『うおおおお!』
『な、なんだあ!?』
崩壊したエンジュシティを発ったシルバーを追って急ぎいかりの湖に向かい、ようやく到着したゴールドとシュン。
走ったために乱れた息を整えようと膝に手をつく二人だったが、突如として湖の中から現れた大量のギャラドスが彼らを驚かせた。
逃げ惑う近隣住民に続くようにゴールドたちも湖を後にしようと背を返したその瞬間、彼らが追いかけていたトレーナー・シルバーが一人湖の中心部へと向かって行く光景が目に視界に入る。
『シルバー! あいつの『指令』ってのはこれの事か!?』
『……とはいえ一人ではこのギャラドスを抑えきれないだろう。俺達も向かおう!』
『了解!』
大量発生したギャラドスの群れはとても単独で制圧できるとは思えなかった。
見捨てるわけにもいかず、二人は即座にシルバーの後を追う。
『おい、シルバー!』
『……来たのか』
『そうあしらうなよ。こんな大事、一人で解決なんて無理だろう』
『オレらにも手伝わせろって。——あの『指令』でお前は何をつかんだんだ?』
エンジュシティから後を追ってきた二人のトレーナーに、シルバーの冷たい視線が突き刺さった。常人ならば怯んでしまいそうな雰囲気であったが、初対面というわけでもないゴールドたちには通用しない。
ゴールドは単刀直入に、彼とのバトルとの際にシルバーのポケギアにかかって来た『指令』の内容を問うのだった。
『よく見れば馬鹿でもわかる』
『なにっ!? うおっ——!?』
『ゴールド!』
するとシルバーは煽るようにそう言うと、突如ゴールドを背後に突き飛ばす。
いきなりの暴挙にゴールドが不満をぶつけようとすると、先ほどまでゴールドが立っていた場所を一匹のギャラドスが突撃した。もう少し移動が遅かったならば重傷を負っていたことだろう。
『この湖の周囲に怪電波が流れている。この電波がもともとこの湖に住み着いているコイキングたちを強制進化させている。これがこのギャラドス大量発生の原因だ』
『つまりギャラドスが突然現れたのではなくコイキングの同時進化が起こっていると……?』
『なら話は簡単だ。その電波の元さえ叩いてしまえば——っておい! 待てよシルバー!』
野生のポケモンを強制的に、しかも同時多発的に進化させている。シルバーの説明にシュンは耳を疑った。
だが、確かに元々コイキングで有名なこの湖の状況を考えればその考えが最も可能性が高い。
ならばいち早く発生源を抑えようとゴールドが提案するも、シルバーは一人ヤミカラスにつかまり宙に飛び立ってしまった。
『お前たちはそこでギャラドスたちの足止めをしていろ!』
『はぁ!? なんでお前の命令に従わなきゃなんねーんだ!』
『ゴールド、危ない!』
『うおっ!?』
『ピカチュウ、“10万ボルト”!』
勝手な言動に苛立ちをぶつけるゴールドだが、その間も危機は待ってくれない。
ギャラドスの巨体がゴールドに迫った。
危うくシュンのピカチュウが電撃により迎撃したものの、次々とコイキングがギャラドスへと進化していくため数が減る様子は見られない。
『固まっていては的にされる! 別れよう!』
『オッケー! じゃあ俺は右に!』
『左は任せろ!』
このまま二人一緒にいては集中砲火を食らう。敵に意識を割くためにゴールドとシュンは二手に分かれて迎撃に当たるのだった。
『マグマラシ“ころがる”! ゴルバット“つばさでうつ”! サナギラス“いわなだれ”!』
ピカチュウだけでなく、シュンは手持ちポケモンを総動員してギャラドスの群れに対峙した。
地面を転がったマグマラシが突撃し、ゴルバットの翼が弾き飛ばし、サナギラスが降り注いだ岩がギャラドスに突き刺さる。
特に相性をついた技は威力が凄まじい。
ゴルバットの攻撃を受けた個体は何とか持ちこたえ、反撃せんと襲いかかるものの——
『ゴルバット“さいみんじゅつ”!』
ゴルバットが眠気を誘う暗示をかけると、ギャラドスはたちどころに眠ってしまった。ギャラドスの巨体が大きく揺れ、湖の中へと沈みかけようとしたその瞬間。
『今だ!』
ここぞとばかりにシュンはモンスターボールを放り投げた。
ギャラドスの体が沈み切る前にボールは頭部に命中、無事に捕獲に成功する。
『さすがにこの乱戦でねむりの状態で沈ませるのは危ないからな。よろしく頼むぜ』
敵味方構わず暴れまわるギャラドスの群れの中、『ねむり』のまま放置させる事はできなかった。一瞬の判断で捕獲に切り替えたシュンはボールを回収すると、眠りこむギャラドスに一言添えて再び戦闘に戻っていく。
『とはいえこのままじゃキリがない! アンテナはどこだ!』
何とか凌いでいるが、このままではジリ貧だ。
元凶である電波を飛ばすアンテナを探るシュンだが、一向にそれらしき人工物が見当たらない。
湖の中なのか、それとも他の場所なのか、空中なのか。ありとあらゆる場所に視線をめぐらした。
『むっ!?』
すると湖の中心部で一匹の際立つ存在感を放つ一匹のギャラドスが目に止まる。
