【硝子玉の子】   作:みっつ─

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前回のあらすじ
『東京ブレイド』の問題が作品を理解しない脚本家だけではなくアビ子にもあると知った硝太。最初は見捨てるべきと思いながらも助けることにする。尚、方法は浮かんでない。行き当たりばったり(いつも通り)である。


#73 ダメ人間

 硝太は兄姉に黙って一人でアビ子の住む高層マンションへとやってきていた。警備員や監視カメラを掻い潜りアビ子の部屋の前に立つとインターフォンには目もくれず玄関の扉を叩く。因みにアポ無しである。

 

「お疲れ様です、アビ子先生。斉藤です」

 

 しかし聞こえていないのかアビ子からの反応はない。これほど高い部屋だと防音対策もしっかりしていそうで玄関先の物音が作業場まで届くと考える方が無理がある。仮に届いたとしてもおそらく作業中であろうアビ子は気付けない。

 チラリとインターフォンがある場所を確認して、途中まで手を伸ばすがその手は手が届く直前で止まる。インターフォンが手の届かない高さにある、という訳では無い。ただ玄関前のインターフォンをおそうとすると全身をスライムのようなもので覆われているような気持ち悪い体感幻覚に襲われる。

 とはいえそんな理由で避けていてはにっちもさっちもいかないので途中で止まった手を無理やり振ってインターフォンを押す。

 

「んくっ」

 

 ピンポーン

 身の毛のよだつ不快な電子音。全身を纏うスライムのようなものに包まれた体感幻覚が一瞬で全身を針に刺されているような痛みに変化する。あくまで幻覚の類いなので実際に怪我や傷がついている訳でもなく、動くの支障が出るほどの痛みでもないが、痛いものは痛い。

 

 その上アビ子からの反応は来ない。不在なのだろうか。対応策が浮かばずポケットからスマホを取りだし吉祥寺とのメールを再び見る。周りの知り合いでアビ子に詳しい人といえば吉祥寺しかいない。

 

「『青春時代を漫画に費やして男子の免疫ないだけだからグイグイ絡んであげて』って間違ってないと思うんだけどな」

 

 メール文に書かれた内容を再び読み上げて現状を再確認する硝太。男子の免疫がないのなら男らしくない自分が積極的に絡みに行くべき。因みにアポ無しで来たので不在である、ただ迷惑をかけるだけになる可能性は頭から抜け落ちている。

 

「…一旦仕切り直しかな。──ヘルメス?」

 

 にっちもさっちもいかない為スマホをポケットに戻して戻ろうとすると遠くからカラスの鳴き声がする。声の向いた方向を向くとヘルメスと名付けた三本足の八咫烏が柵の上に着地して甲高く短い声で鳴いて扉の方を向いて頭を下げる。

 

──甲高い声…警戒?いや、SOSか。

 

 カラスは知能の高い生物で人間で例えると小学生レベルの知能指数がある。カラス同士で会話をすることも知られており、方言のように地域差等あるものの、甲高く短く切った声は助けを求める声の可能性が高い。ではヘルメスを始めとしたカラス、もしくはツクヨミが助けを求めるようなことがあるのか。──否。それならもっとほかに動きがあってもいい。頭を下げるのは頼み込んでいると言うよりくちばしで方向を示しているように見える。

 無言で扉を睨み三角巾からナイフを取り出す。鞘や持ち手は綺麗にされているが肝心の刃の部分は誰かの血が固まったナイフ。

 右の瞳は燃えるように青く光る。それだけで身体が人として生きるものから殺し合いの道具に成り下がる。

 

「───ッ!」

 

 ナイフを逆手持ちに持ち替えタックルするように刃の先を鍵穴に刺す。高層マンションの警備が整った鍵はそんな簡単には壊れない。銃があるのならともかくバットで殴ったり市販のナイフで切って壊せるような代物では無い。不審者がその辺の武器で壊そうとしてくる程度のことは想定されている。

