本編は月曜日に毎週投稿、今回のような番外編などは不定期に投稿する予定です
今回はミヤコさん視点で硝太が有馬と仲良く話せたことについてのお話です
昼過ぎの斉藤家。
「ただいまー」
玄関の扉を開く音と共に硝太とルビーが手を繋ぎながら仲良く帰ってくる。今日は陽東高校受験の面接日。ルビーは兎も角他人との距離感など対人関係の経験値の少ない硝太にとっては筆記試験の対策を全部投げてでも取り組む内容だったこともあり、心配していた。
「おかえりなさい。試験はどうだった?」
仕事を一時中断して帰ってきた子供達を迎える。慣れないことをした為か、終わった後の硝太の顔は疲れを感じさせる顔をしている。それに対してルビーは笑顔で余裕そうに見える。
「それはもうバッチリ!硝太も大丈夫でしょ!」
「ギリギリ筆記試験で補えるレベルだと思うよ」
ルビーと硝太の反応から試験の結果は上々、とみて良さそうだ。硝太は面接こそ苦手だが頭は悪くない。むしろ寝る間も惜しんで勉強している、という訳でもなくむしろサボることが多かったがそれでも学校でも上位の成績を維持し続けた。
硝太以上の成績のアクアがいたので硝太は自覚していないが元々学習能力が高いのだろう。頭のいい兄弟に挟まれるルビーが可哀想に見えるほどには硝太の成績はいい。正直面接さえなければ名門私立以外の高校なら行けただろうと思う。
そんなことを考えていると何かに気付いた、というより思い出した硝太が勢いよく駆け寄ってくる。先程までの疲れが吹き飛んだようで表情は笑顔になった。
「あっそうだ!」
「どうかしたの?」
慣れない試験に学校という人の多い場所と苦手なものを二つ味わったあとだと言うのに硝太はとても楽しそうに見える。思わず苦手なものに会いすぎて気でも狂ったのではないかと思ってしまう。
「今日さ、重曹舐める?じゃなかった。10秒で泣ける天才子役って人にあったんだ」
「ああ、いたわね。そんな子…え?」
10秒で泣ける天才子役。聞いたことはあるフレーズだ。確かまだアイが生きていた頃、そんな子役と会った記憶がある。
そこまで考えていると同時に今の硝太に強い違和感を覚える。
硝太が面接を嫌いとする理由、対人経験の少なさの原因は幼い頃から患っている多くの精神障害がある。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、パニック障害、解離性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症、躁鬱病。精神科からあげられた病名の羅列は見ているだけで目が痛くなるものだらけ。それだけで友達作りには難儀するが硝太の問題はそれだけでは無い。
硝太は人と接する時に警戒心が強すぎるのだ。これも精神病の1つに入るのかもしれないが一応薬物等で治そうとしている他の病気と比べて改善がされてない症状である。
人を信用出来ないのか、何かに怯えているのか。硝太は人と接することを避ける。私とアクア、ルビーの三人相手ならどこにでも居る小さい子供なのだが、外に出ると誰かの影に隠れ続けるか、逆に守ろうとしているのか即座に戦闘態勢に入る。苺プロの従業員ですら最初は全く慣れず新しく入ってきたタレントに怯えて仕事中もずっと私の足元にいたほどだ。
現在は苺プロの人間なら慣れてきたが、それでも学校等で友達を作ることは出来なかった。アクアやルビーが紹介しても友達という形にはめ込むことすら出来ない。結局中学校では硝太はずっと孤独だった。
そんな硝太が知らない相手と話をして、それをまるで楽しい思い出のように語り始めた。本当に気でも狂ってしまったのではないかと心配になる。中学生の時に友達が出来なかったことを心のどこかで責めてしまっていたのだろうか。
