「これを見てもそう言えるのかな?」
仮面の男に命令を下されたデリバードにより、作り出されたスクリーンに映像が映し出される。カメラを通してここより遠くの戦場を――シュンとサツキがいる場所を示す。
「なっ。そんな!」
「……シュン先輩?」
その光景を見て、ゴールドもクリスタルもただ驚愕するしかなかった。それほどまでに信じられないことだった。
二人の姿を見て仮面の男が顔に身につけている仮面が、さらに歪む。
『がっ、はぁっ……!!』
『…………』
――地面に横たわるシュンの呻き声が聞こえる。おそらくは仮面の男の洗脳下にあるのだろう、サツキの感情のこもっていない無気力な目が映る。
傷ついているのは彼だけではない。
バクフーンをはじめサンドパンにラプラス、ヘラクロス、エーフィ、ハッサム。シュンの手持ちポケモン達の多くが周囲に倒れていた。
そしてもはや起き上がる力もないシュンを、身動きとれない彼をサツキは無慈悲に踏みつけていた。
「少しは粘っていたようだが、もう終わりだよ。あの男はここで終わる」
悲惨な映像にゴールド達が気を取られていると仮面の男がゆっくりと口を開いた。
既に大勢は決し逆転の余地は無い。後はただ痛めつけられるだけ。
ゴールド達にとってはシュンの戦いの勝敗が、彼が援護の為にセキエイ高原に来られるかどうかは大きなポイントであった。無事に勝ってこちらに来てくれれば、たとえどんな戦況でも覆せる可能性が高かった。
だがそれは叶わない。
彼はこのまま、彼が慕っていた相手によって潰されるのだと、残酷な未来を告げる。
「よく抵抗したと褒めてやると良い。一度は私を退けただけでも大手柄だとも。もっとも、このまま死んでしまえば結局――」
「やめろ」
「む?」
許せなかった。
仮面の男の嘲笑が、言葉が、存在が、ありとあらゆるものがシュンという少年の思いを踏み躙っている。彼がどれだけ大切な人の為に心を傷つけたのかも知らずに、さらなる痛みを与え続けている。
この男は間違いなく『巨悪』の権化だ。絶対に、許してはならない。
「やめろって、言ってんだ!」
ゴールドは腰のベルトについていたボールの一つへ手を伸ばし、バクフーンを繰り出した。
バクフーンは主の意思を正しく読み取り即座に臨戦態勢に移る。
「これ以上、あの人の誇りを汚すんじゃねえ! バクたろう、“かえんほうしゃ”!」
体内に蓄えられている炎を一直線に吐き出した。
“かえんほうしゃ”が氷のスクリーンを貫き、粉々に砕く。
「無駄なあがきを。ホウオウ、ルギア!」
「ちぃっ」
「ゴールド!」
伝説のポケモン達の反撃。ホウオウの炎とルギアの風、圧到底なエネルギーが襲い掛かる。
寸前でクリスタルの指示にしたがって攻撃を回避した。
――直撃した会場の屋根は一瞬で瓦礫と化していた。
(なんちゅう馬鹿げた威力してんだよ!)
