【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
アクア、有馬、硝太の三人が吉祥寺と共にアビ子宅へ
アビ子は舞台『東京ブレイド』の脚本にガチギレ中(舞台の視察はまだなのでアクアと有馬とも初対面)
硝太、アビ子に共感し何かしようと企む
の3点


#71 自由人(中編)

 アビ子の向き合う問題は言葉にすれば簡単だ。自作のリスペクトが足らないと思われる脚本家と相互理解をすること。しかし脚本家も漫画家も創作者。譲り合える最低ラインはあり、そこを上手く調整する必要しなければ最悪誰かが負けるしかない。

 

「今回の場合問題はアビ子先生の修正が上手く行ってないことだと思う」

 

 少し離れたところでアビ子と吉祥寺が会話しているのを横目に見ながら硝太は最新と思われる台本と昔のものを見比べる。

 当然脚本はアビ子の言われたポイントを治さそうと手を加えているがその変更の仕方がアビ子の想定とは違うもののようでより強い言葉で次の修正指示が出されている。

 

「アビ子先生の指示は案外彼女の世界に入り切ったセンス由来のものだ。正直なところアビ子先生の作品を読み込んでないと理解できないと思う」

「脚本家が意図をわかってないからわかるようにしろってアビ子先生に言うのか?」

 

 硝太は首を横に振る。漫画家のセンスやらなんやら詳しいことは硝太には分からないがアビ子本人も分かりにくくしようとして言うわけが無い。アビ子にとってはその言葉の通りなんだろう。とすると言い返させようとすると最悪意味が歪曲化する。

 

「いや、面倒事は避けたいし僕が間に入って翻訳するよ」

「無茶言うな。お前漫画のことも舞台のことも何も分からないだろ。それじゃどれだけ上手く行ったとしてもアビ子先生が直接脚本書いてるのと同じだ」

 

 硝太の無茶な提案を、アクアは速攻で棄却する。どれだけ硝太が『東京ブレイド』が好きだとしても一ファンでしかない。漫画の技法やセンス、制作の裏事情や舞台に関する情報等知識が欠片もない。脚本を実際に書くのが脚本家だとしても何も理解しないまま伝えることができるはずがない。硝太が上手く伝えられるかと考えると無理がある。それならアビ子に一から全て脚本を書かせた方がいい。彼女の負担も大きいが硝太を間に噛ませても負担が減るわけでもない。

 

「じゃあ今から…」

「無理だろ。舞台の脚本に必要な知識量や経験はそんな簡単に付けられるものじゃない」

 

 今から知識をつけてサポート、だとしても必要な知識量、経験。何もかもが硝太には足りない。これがもし子供がやる学芸会のレベルならそれでも許されただろうがアクア達がやるのは見に来てくれた人に金を払わせる『舞台』である。硝太が制作に手を出せる要素は毛ほどもない。

 

「こういうものってね。原作者と脚本家の間にプロデューサーとか編集とか色んな人がいるのよ。色んな人がそれぞれのキャラクターの出演時間とかセットとか予算とか考えながら作品を作ってんの。そもそもアンタに出来るなら脚本家がアビ子先生の意図をとっくに汲んで作品作ってるでしょ」

 

 硝太の無茶な意見を尽く叩き潰したアクアに有馬が補足する。舞台の脚本を原作者が書くと思っていた硝太は知らなくて当然な話ではあるが舞台の脚本には多くの人とそれぞれの事情が絡む。アクアが子供の頃に五反田監督言われた「映画は芸術ではなくビジネスの場」という言葉の通り舞台もビジネスだ。役者にセットに劇場にと様々なところに予算と人員を使う。それだけの事をしたら元を取るのはもちろん、大きな儲けがいる。そうでなければ舞台は次に進まず、給料も払えない。

 そんな当然の事を言われた硝太は暫く黙って有馬の方を見ると頷く。

 

「あーなるほど…じゃあやれることやって見ますか」

「話聞いてた?」

「僕が首を突っ込まなければいいんですよね?いや、最初から違和感はあったんだ。この問題案外簡単だと思いますよ」

 

 アビ子と脚本家の間に入るはダメだと言われているのに一人で納得する硝太を見て有馬とアクアは顔を見合わせる。

 有馬はアクアに恋愛感情を持ってはいるが現在の硝太の様子を見ると恋愛感情より経験から来る「硝太がなんかやり出す瞬間」の気配から心配が勝つ。

 

「嫌な予感がする」

「奇遇ね。私もそう言おうと思っていたわ」

「頼子ちゃん!」

 

 二人が止めるより早く硝太はアビ子と吉祥寺の元に行くと吉祥寺の手を握る。「これ」と決めたら迷わず実行するのは硝太の美点であると同時に困ったところでもある。

 

「舞台の人達全員集合させよう!」

「──はい?」

 

