父の職業はレンジャーだ。世間ではポケモンと共に自然の保護活動や犯罪者の取り締まり、自然災害の救助活動や支援などを行うことからポケモンレンジャーとも呼ばれている。
昔から父の仕事をテレビなどでも目にしていた。その背中はとても大きく見えた。自然災害など大きな仕事の時には長期間いなくなる時はあったけれど、仕事を行っているときの姿は見たことがあったからむしろ誇らしささえ覚えていた。
『心配するな。何かあった時にはいつも傍にいる。必ず俺が守ってやる』
そんな父は俺にとっては――例えるならば漫画や小説における主人公のようなものだった。どんな時でも大切奈人を助け、守る本当に立派なものだと。
だからこそ俺はその姿に、あり方にあこがれた。いつか自分もそのようになれたらよいなと思って。
だが、そう願いつつも俺は心のどこかで気づいていたのかも、知ってしまったのかもしれない。
所詮そのような理想は、理想の中でしかないのだと。
現に父親は全てを捨てて俺達の前から消えた。残ったものは悲しみや恨みくらいだ。それは一方的な私情から来るものかもしれない。けれど、そう理解してもその感情が消えることはない。
憧れていた分嫌いになって。俺は違うと、俺は絶対に理想を貫くと考えた。
しかし俺自身も理想のような生き方をすることはできないのだろう。すでに根本が間違っているのだとサツキさんに指摘されてしまった。今同じ過ちを再び繰り返そうとしている。
「皆、もう少しの間だけ頼む。俺の我がままに付き合ってもらうぞ」
それでも、それでもいい。
今まで一度も信じたことのない神様に、初めて祈るとしよう。
俺は間違っていてもいい。綺麗な生き方なんてしなくていいから。
――お願いだからせめて、サツキさんだけは救ってくれ。救わせてくれ!
未来を生きようなどと叶いもしない希望を抱くことなどもう諦めた。だから俺に未来なんてものはいらないから、今この瞬間を、全力で生きさせてくれ。
――――
同じ頃、ポケモンリーグセキエイ高原でも戦局に大きな変化が生じていた。
仮面の男がホウオウとルギア、伝説のポケモンを繰り出して力を振るう中、ゴールドとクリスタルが応戦。二匹の複合技を対処すべく敵を分断し、迎え撃った。ゴールドはウソッキーと共にホウオウを受け持ちクリスタルはネイティに指示を出してルギアを担当する。
さすがは伝説のポケモン。徐々に二人は押される展開にあった。
「ウーたろう“じたばた”だ!」
「ネイぴょん、“みらいよち”!」
二匹のポケモンが伝説ポケモン達に肉薄する。ウソッキーはじたばた暴れてホウオウを吹き飛ばし、ネイティの念力を送ってルギアを攻撃する。
「お、おのれ!」
「いつまでもテメエの好き勝手させると思うなよ。これ以上の悪事は絶対に許さねえ。キマたろう!」
予想外の抵抗に仮面の男が怯んだ瞬間、ゴールドは攻勢に出た。
ウソッキーからヒマナッツへ交代して日差しを強くする。
「クリス、わかってんな!」
「うん。ウインぴょん、“ほのおのうず”!」
天候が変わった直後、ゴールドはクリスタルへと声をかけた。彼の期待に応えるように、ウインディが仮面の男を中心に激しく渦巻く炎を吐いた。威力を増した炎に閉じ込められ仮面の男の体が急激な勢いで溶けていく。
「ま、まずい! 貴様らああああああ!!」
「へっ。テメエの体が氷で出来ているってことは知っていんだよ」
「しかもルギアの風では炎をかえって強くしてしまう危険がある。ホウオウの炎では余計に体の氷を溶かしてしまう。他の手持ちポケモンがいない以上、もう貴方は逃げられない!」
シュンから伝えられた情報が、彼が仮面の男に与えた戦果が大いに役立った。
敵が氷人形であるならば氷を溶かしきるほどの炎技で追い込めばいい。幸い、敵のルギア・ホウオウの自慢の業では共に炎をかえって強めてしまう。仮面の男の戦力は既にシュンが倒した以上、さらに強まっていく炎の渦からは逃げられない。
「さあ、終わりだ。大人しくホウオウとルギアを解放しろ! そして洗脳している人達を元に戻せ!」
いくらポケモン達が強力でもトレーナーの身動きが封じられればお仕舞いだ。
大人しく降伏するようにゴールドが勧告する。
その問いかけに対して、仮面の男は――
「――“あまごい”」
戦いを続行する。
突如セキエイ高原の上空に雨雲が発生し、雨が降り出す。先ほどまで日差しが強かったにも関わらず、強い雨は炎の渦の威力を弱めさらに仮面の男の氷人形を形作る源である水分となる。
「なにっ!?」
「“ふぶき”だ」
続いて先ほどあまごいを行ったデリバードが強烈な冷気を発する。一瞬でセキエイ高原の会場は凍りつき、仮面の男の氷の体が見る見るうちに再生していく。
「で、デリバード!?」
(あいつは俺が今まで何度も戦ってきたポケモンじゃねーか!?)
