第三話
びしょウジョ!
眠い。 昨日のせいだ。
俺の家に「美少女」が来て一夜が過ぎた。おかげで3時に寝るはめになった。だが収穫もあった。
一つ、彼女は俺が少年時代の時、一緒に遊んでいたこと。
二つ、そんな記憶を俺は持っていないということ。
三つ、彼女は美少女権に否定的で俺と話の分かるオタクということ。
以上だ。なんで「美少女」になったかは二人ともわからなくて、彼女には名前が無かった。
それどころか、
「私、ネーミングセンス無いから風原が考えてよ」
なんて言われてしまった。
ゲームでは常にユーザー名を 「あああああああああ」か「リンク」にする俺がそんな大義名分を背負えるわけないだろう。結局、布団の中でずっと考えていた。
結果一つの結論にたどり着いた。
顔を洗う。現在時刻10:13.
いつもより濃くなった隈を見る。上と下のまぶたを開き自身の眼球の位置を再確認す まだ信じられなかった。まさか「美少女」が。自分の家にいるなんて。しかも記憶が無いという追加設定まで加えられている。そして、見事なまでの同居。
こういうのなんだ。我々、こういうのが大の好物なんだ。好物だからこそ守ってあげたくなる。。 だが、現実となるとそうでもない。食費はかかるのか。そもそも、素体の主が見つかってないままでいいのか。 顔を洗い終わり、水を飲みながら彼女のほうを見る。
怒っている。やはり名前のせいか。
数分前
結局何も思いつかず、名前メーカーで決めようとの提案をした。 俺が決めたらいい話だったかもしれない。彼女が決めたのが悪かったかもしれない。 で、出た結果が、
「五月七日 マドレーヌ」
さすがにやばいと思って訂正しようとした。 「名前、五月七日 マドレーヌ 飼い主 風原翔太」
だが時すでに遅し。
「名前、五月七日 マドレーヌ 飼い主風原翔太」 電子映像としてそのテロップが流れる。言葉を失った。
「そんな気悪くするなって。」
彼女は頬を膨らましている。リスみたいで可愛い、と言ったら怒ると思うから言わない。
「怒らないわけないでしょ」
「まあ、そうだな」
「マドレーヌか」。
「?」
「これでやっと名前が呼べるな」
率直にうれしかった。というか決めないとどう呼んだらいいのかわからない。
「なんかハーフみたい」
「だが、それもまた一興。」
「よくないんだけど」
彼女は…いや、マドレーヌはうつむく。
そして顔をあげる。
「風原はさ、どう思うの?」
「可愛い名前だと思う」
少し顔を赤くして、口を聞く。
「あんたがいいなら、いいかな」
「よかった」
「てか、あんたが決めたらいい話だったじゃない!」
「いや、俺ネーミングセンスないから」
「何でもよかったのに」
「あああああああああでも?」
「やっぱいいわ」
マドレーヌは呆れたような顔をして俺の布団の中に潜り込む。
「風原、彼女いる?」
「ブ!!!」
思いっきり水を吹き出してしまった。
「……いるわけないだろ!!」
せき込みながら否定する。
「まあ、社蓄だしね」
「だから何だよ」
いつもの仏頂面に戻りにらみつける。
「いないなら私が彼女になってあげようか?」
「却下」
「なんで?」
「俺は二次元と三次元はちゃんと区別する男だ。俺には三次元の女がいる」
「例えば?」
「まだ、いない」
「じゃあ私がもし人間だったら?」
「却下」
「なんで!?」
「まず、なんで初対面の人間と彼女になるんだよ!ふつう友達からだろ」
「ひどい」
「ひどいもあるか。そもそも、目的ってそういうのじゃないから」
「何?」
「昨日も言っただろ。」
「ああ、美少女権」
「肝織田男を首相の座から引き落として法を変える」
「ちょ! 今から行くの?」
「そこまで馬鹿じゃない。ただ、高望みだけどな」
「そんなことない! 私たちならできるよ!」
そうだ。寝ぼけて忘れてたが、彼女も法を変えようとしている同士なのだ。
「どうやって」
「仲間を集める!」
気合十分で答える。
「どうやって」
「探すんだよ!同じように思ってる人を!」
なるほどな。反社組織を作るってことか。でも費用ないし。先が思いやられるな。
でも悪くない。
「それもありだな」
「やった!」
彼女は、初めて肯定されたかのような喜びを体全体で表現した。
「で、どうやって探すんだよ」
「それは決まってない」
「ちゃんと決めてから話せ」
「別にいいじゃん」
「はあ」
疲労感がたまる。でも不快じゃない。むしろありがたい。いままで会社関係の人間としか会話してなかったから新鮮で楽しい。 そして何より話が合う。
「これだよ、俺が望んでいたのは」