 硝太が満面の笑みで放った言葉で吉祥寺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり、アクアと有馬は嫌な予感が的中して頭を抱える。

 

◇◇◇

「──っと言うわけで脚本家の人連れてこようよ」

 

 アビ子と吉祥寺に自分の作戦を説明して早速実行に移そうとする硝太。

 その作戦は原作者(アビ子)と脚本家を始めとした脚本に関わるメンバーを全員招集してミーティングみたいな形で決めればいい、という簡単なもの。有馬が言った「プロデューサーや編集等色んな人がそれぞれのキャラクターの出演時間やセット、予算とか考えながら作品を作ってる」との言葉から導き出した言葉にしてしまえば非常に簡単な案である。

 当然の事ながらこの案の問題点は数多くある。一つはそれだけのメンバーをどうやって集めるか。アビ子はもちろん舞台の脚本家もプロデューサーも暇では無い。舞台のセットや俳優のスケジュール等考えることは沢山ある。仮に時間を作れるとしても硝太やアビ子が呼べるのはせいぜい編集ぐらいなものだろう。

 

「兄さん、鏑木のおっさんどこ?今回もどうせあのおっさん絡んでるんだろ?叩いて吐かせようよ」

「鏑木さん今回は絡んでないんじゃない?舞台やってるなんて話聞いたことないし…まぁ私達の斡旋ぐらいはしたかもしれないけど」

 

 その問題点の解決策として硝太は鏑木の名をだす。『今日は甘口で』、『今からガチ恋始めます』等これまでアクア達が出演した番組の大半に関わっているプロデューサー。彼なら今回の舞台にも関わっていて関係者を全員呼び出すぐらい造作もない…と思ったのだが有馬はその可能性を否定する。

 

「仮に呼び込めたとしてプロデューサー達がその通りに動くと思うか?」

「それはアビ子先生の権限で何とかなる。こういうものには同一性保持権ってものがある。これを振りかざせば最悪アビ子先生の案を丸ごと通せる」

 

 著作物には著作者人格権というものがありその中には同一性保持権が含まれる。簡単に言うと自分の作品を無断に改変されない権利、今回の舞台が『東京ブレイド』の舞台である以上アビ子は強引にでも脚本を書くことが出来る。

 もし脚本家が『東京ブレイド』を改悪してでも自分の作品にしようとしたらその権利を行使してアビ子が脚本を書ける。

 

「ま、そんなややっこしいことするなら最初からアビ子先生に脚本書かせるのが一番簡単なんだけどね」

「じゃあそれでいいじゃないですか」

 

 肩を竦めた硝太の後ろから今まで黙っていたアビ子が口を挟む。アビ子はパッと見小学生低学年にしか見えない硝太をまるで親の仇のように睨みつけている。

 自分の作品を汚すような舞台を楽しみにしているような言葉を言い、不平不満をいえば脚本家達を集めればいいなんて今どういう事態なのか理解もせずに好き勝手言っているだけの傍観者に向ける目線としては妥当な部類に入る。

 

「何度も、何度も変えろって言ったのに変えるどころかもっと気持ち悪くして。好き勝手にキャラねじ曲げてもおかしいって思わないですよ。きっと舐められてるんです、私」

「…アビ子先生」

 

 アビ子は漫画家の中でもかなり若い。累計5000万部売り上げた漫画家と聞くと何十年も書き続けているような印象を受けるがアビ子はまだ22歳。硝太とすら6歳しか離れておらず、長い業界の中で舐められることも多くある。『東京ブレイド』が売れる前は相当苦労し、その時の経験から自分は舐められてる、と思うようになった。『東京ブレイド』が売れた後は大抵の相手は漫画の売り上げで逆に威圧できたがその結果増長した面もある。

 本来仲間のはずの出版社でさえ、今後舞台側と関係を続けるために原作者のキツイ注意を通さずなあなあで済ませようとする。今の彼女には『仲間』がいない。

 

「僕も、本当はそれが一番いいと思います」

 

 そんなアビ子の内心を見た硝太は素直に自分の感想を言う。

 アビ子の目はより細くナイフのように鋭くなる。主義主張があっちこっち行っていて硝太が理解できない。ただその態度から適当な人間なんだろう、と当たりをつける。

 

「舞台がどうとか、セットがどうとかよく分かりません。僕はただ『東京ブレイド』が好きなだけなので、アビ子先生に書いてもらうのが一番いいって思ってます」

 