「嘘! 何で? だって、仮面の男のポケモンはすでにシュンさんが倒したはずじゃ!」
もう戦場には現れないはずのポケモンが出現し、新たな脅威となった。
おかしい。敵には短時間で回復する手段などないはずだ。それなのに、何故?
「さあ、終わりにしようか」
考えている余裕などなかった。
ホウオウが炎の輪を打ち出し、ゴールドとクリスタルを炎の中に拘束する。
「うわあっつつつ!」
「キャアアア!!」
高温の熱を発する拘束だ。今度は二人が身動きが取れなくなった。それを見て仮面の男は敵から視線を外す。
逃げまとう観客の中へと目を向けて――狙いの人物を見つけて飛んだ。
「見つけたぞ!」
「お、お前は……!」
「ガンテツ。お前を探していた。我が十年にわたった計画の達成に力を貸してもらう」
仮面の男はガンテツと彼の連れである孫を捕まえた。片腕で、一人ずつ空中で拘束しガンテツへ命令する。
「さあ、作ってもらうぞガンテツ」
「な、なんやと? 作る?」
「そうだ。お前の腕で、
これほどの悪事を働いた目的を叶える為に、最後の道具を手にしようとしていた。
――――
一方、エンジュシティ郊外で続いているシュンとサツキの戦い。
決死の覚悟でシュンが力を振るうことで戦況は互角に戻った後、最初に動き出したのはサンダースだった。
ピカチュウをも凌駕するスピード。捉えきることは容易ではないポケモンに対して、シュンは。
「ハッサム、“こうそくいどう”!」
ハッサムで迎え撃つ。全身の力を脱いて体を軽くし、サンダースと遜色ない動きでぶつかり合う。
一撃、二撃、三撃。サンダースの頭が、腕が。ハッサムの鋼鉄の両腕が衝突する。
両者とも一歩も譲らないせめぎ合い。
だがサンダースが徐々に消耗する中、ハッサムは即座に傷が治り、攻撃の威力が増していく。
不利を察したのだろう。サンダースをサポートするべくニドクインとギャロップが前進した。
「ッ。ヘラクロス、バクフーン、ピカチュウ! 行ってくれ!」
増援を見たシュンも三匹に指示を飛ばす。
ヘラクロスはニドクインと取っ組み合い、猛スピードで突進するギャロップ目掛けてスピードスターと10万ボルトが襲い掛かる。
格闘戦はかつて師弟の関係となった“かわらわり”同士のぶつかり合いが続く。
遠距離攻撃をかわしたギャロップがバクフーンへ“とっしん”するが、これをバクフーンが受け止めてピカチュウが横撃。ギャロップの横腹へ頭突きを決めた。急所に決まったのだろうか、ギャロップは溜まらずうめき声を上げて――だが怯む事無く、即座に“かえんほうしゃ”をシュン目掛けて打ち出した。
「来るか。エーフィ“ひかりのかべ”」
控えていたエーフィが最前列にでて防御壁を張る。常よりも硬さが増した壁は炎を完全に攻撃を防ぎきった。
「ピジョット、サンドパン。今だ、行け!」
今度はシュンが攻勢に出た。
壁の横からピジョットが、壁の上部を蹴ってサンドパンが宙に跳ぶ。
「“つばめがえし”に、“ころがる”!」
加速と落下の勢いが重なった二匹の得意技が放たれた。
威力速度共に申し分ない自慢の一撃は――メタグロスの鋼鉄の体に阻まれる。メタグロスは二匹を受け止めると片腕を薙ぎ払って蹴散らしてみせた。
「ちぃっ。――ッ、ぁぁっ!」
攻撃の失敗を確認したシュンはすぐに立て直そうとした。
