シュンがロケット団の飛行艇に乗り込んでから約十分の時間が経過した。
先ほどまでの騒然としていた艇内は静けさを取り戻しつつあり、戦いが徐々に沈下しつつあることを示している。
それはサツキとパーバスがいる操舵室も同じこと。
報告にきた団員を見送ってもパーバスは迎撃に出ることはなく、ずっとこの場で未だ素性の知れない侵入者を待ち構えていた。
自分がでるまでもないと考えたのか、あるいはこの場で待ち構えるのが最善と考えたのか、他に理由があるのかはわからない。
しかし、彼にしては珍しく表情からは笑みが消えており、何事かを考えているようにも見える。
そんなパーバスをサツキは観察するように見ていた。
自力での脱出は難しくても、何か情報を手に入れることができればと考えたからだ。
希望は捨てずに状況が好転することを祈っていると……その願いがかなったのか、操舵室の入り口が開かれ、ロケット団員ではない少年がサンドパンと共に入ってきた。
「……サツキさんっ!」
自分の名前を叫ぶ姿に、思わずサツキは涙しそうになった。
それは彼女にとって見慣れた存在である、シュンだった。
服はところどころ乱れており、破けているところも見受けられる。息も絶え絶えで、ここまでかなりの戦いを繰り広げてきたということはすぐにわかった。サンドパンも体中傷ついており、左手の自慢の爪も折れてしまっていた。
「シュン君。……どうしてここまで」
サツキはどんな言葉をかけてあげればいいのかわからず、言葉に詰まる。
どれだけ無謀なことだったか、危険なことだったかは容易に想像できた。
「……なるほど。にわかに信じがたいことですが、本当にここまで追ってくるとは。
サツキ様の仰っていたことは間違いではなかった。たしかに私が甘く見ていたようだ。
ですが、すでにボロボロのようですね。あなたのサンドパンも片方とはいえ爪が折れ、慢心相違の状態。それは他のポケモンも同じことでしょう。その状態で、私に勝てるとでも?」
見下すように放つ言葉は相手の戦意を削ぐ。
事実パーバスの言うとおり、今日惨敗したばかりの相手に万全の状態でもないのに勝つという方が無理な話だ。
「この程度はボロボロとは言わないさ。
サンドパン達だってまだ戦える。爪も明日になれば生えてくるというしな。
……しかし、そんなに余裕でいていいのか? お前がポケモンを出すよりも、サンドパンがお前を攻撃する方が早いと思うぞ?」
しかし、ここまで仮面の男との戦いも経験しているシュンはこの程度では折れない。
ポケモン達もダメージを負っているものの戦闘不能というわけではないのだから。
ゆえにシュンは逆にパーバスに警告する。
少しでも妙な動きをすればサンドパンがお前を襲う、と。
「……たしかにそうかもしれませんね。私もそんな危険な賭けはしたくない。
ですがサツキ様のことをお忘れですか? そちらの攻撃よりも、ナイフがサツキ様を切り裂くほうが早いと思いますよ?」
「……っ!?」
「パーバス!!」
だがパーバスも怯まない。ナイフを持ち替え、サツキの首元へと当てる。
手出しを禁止されているとはいえ、緊急時であるこの状況ではどう出るかはわからない。ましてやシュンはそんな彼の事情を知らないため、下手に手出しすることはできずにいた。
「サンドパンをボールに戻しなさい。少し話でもいかがですか?」
「……その言葉を信じられるとでも? 大体、時間稼ぎはお前らにしか特にならない。従うと思うのか?」
