ワカバの導き手   作:星月

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第二十九話 vsデリバードⅡ 三度目の悲劇

 その後、シュン達は伝説のポケモン・ルギアを相手に優位に戦いを繰り広げていた。

 ルギアは一撃の威力が大きい“エアロブラスト”を初めとした大技を持って相手を制圧しようとする。

 しかしシルバー達は回避を第一に考え、一撃攻撃を加えたら離脱するという戦い方を仕掛けるためにその姿を捉えきれない。しかも三人ものトレーナーが交互に攻撃してくるのだからなおさらだ。

 さらにルギアを追い詰めているのはシュン達船からの攻撃にもあった。

 空中の敵をなぎ払うべく翼を振るっていると、体そのものは止まっているために格好の的であるのだ。

 その隙をシュン達が見逃すわけもない。援護射撃によりルギアは怯む。仕返しとばかりに“エアロブラスト”を放つが、エーフィの“ひかりのかべ”で弱まった空気弾は、バクたろう・メガぴょん・アリゲイツの同時攻撃によって相殺される。

 ならばと“サイコキネシス”で動きを封じようにも、全体を攻撃することはできないために、攻撃を終える前に邪魔されてしまい失敗に終わるのだ。

 

 徐々に、しかし確実にルギアは体力を消耗していく。しかも船ももうすぐ島に着くことができる。

 シュン達にとってはこれ以上ないほど上手く作戦が進んでいた。

 島の付近にも渦潮が発生したために遠回りすることになり時間がかかったが、ようやく近くまで来ることができたのだ。

 

 そしてそのころ、島の浜辺では……

 

「うっ……うぅっ……」

 

 浜辺に打ち上げられたサツキが横になっていた。

 スターミーがボディーを腕のように曲げて、サツキの頬をツンツンとつつく。

 その刺激に反応したのか、サツキは小さな呻き声をあげて……そして目を覚ました。

 

「こ、ここは……痛ッ……!!」

 

 体を起こそうとしたサツキであったが、動かそうとした左腕に激痛が走る。

 どうやらここに来るまでの間にどこかにぶつかり、負傷してしまったようだ。骨折こそしていないようだが満足に動かすことはできない状況であった。

 

「……そっか。私はルギアの“サイコキネシス”のせいで船の上から飛ばされて、……それでこの島まで。あなたが守っていてくれたの? ありがとう」

 

 なんとか残っている記憶をかき集め、現状の把握に努める。

 ルギアと対面し、戦おうとしたところで“サイコキネシスの”一撃にやられてしまった。

 そしてさらに“エアロブラスト”による追撃もあったのだが、それはスターミーが防御したおかげで助かった。

 守ってくれたパートナーに感謝し、ボディを撫で回す。

 この時サツキは知らなかったが、シュンがすぐにルギアに突撃し、攻撃を阻止しなければさらなる怪我を逃れることはできなかったことだろう。

 

「問題は、ルギアね。一体私はどれくらいの間気絶していた……? 私がやられたら後は……ッ! シュン君!」

 

 記憶を思い返したサツキは先ほどの脅威をも同時に思い出し、彼女にとって大切な仲間達までもが危機に陥っているのではないかと危惧した。

 真っ先に一人の少年の名前が思い浮かんだのは共に旅をしてきたためであろうか。それはわからないが、とにかくこのまま呆然としているわけにはいかない。

 その場から勢い良く立ち上がり、駆け出そうとするサツキであったが、そんな彼女をスターミーが止めた。右腕をボディが掴み、それ以上は進ませまいとする。

 

「どうしたの!? 早くしないとシュン君達だって危ないかもしれないのに!」

 

 時間はないのだと必死にスターミーに語りかける。

 しかしスターミーはボディーを横に回転させ否定の態度を取る。

 おやのサツキもこの態度は理解できなかった。しかしスターミーはさらにボディーをサツキが向いていた方向から東へ90度の方角へと向ける。

 

「……?」

 

