「どうなってんだよちくしょう!」
通話が切れたポケギアを握り締め、拳を手すりに殴りつける。
現場で戦っているシュンだけではない。ゴールドも突如の知らせに困惑していた。
セキエイでは全ジムリーダーが何も知らない素振りで集まっておりこれといった異変は見当たらない。
そんな時に来たシュンからの連絡。
何か確認作業かと思えばエンジュに仮面の男が現れたという凶報だった。
『仮面の男の正体はジムリーダーの誰か』という図鑑所有者達に共通してあった意識の不意をつかれ、理解がまったく追いついていなかった。
「……クソッ!」
「ちょっと、どこへ行くのよゴールド!」
「決まってんだろ! こうなったらここでグズグズしていられねえ。俺もエンジュに向かう!」
観客席から立ち上がり、苛立ちを含んだ怒声を上げるゴールド。
こうしている今も仲間が危機に陥っているのかもしれない。
ただでさえ移動には時間がかかるのだから向かうならば急がなければならない。
不測の事態に対する焦りがゴールドから冷静に思考する余裕を奪っていた。
「ちょっと、待ちなさい!」
「グゲッ!?」
足早に会場を去ろうとするゴールドを、クリスタルは彼のフードを掴み、引き寄せた。
その為いきなり首を絞められる形となりゴールドは当然不満げに声を荒げる。
「ってーな。いきなり何すんだよクリス!」
「いい? あなたの気持ちはわかるけど落ち着いて聞いて」
「あーん?」
制御役を任されたクリスタルは流石というべきか、危急の事態にも関わらず冷静さを失っていなかった。
挑発的な態度を取るゴールドを諭すように現状と今後の考えを彼に示していく。
「今エンジュシティにいるのは偽者。そして本物はやはりこのセキエイ高原にいる16人の誰か。本物がエンジュにいかなかったのは、おそらくは何かしらの理由でまだジムリーダーと言う立場を失うわけにはいかなかったから。他の15人のジムリーダーを敵に回すわけにはいかないからよ」
「……だから何だってんだ?」
「だとしたらなおさら私達がここで本物が誰なのか監視して見極めなければならないわ。むしろ本物がエンジュの偽者と合流する方が厄介だもの。そんなことになれば敵の目的は完全に果たされてしまう。少なくとも本物の手にホウオウが渡らなければ、敵も思うようには動けない」
彼らにとって最も大切な事は仮面の男の正体を暴く事。そしてホウオウを仮面の男に渡さないことにある。
現状、16人いるジムリーダーのうち、誰がロケット団の首領であるかは明らかになっていない。しかしこの大舞台に立っている今は行動が制限される。
偽者がエンジュに来たとはいえシュンがいる以上はそう簡単には伝説のポケモンを捕まえることはできないはず。
ならば今自分達がすべきことは本来の手はずどおり、シュンの指示通り役目を果たす事。
そうクリスタルは断言し、ゴールドの勢いを無理やり沈ませる。
「チッ! わかったよ、大人しくここで見てればいいんだろ?」
ここまで説得を受けて反論する術を持っていない。
ゴールドは不満そうに口を尖らせながらも席に戻り、対抗戦の準備を進めるジムリーダー達へと視線を落とした。
「シュンさんだって偽者なんかにそう簡単にやられるはずがねえ。俺が、本物をとっつかまえて、この事件を終わらせてやる!」
「……ええ、そうね」
彼もまた敗戦の怒りが募っているのだろう。すぐにでもやり返してやるという気迫が強く感じられた。
負けず嫌いな性格だなとクリスタルはクスッと笑みを浮かべる。
そしてゴールドに気づかれる前に彼女もジムリーダー達へと意識を向けた。
ジョウトとカントー、各町を代表する16人のジムリーダー。
この中にいる諸悪の根源を見つけるために。
少しでも離れた地で戦っている仲間の負担を減らすために。
――――
――いける。
相手は偽者。本物ほどのキレはない。
ヘラクロスとデリバード。思えば仮面の男と初めて戦った時に手に入れた因縁ある組み合わせ。
