東京ブレイドの舞台の脚本問題に(原作とだいたい同じ)解決案を思いついた硝太。持ち前の後先考えない性格通りにマンガ家コンビに提案する。
「わかりました、今度編集に掛け合ってみます。私これだけ終わらせるのでその辺で寛いでて…」
話が纏まり、満足したアビ子が作業していた椅子に再び座る。原稿を再び書こうとしたのかペンに向かって手が伸びるが、その手は直前で止まる。
「えっと…そういえば先生、この子達は?」
先程まで話をしていたので忘れていたが硝太達が当然のように家にいる状況に戸惑うアビ子。吉祥寺が家に誘い、入ってきていいとは言ったが誰を呼んできたのかという話はちゃんとしたわけでもない。
「『今日あま』でヒロイン役をしてくれた有馬かなさんとストーカー役をしてくれた星野アクアさん、そしてその弟の硝太君」
「失礼してます」
「ああ、はい」
三人が揃ってぺこりと頭を下げたのでつられて頭を下げる。『今日あま』のドラマと聞くと顔だけイケメンの演技下手な役者を使った駄作でアシスタントをしていたアビ子は最初の一、二話だけみてリタイアした。その為有馬はともかくその時に出演すらしていなかったアクアは始めてみる。もちろん、関係者でもない硝太もだ。
しかし硝太の話は吉祥寺に聞いたことがある。自分に似た小学生ぐらいの男の子、と言われていたが確かに吉祥寺の言う通り見た目と突然の奇行は小学生にしか見えない。
──となると
演技下手な役者二人と子供一人。吉祥寺が友人として人に合わせる面子と考えると最悪の部類に入る。しかも演技下手な役者二人は自分の舞台にも出る、という話が先程耳に入ってしまったので『今日あま』のことは置いておいたとしても見過ごせる話ではない。
「『今日あま』の…とんでもない大根役者でしたね」
「ヴッ!その節は、どうも…」
正直すぎる発言に有馬がダメージを受けたのか血反吐のようなものを吐く。事情があったとはいえ自分で演技のレベルを落とした結果が最終回以前の駄作としか言いようのない『今日あま』なので責任を感じるのも無理は無い。打ち上げ時の吉祥寺の対応で幾らか収まったとはいえ駄作が良作になった訳でもないのでファンとして、アシスタントとして『今日あま』を書いていたアビ子の言葉は鋭く突き刺さる。
「意外とダメージ喰らったな」
一撃で弱気になった有馬をアクアが抱えて近くの椅子に座らせる。アクアは評判のいい最終回のワンシーンの撮影のみなのでそこまで突き刺さった訳では無いがダメージの大きさは理解できる。
「ちゃんとやれるんですか?私も下手な役者なんて使って欲しくないんですけど」
「大丈夫ですよ。二人ともいい役者です」
ダメージを受けた有馬に追撃する言葉を硝太が途中で遮る。実際二人は若い役者として高レベル。しかし傍から見たら身内を庇っているようにしか見えない硝太の発言では説得力がない。実際硝太は役者がどういうものかすら大まかにしか理解していないので身内を庇っているというのは完全な間違いという訳でもないが。
「いい演技ができる人だから、それが出来る土台さえ作れば二人とも売れます。だから今回の舞台は成功させることが前提なんです」
二人の望みを知らない硝太だが、役者として働いている以上売れたくない訳が無い。苺プロとしても売れて欲しいのは間違いないのでその援助を惜しむ理由は無い。
硝太の言葉は説得力は欠けらも無いものの、ここで喧嘩をする意味は無い、何より直前の対応から硝太に強い言葉が言えないのでアビ子はそれ以上の言葉は出さないでおいた。
「が、頑張ります…」
「はい!」
しどろもどろになってるアビ子の手を再び掴んで頷く硝太。アビ子がたじたじになっているのはともかく硝太が初対面の人にここまで積極的に関わりに行けるのはかなり珍しい。今では仲のいいMEMちょを始めとした『今ガチ』のメンバー達とすら最初は警戒していたことを踏まえると初対面から警戒せずにボディタッチすらできるほど距離が近いのは入学式のみなみ以来である。みなみの場合はルビーの友人として近付く、という動機があった上で最初は緊張していたので自分から拒絶も緊張もせずに話に行けたのは吉祥寺以来となる。
