ワカバの導き手   作:星月

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第四十三話 vs??? 真相

 サツキを縛り付けていた仮面に大きな罅が生まれ、瞬く間に全体へと広がっていった。

 やがて仮面は形を保つ事さえできなくなくなり、音を立てて崩れ落ちる。

 

「あっ——」

 

 顔を覆っていた支配の塊から解放され、ようやくサツキの整った顔立ちが全て露わになった。突然の解放感に体が追いつかなかったのか、サツキはバランスを失い、その場で尻餅をつくような形で地面に座り込む。

 

「サツキ、さん?」

 

 どっちだ。

 まだ判断がつかなかったシュンは彼女の様子を見て、果たして本当にサツキが仮面の男の呪縛から解放されたのか、あるいはまだ支配下にあるのか判断すべく、半信半疑のまま恐る恐る彼女の名前を呼ぶ。

 

「シュン君? 私——」

「……よか、った」

 

 名前を呼び返される事でようやく彼女が正気に戻ったのだと安堵の息を吐いた。

 目的を達した事で力が抜けたのか、シュンもその場に座り込む。

 戦いの時はアドレナリンが放出されたために気づいていなかったのだろうが、今更になって痛みがぶり返してきたが、今はその感覚さえ彼を安心させる材料だ。

 

(よかった。俺も、彼女も、生きている)

 

 痛むという事は生きているという証。

 一度は死を覚悟したとはいえ死にたかったわけではない。ましてゴールドに諭された後である今ならばなおさらの事だ。

 誰一人欠ける事無く、失われたと思われた大切な人を取り戻す事に成功。これ以上ない戦果に満足し、表情が緩むのを抑えきれなかった。

 

「——ふぅ。とりあえずこれで一件落着っすか」

 

 先輩トレーナーの穏やかな笑みを目にし、ゴールドも満足げに頷く。

 サツキの奪還、シュンの救命。現時点におけるゴールドの目的は果たされたと言えるだろう。

 

(しっかし俺も想定が甘かったとは言え、このねーちゃんの強さどうなってんだよ? さすがに俺とシュンさんの二人がかりなら余裕で勝てると思ってたのに、トレーナーの指示抜きでも互角だったぞ。……冷静に考えると悪の組織に洗脳された味方(しかも女)を男二人でボコったってヤバイ絵柄なのに。そりゃシュンさんも命を賭けるわけだわ)

 

 あまりにも厳しかった戦いは内心冷や汗ものであったが、わざわざそれを口にする必要はない。

 

(ま、いっか。俺の役目はここまでだ)

 

 とにかく彼の役目は終わったのだ。

 ——ゴールドは体の末端から始まった変化を目で確認し、うっすらと笑みを浮かべる。

 ここから先はもう自分の出番はないのだから。後はただ彼らに託すのみ。

 

「んじゃ、シュンさん。ひとまずこっちはもう大丈夫っすよね」

「ああ。悪かったな、ゴールド。お前には散々助けられた。ありがとな。——はっ!?」

「なら、よかった」

 

 声の方へと振り返り、落ち着いた声で悪友へ礼を述べるシュン。

 しかし、相手のゴールドの姿を目にしてシュンは言葉を失い、腹部の痛みさえ忘れて即座に立ち上がる。

 焦った様子のシュンに対し、ゴールドは変わらぬ調子で話を続けた。

 

「後はもう大丈夫だ。俺が介入できるのはここまでみたいなんで」

「……ゴールド? お前、何を言っている? どうしたんだよ。なんで、お前、消え——!?

 

 ゴールドの言っている事も、彼の身に起きている事も何一つ理解できない。彼は両の手足をはじめとした体全体から小さな光がぽつぽつと浮かび上がったかと思えばその光は空中へと浮かんで消えていき、少しずつゴールドの体が薄れていった。

 

「すんません。俺、この時間帯の俺じゃないんですよ。あんたも知ってるでしょ? 少し先の未来から、仮面の男も狙っていた伝説のポケモンの力を借りて、時間を戻って来たんすよ」

「……つまりお前は、未来の世界から来たゴールドって事か?」

 

 確認の言葉にゴールドが静かに頷く。

 本来ならば信じがたい事であるが、遠くの地・セキエイ高原にいるはずのゴールドがタイミングよく現われた事、すでに伝説のポケモンについて説明を受けていた事からこそ、目の前の前代未聞の事態と相まって説得性が増していた。ゴールドの声色が今まで聞いたことがないほど真剣さを帯びていたという事も大きい。

 

「で、ここで未来が変わったからなんでしょうね。そもそも俺がここまで飛んできたのは、まあなんつーか……シュンさんが、力尽きたって聞いたからなんで」

「ッ」

 