二匹の戦いは殆ど互角。ヘラクロスは一歩も譲らぬ姿勢でデリバードと渡り合ってくれている。
おそらくこのデリバードは今まで俺達が戦っていたポケモンと同じ個体のはずだ。
その相手に善戦しているという事実はヘラクロスを大きく勇気付けていることだろう。
「チィッ! ここでも私の邪魔をするか! デリバード! “やつあたり”!」
「受け止めろ!」
怒りの表情を浮かべて攻撃してくるデリバードの攻撃を受けきり、さらにヘラクロスは攻撃が止んだ瞬間、デリバードの右腕を掴み取った。
「なにっ!?」
「逃がすな! “かわらわり”!」
本来のトレーナーではないからだろう。凄まじい威力であったがヘラクロスは受けきり、がら空きとなったデリバードの頭に勢いよく右腕を振り下ろした。
頭に衝撃を受けた事により、デリバードの体はよろけて隙だらけとなった。
「まだだ! “メガホーン”で吹き飛ばせ!」
待ちわびた攻勢に出る時。未だにふらついているデリバードの胸元にヘラクロスは突撃する。
混乱しているデリバードには防ぐ術がなく、後方の木へと叩きつけられた。
「デリバード!」
「行け、ヘラクロス!」
これでヤツへの障害はなくなった。
攻撃の勢いそのままに、仮面の男に向かって一直線に飛んでいくヘラクロス。
ヤツとて生身の体で攻撃を受ければただではすまないはずだ。
一発入れて気絶させてから仮面を破壊させてもらう!
「……ふんっ! 小癪な! 調子に乗るな!」
だがヘラクロスの角が仮面の男を襲う寸前、右腕を大きく薙ぎ払い、ヘラクロスを弾き返した。
「なにっ!?」
「グロォッ!!」
「ヘラクロス! ――戻れ!」
ガキッと鈍い音を立てたあと、空中へ投げ出されたヘラクロス。
ダメージが大きいのか体勢を立て直す事ができていなかった。すかさずボールに戻し、仮面の男をにらみつけた。
(何だ、今のは? なにか固いものが接触するような音が聞こえたが。……まさか、機械の体ということか?)
とても普通の人体とは思えない音。ヘラクロスを返り討ちにしたことからも異常であることは感じ取れる。
もしも本当に機械だとすれば、仮面の男の身代わりということではなく、仮面の男が何かしらの方法で動かしているということか?
だが、だとしたら――
「ピカチュウ、“10万ボルト”!」
機械の体であるならば強力な電撃を浴びせれば動きに支障が出るだろう。
ピカチュウを繰り出し、すかさず電撃が仮面の男へ放たれる。
「そんな攻撃が、効くものか!」
仮面の男は右腕を伸ばし、ピカチュウの電撃を掴み取るように打ち消した。
「……ピカチュウの電撃が!」
完全に無効化されていた。
電撃をものともしないということは機械ではないのか?
だが機械でないとしても、普通の人間とは思えない。機械とは別の何か? とてもではないが思いつかない。
……一度、やつのマントの下を明白にしなければならない、か。
「――“でんじは”を打ち込め!」
ピカチュウの尻尾から強力な電気エネルギーが収束された球が打ち出される。
威力は期待できないが、当たれば確実に相手の動きを麻痺させることができる強力な技だ。
「無駄だ! このような小細工は通じん!」
「なっ――常識が通用しないやつ」
しかし仮面の男は球を空手チョップの要領で攻撃を一刀両断する。
“でんじは”を真っ向から受け止めても麻痺は見受けられない。少なくとも麻痺による痺れを期待する事は難しいだろう。
やつを黙らせるにはダメージを蓄積させるしかない、ということだ。
「どうした? その程度の攻撃では私はビクともせんぞ?」
「……ピカチュウ、アイアンテール!」
「むぅっ!?」
鋼鉄を彷彿させる固さの尻尾を回転させながらぶつけていく。
避けるのは不可能と判断したのか仮面の男は顔の前で両腕を掲げ、攻撃を受け止めた。
これでもまだ仮面の男の防御を超えることはできない。
だが衝突の瞬間、敵の両腕から何か小さなものが零れ落ちていくのが見えた。
(なんだあれ? 小さな粒のような、破片か?)
