ゴールドに呼び止められて足は止めたものの、こちらから深く聞き入ることはしなかった。用がないのなら先に行くと態度で示し、次の言葉を待つ。
「本気、なんすよね?」
「……何がだ?」
「仮面の男との戦いっすよ。下手すれば一人であのやろうと戦うことになる。
エンジュとセキエイ高原はかなり距離があるし、俺達だっていざという時すぐには合流できない。本気で一人でエンジュに向かうつもりっすか?」
何かと思えば、先ほど話した今後の方針について、か。
たしかにゴールドの言うとおりもしエンジュに敵が現れたならば俺一人に負担が集中する。エンジュのジムリーダーも不在である以上、他の戦力も当てにすることができない。
それにロケット団員の存在も気になる。
果たして部下まで引き連れてこられたらどのように対応するかまでは俺も計算できていない。
「――本気だよ。さっきも話したがセキエイの方が要求される戦力が多いんだ。だったら俺が行くしかないだろう」
しかし状況からそうも言っていられない。自分の意見を貫き通すために言った事だが、現状を正しく把握した上でのものだった。
こちらの戦力は限られている。シルバーは俺が気を失っている間にどこかに消えてしまったし、他の動ける図鑑所有者とも連絡はつかない。
信用できる戦力はわずか四人だけなんだ。ならばやはりこれがベストの選択。
「もう話は終わりか? なら俺はもう戻るぞ。お前も明日は早いからゆっくり休め」
上手い言葉が見つからないのか黙り込んでしまったゴールドの顔を見て、俺は再びホテルへと歩を進めた。
「……そんだけ大切な人だったんすか? そのサツキって人は?」
足が止まる。
表情が固まる。
呼吸を忘れる。
一瞬、俺の中で時が止まるような感覚を覚えた。
「俺はどんな人なのかもしらないし、シュンさんとどんな付き合いだったのかも知らないっすよ? でも、あんたがそんなに大切に思う人なんだ。だったら、シュンさんはその人の為にも――」
「それ以上は、言わないでくれ」
もうそこから先は聴きたくなかった。静かな口調でゴールドの言葉を遮る。
「そういう問題じゃないんだ。俺はもう戦うと決めた。
大体――サツキさんのことを知らないお前が、彼女の事を口にするな」
わかっている。ゴールドには悪意なんてないことくらい。
でも、俺には心を害する批判にしか聞こえない。
まだ呼び止めようとするゴールドを振り切って、俺はホテルへと向かった。
――――
その夜、クリスとイエローはそれぞれの宿泊先で横になり、ゴールドはコガネシティ郊外で野宿をしていた。だが三人とも決戦への緊張を感じてか中々寝付く事ができず、明け方まで眠りにつくことはかなわなかった。
「……これでよし」
一方、シュンは机と向き合って一通の手紙をしたためていた。
書き終えた“にがおえメール”に封をするとリュックの中へとしまう。
「ピカチュウ。もしも俺の言うとおりだったならば、これをあの人に渡してくれ。そして――もしも俺になにかあったならば、皆と母さんのとと、頼む」
ただ一匹だけボールから出ていたピカチュウにそう告げてシュンは部屋の明かりを消し、眠りについた。
ピカチュウも了解を示したのか小さな鳴き声を出し、ベッドの中にもぐりこんだ。
そして夜は明けて次の日。
「それじゃあ俺は先にエンジュに向かう。三人共、セキエイ高原の方は任せる」
朝食を済ませたシュンはすぐに身支度を終え、出発しようとしていた。
これから重大な任務に向かうというのに気負った姿は見受けられず、いつもと変わらぬ様子であった。
逆にその姿がゴールドには不安に映ったものの、昨夜の会話を思い出してしまい、口を挟む事ができない。
「そちらも、どうか気をつけて!」
「僕たちも頑張りますから!」
「シュンさん。――またワカバタウンで会いましょう」
「……ああ。仮面の男を倒した後でな」
結局彼を送り出す言葉しか見つからず、シュンは一足先にエンジュシティへと向かった。
しばらく三人は見送り続けたがシュンが振り返ることは一度もなく、姿が見えなくなったころ、三人もホテルへと戻った。
「それじゃあ、私達も準備にとりかかりましょう」
