「……よし、ここでいいぞヘラクロス。ありがとうな」
開けた平地に出て地上へ降り立つ。
力が自慢だとしても人二人を抱えて飛ぶことには疲れただろう、ヘラクロスに一言言ってボールに戻した。どうせしばらくはここで時間を潰さなければならないし、しばらく休んでいてもらおう。
「えっと……ひとまずサツキさん、これを」
ひとまずもっていたコートをサツキさんに差し出した。
こんな夜中では体も冷えてしまうし、少しでも寒さを緩和するには丁度いいだろう。
「ありがとう。でもシュン君は大丈夫なの?」
「俺は大丈夫ですよ。あなたのほうがボロボロですし……それに、その格好では目のやり場に困りますから」
「あ……ごめん。それじゃあお言葉に甘えて借りるね」
俺も先ほどの戦闘で服がボロボロになっていることを心配してくれたのだろうが、それよりもサツキさんの方が重症だ。飛行艇の時も思ったが……本当に、目に毒である。
「……ねえシュン君。飛行艇でのパーバスとのやり取りも……あくまで相手の話に合わせてのことだったんだよね?」
「…………え、ええ。そ、それは当然のことではないですか!」
「……一応、信じておくよ」
思いっきり疑惑の目を向けられてしまった。
いやしかしあれは男としては仕方のないことだと思う。なにせサツキさんのような方があんな無防備に素肌を晒して……やべ、今もすぐに思い出してしまって顔がニヤけてしまう。咄嗟に彼女から視線をはずし、顔を見られないようにした。
「でもどうしよう。私、手持ちのポケモン達やポケギアとかの荷物、全部パーバスに奪われたままで……多分飛行艇内にあると思うんだけど……」
「ああ、それらなら心配ご無用ですよ」
「へ?」
「ほら、あれ見てください」
不安に陥って顔をしかめるサツキサンに、上空を見るように指差した。
何もない夜空に見えるが、彼女が視線を向ければ何かが接近していることに気づく。思ったよりも早かったな。これならすぐにコガネシティに戻れそうだ。
「あれは……シュン君のピジョン! それに……」
「ええ。ピカチュウとイーブイも一緒です」
迫ってきていたのは飛行艇で待機させていたピジョン。その背中にピカチュウとイーブイの小型二体を乗せて戻ってきた。ピカチュウはその口にサツキさんが所持していたポーチを、イーブイはポケモン達が入ったボールが装着されているベルトを銜えている。
突入後から別行動を取っていたが、ラプラスを経由して無事であることと目的を達成できたことはわかっていた。ゆえに迎えのピジョンをよこしてここで合流する予定になっていた。
二匹とも怪我は特に見受けられない。俺たちが敵をおびき寄せたこともあるのだろうが、とにかくよかった。
「……ありがとう。わざわざ探してくれたんだね」
二匹から持ち物を受け取り、無事であったことを確認すると感謝の気持ちをこめて頭を撫でているサツキさん。ピカチュウ達も嬉しそうだ。
……だが本当によかった。さすがに今回は成功するか自分でも自信のないことだったので本当に無事にことが進んでよかったと思える。その分、代償も大きかったけどな。
「それじゃあサツキさん、一度コガネシティに戻りましょう。いつまでもここにいると、パーバスやロケット団の残党と遭遇してしまうかもしれません」
「……そうね。ポケモン達も回復させないといけないし、シュン君も休養を取らないと」
「それはサツキさんも同じことですよ」
同意を得て、ポケギアのマップを見ながら俺たちは歩き出した。
俺たちを心配してくれるのはありがたいが休まなければいけないのはサツキさんも同じことだ。なにせ長い間拘束されていて身体的にもそうだが、精神的にも辛いことがあっただろう。早く休ませないと。
パーバスとてあそこから落ちたとはいえ、あのような男がそう簡単に死ぬとは思えない。警戒のため、そして夜道を照らす明かりとしてマグマラシを先導に、コガネシティへと歩みを進める。
――――
同時刻。シュン達が着地した平地から少し離れた林の中。
そこで一人の男が木に背中を預け、体を休めていた。どこか怪我を負っているのか彼の表情は厳しい。
「……くうっ。この私が、まさかこのような失態を犯すとは……」
その男の名はパーバス。近くでは彼のポケモンであるベロリンガが介抱している。
彼が助かったのもこのベロリンガのおかげであった。落下しながらも彼は腰のモンスターボールへと手を伸ばし、ベロリンガを繰り出した。そしてベロリンガは長い舌を巧みに操り、木々にぶら下がることで衝撃を弱めた。
それでも完全に衝撃を殺しきることは出来なかったようで、今は少しでも回復できるようにと体を休めている。
「だが何も得られなかったわけではない。あのお方にご報告できるだけの『情報』を得ることはできた」
パーバスの口元が不敵に歪む。
サツキの連行、敵対者の排除にはならなかったものの、パーバスは貴重な情報を入手することができた。
「サツキ様を手引きしていた相手。まさかあのオーキド博士が関与していたとは……」
それはサツキに任務を依頼していたオーキド博士のこと。
彼女のポケギアの通話履歴やメモなどの持ち物を自分の目で確認した彼は、そこまで探り当てていた。
