「ゴールド? なんでここに?」
本来ならば彼は今も仲間と共にセキエイ高原で仮面の男を調査しているはずなのに。
思わぬ形の悪友との再会に、シュンはすぐに現状を受け入れる事が出来なかった。
「……お前、自分の役割を忘れたのか! クリスは。イエロー先輩はどうした!?」
だがいつまでも驚いてばかりというわけにもいかない。彼と行動を共にしているはずの少年少女の姿がシュンの脳裏をよぎり、後輩に怒声をぶつけた。
「今はこのジョウト地方全体を脅かそうとしている敵との戦いの最中なんだぞ! お前はこの現状をわかって——」
「わかってねえのはあんただろうが」
「——はっ?」
『すぐに戻れ』と諭そうとするシュン。だがゴールドは彼の声を遮り己の強い意志を示す。
「今のあんたの姿を見て『戻れ』はないでしょうよ」
そう言ってゴールドはシュンを見た。
皮膚のあちこちに傷と打撲痕が見られ、口からも出血も見られる。見えない内側も含めてすでに彼はボロボロ状態だ。このまま一人で戦えば命を落としかねない程に。
——いや、違った。間違いなく彼はこの戦いで本当に死ぬことになる。それはゴールドがよく知っている。この人ならば文字通り死ぬまで戦い続けるという事を。
「俺は退く気はないっすよ。あの女の人がやばいってのはオーキドのじいさんから聞いてるんで。だから俺はここに残る!」
説得は無駄だとゴールドは強い口調で断じた。
「……ふざけるのも大概にしろよ。早く戻れ。この間に仮面の男が動いたらどうなる? ここは俺に任せて——」
「そう言って一人で死ぬ気かよ、あんたは」
「ッ」
なおも食い下がるシュンにゴールドはあえて厳しい視線を向ける。
核心を突かれたシュンは息を飲んだ。
その通りだ、彼は今から死ぬつもりだった。死んでもサツキを救おうと思っていたからこそ、言葉に詰まる。
「……ふざけないでくださいよ。俺がいかりの湖で音信不通になって、それで旅に出てくれたのがシュンさんじゃなかったんすか? なのに、同じ思いを俺にさせるつもりっすか?」
そう言われてシュンの記憶が次々とよみがえった。
オーキド博士やウツギ博士にゴールドが仮面の男の調査中に連絡が取れなくなったという事を知らされ、旅を出る決意をしたあの日。
あの時ほど信じたくないと思った出来事はない。親しい人間が、自分の知らないところで斃れたなど。
「——じゃあどうしろっていうんだよ!? もう俺には自分の命をかけるしかないんだよ! これ以上俺にどうしろと!」
だからこそ、今も必死になっているのだと訴えた。
ゴールドと同じようにサツキもまた失いたくない大切な存在となっている。そんな彼女を救うには、全力を尽くして敵わない今、もう命をかけるしかないのに。
他にどうすればいいのだと、シュンは声をかすらせながら問いただした。
「だから俺が、ここにいるだろ! 『一緒に戦え』って言えばいいんじゃねえのかよ! 仲間じゃねえか!」
だから俺がここに来たのだと、ゴールドはシュンの肩をつかんで力強く答えを示す。
二人とも目の見えない場所で親しい人間が傷つくのは二度と味わいたくなかった。今こそ共にこの窮地をひっくり返すのだと、声を張り上げる。
「……ゴールド」
「こんなつまんねえ所で死ぬなんてゴメンだ。そんなにセキエイ高原の方が心配なら、さっさとあの女の人の仮面引きはがして、Uターンと行きましょうよ」
