまったら◾︎◾︎が◾︎であることを認めてしまうことにも繋がるから。

 半神や神稚児のような人であると同時に神である存在の予測が尽く外れる中、硝太はコレだと言える答えを強引ながらも絞り出す。それが少女は人の体を器とした神である、と言うものだった。インドの神話ではラーマやシータを始めとして神が人に転生することが多い。その亜種として人を器として神を下ろすと言う世界もある。降霊術と呼ばれているのがソレだ。彼女自身が手を引いたのか誰かにやられたのかはこの際置いておくとして彼女は神、もしくはそれに近い存在が人の体を器として現世で活動している個体。

 そんな硝太の笑ってしまうような結論に少女は満足そうに頷き、次を求める。正解か不正解かどうかは言わないようにしているらしい。それが硝太にはとてもやりにくく感じた。

 

「その理由は?」

「霧だよ。日本神話において霧は現世と神域を分ける境界線として扱われる。山の上なんて特に霧が多いから神隠しとかよく恐れられていたらしい。昼、現れた時直前まで僕と藤波木陰しかいなかったのに霧が出てきただけで君が現れた。無関係とはまず思えない。君は神域の力が扱えるインスタントバレットと対抗したのもその力があってこそだろう…以上」

 

 少女の遊んでくるような問いかけに硝太は死体から目を逸らして真っ直ぐ答える。日本の神話には霧が多い。そもそも湿度が高く、梅雨なんてものがある日本だけなのかもしれないが霧だけで有名な神が二柱もいるぐらいには多い。天之狭霧神(アメノサギリ)国之狭霧神(クニノサギリ)、それぞれ山と平原の霧(境界線)の守護神である。因みにこの二柱は彼女の候補から外れている。

 colorfulの刺客、七辻すいむとの戦闘時に参加して五体満足どころか傷一つ無いのも神域の力を持つと考えれば納得がいく。霧を用いたワープがあればcolorfulに別の追っ手がいたとしても誤魔化すのは用意で、なおかつ今回使った死体の隠し場所にも困らない。

 

 以上が硝太の出した結論。一件筋が通っているように見えるが最初から神の可能性を出したり、記述の多い日本神話の極1部の情報をそのまま鵜呑みにしたような推理は他の人が聞けば頭がおかしくなったと勘違いされ病院に案内されるだろう。だが少女は笑顔を作ることはあっても笑わなかった。見た目だけは笑っているがその奥は人のものとは違う血の通っていない冷たい()が垣間見える。「私が神だ」とか、「推しが神」だとか例え話によく使われる『神』と言う格を蔑むような、笑い捨てるような神格。これが神霊、これが人が神と呼ぶ超越者なのだと思わせる。

 

「100点中80点。まずまず、と言ったところだね」

「…ふむ」

 

 そんな少女は硝太の回答にまずまず、と言いながらもかなり高い得点をつけた。硝太に甘いというべきか、少ない情報から読み解いたことを評価しているのかは硝太自身にもわからない。どちらにしろ甘めの評価に硝太は納得がいかない様子で首を捻る。

 

「じゃあ私はなんだと思う?日本に神様は沢山いるよね、君でも知っているようなポピュラーなものから誰も知らないマイナーなものまで」

「後者は最初から考察から省くよ。知らないものを知らないで埋めつくしても意味が無い。うん。まず君のわかりやすい要素、八咫烏を使役した時点で天照大神の関係者を疑ってみたけど、どうも納得できなくてね。逆の視点から考えてみた」

「逆の視点?」

「君が人の体を使う理由だよ。格の高い神様が愉悦で人間界に侵入することはギリシャの方が特に有名だけど日本でも意外とある話だ。けど君には動機がこれといって見えなくてね。colorful(カラフル)を警戒しているのかと思ったけどそれならいっそ人の体を捨てて叩いてしまえばいい。インスタントバレットを脅威としてみているのがあったとしても同じインスタントバレットであるはずの僕への接触タイミングが遅いし君は僕に対してかなり真摯に向き合ってくれている」

 

 長々と解説しながら自分なりの解答を脳内でまとめる。これでは解説というより懺悔だ、と内心文句を言うがそれは少女には聞こえない声である。

 ギリシャ神話なら女性を襲うために某雷神が動物に変身したりして好き勝手やって妻にキレられていたのだろうが、少女がそんな存在には思えない。

 