だが、体が締め付けられるような痛みに襲われ、よろけてしまう。
この間にメタグロスが進撃。宙に浮いて他の争うポケモン達へ“コメットパンチ”を繰り出した。
「ッ、ば、バンギラス!」
シュンが指示を出した。出す前に、バンギラスは動いていた。
主の意図を理解していたバンギラスはメタグロスの力を受け止め、はじき返す。
メタグロスが大きく後退した。
近距離戦闘は危険と判断したのだろうか。控えていたスターミーとキレイハナが“ハイドロポンプ”と“ソーラービーム”を打ち出した。
「ラプラス、“れいとうビーム”、エーフィ“サイケこうせん”!」
これを迎え撃ったのはラプラスとエーフィだ。
冷気と念力が水流と光の束を打ち消し、爆発する。
(…………これで、ようやく互角か)
爆発の煙が晴れて行く中、シュンはサツキと互角以上に戦えているという事を再確認する。
現在、シュンのポケモン達は常時ワカバの力によって細胞の再生能力が高まっている。これにより瞬時に戦闘の傷は癒え、さらには通常よりも大きな力を発揮することが出来るようになった。
しかもサツキが洗脳に抵抗しているためか一切ポケモンに指示を出していないという点も大きい。ポケモン達は各自の判断で動いているが、その分先ほどよりも始動は遅く、動きのキレも悪い。
この状態が続けば押し切れるだろう。長期戦に持ち込むことが出来ればきっと勝てる。
「うっ、あっあ――あああああ!!」
――最もその為には、今のシュンが長期戦が可能な体であるという事が前提の話だが。
全身の体が急激に引き裂かれるような感覚だった。
常に生命エネルギーを九匹のポケモン達に送り続ける。この代償がシュンに襲い掛かった。心臓の拍動は弱まり、血液の流れは極度に遅く、体の各所はこれまでの傷の痛みが加速する。次第に感覚や意識も薄れはじめ、立っているのも辛くなっていく。
(これ以上戦えば、俺の命が先に尽きる――!)
文字通り命を消耗しながらの戦いだ。速めに決着を着けられなければサツキを助ける前に力尽きてしまう。
最早猶予は無いと判断したシュンは、勝負を決めにかかった。
「ラプラス、ハイドロポンプ!」
口から強烈な水流を吐き出すラプラス。スターミーも同じように“ハイドロポンプ”で迎え撃つが、水流を撃っている途中でエーフィの“サイコキネシス”に襲われて大きく前方へ飛ばされた。
「ピジョット、サンドパン!」
さらにピジョットとサンドパンがキレイハナへ襲い掛かる。
ピジョットが素早い動きでキレイハナの動きを止める。“はなびらのまい”を受けてはじき返されるが、その間に隙を突いたサンドパンの“ブレイククロー”が直撃。キレイハナも大きく吹き飛ばされ、空中からサンドパンが“ころがる”で追撃。上からのしかかる事でその場にキレイハナを封じ込めた。
(これでサツキさんのポケモン達が集まった!)
「バンギラス! すなあらしだ!」
サツキのポケモン六匹を近くに寄った状況を見逃さず、メタグロスと相対するバンギラスへ命令する。バンギラスは一歩下がると自分を中心に砂嵐を巻き起こす。地表から舞い上がった砂は周囲の味方ポケモン達をも巻き込んで、フィールドに立つ全てのポケモンを閉じ込めた。
(すまない! 皆、あと一発耐えてくれ!)