「早くしろよ。女はこういうところで時間をかけやがんだから」
「なっ……! 人の気持ちも知らないで。女の子には色々とやることがあるのよ!」
「あ、あはははは。僕は育て屋にピカとチュチュを預けてあるので、まずはそちらに行ってきます」
仲がいいのか悪いのか。ゴールドとクリスタルが口げんかを始めるとイエローは巻き込まれないようにと育て屋へと駆け出した。
危うくゴールドの会話に口を挟んでしまいそうだったと焦りを覚えたが、何とか抑えることができた。
こちらも早く出発の支度を整えようと歩を速める。
「ごめんくださーい! イエローですけど、ピカとチュチュはいますか?」
「おお! 君か! ちょうど呼ぼうと思っておったんじゃ!」
「ど、どうしましたか?」
「よいか? 心して聞くんじゃぞ」
「は、はい……?」
家の中に入るや否や、育て屋夫婦に詰め寄られ困惑するイエロー。
一夜の間に一体何があったのだろうと不安になるが、二人の表情は決して悪いものではなかった。
「実は預かっていたピカチュウ達なんじゃが……なんと! 卵を持っておったんじゃ!」
「……た、卵?」
「どこから持ってきたのかはわからないけどね。ほら」
指差す方向にいるのはピカとチュチュ。チュチュは恥ずかしそうに頬を染め、ピカは嬉しそうに大きな卵を抱きかかえている。
「え、えーーーーーー!?」
突然の出来事に理解が追いつかず、イエローは悲鳴を上げた。
ピカとチュチュが持っていたポケモンの卵。
この中に宿る新たな命、生まれる時は近い――――。
――――
コガネシティでゴールド達とわかれて数日が経過した。
手持ちポケモンを交代しながら鍛錬を続け、エンジュシティで常に神経を研ぎ澄ましていた。
今日はポケモンリーグの開会式が行われる。ゴールド達も無事に会場入りすることができたと連絡が入った。
初日から何か動きがあるとは思えないが、油断はできない。
いざという時、すぐに動けるようにとポケモン達をボールから出し、警戒を続けた。
「――――ッ!」
「どうした? エーフィ」
突如横になっていたエーフィが立ち上がり、耳と尻尾を真っ直ぐ上空へと伸ばした。
何かを感じ取ったのだろう。全身の毛も奮い立ち、臨戦態勢に入っている。
「……まさか」
俺の指示もないというのにエーフィが戦う素振りを見せるということは、何かを感じ取ったということ。
想像されたのは最悪の事態。
それを肯定するようにエーフィは首を縦にふり、駆け出した。
俺達もすぐにエーフィの後を追う。
――どうやら平穏な時間はこれで終わりのようだ。
――――
同時刻、エンジュシティ近くの上空を高速で駆け抜ける人影があった。
デリバードに掴まり空を飛ぶ巨体の顔には歪な仮面を身につけており、体には大きなマントを羽織っているため正体はつかめない。
仮面の男は機会質な声で心底愉快そうに笑っていた。
「……ああ。やっと、やっとこの時が来た。我が願いが叶う時が!」
声を変えていながらも高揚した様子は感じ取れる。
長年待ちわびた喜びを堪えきれないのだろう。
早く、速くと。一心不乱にエンジュシティへ向かっていく。
「今日という日を逃すわけにはいかん。今こそ、ホウオウを我が手中に収める!」
主の叫びに応えてデリバードはさらに加速した。
その早さは並のポケモンでは捉えることさえできず、空飛ぶ野生ポケモン達を置き去りにしていく。
あっという間に仮面の男はエンジュシティへとたどり着き、彼の視界にすずの塔が映り出された。
「クックック! さあ行くぞデリバード! ……むっ!?」
すずの塔をなぞるように上空へと昇っていくデリバード。
だがその瞬間、真横から大きな影が自分へと迫ってくることに気がついた。
「――“メガホーン”!」
「グゥァッ!?」
それがポケモンだと気づいた時には、すでにヘラクロスの角が彼らを襲っていた。
突然真横から大きな衝撃を受け、デリバードは受けきることが出来ずに北の森の中へと落ちていった。
「チッ。また邪魔が入ったというのか。……デリバード! 早く立て直せ!」