まともに攻撃を受ければそのまま倒れてしまうだろう桁外れの破壊力にゴールドでさえ肝を冷やした。
野生の時に一度対戦したとはいえ、これほどの攻撃は慣れることはない。しかも今回は二匹もいる。二匹を従える仮面の男も健在だ。あまりにも敵が強すぎる。
だが、ただ悲観にくれるばかりではない。
「おい、クリス」
「何よ?」
「ここであいつらぶっ飛ばすぞ」
「ちょっと。そう簡単に言わないで! わかってるの? うずまき島で戦ったルギアだけではなくもう一匹伝説のポケモンまでいる。しかも今回は仮面の男まで――」
「いや、仮面の男には他に戦力はねえ」
共に瓦礫の影に身を隠しているクリスタルへ話を始めるゴールド。
あまりにも簡単に言うので注意するが、ゴールドの表情は冷静で、しかもきちんと考えられたものだった。
「ないって、なんでそう言い切れるの?」
「さっきオーキドのじじいが言ってただろ。シュンさんが仮面の男を倒したあとに例の女の人がやってきた。てことは少なくとも仮面の男の手持ちポケモンは全員戦闘不能状態だ」
「でも回復してる可能性だって」
「にしてはここにつくのが早すぎる。大方ホウオウ捕まえてからすぐにこっちに来たんだろうよ」
他のロケット団員は全員リニアの中。幹部の二人も先ほど倒したばかりだ。
仮面の男が一般のポケモンセンターにかかれるはずも無い。エンジュシティからこのセキエイ高原までの移動時間を考えると戦闘不能に陥ったポケモン達を治療する手立てはもうないはずだ。
ならば敵の戦力は今、ルギアとホウオウの伝説のポケモン二匹に限られている。
「今ここで叩けなきゃ敵が戦力整えた中で戦わなきゃならねえ。一番の好機なんだよ。だから、行くぞ!」
意を決してゴールドは物陰から飛び出した。
「おら仮面ヤロー! こっちだ!」
敵の注意を惹き付ける為に大声を張り上げる。接近に気づいた仮面の男はすぐさま迎撃の指示を飛ばした。
「ちょっと! ……ああ、もう!」
文句は数多くあるが、そういっていられる状況でもない。
あの身勝手なゴールドがきちんと戦局を見極めているのならたしかに勝てるかもしれない。
クリスタルもネイティをボールから繰り出し、仮面の男へと立ち向かっていった。
――――
「ぐぅ、っ、ぁっ」
「…………」
「ああぁっ!」
胸部に置かれた足を振り払おうと手を伸ばしたが、かえって力を強められてしまう。
こんなことを平気で出来る人ではないはずだというのに、サツキさんは表情一つ変えずにただこちらを見下ろしている。
痛みと苦しさで反撃の意志まで消えてしまいそうだった。
「こん、の!」
けどこれ以上彼女にこんなことをさせるわけにもいかない。
何とか動かせる下半身を揺さ振って、砕けた岩へとボールを当てる。すると先端がボールの開閉スイッチに衝突し、中からサナギラスが出現した。
「ッ。ニドクイン」
「遅い! “かみくだく”!」
サツキさんは後退して新たにニドクインを繰り出した。
近接戦闘要員に対しての判断だろうが、すでにサナギラスは攻撃態勢に入っている。がら空きとなっていたニドクインの腹部へサナギラスの牙が突き刺さった。
「決まっ――!?」
完全に攻撃が決まった。だけど、ニドクインが怯むどころか微動だにしない。攻撃が効いているとは思えなかった。
「“かわらわり”」
ニドクインは目前のサナギラスへと右腕を勢いよく振り下ろした。
その一撃はサナギラスの急所に決まったのだろうか、一撃で地面に沈み、サナギラスの自慢の硬い体に亀裂が走る。
「嘘、だろ……?」
(サナギラスは俺のポケモン達の中でも随一の攻撃、防御を誇っていた。そのサナギラスが全然ダメージを与えられずに、一撃で倒された?)
信じられない光景だった。
俺が呆然としている中、サツキさんの横にすでにボールから出ている三匹のポケモンが並ぶ。スターミー、ギャロップ、ニドクイン。これまでの旅でも何度か目にしていた、彼女自慢のポケモン達。
真っ向から戦えば忽ち打ち倒される。大きすぎる力の差を改めて実感させられた。サナギラスだけではない。バクフーンもサンドパンも、ラプラス、ヘラクロス、エーフィ、ハッサム。皆、サツキさんのポケモン達を前に一撃で戦闘不能に陥った。
「ッ。ピカチュウ、“かげぶんしん”!」
まだだ。勝ち目は全く見えないけれどまだ、終わっていない。
切り札のピカチュウが出るやいなや、すばやい動きで分身を作り出す。これなら一撃で葬ろうともそう簡単にはできないだろう。
サツキさん達を取り囲むようにピカチュウの分身が攻撃を仕掛ける。ニドクイン達は対処しようとするが本物を捕らえきれない。
厄介と判断したのだろう。サツキさんは腰のボールへ手を伸ばし、四体目を繰り出した。
「……“でんこうせっか”」
――そのポケモンは何だったのだろうか。
確認することが出来ないまま、高速で動く何かの攻撃によってピカチュウが作り出した分身が次々と消されていく。
(速い。速過ぎる! 目で追えない――!?)
