【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
MEMちょが退院した硝太に感謝と注意喚起を行うだけのお話。
MEMちょはゲーム下手
それでいて癒し


#69 ディスコミニケーション

 新学期に入ってすぐのテストも終わり、学校が落ち着いてきた頃。入学して半年が経とうとしている時期。

 フリルはストーカー事件で暫く休止していた芸能活動を再開しその遅れを取り戻すように仕事を詰め込んでいたがそれも落ち着いてきた。世間から隠しているとはいえ、事務所の稼ぎ頭がストーカーに追い詰められた挙句襲われてそうになった事件の影響は大きく、平常運転に戻ったように見えて事務所はピリついている印象がある。事件のこと自体は事務所の中でも限られた人間しか知らないが、硝太から伝えられた「ストーカーの共犯者がいて、その共犯者は事務所の人間の可能性が高い」という言葉は無視できないようだ。マネージャーの氷室が硝太と連絡を取り合っている姿を何度か見る。氷室は硝太に期待しているのと同時に事件にまだ疑いがあるのだ。犯人は捕まっているので警察としては事件は既に打ち切られているものなのかもしれないが当人たちにとってはまだ永く残ることになりそうだ。

 

「そういえばフリルちゃん、あれから硝太とはどうなの?」

 

 放課中、スマホを見ているフリルの元にルビーが歩いてきて近くの椅子に座る。いつも一緒にいるみなみは今日は仕事で休みだが、周りから人は消えない人当たりのいいルビーだが、今はフリルと一対一で話したいたからか周りに誰もいない。数いる芸能人の中でも最も有名なタレントの一人と言ってもいいフリルは最初の一、二ヶ月は割れ物のように丁重に扱われていたが半年近く経つと売れているからという理由の上下関係は自然となくなって学校に馴染んでいた。その代わりに学年差による上下関係は意外と大きく特に一般科の生徒からの視線は厳しい。昼放課になると毎日のように遊びに来る硝太を除けば一般科の生徒と関わる機会はほとんどない。その硝太もルビー、フリル、寿みなみの三人と上級生の有馬かなを除けば芸能科で会話をするどころか挨拶をする相手すらいないので多数の生徒からすれば実質居ないようなものだか。

 そんなフリルと硝太は夏休み後半のある日二人で出掛けた。思春期の男女からすれば男女二人で遊んだらそれはもうデートである。ルビーは事前にフリルの恋愛感情を聞いており、硝太の好みをアドバイスしている。デート後の二人の関係が気になるのも無理は無い。

 

「二人で映画行ったんだよね?その後は?」

「うーん。なんともない、かな」

 

 デート、とは言ってもフリルとルビーがそういう認識なだけで硝太の認識は事件捜査の協力者としてフリルを誘ってその帰りに映画を見たと言うだけなので関係が発展しないのも無理は無い。しかし硝太の認識がそういうものだということはフリルは知っていてもルビーは「あの子の事だし友達と遊ぶとしか考えていないんだろうな」と近いことは予想しているもののそれ以上のことは知らない。

 不知火フリルの恋愛事情なんて週刊誌に聞かれた日にはストーカー事件が世間に出てないこともあり、毎日のように記者が学校や仕事場を包囲するだろう。芸能科は恋愛事情を握り合う運命共同体のような仲間意識が強い関係なので芸能科のほか生徒に聞かれても大きな問題にはならなさそうだがそのような意識のない一般科の生徒に聞かれたら即リークされるだろう。

 

「えー無いのー?硝太にはやっぱり恋とか難しいかー。フリルちゃんの好きがわかんないだろうねぇ」

 