 死んだと直接言葉にしないゴールドの言い回しがかえって強く現実を叩きつけた。

 『馬鹿な』と声を荒立てる事はない。

 もしゴールドがいなければどうなっていたか、他でもないシュンがよく知っているから。

 

「だから、よかった」

 

 もう一度ゴールドは重ねて口にした。自分が消えていくという未知の体験に驚きはあるが、恐怖はない。消えるとしても戻るだけだと楽観視しているという事もあるが、この世界の自分がきっとやってくれるだろうという自信もあったからだ。

 

「……ゴールド」

「もう死なないでくださいよ? じゃねえと俺がばからしくなるし。……それより、シュンさん」

 

 複雑な表情でゴールドを呼ぶシュン。

 この空気を払拭すべくゴールドは明るい声でいつものように場を和ませ、そして今は彼のために少しでも何か情報を残そうと口火を切る。

 

「この戦い、俺達が考えているよりも裏があるみたいっす」

「裏? どういう事だ?」

「さっき言ったように俺は未来から来たんですよ。で、その未来で見たんです」

 

 おそらくは彼が想定もしていないだろう事実。

 多大な衝撃を与える事になるだろうが、物語の核心に迫る情報だ。何としても伝えなければならなかった。

 

「ロケット団の、仮面の男の下にはまだトレーナーがいるんですよ。その人物がシュンさん、あんたの――」

 

 そしてその人物の名を告げようとして。

 しかしゴールドの説明は言葉になる事無く。

 彼の体から零れ落ちていた光が一際大きくなり、彼から言葉を奪っていった。いつの間にか背後が透けて見えるほど薄くなっていたゴールドの光は口元まで及んでいたのだ。

 

(……マジかよ。ふざけやがって。これ以上はまた未来が変わるから言わせねえってか?)

 

 ゴールドはもはや見えなくなった腰の一角めがけて睨みつける。

 おそらくは伝説のポケモン・セレビィの仕業だろう。これ以上の未来の改変は許されないと判断したのかもしれない。そうでなくても本来は一つの時代に同じ人物が二人も存在するなど許される事態ではなかったのだから。

 

「ゴールド!」

 

 もう今にも消えそうなゴールドを見て声を荒げるシュン。

 本来なら何か声をかけてあげたいところだが、もはや手足を動かすどころか言葉を発する事さえできないのだ。何もできるはずもない。

 

(くそったれ。でもいいさ。覚悟しとけよ仮面の男)

 

 ただ、それでもいい。

 

(テメエらの好き勝手にはさせねえぞ。俺だけじゃねえ。こっちには、この人達もいるんだからな)

 

 もはや未来は動き出したのだから。

 せめて最後にと、ゴールドはシュンに向けて糸のように目を細めた。

 

 

————

 

 

「……ゴールド」

 

 消えていった悪友を見届けて、今一度名前を呼ぶシュン。

 

「ありがとう」

 

 もはや届くことはない。そう分かったうえで改めて礼を告げた。

 こうしてサツキを助けられたのは、自分が生きているのは間違いなく彼の助力のおかげだ。それは疑う余地もない。

 

(それに、最後のあいつのセリフ)

 

 加えて最後にゴールドが残した情報も大きなものだった。

 

『ロケット団の、仮面の男の下にはまだトレーナーがいるんですよ。その人物がシュンさん、あんたの――』

 

 確かに言葉としてシュンに伝わってはいない。

 しかし消えゆく中で薄っすらと見えたゴールドの口の動き。その情報と前後の話をつなげる事で、シュンはゴールドが言い残そうとした言葉を正確に受け取っていたのだ。

 

「そういう、事かよ」

 

 このおかげでシュンはこれまでの旅で抱えていた疑問を解消する事に成功した。

 信じられない情報ではあるものの、今目の前で未来からやって来たというゴールドの存在が彼の考えを後押ししている。

 改めてゴールドの存在はシュンにとって大きなものとなった。

 

「……ただ、そうだとするならば」

「シュン君」

「うっ!?」

 

 シュンが考えにふけっていると、突如背後から謎の柔らかい衝撃が襲う。

 それがサツキが抱き着いてきたのだと理解したのは、彼女の声色を脳がしっかり判断してからだった。

 

「本当にごめんね。よく覚えているよ。——ありがとう。助けてくれて」

 

 表情を悟られぬようにと、サツキは顔をシュンの体で隠しながら感謝の言葉を綴る。

 やはりこちらの世界でもサツキは操られている時間の記憶も残っていた。

 どのような戦況下になろうと、傷つこうとも諦めずに戦い、そして救ってくれた少年は彼女の中でどれだけ大きな存在になったか計り知れない。

 