おそらくアイアンテールを受けた衝撃で崩れたのだろう。
目を凝らさなければ見落としてしまいそうなほどの小さなもの。確かにやつの腕から零れ落ちたはずだ。
となるとやはり何か特殊な材料でやつの体は出来ている。そして決して破壊できないものではない。
「ならば、畳み掛けるぞピカチュウ! “10万――”」
さらなる指示を出そうとした瞬間、横からの光線がピカチュウを襲撃した。
体重が軽いピカチュウはあっさりと吹き飛ばされ、その先の木に衝突する。
「なっ! ……戻れ!」
「残念だったな。あの程度のダメージ、デリバードなら少し時間が経てばすぐに回復する」
「ヘラクロスの攻撃をまともに受けたというのに、よく育てられたものだな。――バクフーン!」
攻撃の主は先ほど倒したと思っていたデリバードだった。オーロラビームでピカチュウを退けると主を守るように前に立つ。
俺はピカチュウをボールに戻し、バクフーンを新たに繰り出した。
近接戦闘ではやつに分があるということは先の戦いでわかっている。
ならばここはタイプ相性の有利を活かし、遠距離からデリバードを攻める!
「“かえんほうしゃ”!」
「“ふぶき”!」
バクフーンが放つ激しい炎とデリバードが繰り出す強烈な冷気。
空気中でぶつかり合い、お互いの威力を相殺する。
タイプ相性ではこちらが有利のはずなのだが押し切ることはできない。やはり並大抵の威力ではなかった。
広大ないかりの湖さえ凍らせたほどの威力。遠近両方でこちらの攻撃を圧倒する、か。
「今度はこちらの番だ! “プレゼント”!」
「“まるくなる”!」
今度は袋の中から大量のプレゼント箱を取り出し、こちらへと投げつけてきた。
爆発する作用を持つことはわかっているが多すぎる為にかわしきれない。
防御の指令をするとバクフーンは体を丸めて防御の体制をとり、爆発を受けきっている。
「ふん。そのような防御、すぐにこじ開けてやる!」
「違うな。ただ守っているだけじゃない」
「む? なんだと?」
「バクフーン、“ころがる”!」
急所を隠した防御の体制から一転、バクフーンは丸まったからだを動かし、高速で転がり始めた。
縦横無尽に転がり続け、敵を翻弄。その速さ、威力は転がれば転がるほど増していく。
「くっ。くそっ!」
「今だ! 行け!」
バクフーンの動きを目で捉えきれなくなり、動揺が現れた瞬間を察して¥声を上げた。
高速で回転する塊となったバクフーンがデリバードに襲い掛かる。
威力が増し、弱点をもついた一撃は強烈なものだった。デリバードは受け止めることができず、勢いは止まる事無くデリバードを木まで押し付けた。
「ギャァア!」
「デリバード! “ふぶき”だ!」
押し潰されそうな圧力に苦しみ、悲鳴を上げるデリバード。
それでもなお、トレーナーの指示に従ってデリバードが無理やり口から強力な“ふぶき”を放った。
やはり強力な一撃を誇る冷気。あっという間にバクフーンの体は凍りつき、身動きが取れなくなってしまう。
「フッ」
「“かえんぐるま”!」
「なっ――!?」
だがバクフーンはとまらない。凍っていてもこいつの炎は消えたりはしない。
自らの体に炎を纏い、瞬く間に身を封じていた氷を溶かすと再びデリバードを攻撃した。
「まさか、デリバード!」
炎を纏った突撃。
今度こそデリバードは倒れ、力なく地面に横たわった。
だが同時に技を放ったバクフーンも余力がなくなり、肩膝をついてしまう。
「戻れ、バクフーン。よくやった!」
ここまで働いてくれれば十分すぎるものだった。
疲労のたまったバクフーンをボールに戻し、一言声をかけて腰のベルトへ戻す。
「き、貴様!」
「今度こそデリバードは倒した。後はお前だ!」