──しかし、魔法使い(インスタントバレット)の攻撃に耐える想定はされていない。

 

 ナイフの刃が鍵の留め具に()()刺さり、音を立てずに折る。ナイフを玄関扉に刺したまま玄関を開けてアビ子がいるであろう玄関先の作業場まで走り幅跳びの要領で跳ぶ。

 作業場に入って一番最初に見えたのは机に突っ伏す一人の女性。この前来た時見た小太りのアシスタントの姿は見えず、女性に生命力の有無は確認出来ない。一応胸の当たりが上下しているので呼吸はしているのだろうが健康状態の把握は出来ていない。

 

「アビ子先生!」

 

 着地して直ぐにアビ子の下腹部を押えて力任せに椅子から引き剥がして床に叩きつけるように置いて寝かせる。介抱としては最低の部類に入るが残念ながら硝太にその辺の知識は無い。

 

「…あれ?」

 

 見た目だけだと普段の無理が祟った結果生活習慣病などで倒れたと推理してしまいそうな場面だが呼吸、脈共に問題無し。意識もちゃんとある。ならば力なく倒れていたのは演技かただ休んでいただけか、という訳でもない。

 

「すみません…お腹…空きました…」

 

 無理矢理寝かされたアビ子が半泣きの表情でそう言うと同時にお腹から空腹を知らせる音が鳴る。

 

「───アァ!?」

 

 これには硝太もヤンキーが喧嘩を売る時のようなうなり声をあげた。

 

◇◇◇

 

 腹がすいたという理由でダウンしていたアビ子を椅子を並べた簡易ベッドに寝かせる。

 

「だらしない人だとは思ってましたけどここまでとは…」

 

 昨日四人で来た時でさえ部屋の隅にはゴミ袋の塊があった状態で人を呼ぶような部屋ではなかったがそれから数日経ち改善されるどころか改悪されている。ゴミは床に置かれ、キッチンからはなんか変な匂いがする。虫が湧いていても不思議では無い。

 普通に人が暮らしている部屋、というより空き巣犯が長時間居座った後の部屋と言われた方が納得できる。

 

 アビ子の状態も酷い。栄養失調で死にかけているのかと思うほど体は細く顔色も悪い。寝てない、食べない、風呂にも入らない状態で何日居たのだろうか。やる気や使命感だけで立っていたとも言える。気持ちで力を引き出すとしても当然役に立たない。億が一役に立ったとしても長続きするわけが無い。いままでアビ子が何をしていたのかは正直もう考えたくもない。

 

 

「アシスタントさんは?」

「逃げられました」

「駄目じゃないですか、ちゃんとして下さい」

 

 昨日は姿を見たアシスタント、漫画を書く手伝いの人にはどうやら見捨てられたらしい。部屋が酷く、アビ子もまともとは言えない人間だがここまで耐えたのはおそらくアシスタントはこの作品のファンだったのだろう。この予想が正しければアビ子はファンにさえ見捨てられたことになる。

 この様子を見る限り少なくとも最近はアシスタントの様子を見ながら食事のリズムを作っていたのが居なくなったおかげで作品に没頭した代わりに数日飯を抜いてその結果倒れたのだろう。健康に悪いのは間違いないが死にかけ、という程でもない。役に立たない仮の話だが今この状態で飲まず食わずで監禁された時硝太とアビ子、どちらが先に死ぬかと聞かれたら硝太の方だと考えるほどにはまだ元気がある。それでもかなりお腹が空いているのは変わらない。

 

 明らかに年下の、特にアビ子目線では小学生にしか見えない硝太に対しいつになく弱気に見える。昨日はもっと覇気があったように見えたが腹が減っては漫画も書けない、ということだろう。

 

「…ご飯食べないんですか?」

 