 意味はわからなかったが、サツキもその方角へと視線を向ける。

 ……するとその先の上空に超大型のポケモン――ルギアの姿が窺えた。

 さらにその周囲を飛び交う複数の影。さらにその真下には一隻の船――サツキも乗っていた、ヒデノリの船があった。

 

「あれは……それじゃあ!」

 

 不安だった表情が一転、笑みが戻った。

 スターミーが頷いたことでサツキはようやく理解した。

 ――皆やられてなどいなかったと。今も無事であると。

 それを知って安心したのか、サツキは膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。

 

「しかも、あの船の進路方向。多分、この島に向かっているよね?」

 

 確かめるように問えば、スターミーは予想通り頷いてくれた。

 間違いなくこちらに向かってくる。それはもはや予想ではなく確信だ。

 まだあそこにはシュンがいる。彼ならばまず間違いなく自分を助けに来るだろうと、そう思えたのだ。

 

「そうだとしたら、ここから動かない方が良い、よね」

 

 だからこそ、サツキはあえて自分から合流しようとは考えなかった。

 今シュンは『ルギアを倒す』という目的だけでなく、『サツキを救出する』という目的をも持っている。

 もしもここでサツキが自分から動いてしまえば、目的の一つが達成されたことでシュンは必ず油断する。

 そして喜びこそ感じるだろうが、同時に『自分の力で達成できなかった』という思いを抱いてしまうのではないかという疑念が生まれたのだ。

 シュンは父親の一件、そしてゴールドの事件から『他人を救うこと』に異常なまでの、執念のようなものを持っていた。それはサツキとの約束をした後も変わっていない。

 だからこそ、そんな彼の願いを少しでも叶えるために、彼が心に抱える負担を少しでも減らすために、あえて助けてもらうことを待つことにしたのだ。

 ……なお、この時のサツキは知る由もないのだが、ゴールドという女性に目がないトレーナーもシュンの側にいた為、尚更彼女の考えは正しかったと言える。

 

「……くしっ! うっ、少し体が冷えちゃったかな? 雨が振る中横たわっていたから、風邪引いちゃったかも」

 

 可愛らしいクシャミをし、鼻をすする。

 体の冷え込みを感じ、サツキは腕を暖めるためにこすり始めた。

 サツキが言うとおりその島では雨が降っていた。おそらく彼女が起きる前から降っていたのだろう、彼女の服は全身が濡れていた。

 そのせいで衣服は透けて肌が窺え、恵まれた体のラインに沿ってピッタリと張り付いている。髪もしっとりと濡れていてつやが出ていた。

 美しさをさらに前面に押し出しており、シュンが見たなら間違いなく赤面ものだ。ゴールドが会ったらどうなることやら。

 

「それにしても……なんだか複雑だな。シュン君も、私抜きでもしっかり戦えているんだもん」

 

 心が落ち着いてくると、サツキはどこか暗い笑みを浮かべた。

 戦況は詳しくはわからないもののシュンが上手く立ち回っているということが想像できた。

 というよりも、サツキが知る限りではシュンという人物は間違いなくそういう人物である。

 正義感が強く、意志を曲げない。そして大切な人が傷つくことを嫌う。間違いなく自分が倒された後、真っ先に飛び出しただろうと予想がついた。

 さらにここまで多くのジムリーダーに挑戦し、経験も積んだ。今ならばただ闇雲に突っ込んでいくのではなく、戦況に応じた対応ができるはず。

 それは一向に構わない。成長しているということは喜ばしいことなのだから。しかし自分が見ていないところで、傍にいないところで彼が活躍するところを想像すると……なぜか少しだけ嫌な気分になった。

 

「ひょっとして、私はシュン君に嫉妬してるの? いや、そんなまさかね……」

 

 自分でも何だかわからない感情だった。

 『嫉妬』という二文字が思い浮かぶが、そんなわけないとすぐに頭の中から消し去る。

 きっとこれは自分がいなくても大丈夫なのだろうという、『寂しさ』だと、よく考えればそうだと思えたからだ。

 

「でも、本当にシュン君が一人でも戦えるようになったなら。……もう、私はいらないかな?」

 