「……あの、サツキさん。そう言ってもらえるのはとても嬉しいですし、この状況は男として役得みたいな感じなんですけど」

「なに?」

「えっと。非常に言いにくいんですけどね」

「うん。なんでも言って」

 

 言葉を濁すシュンにサツキは淡々と用件を尋ねた。

 確かに久々のサツキとの会話、ボディラインが鮮明に出るようなボディスーツに身を包んだ女性と密着するというこの状況は本来ならば男として喜ぶべき事態であるのは間違いないのだが。

 

「あのですね。実は俺、結構重症なんですよ……」

「————あっ」

 

 シュンは涙交じりに訴えた。

 言われてサツキも思い出す。

 ピジョットに乗って空を飛んでいた彼が、メタグロスによって地面に勢いよくたたきつけられた瞬間を。

 木々によって多少は衝撃を抑えられたかもしれないが、それでも重症なのは間違いない。この他にもハイドロポンプを受けたピカチュウ諸共木に叩きつけられたりと、シュンの体は満身創痍の様相だった。

 

「……ごめんね」

「いえ、大丈夫です」

 

 そっと手を放し、サツキは深々と頭を下げる。シュンは彼女の謝罪を涙を浮かべながら受け取るのだった。

 

 

————

 

 

「……さっきの子が、オーキド博士たちも仰っていた子?」

 

 サツキが不在であった頃の情報を含めて軽く状況確認を済ませると、気を紛らわせるようにとサツキが新たな話題を放り投げる。

 話の流れを切らないようにと口を挟まなかったが、消えていったトレーナーの顔はサツキも目にしたことがあった。直接彼と出会った事はないが、この旅が始まる前にオーキド博士やウツギ博士が提示した写真で目にしている。

 

「ええ。ゴールド。俺の友達です。——うずまき島で再会したんですよ」

「そっか」

 

 場所が場所なだけに話しにくい事であったが、サツキに気にするそぶりは見られなかった。それだけゴールドの存在、そして彼の話していた言葉の衝撃が大きかったのだろう。

 

「彼の言う通りだとするならば、やはり伝説のポケモンを使って仮面の男は時間を移動して何かを企んでいるって事ね」

「はい。オーキド博士たちもそう考えているようでした」

「私も仮面の男の命令を覚えているから間違いないでしょう。敵はエンジュシティの伝説のポケモンの捕獲も目論んでいた。おそらくすでにゲットしているかもしれない」

「そこは俺も同感です」

 

 とはいえいつまでも感傷に浸っているわけにはいかなかった。

 今も動いている巨悪の動向に対応すべく、二人は今後の方針を話し合う。

 敵の狙いは確実につかんだ。今ならば敵の次の動きを読む事も不可能ではない。

 

「向こうも私が洗脳から逃れた事はすぐにわかるかもしれない。なら、きっと新たな手を打つかも。さっきゴールド君が言っていたトレーナーの事が気になるけど」

「あっ、それについては問題ないです」

「ん? どういう事?」

 

 戦況の変化は相手も読み取ることは容易に想像できた。

 となればゴールドの話していた相手の下にいるという存在が鍵になる。まずはそちらの人物について対応を考えようと話すサツキだったが、シュンが彼女の言葉を遮って意見を述べた。

 

「そのトレーナーについては、見当がついています」

「……えっ?」

「間違いないはずです。正直信じたくないというか信じられないですけど、おそらく相手は——」

 

 これまでならば至るはずがなかった答えだ。

 だが今ならば断言できるとシュンはゆっくりと口を開き、その人物の名前を——

 

「——ならば話は早い」

 

 声にしようとして、その台詞は第三者によって遮られた。

 二人は即座に振り返り、警戒を強める。

 すると茂みの中から二つの人影が姿を見せた。

 どちらも顔には仮面の男と同じ仮面を顔全体につけているため顔立ちは不明だ。だが幅広の骨格や体つきから二人とも男であろうことは推定できる。

 

「お前は俺がここで消してやる」

 

 そのうちの一人、隣の男より少し背丈が小さいほうの男がシュンの方へと顔を向けて告げた。

 彼からは強い殺意のようなものがにじみ出ている。明らかに狙いをシュンに定めていた。

 咄嗟にサツキがシュンを庇うように前へ出たが、シュンはサツキを手で制す。

 

「やっぱりな」

「シュン君?」

 

 サツキは相手の正体に合点がいかなかったが、シュンにはすでにこの二人が誰なのかわかっているように納得の表情を浮かべていた。

 どういう事だとサツキに尋ねられると、シュンはこれまでの旅を振り返りながら自分の考えを述べていく。 

 

