【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
デートと聞いて浮かれたフリルと合流した硝太は事件現場、硝太が撃たれた場所へと向かう。自分が撃たれた事実を再確認し、次はフリルが住んでいたマンション───と手を広げようとしたが、自分が隠し事をしていたこと、そして必要なら命を投げ捨てる考えであることがバレてフリルに連行される。その先は──一体───。


#65 パッチワーク(五)

 硝太の手を引いて街中を歩く。急に変更したこともあり、大まかな目的はあるもののそのためにどうすればいいか見えてこない。

 私は、硝太の感情を引き出したい。好き嫌いは勿論、硝太が隠しがちな本音に触れたい。本音を晒してもいいと思われるようになりたい。

 

「硝太って何が好き?」

「お母さん」

「そういう意味じゃなくて」

 

 試しに硝太の好きな事を聞いてみると「お母さん」と即答される。マザコンの彼らしい答えだが聞きたいのはそこではない。

 

「ほら、楽しい事とかやってみたいこととか」

「ふむ…」

 

 硝太は特に考えた事が無かったらしく顎に手をやってしばらく考え込む。

 硝太の感情を引き出したい、とは言ったが決して感情を内に秘めたりしている訳では無い。初対面の相手に怖がったり、アクアさんがゲーム機を持ってきたことに喜んだり。むしろ私達と同年齢ではなく見た目の年齢相応に見える。

 しかしそれに対して行動が歪だ。私を助けたのは、間違いなく理屈からの行動だ。感情からの行動と考えた方が個人的には嬉しいが撃たれても弱音一つ吐かず、むしろ果敢に戦いに行く姿勢は人が多くなると兄姉に頼り始める根っからの末っ子気質の硝太のやることでは無い。その場で「必要だから」動いただけである。その時のようにスイッチひとつで合理に沿った行動を始めるロボットのようになるのが硝太の性格、と言うより生き方なのだろう。仕事と私生活の切り替えに近いがその幅は明らかに『異常』に見える。その差はまるで別人格のよう。硝太が持っている障害の一つ、解離性障害には所謂二重人格にあたる解離性同一性障害があるがそれに近いと思う。要するに人が変わってしまうのだ。別にただ『異常』なだけならそれでもいい。二重人格が悪いかと言われるとそんなことは決してない。しかしその生き方は問題だ。自分の感情を勝手に捨てて自爆を選ぶのは友として、愛する人として放っておけない。

 

──君が死んだら私も死ぬ、と言ったけど君にはそれじゃ足りないだろうから。

 

 何より、そんな人生じゃちっとも楽しくないから。硝太はもっと「楽しい」を積み上げて「死ねない」ではなく「死にたくない」と言って欲しい。

 

「じゃあ、映画とかどう?最近私が出たのあるんだけど」

「映画…ああ。僕映画館行ったことない、訳じゃないんだけどそこで映画見た事ないんだよね」

 

 答えの出ない硝太の代わりに提案をしてみたが硝太は複雑そうに頭を搔く。そういえば硝太は人が集合したところが大の苦手だった。B小町のライブ中は残像が見えるほど元気にサイリウムを振り回していたとはいえ、出番まではライブ会場でグロッキーな顔をしていた事を思い出す。映画に興味はあれど映画館では見えない、ということだろう。となると映画は家でDVDかブルーレイ、もしくは配信等で見るしか無い。当然それらは映画館で見るのに比べて放送が遅い為話題という意味では完全に置いていかれる。そういう意味でも硝太はサブカルチャーそのものにあまりいい感情を持っていないようだ。芸能事務所の御曹司とは思えない考え方だ。

 

「まぁ、でもフリルがいるなら平気かな」

 

 なら映画館ではなく人がいなさそうな場所を──とまで考えた時にポツリと硝太が言葉を零す。基本新しい事に怖がる硝太には珍しいよく考えないプラス思考に思わず顔が硝太の方を向く。

 

「どうして?」

「フリルと同じの方が安心出来るから。画面の先にもいるんだから二倍でお得だ」

「お得?」

 

 突然優しい声で妙にズレたことを言ってくる硝太。発言だけ聞くと失敗した殺し文句だが硝太が言っていると言うだけでそういう意図のない素の発言だと分かる。私を安心できる人と言ってくれるのは嬉しいがそれはそれとして画面の先にもいるから二倍、とルビーが言ってそうな言葉が何も考えずに出てくるのを見ると見た目は全然違っても姉弟なんだなと感じる。