「ピカチュウ!」
そして、その中心に立つバンギラスにピカチュウが乗る。砂嵐の中心に立ち、上空の雷雲を呼んで――
「“かみなり”だ!」
凄まじい落雷は、“ひらいしん”であるピカチュウ目掛けて打ち出された。
寸前、スターミーのコアが怪しく光り輝き――強烈なエネルギーの衝撃は砂嵐さえ吹き飛ばす爆風を起こし、フィールドに立つポケモン達を覆い隠した。
「……や、った」
“すなあらし”で逃げ場を封じ、強烈な威力を誇る“かみなり”を命中させた。この爆発を受ければサツキのポケモンとてまともにたってはいられないだろう。
ゆっくりとシュンは歩き出した。ポケモン達を犠牲覚悟の戦略を立ててしまったことに申し訳ないと思いながら、彼らがいる爆風地をさけてサツキの元へと向かう。
一歩足を踏み込むたびに体がきしむ。数メートルという距離が数キロにも感じるような錯覚を覚える。
だがこれで全て終わりだ。希望を頼りに少しずつサツキとの距離をつめていく。
もう少し。彼女の綺麗な顔を覆い隠している仮面へと手を伸ばす。
もう少し。指先が仮面に触れる距離に達する。
しっかり力をこめて仮面をはがすように手をひっかけて――
「――――ッ!?」
シュンの体を後から何かが貫いた。
「あっ、なぁっ――あっ?」
右腕を衝撃のあった腹部へ当てる。
触れた手は血で紅く染まり傷の酷さを物語っている。そしてシュンは背中側から腹側へ白い爪が伸びていた事を理解した。ゆっくりとその原因である後方へ向けると、サツキのニドクインが立っていた。
「“どく、ばり”? なんで?」
どうしてニドクインがまだ立っている。
ニドクインはでんきタイプと相性の良いじめんタイプであるからかみなりの直撃は聞かないだろう。だがその前にすなあらしで大きなダメージを受けたはずだし、かみなりによって生じた爆発の衝撃は強烈なものだ。ヘラクロスとの戦いで受けたダメージでは耐えられないはずなのに――そこまで考えて、シュンの視界に一匹だけ明らかに落雷の衝撃が激しく体が焦げているスターミーの姿が映った。
(スターミーの、“スキルスワップ”か)
雷撃を一身に受けた敵を見て全てを理解した。
本来なら戦闘地の中心に立った、“ひらいしん”の特性をもつピカチュウに落雷する事で爆発が全てのポケモンを襲うはずだった。
しかし寸前でスターミーがピカチュウと特性を入れ替え、スターミーが“ひらいしん”となることで落雷の場所がずれた。当然その後に生じる爆発もずれ、ニドクインは何とか持ちこたえたのだろう。
(まだ、こんな手も残していたというのかよ)
ここまで追い詰めて、特攻覚悟の最後の手段さえ潰されてしまった。
(しまった)
シュンの体から光が消える。当然、彼を伝ってエネルギーを伝えられていたポケモン達からも光は消えて、力は元に戻る。
突然の事に戸惑うシュンのポケモン達をサツキのポケモン達は容赦なく襲い掛かり、あっという間に制圧した。
「――こ、ろす」
涙が止まらないというのに、そんな事お構い無しでサツキはシュンへと近づき、彼の首を絞めて――
「ちがう、だろ」
力が篭る前に、シュンが残った力を振り絞って彼女へ訴えた。
「違うだろ! あなたが本当に思っていることは、違うだろ!」
最早満足に体を動かすことさえできない状態であるというのに。
シュンは口から血を吐き出しながら言葉に思いを篭めた。もはや限界を超えた体に鞭打ち、必死に叫んだ。彼の叫びが伝わったのかサツキの顔が揺れ、仮面に皹が入る。
「“生きて”と、“頼って”と俺に言ってくれたあなたの望みは、こんなことじゃないだろ!」
かつて暗闇で自分の心を癒してくれた彼女を思い返して、シュンは残った生命エネルギーを局所へ集中させる。生命力を他者に分け与えるのではなく、己の必要な部分だけに注ぎ込む。
「お願いだからっ――本当の自分に戻ってくれ!」
体に突き刺さったニドクインの爪を強引に振りほどき、最後の一歩を踏み出して右腕を仮面に伸ばす。
指先がかかり、後は引き剥がすだけ。残りの力を全て注いだ直後。
(――――――――あ、れ?)
シュンの世界から、光が、消えた。
(何、これ……?)
突如何も見えない暗闇の世界へと落ちた。
あまりにも受けた傷が、消耗した命が大きすぎたのだ。循環障害と多大な臓器の損傷による視覚の消失。
シュンは己の行動の結果を見届ける事さえ出来ず、全身から力が抜けて体が地面に崩れ落ち始める。
「届かなかったの、かよ。ち、くしょう」
もはや痛みさえ感じなくなった体は、自身が地面に倒れこんだのかどうかもわからない。
彼は今どんな体勢なのか理解できず、ただひたすら己の無力を呪った。
最後の願いさえ、叶えることは出来なかったというのか。
ポケモン達が全力を尽くして戦ってくれたというのに、彼らに応えることは出来ないというのか。
目の前で涙を流しながらも、必死に洗脳に抵抗する想い人を救う事も出来ないといのか。
悔やんでも悔やみきれない。
刹那の間に無数の後悔に襲われる。
「届いていたよ、シュン君」
そんな彼に数少なく残されていた機能の一つである聴覚が、彼にとっては最高の報告を届けてくれた。
二人が立つ地面のすぐ近くにひび割れた仮面が落ちていて。倒れかけたシュンの体をサツキがしっかりと抱きしめていた。