「じゃあ、私は誰?」

「ミサキ神が現れる程の高位の神霊。夜の活動を恐れないのに加え、インスタントバレット達に精力的に関わっている。僕の魔法を知ってか知らずか興味を持った点も踏まえて考えると自ずと絞られる。答えはツクヨミ。月の女神ツクヨミだ」

「もっと詳しく」

 

 ツクヨミ、月読命(ツクヨミノミコト)伊邪那岐命(イザナギ)の禊で右目から生まれた三貴子の一柱で、天照大神(アマテラス)の妹(もしくは弟)、須佐之男(スサノオ)の姉(もしくは兄)にあたる月の神。月と理を司る神で男神の説が一般的ながら女神説もある。天照大神(アマテラスオオミカミ)の子孫が日本の実権を握る正当性を得るための話が多いのでツクヨミに関する記述は少ない。あっても保食神(ウケモチ)との話程度で三貴子の中でも最も知名度が低い。

 そんなツクヨミを少女の正体と言ったのは当てずっぽうでは無い。少女はその理由を促す。

 

「わざわざ人の世に干渉する時に人の器を用いるなんてまどろっこしい方法をとるのは天津神として考えた方がいい。そして月は死のイメージを内包することが多い。これは仏教が主な原因だろうね。僕は専門家じゃないから推察しかできないけど、エジプト辺りも噛んでそうだ。理由はなんであれツクヨミにも死を司る神の信仰がある。この死体が前見た時と同じ綺麗なままを保っているのは君の影響だろう。オマケに僕が前、死にかけた後戻ってこれた理由は間違いなくib(インスタントバレット)が噛んでる。能力の詳細がなんであれ死に関する能力は死神様からしたら気にもなるだろう」

 

 ツクヨミのヨミ、が黄泉を表しているという話と彼女のイザナミが日本でも有名な黄泉の国にいる女神だからという理由もある。何はともあれツクヨミに死のイメージがついてまわるのは間違いない。

 

「イザナミを除外した理由は彼女が未だに黄泉の国に囚われているから。あと母親としての側面を持つとはいえ、死の瘴気が君からは見えない。オマケにイザナミは大の人間嫌いだ。多分僕よりも、ね。その点ツクヨミは信仰心さえ足りていればかなり理性的な神と言える。君の配慮は、恐らくそこから出るものだと思った」

 

 全部が隙だらけの理論で理由としては弱い。しかし少女は優しい表情を作るとその場で両手を叩く。

 

「──大正解、100点をあげるよ」

「あの説明で?」

「君に神話の授業なんて最初から期待していない。八百万の神全てを権能から理解することなんて無理だよ。文字通り星の数ほどいるし、そもそも外国の神様の可能性だってある。けど君は少ない情報から私の真名を導き出した。名前って言うのはね、名乗るだけでも相応の呪いを背負うんだよ」

 

 少女──ツクヨミは拍手を終えると柵から飛び降りて硝太の目の前に着地する。少し長い髪が夜風でたなびく。その姿はまさに女神と例えるのに相応しい幼いながらも美しさを兼ね揃え、その全ての印象を破壊するような神域のオーラを持っている。

 

「けど少しだけ推理ミスを指摘しておくよ。私が現世に縛られたまま抵抗してないのにはちゃんと理由があるし、君を選んだのは君があのインスタントバレットの使い手だからじゃない」

「それってどういう──?」

「今度こそ当ててみてね。ガラス玉のような瞳の少年」

 

 纏った雰囲気だけはそのままに、いつも通りの口調で最後に推理ミスだけ訂正するとツクヨミは再び濃い霧を纏う。神域と現世の境界線。つまり少なくとも今はこれ以上話すことは無いというツクヨミからの意思表示。それを否定することは、硝太もしない。死体を巻き込んで強くなった霧が晴れた頃にはそこには連絡用にと渡された一羽の烏だけが残されており、死体もツクヨミの姿も無かった。相変わらず最後にそれっぽい雰囲気だけを残して去るツクヨミのやり方に思わず苦笑する硝太。神としてのプライドか分からないがとても彼女らしい、と思うことにした。

 苦笑したまま残された烏の方に顔を向けるとその烏は威張るように孔雀のように羽を広げて、一際大きく鳴いた。その烏の頭に手を当てて硝太は一人つぶやく。

 

「お前の名前も、ちゃんと決めてやらないとな。ブラックカラス号とかどう?」

「ギャー!!」

 