苛立ちを木にぶつけながら、仮面の男はデリバードへ指示を出す。首を大きく振るい、トレーナーに無事を示すと再び主を連れて飛びあがろうとした。
だが何かに気づき、デリバードは袋の中から一つの箱を取り出すと前方へと放り投げる。その“プレゼント”は高速で迫る何かに衝突、爆発した。
煙が完全に晴れぬなか、黒煙の中から先ほどと同じ影が彼らに迫った。
「貴様は!」
「ヘラクロス! “みだれづき”!」
「“ずつき”で迎え撃て!」
その正体はシュン、そして彼の手持ちポケモンであるヘラクロスだった。
ヘラクロスは自慢の角を突き出し、デリバードは額で迎え撃つ。
二度、三度と二匹がぶつかり合うが、もう一度彼らが交錯しようとした時、ヘラクロスがデリバードの懐にもぐりこみ、急所に角を突き出した。
「ギィッ!!」
「ちっ、距離を取れ!」
肺から空気が零れ苦しそうに顔を歪めるデリバード。
不利を感じ取った仮面の男は一次後退させ、体勢を立て直した。
その間にシュンは地上に降り立つとポケギアを使ってセキエイ高原にいるゴールドへと通信を繋げた。
「……ゴールドか。手短に話す、こちらに仮面の男が現れた! 今会場にいないものが仮面の男だ! すぐにポケモン協会とオーキド博士に連絡を!」
相手が電話に出るや否や、すぐに現状を伝え指示を飛ばす。それだけ今は時間が惜しかった。
『……ちょっ、ちょっと待ってください! 今会場にいないって言われても』
「どうした!?」
『今、ジムリーダー全員がバトルフィールドに出てきたばかりっすよ! 16人、誰もセキエイ高原から出てないっす!』
「……なんだと!?」
だが、ゴールドの報告はシュンから冷静さを奪った。
今セキエイ高原ではジムリーダーの紹介ということで16人全員がメイン会場に集結していた。
もしもエンジュシティに仮面の男が現れるならば、必ずやセキエイ高原から誰かが姿を消すはず。その考えは早くも崩れ去った。
「デリバード! “オーロラビーム”」
「うぁっ!」
意識が戦いからそれた瞬間を仮面の男が見逃さず、デリバードの冷気を纏った攻撃がヘラクロスを直撃した。
威力が大きく、その一撃で吹き飛ばされるシュン達。
地を蹴ってさらに後退すると、仮面の男を見据えながら話を続けた。
「……どうやら、こちらにいるのは姿だけの偽者のようだ。ゴールド、とにかくお前達は監視を続けろ! また連絡する!」
『なっ、シュンさん!』
まだ何か言いたげな様子ではあったがそれどころではない。耳を傾けるほどの余裕などない。
たとえ偽者だとしてもポケモンの強さは本物と変わらない。
今まで一度も勝てたことが無い相手に、注意をそらしながら戦い続けることは自殺行為に等しいのだから。
「……自らが出向く事無く、偽者に伝説のポケモンの捕獲を命じるとは、随分と自信があるようだな」
「フッ。本物と戦う事ができなくて不満か?」
「まさか。その仮面を被った時点で、お前は倒すべき敵だ!」
嘲笑うような口調に怒りを覚え、シュンは視線を鋭くして仮面の男をにらみつける。
本物か、偽者か。そのような違いは些細なもの。
大事な事は今目の前にいるものが彼から大切なものを奪った敵と姿が同じかどうか。それに加担しているかどうかだけ。
「その仮面を剥ぎ取って、本物について洗い浚い喋ってもらう。――行くぞ!」
今再び、シュンは仮面の男と対峙する。
これがウバメの森、そしてうずまき島に続いて三回目の戦い。
かつて二度も敗れた強敵。しかも今回は頼れる援軍は、味方の姿は無い。
負ければ命は保障できない。
だがそれでも――シュンは迷いを全て捨て去り、ポケモン達へと指示を飛ばした。
ここまでの活躍をポケモンレポートに書き込んでいます…………
主人公:シュン
持っているバッジ:5個 (ウイングバッジ、インセクトバッジ、レギュラーバッジ、ファントムバッジ、スチールバッジ)
手持ちポケモン
バクフーン♂ Lv49
ピカチュウ♂ Lv52
エーフィ♀ Lv53
ラプラス♀ Lv55
ヘラクロス♂ Lv54
ハッサム♂ Lv49
ボックスメンバー
サナギラス♂ Lv54
ピジョット♀ Lv50
サンドパン♂ Lv47
レポートに書き込みました!!