あまりの速さに視認が追いつかなかった。ピカチュウも同じことで、新たに出現したポケモンへの対処が出来なかった。
新たな何かは、全ての分身をかき消した後、サツキさんを守るように彼女の目の前で急停止して、ようやく俺の目に映る。
黄色い体色。首周りと腰部の鋭い棘。これは確か、イーブイの進化形態の一つ。
「サンダースか!」
でんきタイプの中でもすばやさに特化した個体。サンダースが今まで目にしたことがなかったサツキさんの四体目だった。
このすばやさを前にしてはピカチュウでも進化を発揮できないだろう。
俺は最後の一体が入ったボールを掴み、状況を切り替えようとして――
「“でんこうせっか”」
サンダースの高速の一撃がピカチュウへ襲い掛かる。
回避は間に合わず、まともに食らってしまったピカチュウは後方へと吹き飛び、俺にぶつかっても勢いは止まらない。衝撃で右手からボールはこぼれ、再び巨木に叩きつけられた。
「ガァッ!」
強烈な痛みが走った。歯を食いしばり、意識が飛んでしまいそうなのを堪えるが、体は言う事を効かずにその場に項垂れてしまう。
立ちなおすことも出来ない中、ゆっくりとサツキさんと彼女のポケモン達がこちらに近づいてくる足音だけが響く。
「――殺す」
「……その格好でそんなこと言われても説得力はないですよ」
まるで機械のように同じ言葉を繰り返す。
今すぐに彼女を解放したい。その気持ちでいっぱいだが、力が足り無すぎる。
「すみませんが、今のあなたの願いをかなえさせるわけにはいきません」
ようやく顔を上げたその視線の先で、先ほど零したボールが地面を転がり、木にぶつかった。衝撃で開閉スイッチが押され、最後の一体、ピジョットが現れ、俺の方へと向かってくる。
「皆、戻れ!」
俺はすぐさま倒れている仲間全員をボールへと戻し、ピジョットへと手を差し出す。
「来いピジョット!」
ピジョットの翼に捉まって上空へと逃れた。
俺の判断が甘かった。一人で到底勝てる相手ではない。
一度退いて立て直すしかない。
「……行って」
遠くから、サツキさんの呟きが聞こえたような気がした。
きっと気のせいだろうし今は考えている余裕もないので視線を戻したりはしなかった。感情的になって、無策で戻ってしまいそうな気もしたから。
「すまん、ピジョット。一端ここから離脱するぞ」
首をわずかにこちらへ向けて頷くピジョット。すぐに高度を上げて森林を見渡せる位置にまで上昇したのはありがたい。
これならば何かあろうともすぐに対応できるだろう。一応追撃がないか確認して――ッ!?
「ピジョット、右へ避けろ!」
俺の声に呼応してピジョットは急激に進路を変更し、右へ逸れる。
すると先ほどピジョットが跳んでいた位置にレーザーのようなものが通過していった。
「なんだ、今のは? 一体何が――っ、眩しい!?」
攻撃の正体について考えようとすると、突如強くなった日差しに気がついた。
自然による天候変化にしてはタイミングがおかしい。まさかこれもサツキさんのポケモン達の影響か?