 硝太はいい感じのネーミングだと思った名前だが、直後の烏の鳴き声は悲鳴へと変わった。

 

◇◇◇

 普通の女の子として硝太とデート。夢踊るような話だがその前にしなければならないことは多い。

 まずは事務所の人間にバレないように動くこと。先のストーカー事件の影響で事務所側が制限を強くしてきているのでそう簡単には抜け出すことは出来ないだろう。特に清楚系と付けられたキャラクターのせいで男が相手だと事務所は友達でも家族でも引き剥がしにかかる。事件で私を守ってくれた硝太に社長はそれなりに感謝しているようだったがマネージャーの氷室のように硝太が自発的な無意識かは別としてこの事件の引き金になったのではと考える者も多い。そのため理由を話した日にはガッチリガードされるだろう。いつもは頼りになる氷室も今回ばかりは敵になる

 そして硝太側の問題。硝太本人は病院に外出許可を取りに行くと言っていた。硝太の傷のことはよく分からない為、そもそも取れるのか自体分からないが今回は取れることを前提に話を進める。彼が見知らぬ相手に一人で外出許可が取りに行けるとは思えない。十中八九誰かを間に挟んで交渉することになるだろう。私と二人っきりで行動したいと言っているので事件のことに加えて魔法使い(?)のことについても話があるのは予想できる。なので間に挟む人には適当な話題で交渉をお願いするだろうがそこからバレることもあるだろう。ならば先に言い訳をこちらから用意して意識を逸らしたい──というのは建前で本当の理由は硝太を事件に巻き込んだことにちゃんと謝罪したい、という理由だが。今回の事件は硝太が隠していた事は多く、話をしてくれるようになった今でも元の情報量が多かっただけにまだ聞いてないことも多い。それでも、硝太は私を思って行動してくれて、その結果大怪我をした。彼の母親はそのことに何となく勘づいていたように見えたがまだ謝罪をしていない。ルビーにも、アクアにも。特に二人は事件の事を他所に話すような人ではないので事務所が考えるような懸念もする必要が無い。筋を通すとか誠意というのもあるが、こちらとしては巻き込んだ硝太に恋愛感情を感じた身としてこれを抱えて秘密にしておくのは宜しくないと思った。

 善は急げと女友達と遊ぶという嘘は付いていない連絡だけを事務所にして仕事の合間を縫ってルビーと会える機会を作る。個室付きの喫茶店に彼女を誘うとルビーは警戒することも無く来てくれた。

 

「遅れてごめん!久しぶり、フリルちゃん」

「ううん、予定通りだよ。久しぶり」

 

 夏休み中、ライブ当日を除いて見ていないルビーは記憶に新しいいつもの楽しそうな顔で店員に導かれて喫茶店内の個室に入ってくる。

 個室に入ってまずルビーは辺りを珍しそうな見回す。個室に入った経験がないのだろう。物珍しいものを見たルビーの表情は輝いて見える。

 

「凄いね〜私個室付きの喫茶店とか初めて入った」

「まぁ、有名人だからね。騒ぎにならないようにこういうところは押えてるんだ。ルビーも知っておいた方がいいよ」

 

 芸能人が目立つところで飲食していればちゃんと変装しているのなら兎も角すぐにバレる。バレた結果店内で騒がれるだけでも自分はともかく店に迷惑がかかるが、SNSが発達して誰もがスマホで写真を撮って情報を上げるSNS社会では店を出たらファンが集まって店に迷惑をかける、というのも珍しくない。番組内でそうしているのならともかくオフの日は変装するか、こういう個室付きの店に入って人の目を避けるしかない。

 ルビーは個室の珍しさに意識を奪われて話半分で聞いている。本来こういうところは事務所側が教えてくれるのだが、まだルビー達は駆け出し、そこまで考えなくてもいいのだろう。それより話すべきことがある。

 

「ルビー、実は大切な話があって呼んだんだ。斉藤…ううん。硝太のこと」

「え?何…?硝太がどうかしたの?」

 

 ルビーに真剣に向き合って話を始める。浮かれていたルビーも『硝太のこと』とまで話を聞いて浮かれていられるほど余裕がある訳では無い。すぐに椅子に座ってこちらに余裕の無い、強ばった顔を向ける。

 ルビーも今回の事件に不審点があったのだろう。目力が急激に強くなる。

 

「実は、硝太の怪我は私のせいなんだ」

「どういう、こと?」

 