 当然の疑問にアビ子は半泣きのまま黙って首を横に振る。アビ子の顔を見て思わずゴミ袋が積み上げられたキッチンの方向に目を向ける。キッチンの中は相当数の栄養ドリンクを重ね合わせた匂いが充満しており、端的に言うとめちゃくちゃ臭い。あんな台所を使いたいかと聞かれたらまず使いたくないだろう。

 

「なんか食べるもの…お粥ぐらいはいけるか…アビ子先生?」

 

 とはいえ食うものがなければ仕方がないのも事実。匂いに鼻を曲げそうになりながらも中から食べられそうなものを取り出す。

 もう一度アビ子の方を向くと寝てもいなかったのか簡易ベッドの上でぐっすり寝ているアビ子の姿が見えた。最初に倒れていたのはもしかしたらお腹がすいていたと言うより寝不足が原因のような気さえしてくる。

 

「すぅ」

「ダメだこの人…早く何とかしないと」

 

 基本的にちゃんとした大人に囲まれて甘えてきた硝太からすれば現状のアビ子は漫画をかけるだけのダメ人間としか言いようがない。障害でしばらく人間性を失っていた自身の方がまだ社会性があると思えるほど。

 マンガ家はみんなこんなものか、と一瞬思ったが同じ漫画家の吉祥寺はちゃんとしていたので間違いなくアビ子が私生活を顧みない生活をしているからだろう。『東京ブレイド』の週刊漫画としての忙しさもあるが、何よりの問題はアビ子がマンガしかやらないことにある。私生活を売って仕事をする人は特に現代では少なくない、母も例外では無いと硝太は考えている。だがアビ子程やりすぎるのはそう居ない。アビ子の場合むしろこうなることを望んでいる節さえ見える。

 

「頼子ちゃんこれ聞いたら悲しむだろうな…何とかするか、何とか」

 

 こんな時頼れそうな人間といえば母と吉祥寺がいるが、まさか年上の漫画家が私生活ダメダメだから教育してくれなんて言えるはずもない。となると使えるのは自分のみ。ベットで寝ているアビ子を見ながら今後の対策を考えて頭を抱えた。

 

◇◇◇

 そんなこんながあってから数週間後。学校の新学期も落ち着いた頃。アビ子宅。

 四人でアビ子宅に行ったあの日から数週間が経つ。硝太はその間毎日のように学校と自宅に加えてアビ子宅を行き来していた。

 

「で、あれからどうなったんです?」

 

 アビ子の机の近くには置かれている演劇のものと思われる謎のDVDが重ねて置かれており、演劇を知る為に勉強しているのを思い出して聞いてみる。中身は『巌窟王』『オペラ座の怪人』『牛若丸』『青髭』と、聞いたことある単語も一応あるにはあるがほとんど記憶にない作品でパッケージを見る限りジャンルもバラバラ。共通しているのは全て一つの劇団が参加している、という程度である。アビ子の集め方が下手でなければこの劇団が今回の『東京ブレイド』の舞台化を進める劇団とみて良さそうだ。

 

──劇団ララライ。黒川さん、いやあかね義姉ちゃんがよく仕事貰ってる劇団だっけ。…鏑木のおっさんも確か関わっていたよな、確か。

 

 劇団ララライ。硝太の(未来の)義姉にあたる黒川あかねが所属する劇団で天才しかいないと言われる役者集団。アクアを買っている鏑木のことを調べていた時も出てきていたそれなりに歴史のある劇団らしい。硝太は舞台を見た事がないため舞台の善し悪しは判断できないが黒川あかねの演技力の高さは充分知っている。劇団として力を持っているのは間違いない。

 

──この名前、妙に引っかかるんだよな。

 

 身体中の体毛の毛先を撫でられるような変な感覚を感じながらも腕まくりだけした制服姿でキッチンに入り、右手で先程持っていたレジ袋を下ろす。中にはスーパーで買ってきた食材とレシートが入っている。

 