もう一度後を見て、サツキさん達がいた場所を振り返ると……その森林から無数の光線が放たれ、こちらへと向かってきた。
「ハッ!? ピジョット旋回しろ!」
真っ直ぐ飛んでいては狙いを定められて終わりだ。
そう考えてピジョットへ指示を飛ばす。
これにより何とか謎の攻撃はかわせた――はずだった。
通り過ぎた光線が方向を変えてこちらに向かってこない限りは。
可笑しい。こんな連続で高エネルギーの光線を打ち出すことも、軌道をまげて正確にピジョット目掛けて正確に発射することも。
「どうなっている。……ッ、あれは!」
旋回の途中で、サツキさんの付近に新たなポケモンが地に立っていたのが目に映る。
黄緑色の可愛らしい見た目の、花を彷彿させる外見。草タイプのキレイハナだった。
「じゃあこれは、キレイハナのソーラービームか? ひざしが強くなったのもキレイハナの影響で、打ち出した光をスターミーの念で――攻撃の軌道を操っているというのか!」
キレイハナが踊る事で日差しを呼び、強くするという話を聞いたことが有る。そして日差しが強い状態ならば太陽エネルギーを打ち出すソーラービームはすぐに発射することが可能だ。
仕掛けに気がついたとしても対処方法はない。日差しが強いためこうしている間にもソーラービームは次々と打ち出されていく。
徐々にソーラービームはピジョットの進路を阻んでいき、ついに周囲をソーラービームの砲撃によって囲まれる。
「ぐっ、上だ! 高度をあげろ!」
だがさらなる高い場所、空ならば。
取り囲まれた光線の渦を突き抜けるように、ピジョットは急上昇。
ソーラービームを打ち破って空高く飛んだ。
「……ッ!?」
その先で、俺達は一体の大型ポケモンを目にした。
「お前は」
その姿を、一度テレビで目にしたことがあった。確か昔見た、ホウエン地方のチャンピオンを決定する大会・ポケモンリーグで後にチャンピオンとなった男性がよく頼りにしていたポケモン。
スーパーコンピューターをも凌駕する頭脳と青く煌く鋼の四肢を持った、空中に浮かぶ要塞。
ポケモンの名前は――
「め、メタグロス……?」
「“アーム、ハンマー”」
事実を受け入れることさえ出来ないまま。鋼鉄の腕が、容赦なく振り下ろされた。
――――
サツキがメタグロス――正確に言えばその進化前のポケモンであるダンバルを手に入れたのは、そう昔の事ではない。実は彼女の手持ちポケモンの中では最も日が浅い。
三年前、カントー地方ではまだサカキが率いていたロケット団が暗躍していた頃のことだ。当時彼女はホウエン地方に赴き、ある者と共に伝説のポケモンに関する調査を行っていた。
「とても助かったよ。君の協力のおかげでレジロック、レジスチル、レジアイス。三匹の眠る場所を特定することが出来た」
「いいえ。まだ場所を特定できただけに過ぎません。まだ手がかりを調べなければいけないでしょうし、やらなければならないことも多いでしょう。むしろそちらを手伝えない事の方が気がかりですよ。――ダイゴくん」
ホウエン地方のチャンピオン、ダイゴ。
この時既にダイゴは後にホウエン地方を大きく揺るがす事件を引き起こす事になる巨悪の存在に気づいていた。彼らの目的を調べ、そして止める手段を考えなければならない。
特に止める手段についてはいくつも考えなければならない。
そこでダイゴはいくつもの伝説のポケモンについて調査を行っていた。その調査を手伝っていたのがサツキだった。
まだ彼女がカントー地方にいた時はロケット団の存在も公には名が知られておらず、ジムリーダーなどの有力者でさえ存在を知らない者が多かった。
その為サツキは以来を快く引き受けホウエン地方を訪れていたのだが、その間にロケット団の動きが活発になる。彼女と同じ地方に住む少年少女の活躍によってロケット団は壊滅したと聞いたが、今度は新たなトレーナー集団が大きな企みを企てているという情報が耳に入った。
この為サツキはホウエン地方での調査を断念し、カントー地方へと戻ることになったのである。
「構わないさ。むしろこちらの方が君の手伝いを出来ないことが心苦しい。あれだけ世話になったというのに――未だに二つの組織の詳細さえ明らかになっていない中でこの地方を抜けることはできない」
「分かっています」
「すまない。そのせめてものお詫びとして、というのもおかしいが。これを君に受け取って欲しい」