 誕生日を迎えて16歳になりながらも恋愛できるほど情緒が育っていない弟を思い出してルビーは思わず頬が緩む。

 ルビーは姉として硝太のことを本人以上に知っている自覚がある。基本的に身内を除く相手と共にいることを嫌うことはもちろん、映画館のような閉鎖的で人が集まるところが苦手な事も。そんな硝太はこの半年で別人と言ってもいいほど変わった。家族を除き必要最低限の会話すらせず、常時戦場にいるように周りを警戒し続けていた硝太が明らかに『普通』の人間のようになった。そこにフリルの影響は確実に受けている。少なくとも、必要な時に命をかけられるだけで死にたがり屋では無い硝太が自分を犠牲にすることを厭わないぐらいにはフリルのことを大事に思っている。言ってしまえばフリルが今から気持ちを言葉にして伝えて「付き合ってくれなければ死ぬ」と無理やり迫れば交際することは可能だろう。無論、そんなことをしようとしたらルビーは硝太の姉としてもフリルの友人としても止めなければならないが。

 

 

「言ったんだけどね、硝太に『好き』って」

「…へ?」

 

 可愛らしいやり取りから急にフリルがぶっ込んだ発言にルビーの表情が固まる。

 今、フリルは硝太に告白をしたと言った。あの恋愛感情を持つほど情緒が育っていない小学生のような弟に告白したと言った。──いや、それはいい。別に悪いことでは無い。だがしかし、いくらなんでも早過ぎないだろうか。例えるならウルトラマンが変身した瞬間にスペシウム光線を放つようなものである。ルビーも恋愛のブレーキがないタイプだがフリルほど自由では無い。

 

「硝太に告白したんだ。硝太からしたらLoveじゃなくてLikeの方なんだろうけど」

 

 フリルは困った、と言わんばかりの顔で小さく溜息を吐く。彼女からすれば本当に困った話なんだろう。「私は君が好きだ」と言っても「両思いの男女はお付き合いをする」というプログラムが入っていない硝太にそれを言っても「そっか、ありがとう」しか返ってこない。ならばとその内容を入れたら硝太は「お付き合い」を間違えてその場のノリで付き合い始めてしまう。それどころか、勘違いで結婚まで進めてしまいかねない。ルビーにとって硝太はそれほどちゃんと見てないと何するのか分からない弟である。

 もし硝太が映画を見て理解していたら、毎日学校の行き来でデートしたりしていたのかもしれないと思うとフリルの速さにルビーは驚きを隠せない。

 

「迷い無さすぎない?」

「似た者夫婦ってこと?」

「夫婦!?」

 

 硝太の事が好きになったからか、それとも元々そういう女性なのかフリルの発言がぶっ飛んだものになっている。

 硝太が決めたら迷わず突進するような性格なので似ているというのならまだわかるが、LoveとLikeの違いで分からないという理由で断られたようなものなのに夫婦と言えてしまうメンタルは正直欲しい。

 

「私は硝太の嫁になるんだよ、ルビー(お義姉さん)

「つ、強い…告白失敗したとは思えないほど強い…」

 

 普通の人なら既に敗北したと諦めているだろうに、圧倒的な自信とそれをナルシストと思わせない実力にルビーは気後れする。それはそれとして告白を硝太(当の本人)にスルーされてるが、それはルビーも対して変わらない。

 

「…やっぱり硝太ってせんせと似てるよね

 

 自信満々なフリルをみて、現在のフリルと硝太の関係性が今もどこかにいるはずの好きな人(雨宮吾郎)昔の自分(天童寺さりな)に似てると感じる。好きだと伝えてもやれ年齢がどうだ、恋愛がどうだとかわされる。そのくせ好きな物はちゃんと共有してくれるし優しい。硝太の場合は単純に情緒が育っていないのと不勉強なのが重なった結果だがやってる事とかわし方は非常に似ている。これではまるで双子だ。

 

「…もしかしてせんせと硝太って魂の双子?」

 

◇◇◇

 その頃、一般科教室。

 

「「へっくしょん!」」

 

 硝太とアクアが完全に同じタイミングでくしゃみをする。頭が振られる等の体の動きも完全に一致する。長い時を過ごした兄弟のシンクロに教室の隅を見ていた生徒の何人かが影で笑う。