「前から疑問はありました。俺達の動向を知っているような仮面の男の動きの数々。それに、決定打となったのはサツキさんの事です」

「私?」

 

 突如自分の名前を呼ばれ、困惑するサツキ。一体彼の言いたい事が何なのか予測がつかないため、聞き返すにとどまり先を促すと、彼は苦し気に表情を歪めながらも話を続けた。

 

「……うずまき島での戦い。あそこでサツキさんが氷漬けにされ、さらわれ、オーキド博士からまず命はないだろうと告げられて、俺はひたすら自分を恨みました」

「それは!」

「取り返せなかったという事もそうですが、それだけじゃありません」

「えっ?」

 

 サツキが即座に反論しようとするも、自棄になったわけではないシュンは冷静だ。やんわりと彼女の意見を否定しつつ、話を再開する。

 

「俺ならば、助けられると思ったからです」

「……どういう事?」

「俺の力は決してポケモンだけに作用するわけではありません。今まではポケモンしか対象にしてこなかったけど、生命エネルギーを譲渡できる相手ならば相手を選ばない。そして対象となるのは全く同じ細胞や組織による再生だ。——たとえ氷による細胞の死であろうとも。サツキさんも助けられたと、考えたんですよ」

 

 ワカバの力は人間にも対応できる。

 そして彼の力の特殊な点は治癒というよりも再生に当たるのだとシュンは語った。

 これこそがイエローたちの持つトキワの森に伝わる癒しの力との相違点。彼は知らぬことではあるが、仮にイエローではなくシュンがかつてレッドのピカが負った怪我を治したならば、耳の傷跡でさえ残る事無く完全に消えていたことだろう。

 

「だから、そんなサツキさんが生きている時に『どうして』という気持ちになりました。それも今となってわかったわけですけど」

「……賢いな。自力でそこまで考えるようになったのか」

 

 するとここまで静寂を決め込んでいたもう一人の背の高い男が言葉を発した。

 相手はそう言って顔を隠していた仮面へと手を伸ばし、ゆっくりと剥がして地面へと落とす。40代ほどだろうか、厳つくも精悍な顔立ちが露わになった。

 

「しばらく見ない間に、お前も成長していたんだな。我が子の事とあって何とも喜ばしいものだ」

「……我が子?」

「俺の父・エイジです。ゴールドが話そうとしていたのは、この人の事ですよ」

 

 敵——エイジの、シュンの言葉にサツキが目を丸くする。

 確かに言われてみればどこか顔つきが似ているように感じられた。本人が言うのだから間違いないのだろう。だとするならば、先ほどの彼の話にも理解できる。

 

「そう言う事。それじゃあ私を氷から助けたのは——」

「いや、それは違いますよ」

 

 『あなただったのか』と続けようとしたサツキの言葉はまたしてもシュンによって発せられることはなかった。

 この否定に再びサツキは混乱する。彼の言いたい事から察するに、サツキを治したのは彼と同じ力の所有者であるはずなのに。

 

「理由は単純です。父は力を持っていません」

「……えっ?」

「前に話したかもしれませんが、力の出現自体が珍しいんですよ。少なくとも俺の知る限りではこの力を持っているのは俺だけです」

「どういう事? それじゃあ先ほどの話と辻褄が合わなくならない?」

 

 答えを示されても結論に直結する事は難しかった。

 彼の言っていることが全て正しいならば矛盾が生じる。ワカバの力の持ち主ならば助けられたサツキが生きていたのだから、相手側にも同等の存在がいるはず。にも関わらず現時点でそれはシュンしかいない。これではやはり話が合わないはずなのだが。

 

「合いますよ。俺しかいないというなら、それが答えだ。だからこそ父さんがそっちにいる事も納得できた」

「……そうか。そこまで結論を出したのならば、俺もこれはもう不要だな」

 

 ありえない答えを排除し、残った答えがこれなのだとシュンはハッキリと断じた。

 するとエイジの隣に立っていた男も彼の説明に感化されたのか、顔を隠していた仮面に手をかけ、そして忌々しげに地面へと叩きつける。

 

「……えっ?」

 

 そして現れた顔を目にし、サツキは言葉を失った。

 相手の顔を凝視し、一度シュンへと視線を移し、もう一度戻す。

 ——ありえない。

 多少彼女が見知ったシュンよりも成長しているのだろうか、顔立ちがわずかに違うように映るが、間違いない。

 

「——シュン君?」

 

 自分を助けた少年と全く同じ存在が、そこに立っていた。

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