硝太、病院を退院し帰宅。
#68 見栄っ張り
夏休みが終わり、新学期。
夏休みが終わったと思ったら直後に始まった定期テストも過ぎ季節はゆっくりと秋へと向かっていく。
新生B小町はJIF出場を皮切りに色んなところでライブをやっている。配信業もMEMちょの協力もあって順調に伸びていっている。
アクアも冬頃に舞台の仕事が入ったと言っていた。いつも通りのアンニュイな顔ながら少し悩みがあるように見て取れたが『今日あま』の実写化、『今ガチ』と仕事は順調に回っている。
しかし、片腕が実質機能不全となり、母親であり社長でもある斉藤ミヤコにマネージャー業を外された硝太には関係の無い話であった。
片腕がまともに動かないとなるとやれることが極端に減る。学校ではブラブラ動く左腕が邪魔でマトモに授業を受けられず、家に帰ればゲームで遊ぶのにも一苦労。一応体育のような身体を使う授業は最初から隅で体育座りをしているだけで出席日数と筆記試験だけで判断されているような生徒なので何も変わらない。とはいえすることがないといえばない。
なのでこういう時は事件の調べ事をするに限る。一応フリルのマネージャーである氷室に病院と事務所に繋がりがないか調べてもらっているがそれもあくまで事件に結びつく要素のひとつでしかない。もっと広く、事件の内側に切り込むような情報が欲しい。
「やはり、ストーカーの情報が欲しい…」
事件を起こしたフリルのストーカーの情報は調べても何一つ出てこない。被害者の自分が当然のように生きていて退院しているので、流石に取り調べができない状態になっている、とは考えにくいがチームX(仮)の中にインスタントバレットがいる、という推理がどうしても足を引っ張る。
──もしかしたら捕まったストーカーは既に口封じをされているかもしれない、と。
警察に捕まったストーカーなんて事件の情報の塊だ。どれだけ上手く包み隠そうと共犯者の手がかりは生まれる。昨今の闇バイトに近い形態の可能性もあるがそれでも連絡に使用したアプリ等の手口ぐらいならすぐにわかるだろう。そんな情報の塊を生かしておくメリットは欠片もない。なんなら役目が終わったら適当に死んでもらった方が都合もいい。
被害者に聞き込みにすら来ないのも警察が事件を早く終わらせたがっていたと考えれば納得出来る。もちろん僕の状況と人嫌いを知っている誰かが断ってくれたかもしれないが、その可能性は低い。
「せめて警察側の味方か
残念ながら今の自分に戦力になるという意味での味方はほとんど居ない。アクアとルビーに情報が繋がらないように気を回してくれるフリルと未だに謎の多いツクヨミ。それ以外は事件の事に関しては関係ない。出来ればフリルも早く事件から解放してツクヨミ以外のインスタントバレットの味方がほしい。純粋に相手を殴り殺せる戦力があれば彼らと組んで事件を終わらせることが出来る。
当然、インスタントバレットなんて持っている人間を信用できるかと言われればかなり厳しい。仮に家族との関係が切られれば最悪の状況でも死ぬのは僕一人。傷は小さく済ませられるが、そんな都合のいい展開になるわけが無い。もし家族が悪人でいつでも僕を見捨てられる状況なら、とも思ったがそれこそ無理な話だ。
──いや、ダメだ。お母さんは絶対僕を見捨てないし、そもそも僕が死んだらフリルも死ぬ。それは出来ない。
何もしなければ危険で、前に進もうとすれば家族と友人の存在が引っかかる。進んでも戻ってもリスクは大きい。面倒な状況になったな、とため息をつく。せめてフリルの「斉藤硝太が死んだら不知火フリルも死ぬ」という宣言を却下してくれたら動きやすいが、そう思ったように自由にならない。
──誰もいなければ、一人ならもっと簡単だった。犯人を捉えてその関係者も皆殺しにしてしまえば済む話。自分にはそれが出来る。大切なはずの家族が足を引っ張るなんて、考えたくもない。しかし間違いなく今の僕は、誰よりも弱い。
「あれ?硝ちゃん何してるの?」
ため息をついていると苺プロの中にある撮影室からMEMちょが顔を出す。撮影室、と名前はついているが完全防音かつ大きな鏡も設置されているためB小町の三人にとってはレッスンルームとなっている。
「いや、別に…MEMちょは?」