 

「じゃあ行こうか。案内するよ」

「頼む」

 

◇◇◇

 辿り着いた映画館は大型商業施設の隅にあるごく普通の映画館。本当ならもっと大規模な映画館で映画をロクに見ない硝太にその迫力映画を伝えたかったが、移動時間を減らしたかったのと、硝太も私も人が多すぎるところには行きたくなかったのもあり今回は辞めることにした。それでも硝太からすると物珍しいようで映画館に入った途端にあちこちにある映画の広告に目を奪われている。人が少ない事もあり今みる限りは人酔いしそうには見えない。しかし上を見上げてポケーとしている姿を見るとそのまま飛んで行ってしまいそう。そんな不安に駆られて思わず手を掴む。

 

「チケット取るよ」

「うん」

 

 今の硝太は耳あてに帽子にサングラスとTPO全て外れてるような服装をしているせいで微妙に目立つので迷子になってもすぐに見つけられるだろうがそれと同時に目を離すと直ぐに消えてしまいそうな気がして体を引き寄せて歩く。

 硝太を後ろに侍らしながら券売機を操作して二人で並べる席がないか確認する。予約していた訳ではないが公開からそれなりに日数が経っているのとお昼どきというのもあり席は所々空いている。周りに他の客が予約されていない、後ろよりの二つ並んだ席を選ぶ。

 

「お金出すよ。丁度昨日姉さんが使えって持ってきてくれたんだ」

「大丈夫。私硝太の10倍はお金もってるし」

 

 お金を払うタイミングだと理解した硝太がポケットから財布を出す。デートは男が金を出すべきだ、と考えているのかルビーにそう教えられたのか。お金を受け取っていることから恐らく後者だろうが硝太の取りだした財布はバリバリ音が鳴るタイプ。非常に綺麗にされてはいるが硝太の見た目が小学生、それも一年生とか二年生と低学年のソレなので違和感は無いが間違っても高校生が使う財布ではない。片手で器用にバリバリ音を鳴らされる前に制して2人分の席を取る。男女の差はあれど傍から見たら小学生の男の子に金を出させる高校生女子という構図になるためここは年上(に見える)としても、お金を持っている側としても私が払うべきだ。

 因みに硝太は小学生料金で通りそうだが、彼の名誉の為に高校生料金で払う。

 

「ポップコーンとか食べる?朝から何も食べてないでしょ?」

「…いいの?」

「いいよ」

 

 チケットを取ったので近くの購買に寄ってみる。映画館で映画を見た事がない程人が多い場所が苦手ならポップコーンなんて食べたことすらないのだろう。声色は遠慮がちながらも目をキラキラ輝かせる硝太を見て二人分のポップコーンを買う。

 

──もしかしたら私、貢ぐタイプなのかも。

 

 硝太は素直でかつ誰の影響かはさておき善良な人間だ。これは誰が否定しようと間違いない。それはそれとして素直な硝太の反応は非常にいい。子供らしい可愛らしい反応は、反応を見る為だけに何かあげたくなるぐらいには魅力がある──と思う。これを同業者にいえば信じられないと思われることは安易に想像できるし氷室のようなマネージャーに言ったら縁を絶たれるだろうことはすぐに思いつく程度の常識はあるが。傍から見たら年の離れた弟を甘やかす姉に見えるのが救いだろう。

 その後は二人で館内に入り、ポップコーンを食べながら映画が始まるのを待つ。当然出演者である私は既に内容を知っているし内容を何度も見ている。問題は硝太の視点でこの映画がどう見えるか。

 映画はよくある学園恋愛もので陸上に打ち込んでいる主人公の男が一人。その男に恋をしているも前に踏み込めない幼馴染の女の子と、男が恋をしているお嬢様のような女先輩の二人マネージャーに支えられながら全国大会出場を目指す…という本当によくある三角関係の恋愛映画。