 ルビーの震えた声を聞いて少しだけ言ったことを後悔した。

 ルビーは硝太のことを第三者から見ても相当可愛がっていた。血の繋がっていない弟という点を含めたとしても毎日のように芸能科に来ていた硝太の世話をしており目に入れても痛くない──というのは言い過ぎかもしれないがそれほど溺愛していたように見えた。そんなルビーに弟が死にかけたのは私のせいです。と言ってしまえば友人関係は簡単に破壊される。

 

「私にストーカーがいるって硝太が気付いて、私を襲わせないためにストーカーと喧嘩して。刺された」

「───」

 

 事件の大まかな内容を聞いてルビーの表情が青ざめて固まる。当然ニュースからある程度事件のことは聞いているだろうが、ニュースには『不知火フリル』とその所属事務所が関わったとする内容、またはそれを匂わせるものは無い。アクアさん達から聞いていなければルビーが知らないのは当然。

 もうこれまでのように仲良く食事、とはいかないだろう。ルビーに罵詈雑言をかけられて二度と会えなくなるのも覚悟する。それでも、硝太と今後も会うのなら必要な行動だ、と自分の反省を首を振って後悔を捨てる。

 

「硝太らしいね」

 

 数分固まっていたルビーは少し崩れた笑顔を見せてそう言った。多くの感情が彼女の中に流れたのか、目尻から涙がほんの少しだけ零れる。何を考えているか聞きたくなったがルビーの涙を見てその気持ちが引っ込む。

 

「フリルちゃんが気にすることじゃないよ。硝太昔からそういう子なんだ。けど私達以外にちゃんと大切なものができたんだね

 

 ルビーは硝太の見舞いに来た日の彼の母親と同じような事を言った。そういえば硝太から事件の大まかなあらましを聞いたアクアさんもこれといって気にしていなかったので家族間で硝太の扱いは決まっているのかもしれない。

 最後に小声で残した言葉は気になったが聞こえなかったことにした。それはルビー達が彼女達の中でのみ共有するべき話だ。

 

「ルビー、ありがとう」

「気にしないでー。私も聞けてよかったよ、これからも硝太と仲良くしてあげて」

 

 素直で天真爛漫でありながら硝太が関わると姉らしくなるいつものルビーに安心する。事件の話はもう終わりでいい。となれば次の話、先日硝太に誘われた話をしたい。

 息を飲んでルビーに話しかける。

 

「…その事なんだけど。今度、硝太と出掛けるって約束して…」

「え!?硝太とデート!?」

 

 驚くルビーの声が喫茶店内に響き渡る。個室付きの場所を選んできたがこれでは意味が無い。会話の内容が聞かれていないか不安になりながら口元で指を立てて音量を落とすようにルビーに指示する。

 

「ごめんごめん。で、本当に?」

 

 人の目がないか周りを見て確認したあと胸をなで下ろしたルビーは両手を合わせて謝って直ぐに会話を硝太と出掛ける、つまりデートの話題へと戻した。目の奥がキラキラ輝いているルビーは恋する乙女を超えてお姫様のようにすら見える。片寄ゆらもそうだったが、ルビーもかなり強引だ。ルビーの場合は特に相手が自分の弟なので余計に気になるのだろう。その態度に私も逆の立場ならこうなっていたのだろうか、となんとなく考える。

 

「だからルビーに硝太の好みとか聞きたくて」

 

 ルビーの言葉に首を縦に振る。片寄ゆらやルビーの名前を出したが気ぶっているのは私も同じ。長年業界に生き続けてきた大御所を始めとして多くの芸能人と関わり、共に仕事をして『大人』として扱われるようになりながらも、硝太の一言一言にこんなに感情が動かされるのは異例と言っていい。

 少し首を傾げるも直ぐにその言葉の意図に気付いたルビーは驚き半分喜び半分といった味わい深い表情をしている。硝太とアクアさんすらあまり見ないだろう表情を見れて役得感も生まれる。

 

「もしかして、フリルちゃんって…硝太のこと」

「うん。好きに…なった」

 

 「硝太が好き」「硝太に恋をした」頭の中では何度もう浮かんできた言葉だが改めて口に出すと恥ずかしくなる。鏡を見ないでも頬がほんのり赤くなっているのが分かってしまうほど顔が熱い。ルビーの顔が見れなくなって思わず下を向いてしまう。数秒経って落ち着いてきた辺りで顔を上げると硝太が事件に巻き込まれた理由を話した時と同じように顔が固まったルビーがいた。違うのは、青ざめていた顔が茹でダコのように真っ赤に染まり混乱しているのか目を回している。