「今日のトレーニングが終わったから家に帰って動画撮ろうかなって」
「そっか、お疲れ様」
考えごとをしていたことはともかく考えていた内容がバレないように取り繕いながら話題を変える。JIFの後、B小町の三人は気を抜くことなく、外部講師を雇ってトレーニングを進めている。特にオンチとヘタウマと呼ばれたルビーとMEMちょのボイトレは難航している、と有馬先輩が言っていた。それでもB小町以外の曲を歌わせると40点代という壊滅的だった歌からはかなり良くなったらしい。らしい、というのはJIF以降ルビーの歌った曲を硝太は聞いていないから。今後のライブに期待させたいのか歌っている様子を見させてすらくれない。当然、マネージャー業を外された硝太がトレーナーと仕事をすることはなく、トレーナーが誰なのかすら分からない。
B小町と切り離された事に鬱屈としていると、MEMちょがこちらの顔を覗き込むようにして見てくる。するとと何か思いついたのか手を打つ。
「ねぇ、硝ちゃん今から暇?」
思い出し笑いをしているのか口角があがりきった顔のMEMちょが予定の有無を聞いてくる。MEMちょが何を考えているのかは分からないが特に忙しいわけでもなく、暇だ。何をするのか知らないが事件の捜査も行き詰まっていたので息抜きには丁度いいかもしれない。
しかしこれはあくまでこちらの都合。MEMちょが暇かどうか確認する理由にはならない。暇か聞かれているのが仮にアクアマリンなら動画の編集や意見出し等色んなことが出来るだろうが、僕にできるのはせいぜい荷物持ち程度。仮に荷物持ちだとしてもMEMちょは片腕が動かない相手に頼むような人間には見えない。
「暇だけ、ど?」
「社長ー!ちょっと硝ちゃん借りますねー!」
「別にいいけど…?」
「暇」と聞いた途端にMEMちょは近くで仕事をしていたお母さんに許可を取ってくる。お母さんも何をするのかわかっていないのか首を傾げている。ここで何をするのか聞かないあたり信用されているのが分かる。自分が入院している間もB小町の活動を頑張っていたのがよくわかる。
「じゃあ行こっか!」
だが、それよりMEMちょの要件を聞いていない。話によってはそれ相応の準備が必要になる。MEMちょが力を貸してほしいと言うだけあり切羽詰まった状況、とするなら今も元気な笑みを見せているのがおかしくなってしまう。
形のない、掴みどころのない不安を抱えながらMEMちょに引きずられるようにして家を出た。
◇◇◇
MEMちょ宅。
MEMちょの家は都内のアパートの一室。斉藤家における子供三人それぞれの自室より一回りほど広い程度の部屋にベットからパソコン、キッチンまで置かれている割と手狭な部屋でMEMちょはY〇uTuberをしているようだ。
そんな部屋の隅、カメラの死角からMEMちょを見る。
「コンメム〜MEMちょだよ、いえーい」
不思議な輪っかのライトに照らされながらカメラに向かって元気に挨拶をするMEMちょ。
「今日は、この前アンケートで募集した『リスナーのみんながMEMちょにやって欲しいゲーム』をやってみたいと思いまーす!」
MEMちょはそう言って最新のゲームの実況を始める。ゲームプレイの一点に絞って言うなら上手くは無い。ゲーマーでは無い自分ですらもう少しやれると思うほどに下手な部類に入る。
しかしプレイは下手でもその度に愛嬌を感じる悲鳴を上げたり、珍プレイをしたりと順調に進まないからこそゲームではなくMEMちょが主役の動画になるようにやっている。これが全部計算づくなら魔性の女、時代が違えば傾国の美女と言われるものになっただろうと思う。MEMちょ本人は善良な女性なのでそんなことにはならないだろうが。
そんなMEMちょの姿を見ながら、何故連れてこられたのかを考える。まずもって今の自分が役に立つという事はありえない。動画の撮影は前から決めていたことだろうしこれまで一人であれこれ一人でやってきたMEMちょが手伝って欲しいことなんて無いはずだ。
となると見て経験を積め、ということだろうか。確かに腕の負傷で実質働けない状態でも相手の動きを見て模倣することは可能だ。しかしそれはあくまで芸能人としてのものでありあくまでマネージャー等サポートに回るのが目的の自分が覚える必要性は欠けらも無い。