 あらすじを聞くと一見メインに据えられるのではないかと思われる陸上もただ三人が関係を進めるための舞台に過ぎず、全国大会出場したかどうかすらあやふやなまま主人公は幼馴染の女の子と結ばれて終了するという作品。主人公の男は今売り出し中の男性アイドルが、幼馴染役をこの前話をした片寄ゆらが、上級生の所謂「負けヒロイン」役を不知火フリル()が務める。スポーツもの、としてみるとそれなりに頑張ってはいるが、尺は短く盛り上がるだろうシーンをカットしていると、駄作としか言いようがないが恋愛ものとしてみると堅実な作りとなっており、売上も評価もいい。私の役は負けヒロインではあるものの、出番も多く不遇と言われるような立ち位置では無い。しかしそれはあくまで序盤だけで終盤になるにつれ、勝ちヒロインにお株が奪われていく。作品内での立ち位置は上がっているのに、メタ的な視点で見るとだんだん作品から遠ざかる。メタ的にはという前提はあるものの、負ける準備をさせられた上でちゃんと負ける。

 以上が()()()()がこの映画を見た大体の感想だろう。よくある三角関係の恋愛もの。しかし一つ大きな問題がある。

 

──そういえばルビー、硝太に恋愛は理解できないって言ってたっけ。

 

 硝太にそんな難しい恋愛が理解できるとは思えない。現時点で一番硝太に詳しい(と思われる)ルビーがそう断言してしまったのを思い出す。恋愛を理解できないのならこの映画は部内の内輪もめをずっとしているだけの話だ。面白いはずがない。ノリで私が出演している映画を奨めたが映画選び失敗したかな、と思わずにはいられない。

 そんな事を考えながらも今更変更することなど出来るはずもなく時間が訪れ映画が始まる。硝太も始まる瞬間に防具を取り外して準備をする。

 

 男性アイドルの最新曲と共に始まるオープニング。最初は主要キャスト三人の大まかなキャラとそれぞれの立ち位置の紹介。この作品は原作がある訳では無いのでこの辺りを飛ばすことが出来るはずもなく最初から割と濃密に話が展開されていく。

 

 走り終えた主人公に駆け寄る勝ちヒロイン(片寄ゆら)。マネージャーであるヒロインから飲み物を手渡されると部活はどうだ、クラスではどうだとありがちな話を始める。途中途中お互いを小馬鹿にするような発言がはさまりそれを聞いて互いにで可愛らしい喧嘩が始まる。これだけで互いに好き勝手言い合えるいい関係だとわかる。そんな二人がサボっていると勘違いした負けヒロイン(不知火フリル)が突っ込んできて主人公は緊張し、勝ちヒロインは眉を細める。

 

 隣をチラリと見ると硝太が何か気になるのか眉を細めて睨むように画面の片寄ゆらをみている。片寄ゆらも有名女優なので見たことがあるのだろうか。二人のヒロインはどちらともメインとして目立っているとはいえ、最後に勝つのは勝ちヒロイン(片寄ゆら)なのでそちらが好きになったりしないだろうか。そんな疑問を持たれているとは露知らずポップコーンに伸びる手は止めずにただ繰り広げられるストーリーを無言で眺めていく。

 

 負けヒロイン(最初好きだった相手)との関係が進まず、焦りから成績が落ちる主人公。彼を心配したのは負けヒロインではなく勝ちヒロイン。「君にもいいことがある」「頑張ってる姿に背中を押される」そういったメッセージを送り、主人公は部内でもトッブクラスの実力をつけていく。下級生でありながら上級生を実力で打ち破っていく姿は王道物語を彷彿とさせる。

 そして大会出場枠を勝ち取った主人公は全国大会出場の為告白という名の願掛けをする。「俺が勝ったら付き合ってくれ」というタイプで負けヒロインに告白しようと思うと聞いた勝ちヒロインは背中を押そうとするも独占欲を見せて喧嘩してしまう。その後同じ部の友達やら負けヒロインの力を借りて仲直りするのだがその時に勝ちヒロインに気持ちが移ってその告白を勝ちヒロインにして両思いなのを確認しあった二人は抱き合って映画は終わる。

 オープニングでかかったのと同じ曲がかかり、エンディングクレジットが流れる。それも終わると暗くなっていた部屋に明かりがつく。

 

「どうだった?」

 

 二時間に渡る映画を見終わり、他の客が退室するのを眺めながら隣に座っている硝太に聞いてみる。恋愛を理解出来ない、そう姉に言われた硝太だが恋愛ものの映画を楽しめたのだろうか。そんな一抹の不安を感じながら聞くと硝太は一瞬ハッとし周りを見渡した後、聞かれたことに気付いたのか素直に首を縦に振る。