 サツキはシュンの活躍を信じる一方、もはや自分は必要ないという考えを抱いた。

 元々サツキはシュンのサポートをオーキド博士に依頼され、共に旅をしている。

 もしもシュンが一人でも問題ないというのならば、別行動でここからは動いた方がよいのかもしれない。

 新たにクリスタルやイエローとも合流したのだから、戦力としても悪くないはず。

 元より自分は一人で行動するタイプなのだから、その方が自分にとってもシュンにとってもよいだろう、とまるで連鎖のように想像が膨らんでいく。

 それは決して心の底から思っていることではないとしても。それがサツキの心に影をさすことになったとしても。

 

「ああ、そうだな。こちらとしてもその方が助かるのだがな」

「ッ!? なっ!?」

 

 そしてその心にさしこまれた影に付け込むように、その者は突如現れた。

 自分以外はこの島には誰もいないとサツキは油断していた。そのせいで相手の接近を許してしまった。

 耳元で囁かれた機械のような声に、サツキは反射でその場から飛びのく。スターミーもサツキの動きに続き、彼女を守るように前に立った。

 

「反応はまずまず。よくもあの一撃を食らって、起きたばかりの体でそれだけ動けるものだ」

「あなたのお褒めの言葉なんて要らないわよ。――仮面の男!!」

 

 目の前で対峙するのは、シュン達が追い求めていた怨敵、仮面の男であった。

 賞賛の言葉は要らないとサツキは仮面の男を突き放す。だが仮面の男は気分を害することなく、まったく感情の変化を見せない。

 

「そう毛嫌いしなくてもいいだろうに。これでも本当に褒めているのだ。

 ルギアの一撃でここまで飛ばされ、それでもなお平然としていられるお前にはな」

「……あなた、一体いつからここにいたの?」

 

 まるでサツキがルギアの攻撃を受けたところを見ていたように話す仮面の男。

 だがあの付近の海には誰もいなかったはず。ならば一体どうして、と疑問に感じたのだ。

 サツキはまともに答えをもらえるとは思っていないが、しかし仮面の男は素直にその質問に答えた。

 

「最初からだよ。最初から……お前達が来る前から」

「私達が来る前から? それじゃあ、ルギアが暴れる前からってこと?」

「当たり前だ。何せルギアが暴れているのは、私のせいだからな」

「えっ!?」

 

 予想できなかった答えに、サツキは驚愕を隠せなかった。

 その瞬間を狙ってのことだろう。仮面の男のポケモン、ジュゴンが“こおりのつぶて”を放つ。

 サツキの反応は遅れてしまったが、スターミーが独自の判断で“スピードスター”を発射。技を相殺し、トレーナーを守り抜いた。

 

「……ふん」

「不意打ちは無駄よ。そんなつまらない手段で、私達を倒せるとでも思ったのかしら?」

「なに、今のはお前の実力を試すために、ただのテストだ。……話を戻そう」

 

 サツキの強気な発言に、これ以上は無駄だと理解したのか、仮面の男は再び話し始めた。仮面の男がルギアを付け狙う理由を。

 

「ルギアがこのうずまき列島を拠点に生息していることは知っていた。

 伝説と呼ばれるほどのルギアを手にすれば、これほど戦力になるものはない。そう考えた私は、ルギアを引きずりだすためにルギアの住みかを、そしてルギア自身を攻撃した」

「それじゃあ、ルギアが我を忘れたかのように私達を襲ってきたのは……!」

「その攻撃への怒りだ。お前達ならばルギアを追い詰めてくれると信じていたぞ」

「そんな信頼いらないわよ。それで? 私達にルギアを弱らせて、隙を見てルギアを横取り、あわよくば私達を倒すという段取りかしら?」

「…………」

 

 返答はない。それが返答ということだろう。

 サツキもようやく理解できた。ルギアが出現時から怒りを抱いていたこと、それが引っかかっていた。こちらから何も攻撃を加えていないというのに、いきなり怒りをぶつけるなどまずない。

 だが、もしも仮面の男の策略だったならば。そう考えれば全て辻褄が合い、その後のことも容易に想像できた。

 