 

「硝太と、フリルちゃん?えーっと硝太がフリルちゃんのこと、好き?フリルちゃんが、硝太のぉ、ファン?」

「ああ違う。私が硝太のこと好きなの」

「でも、硝太ってドラマとか映画とか全然見ないのにフリルちゃんの月9毎週見てたし…推しだよ!」

 

 本人相手では無いとはいえ「好き」と直接言った私より真っ赤な顔のルビーが酔っ払いのように頭をぐるぐる回しながら情報を処理している。どうやら衝撃の事実にまだ思考が追いつけていないようだ。そんなルビーを見てると恥ずかしさは掻き消えた。

 ルビーからすれば自分の推しで芸能人としての高みにいる友人が自分の可愛がっている弟にご執心なので無理もない。

 

「ルビー、しっかりして」

「うぅぅ…フリルちゃん、硝太のこと好きなんだ。意外だな、別に悪い子じゃないんだけど人に好かれるような子じゃないから」

 

 肩を掴んで振り回すように揺すってやっと現実を受け止めて落ち着いたルビーは若干呆けながらも腕を組んでその上に頭を乗せ、先程の醜態を取り繕う。出来るだけオブラートに包んだ発言をしているが姉として弟が人に好かれたことが嬉しいと言う訳ではなく少し疑っているように見える。

 ルビーが意外というのも分かる。顔はそれなりにいいが子供っぽくて背も小さい、冷静に見えて猪突猛進で頑固者。これでまだ人当たりさえ良ければ特定の層(ショタコン)から人気があったのだろうが特に初対面の時の警戒心が高い。要所だけ並べてみると人に嫌われる人間の要素を抽出したようにさえ見える。私も少し前までは友人とは思っていたが恋愛対象からは自然と外していた。しかし今になって考えると、きっかけさえあれば事件が無くても今と同じようになっていたと思う。

 

「一応聞いておくけど、ラブの方?恋っぽい方?」

「うん」

「そっか。ウンウン、そっかー!いいよ。お(義)姉ちゃんが硝太の代わりに硝太の好きそうなの教えてあげる!」

 

 一応尊敬とか親愛の類でない事を確認したルビーは一気に上機嫌になりニヤケ顔になって跳ねるように立ち上がる。推しであると同時に友人なフリルが世話してきた弟に恋をしているという状況に最初は押されはしたがなんだかんだ適応は早い方である。上手く行けば硝太に彼女が出来る、推しが家族になると一人で盛り上がり始める。当然私もルビーが乗り気になってくれて嬉しい。

 硝太の事については母親と並んで一番詳しいのがルビーだろう。そんなルビーが実質恋心を認めた上で後押しするは最大の支援と言ってもいい。

 

「まずは硝太の大好きな人からだよね!」

 

 因みにそのアドバイスが参考になるかどうかは別とする。




今回はツクヨミとフリルの禊(必要なのかどうかは別として)回です。
相棒感出してる硝太とツクヨミですが未だに名前を共有してないのは流石にいかんだろ、と言う意図もありますが、これまでちょこちょこやってきたツクヨミの謎行動の答えを出す回でもあります。強引と言われても仕方の無い理論ではありますが頭の悪い作者ではこれが限界なんだ許してくれ…。因みに硝太のネーミングセンスは壊滅的です。ブラックカラス号の元ネタはブラックハヤテ号だったりしますが当然この名前でこれから呼ばれる訳では無いのでご安心を。
フリルとルビーの方はこれまで硝太の事件のことをアクアと硝太からの又聞きでしか無かったルビーにフリルから説明するというお話です。フリルはミヤコさんに謝れなかったのは尾を引いているだろうと。フリルに責任は無いですがそれはそれとして硝太が動いた理由ぐらいは知っておくべきでしょう。ルビーがお茶目で可愛いのはいつもの事。気ぶりルビーという珍しい(と思われる)ルビーがここにはいます。このssはルビーは姉8割、妹2割(体感)でお送りします。それはそれとして初手で好きな人の話をするのはアウトだぞルビー。フリルは硝太のマザコンぶりを2割も知らないんだから

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次回、デート回!…ちゃんと書けるかな
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