「またやられちゃったぁー!…はい、っと」
そう考えている間もしばらくゲームをやってたMEMちょだがキリがついたのか一旦撮影を止める。
「どっかしたの?」
「うん。ここからは裏作業かな…流石にこれ入れたら動画時間長くなっちゃうし」
「ふーん」
MEMちょの動画は投げ銭のできる生放送の割合が高いが37万人という登録者を持っているので普通に動画を撮って撮影することも多い。広告収入だけで30万~50万程度儲けている、との事。Y〇uTuberって稼げるんだな、っと考えているとMEMちょは伸びをした後に無言で手招きをしてくる。大人しくMEMちょに近づき、その隣に座る。
「で、どうだった?」
「どうだった、か…不思議な話だけど。プレイはド下手なのに引き込まれる感じがした」
感想を聞かれたので素直に思っていたことを話すとMEMちょは気の抜けたような声でそっかーと一言だけ言って天井を見上げる。
プレイが下手と直球すぎる意見に傷付いたのか、と思ったがMEMちょの瞳はキラキラと輝いている。
「苺プロでアイドル初めてもう3ヶ月。夢だったんだ、こういうの」
MEMちょはしっとりした声色でこれまでのことを振り返る。アイドルを目指してオーディションを受けるも母が倒れ、弟達のために働いた時間。その時間をMEMちょは無駄だったとは思っていない。弟達は大学まで行かせられて今は母親も元気になって働いている。好きに生きて良くなった。しかしその頃にはもう20歳を超えて、アイドルのオーディションすら受けられなくなっていた。
オーディションの年齢制限に意味があるのかどうかは問いたいがそれは置いといてMEMちょは家族のために自らの夢への挑戦権を失ったと言える。
「硝ちゃんが言ってくれなきゃさ、私はアイドルになれなかった」
「気づかなかっただけだよ。前からB小町は新メンバー募集中だったし」
MEMちょはアイドルになれたことに感謝しているが苺プロにならともかく僕に感謝するのはお門違いだ。
今回はたまたまB小町が新メンバー募集中で、たまたまMEMちょが目に入って、たまたまMEMちょがアイドルになりたかった。偶然の結果でしかない。MEMちょがブサイクなら、可愛げが無かったらアイドルに誘おうとすら思わなかった。B小町がメンバー募集をしていなければMEMちょがアイドルになりたいと言っても断っていただろう。あくまでMEMちょと苺プロの努力の結果で、斉藤硝太という男がこの世に存在しなくても結果は変わらなかった。
「でも大事な事だよ。私、Y〇uTuber続けてるけどさ、アイドルの夢が捨てきれなかった。無理だって思いながらずーっと心残りだった」
「…夢は呪いと同じだ、呪いを解くには夢を叶えるしかない。だから途中で挫折したやつはずっと呪われてる」
自分には夢がないからその気持ちを共有できるとは言えないが理屈としては理解できる。
違う決断をしておけば今より良くなっていたかもしれないと思うことはある。例えば、母と生まれて初めて喧嘩した時、無理矢理にでも理屈を通しておけば自分は高校生にはならなかった。もし自分の推理が正しくてフリルのストーカーがフリルを殺そうとした動機がアイの関係者である自分が近くにいたからだとしたら事件が起こることすらなかった。だれも傷つかずに済んだ。フリルに変な使命感を与えることも、フリルの事務所が騒ぐようなことにもならなかった。
「じゃあ硝ちゃんは私の呪いを解いてくれたんだ」
「だからそれは」
「硝ちゃんのおかげだよ。だって硝ちゃんは私の気持ちに気づいてくれたんだから。私本人ですら諦めた夢を、ね」
MEMちょに頭を撫でられながらMEMちょを、スカウトした日を思い出す。
『やりたい理由があってちゃんと素質があるなら、それ以外の事は誤魔化しちゃえばいい』
軽い気持ちでMEMちょに言った言葉。今もその言葉を訂正する気は無いが今思えば短慮な発言としか言えない。MEMちょがアイドルを諦めた時の気持ちは自分には推し量ることすら出来ない。夢を諦めることになる泣いた日もあっただろう、もしかしたら原因となった家族を恨んでしまっていた可能性だってあるかもしれない。