 最初に舞台の脚本を見た時、何となく『東京ブレイド』っぽくないなと感じた。キャラのセリフか、細かな動きか。色々な要素が入り乱れてはいるが結局感覚的な話である。

 『東京ブレイド』のファンであり、一番面白い漫画だと思っている硝太だが、元々サブカルチャーとの接触が少ないのもあり、『東京ブレイド』も一巻が出た時から読んでいる古いオタクだったり、生活に溶け込むほど読み込んでいる訳では無い。それでもアビ子のマンガを素直に面白いと思えている硝太にとって舞台はあくまでマンガに引っ付いているもの。なら原作者が書くのが一番解釈違いも起きずアビ子の書く新しい『東京ブレイド』が見れて満足できる。

 

 硝太自身に自覚は無いが硝太にとってマンガやアニメはストーリーやキャラクターを楽しむものでもあるがそれ以前に他者を『理解』するものである。物語の舞台やキャラクターの思考からキャラクターそのものや作者の人間像を導き出し、その根底を『理解』するために『共感』する。『今日は甘口で』の漫画を読んだ時のように人の思考に共感するとそのまま溶け合っていく。そんな硝太が見たマンガの中で一番近いと感じたのが『東京ブレイド』。吉祥寺がアビ子と硝太が近いと感じたように硝太は内心でアビ子を『理解』して『共感』していた。

 

「でも、今回ばかりは身内が出るので。失敗は許されませんから」

 

 それでも、彼は斉藤硝太である以前に苺プロの女社長、斉藤ミヤコの息子で俳優の星野アクアとアイドルの星野ルビーの弟である。自分の趣味より家族の仕事。どれだけ無鉄砲な性格だろうとそこだけは間違えない、というより間違えてはならない。

 漫画家である鮫島アビ子は漫画を書かせればトップクラスだろう。しかし、舞台やドラマは完全に専門外。特殊な演出だったり尺の問題だったり新しく考えなければならない要素は多く、大人の事情も当然絡む。今までは忌避していたその要素も、出演者が兄と先輩で二人がこの舞台から爆発的に売れるかもしれないと考えると飲み込むしかない。

 二人のためにも失敗はありえない。

 

「有馬さんとアクアさん舞台出るの?」

「はい」

「そ、そうなんです」

 

 硝太の保護者として、『今日は甘口で』の関係者として呼んできた二人が舞台の出演者だったとは考えもしなかった吉祥寺は驚いた顔で二人の方を見る。アクアは否定せず素直に頷き、有馬は気まずそうに頷く。

 実は『東京ブレイド』はまだ稽古はおろか、ポスター等の広告すら出ていないない。本当なら二人が舞台に出るのことは文字通り身内と舞台関係者しか知らない。

 

「先生、このことはどうか内密に」

「そうよね。ごめんなさい」

 

 気付かぬうちに機密情報に触れていた吉祥寺は自分を窘める。まだ脚本が決まっていない段階で有馬やアクアがこうしてアビ子の前に現れるだけでも本当なら良くないこと。一人だけ状況を知っていながら欠片も気にしていない男がいるが、彼は知識がない一般人なので無理もない。

 それより、と件の硝太に目を向ける。結構好き勝手動いている硝太だが彼の案自体は悪くないように見える。アビ子先生が自作で譲るとは思えないし、このままでは本当にアビ子先生が全部脚本を書くことになりそうだ。しかしそれで上手くいくなんて保証は無い。ならば脚本家が意図を汲んでくれる可能性にかけて直接会わせる。もちろん揉めないようにプロデューサーや編集も合わせる必要がある。

 

「アビ子先生」

 

 硝太がアビ子に一歩、また一歩と前進する。

 先程まで怒気を見せていたアビ子は硝太が近付いてくるのに驚いたのか何故か後ろに下がろうとする、が後ろには当然壁があるので下がれない。

 さっきまで怒っていたのが嘘のように驚いているアビ子。硝太はそんな彼女のすぐ近くまで辿り着くとアビ子両手を器用に片手で掴んで自分の胸の上に置く。途端、アビ子の瞳が揺れる。

 

「僕、『東京ブレイド』が好きです。貴女の作品が好きです。だから、貴女の言葉を守りたい。だから僕は───」

 

 周りの3人に聞こえないように小声で何かを呟く。硝太の言葉が唯一聞こえたアビ子の頬が緩む。

 

「なんですか、それ…」

「おかしいですか?でもね、大切なら守りたいって思うのが人間なんだって、お母さんが言ってました」

 

 ふにゃけたような顔でアビ子は笑う。そんなアビ子の表情を見て硝太は優しい笑顔を見せる。

 

 アクアにはその顔がミヤコの表情にそっくりに見えた。




うわっ、急にマトモになるな!
身内というか一回懐に入れたり共感した人にはめちゃくちゃ甘いのが硝太。それはそれとしてアクアや有馬が大事だからその時がきたら自分を曲げる覚悟はある模様。──普通に厄介では?それ
前回に引き続きかなちゃんが姉してる。アクアが語気強めな分優しめな姉ですね。

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事態引っ掻き回すことに定評があるって書くと末っ子感出るな
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