小さく頭を下げると、ダイゴはサツキへモンスターボールを手渡した。
中には一匹の小さなポケモンが入っていた。
「これは……」
「中にいるのはダンバル。僕のお気に入りのポケモンだ」
「そんな大事な子を?」
「君に受け取って欲しい。きっと君の助けになると思う。よろしく頼むよ。――またいつか会おう」
心からの善意で、無報酬で助けに来てくれた彼女にならばこのポケモンを託すことができる。
成長すれば頼もしい戦力になるであろうと期待して、きっと彼女なら十分に価値を発揮できると信頼して。ダイゴからサツキの手にダンバルは渡った。
――――
「がっあ……あああああぁっ!」
痛みを抑えきることなど出来るはずもなく、口からは自然と叫びが発せられる。
森林がかすかに和らげてくれたものの落下の衝撃は大きかった。
感覚から察するに左腕が、逝った。それだけではない。肋骨もおそらくは……まだ動けるところを見ると、臓器には刺さっていないはず。それだけが救いだろうか。
「ぴ、ピジョット……。すまん、戻れ」
「ピ、ジョォ……」
苦しげに、呻き声を上げながらピジョットはボールに収まる。
俺を庇ったせいか傷が酷い。おそらくはウバメの森で負傷したとき並にひどいだろう。
何とかボールにしまうことは出来たけれど身動きは取れない。
徐々に、こちらへと迫ってくる馬の足音が大きくなる。
やがてサツキさんを乗せたギャロップが辿りつき、俺の目の前で停止した。
俺を見つけるとサツキさんはギャロップから降りて俺の腹の上にまたがり、両腕を首に重ねる。
「――殺す」
力を加えると同時に、また彼女に似合わぬ言葉を繰り返した。
「殺す」
機械のように。
「殺す」
人形のように。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
呪いのように同じ言葉を繰り返して力を強めていって――
「ころころ、す……ころ……す……ぅっ……ぃ、ゃ……」
彼女の目から涙が零れると、徐々に力は弱まった。洗脳に抗っているのだろうか。
わからない。
どうしてそんな顔をする。
どうしてそんな悲しそうな表情で、俺を見る。
どうして涙を流しながら、戸惑っている。
俺はあなたを守れなかった身だ。だから俺を殺すことに戸惑う必要などないはずなのに。
「うっ、ぁぅ、ううううっ!」
呻き声の直後、再び首を絞める力が強まった。
抵抗しようとも仮面の男の洗脳はそう簡単には抜け出せないということなのだろう。
(……すみません。サツキさん)
彼女の両手に手を伸ばすことさえ出来なかった。
サツキさんは敵の力にも抗ったというのに、俺はもう抵抗の意志さえ消えてしまった。
(俺には――出来ない)
駄目だ。
もう、これ以上、この人と戦いたくはない。
「ギラァアアアアア!」
突然響いた鳴き声。
それは、俺のサナギラスのものだった。
命じてもいないのにボールの中でサナギラスは暴れだし、自分のボールを地面にたたきつけて強引に外に出てきた。
サツキさんへ体当たりし、彼女を俺の上から吹き飛ばす。
「ッ」
「サナギラス!?」
ニドクインが彼女の体を受け止め、すぐさまメタグロスが彼女の前に立つ。
警戒を強める敵に対し、サナギラスも闘争心を露にする。
「馬鹿。やめろ、サナギラス! もうお前は戦える状態じゃない。やめろ!」
静止を呼びかけているのに、サナギラスは聞く耳を持たない。
メタグロスに向かって突撃して――鋼鉄の腕にはじき返された。体の亀裂がさらに歪に広がっていく。それなのに、着地すると再びメタグロスへと向かって行った。
でも敵は防御が硬い鋼タイプだ。ボロボロの状態で向かっていったせいで、攻撃したはずのサナギラスの方が傷つく。サナギラスの体全身に亀裂が走った。
「サナギラス!」
これ以上はもう見ていられない。強引にでもボールに戻さなければ。
左腕が満足に動かせないせいで掴みにくい左腰のボールを手にし、サナギラスへ視線を戻す。
ボールへ戻そうとして、サナギラスの体の亀裂から眩い光が発せられた。
「えっ。これはまさか」
今まで何度か目にしてきた、進化の兆候。
サナギラスが身に纏う殻を打ち破って――二メートルはあるであろう怪獣のような巨体、バンギラスへと進化を遂げた。
「進化……バンギラス」
今まで待ちわびていた最終進化が、このタイミングで生じた。