 その方向に硝太が睨みをきかせると笑っていた生徒は一気に顔を青くして教室の外へと逃げていく。

 

「どうした星野、風邪か?」

「いや、大丈夫だ」

「なら噂話だな。お前の周り可愛い子ばっかりいるからその子たちにウワサされてんだろ」

「どうだろうな」

 

 そんな中一人の男子生徒がアクアの正面に座る。入学当初からアクアと仲良くしている彼は芸能科のある方向を指さす。一般科の生徒でありながら俳優として、芸能人として仕事をしているアクアはハッキリ言って異質だ。特に芸能人としても通用する圧倒的なルックスと闇っぽい雰囲気は多くの女子生徒の心を射止め、学校内では非公認のファンクラブもある。今でさえ遠巻きにアクアを見つめる目線があるのだから、もし黒川あかねと付き合っていなければ今頃校内の大半の女子生徒を侍らしながら学校生活を送っていただろうと思う。

 

「いいよなぁ、星野。可愛い女の子選び放題でよ、俺にも一人ぐらい──」

「おい」

 

 彼女持ちでありながら美人が周りにつくアクアを羨ましく思った男子生徒は「1人ぐらいくれよ」と冗談半分で言おうとした、その時。低い殺し屋を思わせるような声が男子生徒の耳に入る。一気に顔を青くした男子生徒は恐る恐る周りを見る。右、左、そして上を見上げる。

 

「───」

 

 そこには離れた場所にいたはずの硝太がその男子生徒の真上に、つまり天井に張り付いていた。張り付く、とは言っても吸盤のようなもので吸着されている訳ではなく、天井に立つように張り付いている。純粋な脚力と体幹、そして足の握力だけで重力が反転したようにその場に立つ硝太。片腕には相変わらず三角巾を巻いていて、その端と髪が重力に従って下に垂れていなければ本当に重力が反転していると錯覚するほど自然に硝太は立っている。そしてその右目の瞳は燃えるように青く染まっている。目だけで人を殺すのかと思ってしまうほど殺意のこもった瞳とその現実に男子生徒は言葉を失い、座っていた椅子から倒れて尻もちをつく。

 

「硝太、降りてこい」

 

 現実離れした状況にもアクアは全く動じずに硝太に命令する。すると硝太は思ったより素直に天井から降りてアクアの隣に片膝をつく。

 アクアから見ても硝太らしくない無駄の多い脅しだが男子生徒には効果覿面だったようで男子生徒はアクアから距離を離す。

 

「…むぅ」

「むうじゃない。やりすぎだバカ」

 

 硝太はまるで物語の騎士が領主に忠誠を誓う時のように片膝をつきながらも頬を膨らませて講義の意志を示す。アクアの命令のため従ったが本当なら殺してしまいたかった、と思っていることは周りにも丸わかりだ。アクアはため息をついて硝太の膨らんだ頬をつつく。

 硝太はアクアに叱られ頬を膨らましながらも大人しく元いた位置まで戻る。右腕で頬杖をつきながら芸能科のある棟の方向を見ると他の生徒もやっと落ち着く。

 一般科の教室は毎日こんなものだ。アクアが居ない日は確かに出席しているのに先生にすら存在が気づかれないほど影が薄くなり、昼放課になればどこかへ行ってしまう。入学当初は話しかけに行こうとする生徒も数名いたが明らかに敵としか見ていないような殺気にかかり、散ってしまった。それだけならただの気難しい子供で済んだが最近事件が立て続けに起こったことで硝太も攻撃的になり、間違いなくクラスで浮いている。新学期現れた時に三角巾をつけた姿を見た時は「遂に殺ったか」と噂になったほどだ。芸能人として華々しく映るアクアとは真反対のギャングやヤクザのような血なまぐさい印象を取られる硝太。当然のことだがクラス内では腫れ物扱いである。

 

「助かったよ星野。お前も大変だな、あの化け物の相手すんの。俺だったら家帰れねぇよ、ホームレスの方がマシだね」

「…そうだな」

 