「あの子アレで人見知りなのよね…」
「マンガ家が好きなんじゃないのか?」
ダメージを受けたと思われる胸の辺りを抑えながら椅子から立つ有馬。クラス内での硝太の立ち位置はアクア、正しく言うならアクアから聞いたルビーからよく聞いている。アクア以外のクラスメイトは全員拒絶しコミュニケーションを全く取ろうとせずクラス内では腫れ物扱い。ルビーは何とか一般科の友人を作ろうとしているらしいが科を枠を超えて行動する生徒は好き勝手している硝太以外にいるはずもなくアクアもミヤコも硝太の問題行動を叱ることはあっても他人を拒絶することは仕方ないと半ば諦めている。
それほど闇が深い硝太が吉祥寺やアビ子には初対面から話しかけることができるのだからアクアがそう感じるのも何ら間違いではない。硝太が初対面から自然に話しかけられたのは吉祥寺、アビ子の他に有馬もいる為、マンガ家では無いとダメという訳では決してないが。
「私は別にマンガ家じゃないわよ。…こら硝太、もうちょっと大人しくしてなさい」
「ぬーん」
有馬は呆れながらそういうと困っているアビ子を助けるために硝太の脇下を持ち上げて自分が座っていた椅子に座らせる。
有馬が言ったのは硝太に(親愛的な意味で)好かれているのを前提とした言葉なのをアクアは黙っておくことにした。
「あ、そういえば貰い物ですけどお菓子とかがキッチンに置いてあったような…私この分だけやるので好きに食べていてください」
アビ子も落ち着き中途半端になってしまった分の仕事をやる間、手持ち無沙汰になってしまう三人にお菓子かなにか出そうかとキッチンの方を指さす。
「キッチン?アレが?」
「ゴミの山にしか見えませんが…」
アビ子が指さした先には確かに台所がある。無駄に高そうな冷蔵庫に湾曲した蛇口が2つもついたシンク、収納たっぷりの棚がついた高層マンションに相応しい台所。しかしその台所は台所として使われているのではなくゴミ袋の山で埋め尽くされている。見た感じ10袋は超えていそうだ。ゴミ袋の中身はスーパーやコンビニ弁当、お菓子のゴミ袋等で中に虫でも湧いて居そうに見える。この状態だとキッチンにマトモな食品が入っているかどうかすら怪しい。
忙しい漫画家だということを差し引いても部屋が汚い。アシスタントが居るのなら部屋を片付けるくらいはしてあると思った吉祥寺はその場で頭を抱える。
「私何か買ってこようか?」
「…兄さん、二人を頼む」
指さしたアビ子は既にマンガに取り掛かっており何か言ってもしばらく反応はしてくれないだろう。そんなアビ子を見て硝太はアクアに2人を頼むと椅子から降りてゴミ袋を退けてキッチンに入る。
棚を開けると賞味期限ギリギリの付き合いで貰ったのだろうことが分かるお菓子がいくつか出てきた。アシスタント所かアビ子本人すら手をつけていないようでこの環境の悲惨さが入って数分の硝太にも伝わってくる。
アビ子がマンガ家として多忙なのは前提としてある。しかし世のマンガ家が全員私生活を全て売りに出して自分の時間をマンガに費やすほどでは無い。『東京ブレイド』は書き込みの量が多いと話題になっていたがそれに加えて週刊、アシスタントが逃げ出す様子からして関係も良くないことが分かる。
──ああ、同じだ。
アビ子の現状を見て、『東京ブレイド』を読んだ感想と重ね合わせた硝太は瞬時にアビ子の問題を把握した。間違いなくアビ子はコミュニケーションを断っている。硝太程では無いが『異常』であるアビ子は周りと上手く馴染む事が出来ず塞ぎ込み、結果コミュニティに入ることが出来なかった。しかしマンガ家として腕は最初からあった為それで成功した結果コミュニケーションが無くてもある程度やっていけるようになった。恐らく彼女は今マンガを理由にして逃げようとすらしている。
この状態が硝太と重なる。重なるからこそ、解決不可能だと知る。
硝太自身、自分が他人とマトモなコミュニケーションが取れないことを問題視していない。硝太の世界は株式会社苺プロダクションが入った斉藤家のみで完結していた。硝太はそれに問題意識を感じない。それどころか今になっても学校をやめてあの安全なだけの世界に戻りたいとすら思っている。それ程までに斉藤家で過ごした何気ない日常が尊く、美しかった。たった一日でもその後の人生全てと引替えにしてしまいたいほどに。それを守るためなら全世界の人間を敵に回して殺し尽くしても構わないと感じられるほどに。