「だとしたらあなたはここで私が止める! 私以外では、まだ荷が重いでしょうしね……」

「やはり、そう来るか……」

 

 ならばここで仮面の男を止めるのが自分の役目だとサツキは決意する。

 自分以外のトレーナーではまだ仮面の男には敵わない、それはシュンも含まれていた。

 それに対し仮面の男はまるで想像通りだと笑った。不気味な仮面が余計に不気味に感じてしまう。

 

「だが、その選択肢で良いのか? 体調は万全ではないのだろう?」

「この程度、ハンデとしては十分よ」

「それはそれは大層な自信だ。それならばもう少し、環境を面白くしようか。――“こごえるかぜ”!!」 

 

 仮面の男の問いに揺れることなく、サツキは挑発する。

 それを面白いものを見る目で仮面の男は見つめ、デリバードに指示を出した。

 凄まじい冷気がこもった風が周囲の空間を行きかう。

 その攻撃そのものの威力は大きくない。スターミーとてタイプ相性もあってダメージはほとんどない。

 だが……その攻撃は絶大的な効果をもたらした。島の空気があっという間に凍り付いてしまったのだ。

 

「急激な温度の低下により、大気中の水分を凍結させた」

「……ぐっ……」

「どうだ? このような低温の元では人間はもちろんのこと、生物の運動能力は大きく低下する。

 果たしてお前達の適応能力はこの変化に耐えられるほど屈強かな?」

 

 気温が著しく低下し、吐く息も真っ白に染まる。

 これほどの低温では人間もポケモンも動きが鈍る。思考も鈍る。元からそういう環境が得意である“こおり”タイプを除いては。

 それはサツキも例外ではない。苦しそうに身を震わせる姿を見て、仮面の男は挑発するが……

 

「な、舐めないでもらえるかしら……? この程度の気温で私達の動きが鈍るとでも……?」

 

 ……逆にサツキも挑発し返した。この程度のことで怯むことはないと。

 しかしだからこそ彼女は気づけなかった。仮面の男の言葉を挑発だと受け取ってしまったからこそその真意に。

 突如ピキピキ、と何かが凍りつくような音が足場から聞こえた。不審に思ってサツキは視線を下げる。そして驚くべきことを目にした。

 足が、地面と一体化するように凍り付いていることに。さらに彼女の体のあちこちが、凍り付いていることに。

 

「なっ! 足場が……地面に凍りついて……!?」

「その通り。お前の足は地面と凍りついた、これでもう動けまい。

 戦いが始まった時点で天候に注意が行かなかったお前の負けだ」

「ッ!? まさか……」

 

 仮面の男の言葉で、あることに思いいたる。

 それを確かめるために空を仰ぎ、そしてサツキは気づいた。

 上空に広がる雨雲は彼女達がいる島の上空にしか存在しないという事実に。

 

「まさか、あなたはこのためにわざと雨をふらせておいたと言うの!? 

 あらかじめ足場に多量の水分を含ませ、身動きを封じるために……!!」

「ようやく答えに行き着いたか。……しかしタイムリミットだ」

 

 それに気づいた時にはもう全てが遅すぎる。スターミーも体が濡れていたために凍結の進行が早く、あっという間に氷漬けになった。サツキも足だけでなく腕も凍りつき、自由に動けない。

 ……雨は自然に降り始めたのではない。仮面の男が“あまごい”によってこの戦闘領域にのみ降らせていたのだ。“こおり”を効率よく発現させるために。

 なんという戦略性、なんとも緻密な計算。

 戦いが始まる前から仮面の男はすでに手を打っていた。傷ついたサツキを完全に討ち果たすために、抜かりなく一切の逃げ場をなくすために。全ての希望を消し去るために。

 

「さらばだ高貴なる戦士よ。安心しろ。……お前達は最後まで最大限利用させてもらう。反逆の目を潰すためにな」

「どういう、こと……?」

 

 サツキの体も、少しずつ体のあちこちから氷結していく。

 そんな中、仮面の男の言葉を理解できずに聞き返した。

 ……聞かなければよかったと、後悔することになるのに。

 