この飛行艇は今も運転し、本来の目的地――つまりパーバス達が向かおうとしている場所に近づいているのだ。
シュンにとってはそれは避けたいこと。なんとしても目的地に着くまでにサツキを救出し、ここから脱出するためにここまで無茶をしたのだから。
「これはあなたのためでもあるのですよ? ……ではお聞きしますが、仮にあなたはここを脱出して,
それでどうするつもりですか?」
「……決まっているだろう。サツキさんと共に帰るだけだ」
「ほう。彼女のこの状況を見ても、そう言えますか?」
「は? この状況って……ッ!?」
「へ……キャッ!」
視線を下に、サツキの方へと下げて……そしてすぐにシュンは視線を逸らした。
冷静な状態では今の彼女の姿は目に毒であった(もちろん良い意味で)。
服はところどころ肌蹴ており、しかもパーバスによって無理やり体勢をずらされたせいで足が開かれ、純白のパンツが素足とともに晒されていた。
状況を察したサツキもすぐに足を閉ざし、露出を下げようとするが、すでにシュンの脳内には刻まれたようで、頬が赤く染まっている。サツキも羞恥心で赤くなった。
「もうおわかりでしょう。このままあなたがサツキ様を救出できたとしても、あなたは町に戻った途端に社会の敵として排除される。それとも、あなたは上手く誤魔化せるとでも思うのですか?」
「……え? た、確かに。いやでも、サツキさん本人が話してくれれば……しかしそれも脅されてと感じられる可能性も……だとしたら俺はどっちにしても……だったらこのまま……でも」
「惑わされないでシュン君! そのことは私がどうにかしてあげるから! これはパーバスの時間稼ぎだってあなたが言っていたでしょう!?」
だから言葉遊びに付き合わないで、と言うサツキの言葉も完全に届いてはいないのか、一度意識してしまったら抹消しきれないのか、シュンはなおも一人で呟きながら思考をめぐらしている。
そんな姿をパーバスは面白おかしそうに眺めていた。
(……所詮は女も知らない子供か。この程度の言葉で焦りを隠せなくなるようならば、このまま引きずりこんでしまえばいい)
シュンの考えていたとおり、パーバスの狙いは時間稼ぎ。
どう戦況が転ぼうともこのまま目的地に着けば勝利は動かないのだ。
ゆえにパーバスはなおも混乱しているシュンに追い打ちをかけるように声をかけた。
「シュンさん、でしたか? どうでしょうか、このまま私と共に行動するというのは?
なんにせよあなたでは私には勝てない。下手に行動を起こして滅びの道をたどるくらいならば……こちらに着きませんか?」
「断る! お前達のような組織に手を貸すなど、ありえない!」
「まだそんな強がりをいうのですか。……ですが、もう一度見てください」
「――――ッ!!??」
「サツキさん!?」
パーバスがナイフを持っていない左手をサツキの伸びている腕へと伸ばした。そのまま伝うように腕から腋へ。突然体を襲った感覚でサツキの体が震えた。
「お前、一体何をしている!? それ以上手出しするというのなら――」
「容赦はしない、ですか? しかしそういうあなたも興味がありそうなようですが」
「なっ……」
「恥ずかしがることはない。男性ならば当然のことですよ。自分のやりたいことをやればいい」
かつてサツキに言った、彼の信条。欲にしたがって生きていくという彼の生き様は何も縛るものがないようだ。
未だにサツキを直視できずにいるシュンを見たパーバスの表情は、楽しむようにまたしても歪む。
「考えてもみてください。こんな状況がもう一度訪れると思いますか?