「あれから?」

「舞台の脚本の話です。そういえば聞いてなかったなって」

 

 作業中だと言うのに話しかけられても眉一つ起こすことなくアビ子は顔を起こす。表情からは仕事疲れが見えるが硝太に嫌な気は見せない。

 押しかけ女房のように来た硝太はあれからアビ子宅の掃除やら世話を焼き始めた。片腕でなれない家事だったもののその辺はミヤコに教えられていたのもあり1週間もすれば普通に家政夫ができるように。私生活にだらしないアビ子はその1週間で私生活を支配されていた。

 流石はあからさまに高いキッチンをゴミ置き場に使っていた女性である。片腕の(アビ子から見たら)小学生の子供に家事をやらせるのにすら慣れてしまった。

 

「今度脚本家の人とオンラインで話す予定…です」

「良かったじゃないですか。これで一歩前進、ですね」

 

 アビ子の手伝いをしている硝太だがあくまで理由はアクアと有馬の出る『東京ブレイド』の舞台を成功させること。今は怪我により休養しているが硝太はあくまで苺プロの従業員であり本来なら部外者であるアビ子に構っていられる余裕は無い。現在の硝太の奇行は片腕が使えない為仕事を止めているからこそできる行為であり、仮にストーカー事件で硝太が腕を犠牲にせずにストーカーを捕まえられていたとしたら今ここに硝太はいなかっただろう。

 アビ子もそれを理解している。硝太は基本情が深いが最低ラインはちゃんとしており、それを超えれば誰であろうと見捨てる。ある意味合理的な人間だ。仮に斉藤家で何かあれば硝太が行き来する生活は今日で終わる。なんなら左腕が治ったら来なくなるかもしれない。だからこそ、言うべきこととやるべきことはその場でやらなければならない。

 

「あの、硝太くん」

「はい?どうしました?」

 

 硝太がシンクに残った洗い物を片付けているのを横目に見ながら今度はアビ子が声をかける。

 

「舞台、見に来てくれるんですよね」

「その予定ですよ。お母さんがチケット取ってくれたんです」

 

 人が多く集まるところが苦手な硝太だが兄と有馬、そしてあかねの出る舞台ということで多少無理してでも初日から見に行く予定となっている。ミヤコも同じ考えで既に家族分のチケットは確保している。

 

「JIFの時はお母さん裏側にいたし、一緒に見れるの楽しみにしてます」

「そ、そうですか」

 

 ルビー達B小町のライブの時はミヤコは裏からライブを見守っていた為終わるまで合流出来ず、その時の硝太はその後事件に巻き込まれたという体で死ぬ予定だったのもあり、家族で楽しんだという感覚はなかった。その後も病院生活やらなんやらで忙しく家族で楽しむイベント、に飢えていたのは間違いない。

 そんな硝太を傍目にアビ子は近くの机に置かれたチケットを見る。原作者のアビ子は関係者ということで関係者席が取られているが硝太は家族で見ることを望むのは間違いない。1人分のチケットを除き、机の引き出しの奥にしまい込んだ。




アビ子先生との話は今回で一旦終了です。
マジのダメ人間とそれに自然と馴染む硝太。扉ぶっ壊しと言い、人見知りのくせにアビ子先生の自宅を通ったりお前もちゃんと異常者だよとなりますが。
最初は家政夫生活じっくり書こうと思いましたが僕には無理だ!と思ったので潔く諦めました。まぁ本筋には関係ない話だし書けたとしても幕間だしね!

さて舞台は進んでアニメで言う二期に入って行きます。とは言ってもアクア達が舞台の間硝太は余所事してるのでアクア達の方は本筋として書くことは無いですけどね。

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巌窟王とオペラ座の怪人はfateに触れるまで金田一少年のオリジナル創作だとマジで思ってた。特にオペラ座の怪人とか金田一少年の事件簿でしか知らない人多いだろと思う。
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