 一番の問題は硝太本人がそれをなんとも思っていないから改善する気がないどころか今回のように余計に悪辣に動いている。ミヤコさんに言えばある程度は改善されるだろうが硝太にとってクラスメイトは敵以外の何物でもないので心象を変えることはできないだろう。この問題は硝太が変わらないと解決はできない。

 とはいえこれ以上やられたら問題が発生するのも時間の問題だ。アクアは席を立ち硝太のもとまで行く。

 

「硝太、仲良くなれとは言わないがもう少し上手くやろうとはしないのか」

「あいつ、姉さんたちをトロフィーとしか見てないでしょ。そんなのが兄さんたちの周りにいるのが嫌」

 

 硝太の苛立ちも理解できるが今回はそれ以前の問題だ。良くも悪くも正直な硝太と学校はどうしても相性が悪い。ルビーは硝太が芸能科の生徒達からは警戒心が強い忠犬のように見られていると言っていたが硝太の本質としてはこちらの方が近い。あかねの自殺未遂、ストーカー事件とショッキングな出来事が続いたこともあり、硝太は警戒心が高いだけではなく今まで秘めていた攻撃性も剥き出しになってしまった。

 

「…わかったよ。変なことをしなければいい?」

「その辺が落とし所か」

 

 アクアに言われるのに耐えかねたのか渋々、と言った顔でアクアの言葉に頷く。アクアももう少し踏み込みたかったが少しいいつけた程度で治るわけでもない。落とし所としてある程度のラインを向けるだけで済ませた。

 

「そういえば硝太、お前今日も行くのか?」

 

 話をとりあえず切ってアクアは別の話題、硝太が最近帰りに行っている場所に切り変える。周りの生徒が聞き耳を立ててないことを確認すると硝太は先程までの攻撃性が嘘のように消え去り自然体で頷く。

 

「ん?あ、うん。待たせてるからね」

 

 今まで学校が終われば即帰宅だった硝太に寄り道の概念が生まれるとは。その面倒見の良さをクラスメイトに少しでも分けてやれよ、と思いつつも硝太の新しい変化をアクアは肌で感じていた。

 

◇◇◇

 

 その日の放課後。

 硝太は学校帰りにビニール袋片手に硝太は東京の一等地に立つ高層マンションに立ち寄る。富豪しか立ち寄らない駅近かつ周りに商業オフィスやらデパートやらあるマンションのさらに高層。学校に行く時のリュックサックを背負って片手にビニール袋を持ち、もう片手は三角巾に包まれている硝太は場の雰囲気に全く会っていない。

 

「お疲れ様でーす。斉藤です、来ましたよー」

 

 警備員達の目を掻い潜り目的地に着くと硝太はピンポンを鳴らし、反応が来る前に器用に口で鍵を使って中に入る。部屋はかなり大きく、大きな玄関を抜けるとある大量の机が並んだ仕事場がある。そこから抜けた先にあるのは数日前までゴミ山だったキッチン。

 

「せんせーアビ子先生、お疲れ様です」

 

 ビニール袋を下ろして最奥の机に向かってペンを走らせている一人の女性に声をかける。女性は硝太の方をチラリと一瞬だけ見るが特になんの反応もせずに机に向き合う。

 手入れされていないチリチリの紫がかった髪の毛。硝太ほどでは無いが低い身長に童顔で制服を着せれば中高生と言われても30パーセント位は信じてしまいそうに見える。

 

 彼女の名前は鮫島アビ子。国民的人気マンガ『東京ブレイド』の作者であり、今はクラス内にも馴染めない高校生を家政夫代わりに使っているダメな方の大人である。




ダメな方の大人である(明言)
この小説ダメなやつばっかだな。シンプルに殺人鬼、クラスメイトに威圧的なやつ、女の敵、ダメ男好き…どうすんだこれ。

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ルビーとフリルだけが癒しだよこの話
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