だからアビ子の社会性が無く、コミュニケーションが無いことを問題として追求できない。しかしそれを続ければアビ子は間違いなく力尽きる。『東京ブレイド』はアビ子がいなければ進まないがアビ子だけでも維持できるものではなくなってしまった。
どうやらアビ子の問題は1つでは済まないらしい。一難去ってまた一難──否。この場合は全部纏めて一難と言ったほうが良さそうだ。
──さて、お母さんならどうしたかな。
こういった問題に向き合う時、硝太が自然に考えること。母ならなんて言うか、と頭を悩ませても答えは出てこない。フリルをストーカーから遠ざけた時と同じだ。今回はその場で直ぐに考えなくてもいい代わりに解決方法が欠片も浮かばない。人と人との関係の問題は人の命を救うより難しい。少なくとも硝太にとってアビ子の問題は解決不可能、手を出す時間が無駄と言ってもいいもの。
──無理だな、これ。なら逃げるか。
逃げてしまうのは簡単だ。僕には関係ないと言いきってしまうのも簡単だ。実際に関係ない。アビ子の問題は放っておいても『東京ブレイド』の舞台は成功するしそれで二人の仕事が増えれば今後間違いなく苺プロにプラスに傾く。仮にその後アビ子が倒れて鬱病などにかかりリタイアしたとしても『東京ブレイド』の舞台の成功や苺プロの邪魔にはならない。卑怯ではあるがアビ子に言った守りたいという言葉にも反することは無い。読者としての斉藤硝太は悲しいが、苺プロマネージャーの斉藤硝太としては歯牙にもかけないどうでもいいことだ。悲しいなんて感情はそれこそ魔法で切捨ててしまえばいい。
──僕は、
斉藤硝太として成すべきことを考える。斉藤硝太として生きている理由を考える。鮫島アビ子は斉藤ミヤコの『幸せ』に必要か。星野ルビーに必要か、星野アクアマリンに必要か。必要なら無理矢理にでも彼女を立たせる必要がある。しかしそうでないのなら、彼女の問題でしかない。彼女が死のうと生きようとどうでもいいと割り切るしかない。必要ない場所に無駄な労力とエネルギーを割けば大切な時に戦えなくなるからだ。フリルを守ろうとして重症を負って倒れた結果戦闘能力が半減未満になったこの身体が何よりもの証拠だ。今の自分には身の回りの人を守ることすら出来ない。万全であったとしても、優先順位は付けなくてはならない。そして天地が揺らごうとその一番上には斉藤ミヤコがいなければならない。
だが──
『私は君のそういうところ、好きだよ』
フリルと映画を見たあとに言われた言葉を思い出す。
家族の為ならその他の世界がどうなっても構わない。そんなことを考えているはずの、考えなくてはならないはずの斉藤硝太はもう既に『例外』を作ってしまっていたらしい。
──ああ、そうだった。
助けられた訳では無いが黒川あかねも、MEMちょもそうだ。善人には報われて欲しい。それは自分が母を大切に思う理由の一つでは無いのか。なら、僕は母を裏切らない。
「どうしたの?」
しばらくキッチンの棚を見て止まっているこちらを見て不安になったのか吉祥寺が恐る恐る聞いてくる。
──ああ、いるじゃん。解決策出してくれそうな善人が。
「頼子ちゃん──何とかしよう、これ」
こいつ怖…前話でアビ子先生の作品救いたい、アビ子先生の言葉守りたいとか何とか言いながら即「最悪二人の舞台が成功すれば──」って思考になるの損切りが早すぎて怖い。戦場の生き物かよ…戦場の生き物だったわ。
硝太は思考が人間と言うより機械寄りのキャラとして好きになっていただけると嬉しいです。この子の人間性が好きだと後々辛いから…一人つよつよすぎて言葉だけで人間性引き戻してるヒロインいるけどあれは彼女がおかしいだけだから。
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最近ミヤコさん成分摂取してないせいで人の心が薄れてきた化け物。フリル成分摂取する