あの言葉を聞いた時MEMちょはどう思ったんだろう。感謝の裏に「私の気持ちも知らないで」「軽い言葉を言うな」という言葉が混じっていたかもしれない。MEMちょは優しいから、それを表に出すことは無い。言葉のナイフをこちらに向けることはしない。けど仕返しが来ないのは、傷つかなかったという意味では無い。小さくても大きくても傷は傷だ。
「だから私も硝ちゃんのやりたいことはやらせてあげたいな、って思うんだ。そりゃあ怪我したんだから治すの優先だけどね」
「…僕は」
「僕は身勝手な感情で腕を怪我して家族に迷惑をかけました」そう言おうとしたがいい切る前にMEMちょの人差し指が口の上に乗って抑えられる。
「硝ちゃん、私は聞かないよ。硝ちゃんが何を守るために怪我しちゃったのか。知りたいけど、聞かない」
「けど」
MEMちょの真剣な顔に思わず身震いする。丁度10年歳が離れている、見た目は同年代ながらも大人のMEMちょの言葉は重い。
MEMちょも何となくわかっているのだろう。事件の日、わざわざ自分が苺プロのみんなから離れたのには理由があることを。まだフリルとの関係まで察しがついた訳では無いだろうが、「何を守る為」という言葉からして誰かを庇ったということはもうバレていると言っていい。その上で聞かないと言い切った。それはMEMちょはそれ以上追求しない、推理すらしないということになる。
「だけど忘れないで。硝ちゃんが怪我したり、死んじゃったりしたらみんな悲しむ。私もそうだし、ルビーも、アクたんも、かなちゃんも、ミヤコさんも」
自分が死ねば悲しむのは家族。言われて当然の言葉で入院してから耳にタコが出来るほど聞いた。分かっているから今の自分は何も出来ない。誰も悲しまなければ自分は何も考えずに生きていられたのに。
「分かってる、だから──」
「だから何もするな、なんて言わないよ。硝ちゃんはみんなの為に頑張ってれる子だって私わかったから、ただちゃんと硝ちゃん自身のことも見て欲しいんだ」
MEMちょは声色や口調は優しいが言葉は厳しく感じられる。要約すれば自分のことも大切にしろ、と言いたいのはわかる。
だがそんなことを考えては本当に何も出来ない。我が身可愛さで機会を失えばそれだけで家族を危険に晒すかもしれない。少なくともフリルのストーカーの共犯者がこちらを狙わないという保証がなければ意味が無い。自分も自爆することが目的では無いので死ぬ事が絶対条件では無いが周りに比べてあらゆる能力が劣っている自分が使える手札は少ない。どうしても相打ち覚悟の特攻という手札が必要だ。
「難しい?」
「…やれることならやった方がいいとは思う」
「意外と強情だね硝ちゃん」
MEMちょはまた天井を見上げて黙る。MEMちょが本気で心配してくれているのは分かるしその好意を無駄にしたいと思っている訳では無い。ただ、誰かを犠牲にするぐらいなら自分が犠牲になるのが一番都合がいい。今苺プロがなんの問題もなく回っているどころかJIF以降B小町は躍進を続けているのがその証拠。
「けど」
「ん?」
「MEMちょの言うことは、ちゃんと聞くよ」
「うーん、本当は硝ちゃんらしくして欲しいんだけど…まいっか。この辺が落とし所だよね」
MEMちょは信頼出来る善人だ。彼女の指示で動くのなら悪人になることや家族を悲しませるような人間になることはまず無いだろう。
MEMちょは少し考えるが納得したようで首を縦に振るとまた手をこちらの頭の上に乗せる。
「私達は硝ちゃんのお姉ちゃんだからね。硝ちゃんがちゃんとしたオトナになれるように頑張らないと」
「…僕は大人だよ」
幼い頃の記憶が無いことを考慮してももう16歳になった。短い間とはいえ仕事もしていたしもう大人の仲間入りを果たしたと言ってもいいだろう。しかしMEMちょはニヤニヤしながら頭を乱暴に撫で回す。
「大人ぶってるんじゃないよ、ガキ」
ニヤついた顔のMEMちょが言った言葉は妙な色気を感じさせた。
楽しそうに姉やってるMEMちょ。硝太が落ち着いたいい子のフリした大人ぶってるクソガキだから姉役するのそりゃ楽しいよな…それはそれとしてちょっとMEMちょ湿度高くない?
そんなお話。
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この二人の会話録画してフリルに送付したら投げ銭くれそう。