「なぜ私が、お前が気絶する間に攻撃しなかったと思う?」

「……?」

「もうすぐお前の仲間達も来るだろうな。以前よりお前を慕い、付き従っていたという少年も」

「ッ! まさか……!!」

 

 そこから先の言葉は必要なかった。それで全てが理解できた。

 サツキは唯一自由に動かせる首を、こちらに向かっていた船の方角へと向けた。

 ……目を見開き驚愕を露にする。シュン達が乗っている船は、もうすぐそこまで近づいていた。

 

 

――――

 

 

「ようし! 何とか渦潮のないエリアにまで迂回できたな。

 お前ら、接岸できる浜辺に到着するまで、もう数分だ。準備しておけ!」

「はい!」

 

 ヒデノリは舵をとりながら三人の少年少女に呼びかける。

 本来ならばもっと早くに到着できたはずなのだが、頻繁に渦潮が発生している海辺であるために、最短ルートを通ることができず、迂回することとなり時間が余計にかかってしまった。

 

「天候の方は大丈夫かよ、おっさん?」

「これくらいなら、まだまだ全然大丈夫だ……よっ!」

 

 島に近づくにつれて雨が強くなり、ゴールドは心配してヒデノリに声をかけるが、ヒデノリは慣れた手つきで船を操っていた。

 

「にしてもまさかお前さんとこんなところで再会するとはなあ。一体何の因果だ?」

「んなの俺だって知りてえよ。シュンさんだけでも驚きだってえのに、おっさんまでこんなところにいるなんて」

「まあ俺があくまで付き添いだからな。しかしお前さんがいると本当碌なことにならんな。何か悪魔にでも憑かれているんじゃないか?」

「そいつは心外っすね。むしろ俺の行く先で事件が起きてるんすよ? 俺は被害者だっての」

 

 こちらも久しぶりの再会で話が盛り上がっていた。

 実を言うとゴールドは旅立って間もないころにヒデノリと出会っていた。かつて彼が大切な相棒のうちの一匹、ニョたろうを探していた時である。

 その時はヒデノリが『何か良い事があったら電話で教える』と電話番号を交換したわけだが。まさか直接会うことになろうとは、両者とも想定していなかった。

 

「こんな場面でなければお前さんにも話を詳しく聞きたいところだが、生憎な。

 ……しかしお前は向こう(ルギア)の方は大丈夫なのか? 少しでも戦力は欲しいだろうに」

「いや、シュンさんに船の様子を見て来い、って言われたんっすよ」

 

 首を振ってシュンを指し示す。

 当のシュンはエーフィ達を引き連れ、空中のルギアを睨み付けていた。

 

「大分動きは鈍くなってきたか」

 

 最初のころの動きと比べ、ルギアの動きは鈍くなっている。

 “サイコキネシス”、“じんつうりき”、“エアロブラスト”、“ハイドロポンプ”と多彩な高威力を誇る技の数々は脅威であるが、それらを全てシュンは防ぎきり、船を守っていた。

 エーフィの補助防御技に加え、ポケモン達の合体技で相殺し、さらにルギアが空で戦う三人に意識が向いたところを見計らって援護射撃。

 空と海からの挟み撃ちを食らい、さすがのルギアも対処しきれなくなり、その体力を消耗していったのだ。

 あと一手、ここに勝負を決める一手が加わればその時点で勝負は決まる。もうその段階まで来ていた。

 そしてその一手が存在することをシュンは知っている。

 シュンは一度ポケモン達に防御を一任し、望遠鏡で島の様子を窺っているクリスタルに声をかけた。

 

「クリスタル、どうだ島の様子は?」

「今のところ特に生物などは見られませんね。サツキさんの姿も未だ見えず」

「……森林部にはいない、か。となると浜辺に打ち上げられたか……?」

 

 幾分かの期待をこめて問いかけるが、望んだ答えは返ってこない。

 クリスタルはシュンに島の観察を頼んでいた。

 島の半分以上は深い木々が生い茂っており、サツキが高地の移動しているという考えがあり、クリスタルには何か動いているような様子があれば報告するように頼んでいた。

 しかしそれらしきものは見当たらない。となると船を接岸しようとしている浜辺にサツキはいるのか、とシュンは考えた。

 