サツキ様のような美貌をお持ちの方をこのように拘束し、あられもない姿になっている。……どうですか? あなたはこれを見ても何も感じずに、理性に従うことができますか?」
「……(ゴクリ)」
「揺れないで! お願いだから自分を貫いて! いつものシュン君に戻って!!」
息をのんで黙り込んでしまったシュンを諭すようにサツキが悲痛な叫びを上げる。
このままでは違う意味で危機に陥ると感じたのだろう、必死さが醸し出されている。
シュンのポケモン達もさすがに危険だと感じたのかボールの一個が激しく揺れていた。
そこまでしてようやく正気に戻ったのかはわからないが、突如シュンの表情が急変。何かを決意したかのように、再び目に火が灯った。
「……悪いが、パーバス。やはりお前の提案には答えられない。もうお前と話すことは何もないからな」
まっすぐパーバスの瞳を見据え、シュンは言い放った。ポケモンを落ち着かせるように指で2,3度つついている。どうやら本当に我に返ったようだ。
「何もないですか。ではどうするつもりですか? まさかここから私を――」
私を倒すのか、という言葉は続かなかった。
突如彼らの足元から轟音が数度響き、それと同時に大きく揺れる。
何事かとパーバスが辺りを見渡していると――突如視線が大きく下に下がった。操舵室の床一面が破壊され、彼らは空中へと投げ出されたのだ。
「なっ、何事だぁああああああああ!?」
「ピジョン、ヘラクロス!」
何が起こったのかさえ理解できずに、パーバスは地表へと落下していく。
それに対してシュンはサンドパンをボールに戻すと、艇外で待機していたヘラクロスとピジョンを呼び寄せ、なんとか彼らに掴まって事なきを得た。
「よくやってくれた、皆」
ヘラクロス、ピジョン、そしてヘラクロスに掴まっていたマグマラシに礼を言った。
マグマラシもボールに戻すとシュンは再び先ほどまでいた操舵室へと飛んでいく。
……この3匹はシュンの指示を受け、シュン達が艇内に侵入したときから外で準備をしていたのだ。
元々シュンとてパーバスを相手に真っ向から戦って勝てるとは思ってもいなかった。ゆえに今回は進入した方法と同じ手口で、パーバスを退けることを考えた。
この3匹に正確な場所などを指示していたのはラプラスだ。
潜入している間にこの飛行艇の地図を発見し、ラプラスはそれを3匹へと伝えた。人語を理解する知能の高いラプラスは、テレパシーを使って敵のいる場所を教え、作戦を実行させた。
シュンが言葉遊びに付き合っていたのも相手の策に乗ったからではない。彼自身の作戦を実行するためだ。
さすがに飛行艇の床を削り取るともなるとかなりの時間を有する。そのためマグマラシが炎で床までの金属を溶かしきるまでの時間を相手とのやり取りで時間を稼いでいた。
そして床全体を熱でもろくしたら、ラプラスに合図を送り、あとはヘラクロスとピジョンの出番だ。空中で大いに活躍する二匹の連続攻撃で、床を破壊した。さすがに敵の位置をピンポイントで教えることは出来なかったために部屋全体を破壊するという大掛かりな作戦になってしまったが。
「ピジョン、お前にも無理をかけてすまない。治ったばかりだというのに、ごめんな」
語りかけると鳴き声一つで返し、『気にするな』と言っているようだ。
ピジョンもまだ万全という状態ではない。オーキド博士が診療してなんとか体を動かせるようにはなったものの、できれば連れて行きたくはなかった。
……しかし、今回は空での戦い。ピジョンという空中戦力はどうしてもほしかったのだ。
ピジョンの許しを得ると、さらに加速。宙にぶら下がっているサツキの姿が見えた。
「ぐっ……うっ……」
苦しそうに呻き声を上げている。
ロープで吊るされているために、体を支えるものがなくて辛そうだということは一目両全だった。
「ピジョン、ロープを切れ!」
指示を出せば自慢のポケモンは期待に応えてくれる。
ピジョンはさらに加速し、鋭いくちばしでサツキを縛っているロープを一閃した。
「きゃあああああ!!」
たちまちサツキの体が落下する。
その恐怖で悲鳴が木霊するも、すぐにヘラクロスに掴まっているシュンが彼女の体をがっちりと確保した。決して落とさないようにと、抱きしめるように彼女の体を引き寄せる。
「手荒ですみません。……随分遅くなってしまったけれど。助けにきました、サツキさん」
「……うん。ありがとうね」
そっと声をかけるシュンに顔を見られないように、サツキは顔を彼の胸元へと沈める。
その顔は涙でぬれているものの、ようやく安心が顔に笑みとなって浮かんでいた。
マグマラシ・ピジョン・ヘラクロス「「「ずっと外でスタンバってました」」」
シュン「……うん、本当にありがとうな」