バンギラスはメタグロスの鋼鉄の腕を受けきり、はじき返した。バンギラスが片腕を振るっただけだというのに、メタグロスは後ずさり、地響きが生じる。
「バンギラス。お前……」
先ほどまでボロボロだったはずなのに、バンギラスはこちらを振り返ると『任せろ』と言わんばかりに息を吐く。
いや、バンギラスだけではない。
ピカチュウもバクフーン達も、皆勝手にボールから出てきて俺の前に立った。
「皆、なんで……」
なんでそこまでして戦う。
俺の命令さえ無視して、どうして俺を守ろうとする。
何も、わからない。
『どうしても守らなければ、救わなければならない存在ひとができたときだ』
またしても父の言葉が脳裏をよぎった。
「……お前達も同じということか。俺を守ってくれるというのか」
理解すると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
先ほどまでは俺も同じ思いで戦っていたはずなのに、それさえ忘れて諦めて、ポケモン達に思い出させてもらえるなんて。
「みんな、すまない」
こんな俺についてきてくれたポケモン達がボロボロの状態でまだ戦ってくれるというのに俺だけ諦めるわけにはいかない。
覚悟が決まった。やはり、何としてもサツキさんは救わなければならない。
(だけど――)
しかし同時に、冷静になって戦力差が大きすぎるという壁に再び衝突する。バンギラスはメタグロス達にも太刀打ちできるかも知れないが、他のポケモンはそうではない。最終進化を果たした状態でさえ皆呆気なく敗れたのだ。しかも回復が出来ていない。
勝てる方法はまずないだろう。――たった一つを除いては。
「サツキさん。今一度あなたとの約束を破る事を許してください」
本当は考えてはいけない選択肢だが、それでサツキさんを救えるならば。
「――世界に告げる」
迷いはない。
動かせる右腕を前にかざして、詠唱を始めた。
「我は運命を呪う者」
俺の持つワカバの力は本来なら直接腕に触れている生物に対してしか効果を発揮できない。
「その生に
だが――俺の右腕から光が発せられる。
「戦場に立つは望んだ安息のために」
光は徐々に強くなり、右腕から全身へと広がっていく。
「すでに行く道に退路はなく、この身に希望はなし」
これは従来の接触による生命エネルギーの譲渡ではない。
「ならばこそ今こそ我は寄り添う者にそそぐ勝利の人柱となろう」
俺が発する声を音響器代わりにしてエネルギーの振動を調節。
「共に進む者には一時の繁栄を、引き従える者には一生の痛みを与えよ」
空間に存在する分子の振動と同調させて空間を伝って任意のポケモン達へと生命エネルギーを伝達させる。
「我が命を吸い高まれ同胞達!」
体から発した光は空気を通ってポケモン達へと届き、同様に体が光り輝く。
「――我は、ワカバの導き手なり」
ポケモン達の傷が癒えていく。先ほどの戦いで受けた傷は見る見る位置に消えて、万全の状態以上になった。
「ぁっ、ぁぁあああああぁっ!」
倒れてしまいそうになるのを寸前で堪え、視線を上げる。
こちらの戦力が元に戻った事を警戒したのかサツキさんのポケモン達六匹も勢ぞろいでこちらを迎え撃つべく並んだ。
その後方にサツキさんは無言で立ち尽くしている。
先ほどから流していた涙はまだ止まらず瞳から溢れている。また、彼女の口は閉ざされて物理的なものとは別の何かと戦っているように見えた。
――まだ、サツキさんを取り戻せる可能性は残っている。ならば取り戻すだけだ。
「しつこい男は嫌いなんでしたっけ、サツキさん」
かつて彼女は使用人であるパーバスにそう愚痴を零していた。
今の俺はまさにその嫌う対象となるのだろう。一度は倒して、意志も砕けたというのに、執拗に戦おうとする様は敵にとってしつこい以外の何者でもない。
「すみません。俺のことは嫌いになってもかまいません。それでも構わないから、今までのように、また綺麗に笑ってくださいよ……」
だが関係ない。
あなたの涙を止めることができるならば、あなたを闇の底より救い出だすことができるというのならば。もうどうでもいい。――俺は喜んで死を受け入れよう。
ゲームでありました、殿堂入り後のチャンピオンになってからのダンバルイベント。
今回はダイゴからチャンピオンとなったサツキの手に渡りました。