シュンの表情から怒りや焦りが消えた。それを確認してゴールドは手を放し、サツキの方へと向き直った。今はサツキ本人が大人しいためポケモンたちも援軍であるゴールドの出現を警戒し、様子を見ていたようだがいつ動き出してもおかしくない。
数ではこちらが勝る。ならば手早くこの場を制して不安の種を取り除こうと、ゴールドは笑みを浮かべた。
「……ああ。頼む。ここでサツキさんを取り戻す。そのために、お前の力を借してくれ」
「うっす!」
ならば今はその考えに乗るしかない。
シュンもゴールドの横に並び立ち、サツキの姿を見据えた。
二人が臨戦態勢に入ったことを見てこれ以上の警戒は無意味と悟ったのか、サツキの元からサンダースが真っ先に飛び出す。
“でんこうせっか”で速度を増しつつ、軌道を見破られない様にと俊敏に左右へステップを踏んで揺さぶりをかけた。
「ゴールド、エイパムを! ハッサムにつかまれ!」
「了解!」
敵の速攻に対し、シュンはハッサムを繰り出すとその体にエイパムが尻尾の手でつかまり、共に飛び出す。ハッサムは“こうそくいどう”で身を軽くするとサンダースへめがけて直進。そして付近まで近づいたところで旋回した。
その遠心力を勢いに変えて、エイパムは両手で地面をなぞってサンダースへ“すなかけ”を放つ。両手で放たれた砂はサンダースの視界を一瞬で奪い去った。たまらずその場で停止するサンダースに、砂の中から突撃するピジョットの“でんこうせっか”が直撃、その体を吹き飛ばす。
(エイパムは尻尾だけで木の枝にぶらさがり、枝から枝へと飛び移る時には尻尾だけで体を支えて反動を利用する。ハッサムの素早い動きが加われば、サンダースも捉えられる!)
エイパムの習性とハッサムの得意技を活かした連携だった。
本来の展開と異なりシュンのポケモン達には身体能力の向上は見られないが、それでも互角以上のサツキのポケモン達と渡り合う。
するとサンダースは一度大きく後ろへ飛び上がり、サンダースがいた場所を通過してスターミーの“ハイドロポンプ”が放たれた。
「ちっ。ラプラス!」
「ニョたろう!」
『ハイドロポンプ!』
負けじとラプラス、ニョロトノが同じ技を繰り出し迎え撃つ。
強力な水流が衝突。威力を相殺し、水流は四散した。
すさまじい勢いが掻き消えた直後、休む間もなくサツキのギャロップが“とっしん”する。
「——その速さは厄介だが、エーフィ!」
だがその速さも到達する前に止めてしまえば問題ない。
シュンの掛け声と共にエーフィが“サイコキネシス”で一瞬だけ動きを止めると、地中に潜っていたサンドパンが“あなをほる”でギャロップを突き上げた。
「ナイス! ウーたろう!」
そして空中に浮かんだギャロップをゴールドのウソッキーが地面へと“たたきつける”。ギャロップの短い鳴き声が木霊した。
「よっしゃ。もう一発!」
「いや、待て!」
さらに追撃を加えようとゴールドが仕掛けると、そこへニドクインが前に出る。
とどめを刺そうとしたウソッキーをサンドパンごと殴り飛ばした。
「いっ!?」
「真っ向からぶつかるな! レベルは皆段違いだ!」
ウソッキー達が吹き飛ばされる姿に驚愕するゴールドに、シュンは冷静に諭す。
二匹はエーフィが念の力でさせたおかげで地面にたたきつけられることはなかった。
(だが、本当に助かる。ゴールドがいるおかげでかなり余裕がある)
ゴールドはあまりバトルが得意ではない。
お調子者で戦局に対して感情が幾度も揺れ動くため落着きがなく、共に戦う身として気を配ることは避けられなかった。
(今ならいける!)