 

「登場人物の感情は分かりやすかったし、よくできた映画だと思うよ。どちらのヒロインを選ぶのかも納得感があるし素直に喜べる映画だった、面白かったよ」

 

 不安を払拭するようにそう言った硝太の横顔が笑っているのを見て安心した。硝太は嘘が下手なのでこれが嘘ではなく本気の感情で言っていると分かる。

 当初の目的である感情を引き出すほどののものはなかったので失敗になるのだろうが、それでも素直に楽しんで貰えたので今日はこれでヨシとしよう。

 

「そうなんだ。ルビーは『硝太は恋愛感情とか分からないから!』って言ってたから不安だったけど、良かった」

「姉さんが?そっか。まだ子供って思われてるのか、僕」

「私から見ても子供だけどね」

「…なんでさ」

 

 子供と思われていることが不満なのか唇を尖らせる硝太だが、その行動が余計に子供っぽく目に映る。

 

「…ああ。でも、そうだね。普通の人はこう考えるんだってのがわかって良かった」

「どういうこと?」

「僕がおかしいのは君もわかってるんだろ?『異常』な人間はそれ故に天才やらなんやら持ち上げられることもある。だけどそういうタイプに限って自分しか相手に出来ないんだ。故に孤独」

 

 感慨深い顔で何も映っていないスクリーンを眺める硝太。

 魔法使い云々は置いておくとしても硝太は長年障害を抱えている。記憶喪失の原因となった姉のアイの死が原因なのだろうが、そうすると彼目線では生まれた時から自分は人と違うと見せつけられることになる。私たちから見ても硝太は常識が通じない相手だが硝太から見ても私たちは常識の通じない相手。

 自分の中にあるものが異端であると、罪であると言われて上手くやって行ける人はまず居ない。そうした人間は結局『社会不適合者』と烙印を押されて腫れ物のように扱われる。そしてその腫れ物扱いを生まれながらに受けてこれば歪むのは当然。フィクションなら喜ばれる魔法使いも、現実では社会不適合者でしかない。『普通』の人は『特別』に憧れるが、それは『普通』の感性を最初から持っているから。『普通』として生きられるという前提があるから。最初から『特別』な人からすればその『特別』は呪いでしかない。『普通』になんて生きられるわけが無い。

 

「硝太は寂しいの?」

「僕には産まれた時からお母さんがいたから。話が通じない、とか間違いにはならない。けど、そうだね。お母さんは僕がおかしい人間だってことを理解してくれるしその上で『普通』に生きられるようにしてくれてる。だけど僕の周りに僕以上に『異常』な人ってのはいないんだ」

 

 硝太の周りには異常者はいない。言いたいことは分かる。英雄がその時代、その地域に一人しかいないのと理屈は同じ。異常者ばかりになったら、その『異常』が『普通』になる。硝太は変に捻って答えているが短く纏めると自分は常識に馴染めません、と言ってる。

 恋愛感情も、子供だからとか、理解できるだけの情緒がないとか、そんな理由ではない。硝太の中にある知識や常識で理解が出来ない。人が動物の言葉を喋れないのとおなじ。テレビでは、たまに動物の行動に声優やタレントがアドリブで声を当てることがあるが硝太にとって恋愛というのはそういう通訳がいないと話にならず、いたとしてもその通訳が面白おかしく話してしまうので信用が出来ない。

 

「そっか」

「うん」

 

 気付けば、他の客はみんな劇場から出て行ってしまっていた。このまま放っておけば次の映画が流れてしまう。

 何も言わずに立ち上がり、出口に向かって歩き出す。硝太も後ろからちょこちょことついてきている。出口から出る直前、硝太の歩いてくる方向に振り向く。

 

「硝太」

 

 赤い硝子玉のような瞳に自分が映る。異常者と言われ、母親の強制で普通に生きる術を学んだ男の子。ただの変わった人、面白い人は次元の違い、他の生物と言った方が近いだろう。

 それでも──

 

「私は君のそういうところ、好きだよ」

 

 私の気持ちは、変わらない。




ちょっと長くなりそうだったのでここで切ります。本当は間に合わなくなりそうだったから、ですけど。ほんとデート回書くの難しいんや…恋愛もの書いてこなかったから…
それはそれとしてフリルは強い。仕方ないね

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片腕合法ショタとかいう珍しいヤツ
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