「話…したの?」
「うん。面白い人だった!」
しかし硝太は無理して話をしたとは感じられない100点満点の笑顔を見せる。
おかしい。本当にこの子は私の子なのだろうか。確かに記憶を失う前の硝太は人懐っこく誰彼構わず構ってもらう面倒な構ってちゃんだったが今はそうでは無い。今は誰かと接するだけで怖がり、ルビーやアクアの後ろに隠れるか、庇うような行動を取ってしまう子の筈だ。
「あー確かに珍しいよね、硝太が初めての人に懐くなんて。お兄ちゃんも驚いてたよ」
私の驚いた顔が面白かったのだろう。ルビーは吹き出してしまうのを耐える顔をしながら楽しそうに語る硝太を持ち上げる。
抱き枕クッションのように持ち上げて抱きしめられた硝太はなすがままだ。親猫に首根っこを掴まれた子猫に見える。
「あの人は怖くなかった」
「そうなの?」
「うん」
硝太の声色からも嘘を言っている訳でもない。嘘でも気遣いでもなく純粋にその女優かタレントか分からない相手に恐怖を感じなかったということになる。
これは大きな発見だ。もしかしたら硝太の人馴れに大きなチャンスが来るかもしれない。硝太の認識の上で初対面の相手に話が成立するのなら、普通の人のようになる話すのも夢では無い。
「ほんの少しだけど、楽しかった」
「───っ!」
ルビーに抱かれたまま何気なく、硝太は『楽しかった』と口にした。驚きのあまり全身の力が抜ける。
硝太の口から、学校について聞く時『楽しい』なんて言葉は嘘ですら使ったことは無い。硝太にとって学校は監獄のようなもの。他人との付き合い方が分からない硝太には、そう言っても過言では無い。少なくとも、『楽しい』場所では無い。
硝太を無理矢理言い聞かせて高校に行かせた理由もそれだ。硝太が学校を『楽しめない』とわかった上でそれでも少しぐらいは楽しんで欲しいと思って送り出した。その子が、まさか試験の日に今まで欲しかった言葉をこんなにも自然に言うとは夢にも思うまい。
「ほん、と───?」
「うん。ほんと」
ルビーも驚いて硝太を揺さぶりながら問いかけるが、硝太も当たり前のように頷く。私が硝太に『楽しかった』と言って欲しくて無理を言ったのを硝太は知らない。
硝太は嘘偽りなく楽しんでいた。
「…そう。良かったわね」
感動のあまり泣きそうになる顔を出来るだけ隠しながら硝太に近付いて頭をゆっくり優しく撫でる。
よく頑張った、とか偉いとか言いそうになるのをこらえる。この子はそんな言葉を欲しがってその人と仲良くした訳では無い。
「ん…」
硝太は目を細めてなすがままに撫でられる。こういう姿を見るとルビーがたまに「硝太がわんちゃんみたい」というがその言葉に信憑性が生まれる。頭を撫でるのはハグに次いで小さい頃から硝太の安心させる行動のひとつ。
「これなら高校でも友達出来そう?」
安心しきって眠そうな目になった硝太にルビーが優しい声で聞く。アクアと共にいると妹キャラが馴染んでいるルビーだが近くに硝太がいるだけでそれまでの姿が嘘のように姉としての側面を見せる。
「それはわかんない」
「大丈夫よ…きっと」
心配そうに言う硝太の頭を再びゆっくり撫でる。急に話せる人間が増えたのには驚いたがいい傾向ではある。このまま他人への警戒心を少しでも薄めるきっかけにその人はなってくれる。そう確信した。
「硝太もこれから沢山友達出来るから」
再び同じように目を細めて柔らかな表情をした硝太は本当に犬のように見えた。
後日。陽東高校から三人分の合格発表が届いた。
Q硝太が有馬に警戒しなかったのはなぜ?
A怖くなかった!
お前それでいいのか?
ミヤコさんとしては今まで友達がいなかった息子が同年代の話し相手できたってだけで感涙ものですけど。想像以上に精神障害抱えた息子の世話は大変なんです。