だからこそ、彼が様々な感情を見せるからこそシュンは下手に揺れることなく振舞う事もできる。手持ちポケモンが多いという事もあって一人の時とは精神的な余裕が全く違うものだった。
「ゴールド、ヒマナッツでサポートしろ! 仕掛けるぞ!」
「オッケー!」
対応するだけではいられない。
ゴールドがヒマナッツをボールから出すと“にほんばれ”で日差しを強くした。これにより炎技の威力が高まる環境とすると、二匹のバクフーンが“かえんほうしゃ”を繰り出す。
補佐が加わった炎はニドクインを容赦なく襲った。両腕で防御を試みるも、完全に防ぎきれず、両腕にやけどを負う。満足に腕を振るう事は難しくなった。
——だが、ひざしが強くなった影響は相手にも及ぶ。後方で控えていたキレイハナが前準備もなしに“ソーラービーム”を打ち出したのだ。
「はやっ!」
「ちっ。ピカチュウ、頼む!」
「マンたろう!」
突然の猛威にピカチュウの“10まんボルト”とマンタインの“エアスラッシュ”が迎え撃つ。電撃と空気の刃が光の光線を打ち消した。
衝撃が小さな爆発を生み出す中、土煙の中をメタグロスが突撃する。
先ほどもシュンを襲った“アームハンマー”を“繰り出して——鋼鉄の腕は、バンギラスの鎧に阻まれた。
「——無駄だ。バンギラスの体はどんな攻撃だろうとびくともしない。抑え込め!」
進化を果たしたバンギラスはメタグロスの攻撃さえ受けきる。
バンギラスが誇るのは攻撃力だけではなかった。この強靭な鎧も大きな武器。これを信頼しているからこそあえてシュンはメタグロスが攻撃を仕掛けるまでバンギラスを動かさなかったのだ。
(バンギラス。嫌な事を思いださせてくれるぜ。だけどやっぱり、オーキドのじいさんの言う通りだったな)
そのポケモンの姿にゴールドはかつてライバルとの戦いを思い出して冷や汗を浮かべる。
同時にシュンが強力な相手と互角以上に対峙するその姿を見て、この大戦を前にオーキド博士から受け取った手紙の中身を脳裏に思い浮かべていた。
『わしが見出した図鑑所有者たちの7つの能力。さらにそれらに次ぐ8つ目、シュン君の能力についでここに記す』
図鑑所有者は各々が皆独自の力を持つ。
その手紙にはかつてオーキド博士より旅立った7人のポケモントレーナーたちがそれぞれ持つ力について書かれていた。
戦う者——レッド。
育てる者——グリーン。
癒やす者——イエロー。
捕える者——クリスタル。
化える者——ブルー。
換える者——シルバー。
孵す者——ゴールド。
それらに次ぐ第8の図鑑所有者であるシュンの能力。
『これまで彼はジムリーダーを探り、ロケット団員が集う中に単騎で突撃し、仮面の男とも幾度と戦った。その中で明らかになった彼の地域に伝わる力も大きな力じゃがそれだけではない』
あらゆる場所で戦い抜いた彼の力。それはワカバタウンに伝わる特殊な力——だけではなく。
『捕まえる事無くポケモン達と友好な関係を築き上げ、あらゆる不利な場面でもポケモン達の潜在能力、あるいはそれをも上回る力を発揮して乗り越えてきた』
地形を活かした戦闘、敵の本拠地を奇策で乗り切った戦略、図鑑にも記載されたポケモンの真の力を引き出す彼の力。
野生ポケモンたちに対するカリスマの発揮、ポケモンたちの能力を状況・戦術に応じて相乗効果を生み出してきた。
『——『導く者』じゃ』
『導く者』
シュンの代名詞が指す意味は、ワカバの力による能力の向上及び治癒能力の向上だけではない。
あらゆるポケモン達を率い、現状の打破のため最適解を導き出せる、その為のポケモン達の力を引き出し、導く事。それが彼の力だった。
「そして、ニドクインがやけどを負い、メタグロスを抑えている今なら、サツキさんに接近戦を抑えられる相手はいない」
相手の格闘戦ができる二匹の行動を止める事に成功。
これでサツキの守りが薄くなった今を見逃す手はなかった。
付近の森林へと身を隠していたヘラクロスがサツキを横から突撃し——
「——サツキさんを、返してもらうぞ」
ヘラクロスの腕が、サツキの顔面から仮面を掠め取った。