そうだ。可愛くて、でもどこか抜けてて、元気で、明るくて、オタクで。 なんか不思議な気分だった。美少女なら夢をかなえられる。
あの中年の気持ちが少しわかった気がした。
小一時間経った頃…
「風原、おなかすいた」
「なんだ、美少女でもおなかすくんだ」
「当たり前でしょ、ほぼ人間なんだから」
「で、何が食べたい?」
「なんでも」
「献立考える親が困る子供のセリフ第一位じゃねえか」
「別に、作ってくれるんなら何でもいいよ」
「よし、じゃあもやしだな」
そういうと、俺は小さな冷蔵庫から輪ゴムで縛られたもやしの袋を出す。 そしてそれを皿の上に乗せる。こんな物でも立派な食料源なのだ。
「他にないの?」
「ない」
「いつも」
「そうだ」
「おなかすかない?」
「空くさ」
「じゃあ私が買ってこよう!」
「え………おい、買うって...」
「ん?」
「金は?」
「...」
「しゃあねえ。今日だけだぞ」。
「やったあ!」
財布の中身を見る。千円札一枚が顔を覗かせていた。
美少女がどれだけ食うかわからないけど。
小食だったらいいのになあ。。
そんな気持ちをよそに隣でマドレーヌがニコニコしながら「やったやった」とはしゃいでいた。
スーパーぬかぶ。この町一番安いスーパー。品質はそれほど良くないが悪くもない。ザ・ロ ーカルスーパーな感じだ。
「で、何が食べたい?」
カートを押しながら聞く。彼女との身長差のせいか周りの目が気になる。 娘じゃねえんだぞ。
ふと目に留まる。半額のシールが張られた卵があった。
それに手を伸ばそうとする。同じタイミングで彼女も卵をとった。 彼女がとろうとした卵が運よく自分が取ろうとしている卵だった。手と手が触れた。
「!」
「よくある展開の奴だな。」
「勘違いしないでよ!」
「逆にどうしたらそうなるんだよ」
卵をカートに入れる。しかしよく気が合ったもんだ。普通ならこうはいかないのに。
「ふっ、風原の財布の中身くらいわかってるわ。無理しなくてもいいわよ」
「何様なんだよ…」
少しの沈黙の後口を開く。
「ホント、俺が話の分かるやつでよかったな。」
「ワカルー」
「ホントだよ」
呆れながらレジに向かう。美少女をつれながら卵1パックを買う。しかも会社員が。アルバ イトの女店員に変な目で見られてしまった。 そういうんじゃないんだよ。まじで。
「さ、帰るぞ」
かごを持ち店を出ようとする。マドレーヌもそれに続く。 自動ドアを抜けた時だった。
カンッ
頭を空き缶が小突いた。
「!」
慌てて缶が向かった方向を見る。そこには数人のヤンキーがこちらに背を向けてしゃ
ている。後ろに感を投げたため気づいてなかったのだろう。
関わるだけ無駄だ。そう思うと気持ちが和らぐ。
それまでは。
マドレーヌが怒りを顔で体現していた。
「おいおい」
「許せない!」
「俺は大丈夫だって」
「私が済まない!」
そういうと、不良の中に入ってゆく。
「あんたら!!」
「あ?」
「あんたらが投げた空き缶が私の友達に当たったんだけど!」
俺のほうを指さす。俺を巻き込むな。
「はあ?んなこた知ったこっちゃねえよ」
「ん?よく見たらこいつ、美少女じゃん」
一人の不良がマドレーヌに近づく。
「へえ、結構いいじゃん」
「あんなサラリーマンより俺らのほうがデケえぞ」
「あいつどうせ皮被りだろ」
その時彼女の怒りがあふれるのが分かった。後ろ姿でもよくわかる。
一歩一歩、不良が近づく。
「こっちこいよ」
空気が凍った。
不良が彼女の腕をつかんだ、
一瞬。
いつのまにか、不良が宙を舞っていた。彼女は見事なまでの「背負い投げ」をやってのけた。
ドン
「かはっ」
自分がどんな状況に置かれているのかすらわからず、不良は仲良く背中と地面とハイタッ
チする。
「す、、、すげー…」
思わず感心する。
「次、誰?」
彼女が不良たちを睨むと彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
呆然としている俺の前に彼女が小走りで来る。
「はあースッキリした。」
「ちょっとやりすぎなんじゃないのか」
彼女を横目に不良が悶絶している。
「これくらいがちょうどいいの!」
「はあ、全く、…でも、なんかスッキリしたぜ」
「ならよかった」
彼女の背中が、ひどく大きく見えた。 帰路は長い。だが彼女がいると違う。
“懐かしい”
そうだな。そんな言葉が1番似合う。
俺は、見えてるものに走り出した。
「よし。高須君、ジャイアントさらば! 見えてるものに走り出せ!」
ーー「とらドラ!」より