「そして共に行動していたあの少年。――シュンといったか。今回の一件で彼の手持ちポケモンもわれた。彼のことは細かいことはわからないが……サツキ様と合流したのはワカバタウンとのことだし、おそらくはそこが彼の出身地なのだろう。ならばそこを重心に仕上げればいい」
加えてシュンのことも把握していた。
昼の戦闘、そして飛行艇内での争いでシュンは手持ちを総動員して戦いに挑んだ。それはすなわち敵に全ての戦力を明かしてしまったことを意味する。
そうするしかなかったとはいえ、今後のことを考えればやりすぎであったことは否めない。
「これだけの成果があれば、あのお方も満足してくれるはずだ。
そして今度こそ私は……ふふふふふ、ふははははっ! まだだ、まだ私は終わらない!!」
とどめをささなかったのは失態だったなとシュンをさげすむようにパーバスは高笑いする。
命があるのならば何度でも立ち上がれる。次の機会へむけ、パーバスは意欲を高めた。
「……随分上機嫌のようだな、パーバスよ」
「はっ!? ……わ、我が主!?」
そんな彼に水をさすように、感情のない機械の声が後ろより響いた。
驚いて振り向けば、そこにいたのは彼が仕えていた主君・巨悪の根源である仮面の男がいた。
なぜここにいるのかなど疑問は絶えないがそれを聞くほど彼の神経は太くないし礼儀を知らない人間でもない。痛む体に鞭打ち、姿勢を正した。
「どうした、貴様の任務はサツキという女の連行であったはず。それがこのようなところで這い蹲っているとは。……まさか、失敗したわけではあるまいな?」
「……申し訳ありません。思わぬ邪魔が入り、任務を遂行することが適いませんでした」
「邪魔だと? 貴様を退けるほどの相手か。一体誰だ?」
「シュンと名乗る子供でした。サツキ様と行動を共にしている少年であります」
「子供か。……最近は随分と血気にはやる若者が多いようだな」
かつて自分が相対した少年達の姿を思い出しているのだろうか。
パーバスが嘘をつくような人間ではないと信じているのか、余計な口出しはせずに彼に相槌を打つだけで仮面の男は彼の報告を待つ。
「しかし、何も得なかったわけではありません! この度は新たな情報を手に入れて参りました。おそらくは、我が主でさえも知らない情報です!」
「ほう。貴様がそこまで言うのだから、それなりの有用なものであろうな?」
「はっ。その少年の名前、出身地、手持ちポケモン。さらにサツキ様に任務を依頼した相手も発覚しました」
「……手持ちポケモンは別に報告しなくてよい。それ以外を述べよ」
どうせ自分の脅威にはなりえないと感じ、仮面の男はポケモン以外のことを教えるように促す。
折角調べられたことなのでパーバスとしては不本意なことではあるが、命令どおり他の情報を提示することにした。
「その少年の名前はシュン。ワカバタウン出身のものだと思われます。依頼主はカントーのポケモン研究の権威、オーキド博士です」
「……オーキド。オーキド・ユキナリか。そうか、あいつが私の敵か。……ふふふ」
「む? どうかなされましたか?」
「いやなに。ただ運命というのはわからないものだと感じただけだ」
何事かを問うパーバスに曖昧に答え、本心を隠す仮面の男。しかし仮面で隠れているとはいえ、パーバスはその仮面の内側で自分の主が何か悲しんでいるようにも思えた。
「そしてあの男はシュンというのか。……なるほど、覚えておくとしよう」
「我が主は、彼と面識があるのですか?」
「ああ。かつて一度だけ、な。私には手も足もでなかったが」
それは初耳だったようで、パーバスの表情が驚愕の色に染まる。
それも当然のことだろう。目の前の男は敵には容赦しない人間だ。それなのに圧倒的力を持つこの男に対峙して、よく生き残れたものだと感心する。
「よくわかった、十分だ。貴重な情報だったぞパーバスよ」
「はっ、ありがとうございます」
「ああ。ご苦労だった。ゆっくり休むといい。――やれ、デリバード」
「……えっ?」
突如感じる寒気、殺気。
パーバスは身動き一つできなかった。称賛の言葉を受け、頭を下げた彼がもう一度視線を上げれば……そこにいたのは仮面の男の手持ち・デリバード。
彼が放つ全力の“ふぶき”は瞬く間にパーバスと彼のベロリンガの体を凍らせた。ベロリンガは全身が凍り、攻撃など適わない状態。パーバスも首から下まで凍りついており、口を動かすことしかできない。
「な、なぜですか我が主よ!?」
「貴様はもう用済みだ。元々情報入手のために味方に取り込んだだけ。サツキの拉致に失敗した今、これ以上貴様には期待できん。他にも駒はいる。
……報道がなされていない今ならば、まだ貴様は犯罪者としてではなく謎の失踪を遂げた使用人として終われる。安心して眠るといい」
「――貴様っ、この……」
そう言うと、もう言うことはないとデリバードの“ふぶき”はついにパーバスの全身を覆った。
彼が何か恨み言を言おうとしてももう遅い。二体の氷像が出来上がった。
最後に彼らを眺めると、何事もなかったかのように仮面の男は彼らに背を向ける。
「……とどめだ、デリバード」
そして非情の一言が発せられた。
彼の後ろで何かが砕け散った音が響く。その音は地面に沈み込むと、やがて消えていった。
仮面の男はそれに気にする事無く、道を一人歩いていく。
「あくまで私を止める気か――ユキナリよ」
そう呟いた彼の声はいつもよりも小さく、すぐにでも消えてしまいそうな、脆いものだった。