「雨も強いし、早くサツキさんを救出しないといけないのに……くそっ!」

「落ち着いてください! 助けたいのは何もシュンさんだけではないんですから」

 

 上手く事が運ばないことに苛立ちが募り、シュンは珍しくいきりたつ。

 その姿を見るに見かねてクリスタルはシュンの腕を掴んで言った。

 今日出会ったばかりとはいえ、人当たりもよく優しく接してもらい、さらに野生ポケモンに襲われた時には助けてもらった。

 クリスタルにとってももうサツキは大切な仲間であり、今すぐにでも助けたいと思っていた。

 その思いが伝わったのか、シュンは息を一つ零し、

 

「……すまん」

 

 と言った。後輩に諭されるのは気恥ずかしいのか、そっぽを向いて。

 クリスタルも「気にしないで下さい」と掴んでいた手を放した。

 大丈夫だろうと、と判断して自分の持ち場に戻る。

 改めて望遠鏡に目を通して……そして違和感を覚えて口にしてしまった。

 

「……あれ?」

 

 先ほど見た光景と何か違う、と浜辺の方を見てそう思った。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

 クリスタルの呟きを耳にしたシュンがそう尋ねる。

 

「それが、島の一部に霧が発生してます」

「……霧だと? ちょっと見せてくれ」

 

 クリスタルは見えたことをそのまま報告する。

 霧、すなわち大気中の温度が急激に低下したということだろうか。

 疑問に思い、クリスタルより望遠鏡を借りた。

 そしてシュンが目にしたのは、島を隠すように広がっている、たしかに白く透明な薄い煙のような、結晶のようなものだった。

 

「いや、あれは、霧というよりも……」

 

 だがシュンは霧ではなく、別の考えを抱いていた。

 

「……ダイヤモンドダスト?」

 

 空気中の水分が表決することで生じる、ダイヤモンドダストという現象を。

 

(ただ、どちらにしてもそんな急に生じるなんておかしい。

 両現象とも急激な温度の低下によって起こる現象だが、そんなことが短時間で自然におこるわけがない……)

 

 最も、その現象について考えることも意味がないとも考えた。

 どちらにせよ自然に起こるには条件があわない。あまりにも不可解なことであると。

 

(しかし現に起こっている。それは事実だ。自然に起こることがないということはつまり人為的なもの?

 霧もダイヤモンドダストも急激な温度変化によるもの。温度の低下、冷却、氷。……まさか!!)

 

 自然ではないならば誰かがわざとやっていることなのか。

 シュンの脳内にある人物の姿が思い浮かび、背筋が凍りついた。

 嫌な予感がした。もしも自分の想像通りならば、間違いなくサツキが危険であるという結論に至ったから。

 

「……ゴールド、クリスタル!!)

「へ?」

「はっ、はい!」

 

 突如振り返り、二人を呼ぶ。

 シュンはクリスタルに望遠鏡を返すと、さらにピジョットを呼び寄せて言った。

 

「ここの指揮は任せる。俺はいち早く島へと向かう!」

「は? いや、任せるって一体どうしたんすか!?」

「説明は後だ!」

 

 最低限のことだけを伝え、シュンは背を向けた。ピジョットが両足でシュンの肩を掴み、空を飛ぶ。

 ゴールドは納得できずに問い詰めるが、まともに答える余裕さえないのか、シュンはゴールドの問いに答えることなく飛び出して行った。

 今、シュンの手元にはピカチュウ、バクフーン、そしてピジョットの三体のみ。

 もしも予想通り敵と鉢合わせてしまったら不利だということくらいわかっている。わかっているはずなのに、一人飛び出した。飛び出してしまった。

 

(早く、早く……早く!!)