続いてエーフィを繰り出し、相手が動く前に先手を打つ。
「“サイコキネシス”!」
強力な念の力で仮面の男を縛りつけ、そして地面に叩きつける。
身動きが取れなくなったのを見計らってエーフィとハッサムを交代し、追い打ちをかけた。
「右腕に“メタルクロー”を叩き込め!」
既にやつの腕が異常なものであるということは確認済みだ。
容赦ない鋼鉄の腕が仮面の男目掛けて振り下ろされる。
敵は苦れる術もなくハッサムの攻撃を受け――やつの右腕であった、何かの塊が宙を舞った。
「これは……!?」
目に映ったのは右腕の形をした青白い透明な物質。
ゴトッと音を立てて地面に落ちたそれはわずかに水のような液体が垂れているのが見受けられた。
「氷の、体か?」
確認できたのは氷だった。本物のような形で、動いていたもの。
だからポケモンの攻撃を受けても平然とし、反撃に転じていたというのか。
「フフッ。そこまで見抜いたか。だが、それだけではないぞ」
「ッ! ハッサム、退け!」
起き上がった仮面の男の右腕があった部分に何かが収束していくのが見え、咄嗟にハッサムを後退させた。
みるみると右腕の部分に空気中から物質が吸い込まれていき―-そして先ほどと同様、右腕の形となって現れた。
見た目はまったく変わらない氷そのものだった。
「壊したはずの右腕が復活した!?」
「そうだ。大気中の水分を取り込み、凍らせ、我が体は何度でも復活する! いくら壊したところで無意味だ!」
「ハッサム!
右腕から強力な冷気が放たれ、ハッサムを襲った。
「ちぃっ!」
空中で体を反転させて体勢を立てなおすハッサム。
だがなおも仮面の男は強力な冷気を飛ばして追撃をかけた。
咄嗟の判断でハッサムの腕に掴まると森林の中へとともに飛んでいく。
一度考えを纏めるため、戦況を立て直すために身を隠すと痛みに顔をしかめたハッサムをボールへと戻した。
(四肢を破壊されてもすぐに復活する氷人形。それがやつの正体か。
本当だとすればこちらがいくらダメージを与えても無駄ということになる。空気中に存在する氷がすべてやつの味方になってしまう。
だがああいうタイプの相手は復活の中心となるコアさえ壊してしまえば復活できなくなるはずだ。致命傷を与えるだけの攻撃をぶつけることさえできれば……)
難しい話ではあるが、理屈で言えば相手を制圧することはできるはず。
だが今のこちらの状況を考えるとこの方法は余計に難易度が高いものであった。
(問題はその一撃を与えるだけのこちらの戦力か。俺の元に残っている、まだ戦えるメンバーはラプラス、エーフィ、ギリギリでピカチュウか。氷に有効なバクフーンはダメージが蓄積しすぎて戦うのは困難だし、ハッサムとヘラクロスも弱ってる。くそっ!)
先ほどまでの戦いでこちらの手持ちポケモンはすでに疲弊し切っている。
残りの戦力を考慮すると相手を一撃で倒せるほどのポケモンはいない。
この状況を覆す方法が一つだけあるが……
「いや、駄目だ」
まだ早すぎる。俺の力をここで使ってしまってはいけない。
今俺が対峙しているのは偽者だ。ならば本物と戦う時の為に力は温存しなければならない。
そうでなければ、下手すればやつと戦う前に俺の方が倒れてしまう。
それでは意味が無い。本物を倒すまでは俺が力尽きるわけにはいかない。こんな偽者を相手に命を使い切るわけにはいかない。
「……覚悟を決めるしか、ないか」
だから今ある戦力だけで氷人形をしとめる。
正直な話、思いついた考えの中でも勝てる可能性は低い。それを実行に移せるかという話になれば尚更だ。
だが――やろう。
徐々に近づいてくる敵の足音が、俺の決断を後押しした。