 

 もう誰も失いたくはないのだと心の中で叫んだ。

 焦りと不安がより高まり、心臓の鼓動もどんどん早くなっていく。

 杞憂ならばそれにこしたことはない。きっと大丈夫だと信じている。だがそれでも安心できなかったのだ。

 

「ちっ!!」

 

 シュンの頭の中に、数え切れない自責の念が浮かぶ。

 何故、サツキが襲われた時、真っ先に助けに向かわなかったのか。

 何故、ある程度の犠牲を覚悟してでも、ルギアを仲間に任せてでもサツキの元へと駆けつけなかったのか。

 何故、何故、何故、何故――。何故俺は今ここにいる? 

 

 不安定な心境の中、シュンはついにサツキの姿を視界に捉えた。

 

「サツキさん!!」

 

 無事を確認して、声を張り上げてサツキを呼ぶ。

 その声でサツキもシュンの接近を知った。サツキは首だけを動かしてシュンを見ると……

 

「――駄目ッ!! 来ちゃ駄目ェッ!!」

 

 裂けるほどの勢いで大きな声を発した。

 

「えっ……?」

 

 当然のことながらシュンにはその叫びの意味がわからない。

 不思議に感じよく目を凝らしてみる。すると大気中の水分が凍結しているのとは別に、サツキの体が凍結していることがわかった。

 その横での彼女のポケモンであるスターミーもいるが、すでに“こおり”状態で動くことさえできない。

 このようなことやはり自然現象なわけがない。やはり何者かの仕業なのだろう、そう理解した。

 そしてそう理解したと同時に、サツキのすぐ近くに迫るポケモンを目にした。かつてシュンも対峙した、赤いボディと数多くの荷物が入っている袋を持っているのが特徴のポケモン――デリバードを。

 

「――“ふぶき”」

 

 何者かの声が――機械のような声がその場に響く。

 デリバードはその声に従い、猛烈な“ふぶき”を放った。

 その威力は計り知れず、その付近の空間さえをも支配する。

 シュンとピジョットもその例外ではなく、目を開けていることさえできずその場で静止し、ただ踏ん張っていることしかできなかった。

 

「……ッ!」

 

 ようやく“ふぶき”が止み、シュンは目を凝らす。

 まずはサツキの安全を確認しようと顔を上げて……絶望した。

 たしかにサツキはそこにいた。その場に立っていた。その代わり――体全体が氷漬けにされたという、最悪の状態で。

 

「さ、サツキさん……? サツキさん?」

 

 目の前の現実が理解できず、サツキに呼びかける。

 当然のことながら返事はない。それでももう一度呼ぶ。やはり返事はない。

 

「ああ、ようやく来たのか。私に歯向かい続ける愚かな少年――シュンよ」

 

 呆然とするシュンに向かって、彼が望まない声が届いた。

 忘れもしない。ゴールドを倒し、シュンもまた敗れた憎き相手。

 仮面をつけ素顔を隠し、マントで全身を覆う不気味な存在。――仮面の男。

 

「だが、少しばかり遅かったな。……まずは、一人」

 

 仮面の男は言った。お前の行動は無駄であったのだと。

 凍りついたサツキの頭に手を置き、二、三回と叩く。意識がないということを強調しているのだろう。

 それを見て、シュンは何も考えられなくなった。思考を放棄した。

 目から伝わってくる情報を全て拒絶するかのように視界が揺れる。

 

「ハッ……ハハッ」

 

 不意に笑みがこぼれた。

 

「ハハ……ハハハハッ」

 

 乾いた笑みが止まらない。まるで故障した機械のように、止め処なくあふれ出す。

 ――受け入れられないことを目の前にすると、人間はおかしくなるんだな、とシュンはまるで他人事のように考えた。

 

「……おいおい、今お前には用はねえんだよこの変態仮面」

 

 笑いを止め、言葉を喉から搾り出す。

 今にも爆発してしまいそうな負の感情を、どうにか抑えこんで。

 

「なのに――なんですか、何なんですかお前は?」

 

 だがそれも、無理なことだということは丸わかりであった。

 

「さっさとサツキさんを……返しやがれええええっっっっ!!!!」

 

 一瞬で感情は爆発した。

 シュンは絶叫のような咆哮と共に、主の意志を理解したピジョットと共に、仮面の男目掛けて突撃した。

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