そのギャラドスは色違いなのかうろこが通常の青と違い、赤く光り輝いていた。しかもどこか目がうつろで正気を失っているようにも見える。
『なんだ、あのポケモンは!』
特殊なポケモンなのか。警戒心を強めると、突如怪電波が強まったのかポケギアから響くノイズが一層激しさを増した。
『まさか、こいつがアンテナの役割だっていうのか!?』
『俺も同意見っすよ!』
『ゴールド!』
赤いギャラドスが放つ『ハイドロポンプ』を避けながら、シュンは冷静に分析する。
信じられない事だが、彼だけではなく駆け付けたゴールドもその意見に同調した。
『シルバーがこのギャラドスを捕まえろって言ってるっす! そうすればアンテナも消えるはずだって!』
『わかった。じゃああいつの動きを止めよう!』
『ニョたろう、“うずしお”!』
『ゴルバット、“さいみんじゅつ”!』
方針が固まれば動きは速い。
ゴールドのニョロトモが作り出したうずが赤いギャラドスを渦の中心部に閉じ込め、身動きを封じたギャラドスをシュンのゴルバットが眠りにつかせた。
『シルバー!』
『捕獲を頼む』
『よし!』
絶好の捕獲チャンスだ。後は空中で最も湖に近いシルバーがモンスターボールを投じ、無事に赤いギャラドスの捕獲に成功する。
アンテナのポケモンが捕まると瞬く間に怪電波は止み、他のギャラドスたちも冷静になったのか湖の中に戻っていくのだった。
『これで終わりか。危なかったー』
『そうだな。一件落着だ』
無事に事件が解決し、ゴールドとシュンは安堵の息をこぼす。
多少地面がえぐられたり柵が壊されたりなどの被害は出たものの人的被害はないのだ。最良の結果と言えるだろう。
『よしっ。じゃあ俺は一度チョウジタウンに行って逃げて行った人たちに終息したって伝えてくるよ。ゴールドは一応何かの時の為に備えていてくれ』
『あー。そういや一般人どもが逃げてましたねー。了解っす』
後は避難した人々に無事にこの騒動が収まった事を伝えるべき。
もしも逃げた先でさらに騒ぎが大きくなっていては大変だ。
ゴールドに万が一の時の事を考えて後の事を託すと、シュンは一人来た道を戻り、チョウジタウンへと足を運ぶのだった。
『——フッフッフッ。またお前たちか。よく我が眼前に何度も姿を見せられるものだな』
この時の判断を、迫りくる巨悪に気づけなかった愚かさを、シュンは後悔する事となる。
『…………ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!』
茂みに隠れ、様子をうかがうシュン。
荒れた息を必死に抑えようと努力するが、呼吸がそう簡単に整う事はない。
口に両手を当てて必死に音を殺し、気配を消し、敵に気づかれないようにしつつ目の前の惨劇を捉え続けた。
(なんなんだよ、あいつは!? あれが、仮面の男!?)
デリバードにつかまって空を飛んでいる、顔に大きな仮面をつけた存在。
シュンが巨悪と対峙するのはこれが初めてだった。ゴールドはかつてウバメの森で対峙し、大けがを負ったがその時のシュンは傷ついたポケモンとトレーナーを運ぶために別行動をしていたために遭遇しなかった。
ゆえにこれが彼にとって初めての仮面の男との遭遇。
しかし、あれこそがゴールドやシルバーたちと共に立ち向かおうとしている仮面の男であると理解しているのに、身体がいう事を聞かず、仲間を助けるために飛び出す事すらできなかった。
(勝てない。勝てるはずが、ない……)
戦う前にシュンの脳裏に敗北がよぎる。相手の尋常ではない実力にすでに戦意が喪失してしまっていた。
とはいえそれも無理のない話であろう。仮面の男が放った氷技は湖はおろかそこに住むポケモン、周囲の木々一帯までをも完全に凍り付かせ、かつての自然豊かな光景は完全に失われていた。
『所詮はその程度か。あれほど『私を倒す』などと戯れ言を吐いていたわりには随分とたたいないものだな』
『てんめぇ……!』
凍り付いた湖の上で膝をつくゴールド。そんな彼を嘲笑う仮面の男の不気味な声が響き渡る。
ゴールドは傷ついたエイパムを庇い、仮面の男を睨み返すもそれだけだった。
すでに万策尽きた。もう、打つ手は残っていない。ただひたすらに歯を食いしばった。
『安心しろ。そう悔しがる必要はない。……今すぐにあいつの後を追わせてやろう』
そう言って仮面の男は背後へと視線を向ける。
その先には一部分だけ氷が砕けている場所があった。
しかもわずかに見える水面からは気泡が浮かび上がっている。つまり、その真下には誰か生きている人がいるということだろう。
(……まさかシルバーもやられたのか!?)
信じられず、シュンの目が見開かれた。
シルバーはゴールドを圧倒するほどの腕を持つ実力者だ。そう簡単に敗れるとは思えない。
だが、負けたわけではないのならこの場にいない理由がわからなかった。
仮面の男はシルバーも警戒していたはず。こうしてゴールドと共にこの場にいるのだからきっと彼も鉢合わせしていたはずだろう。
ならばやはりシルバーさえも仮面の男によって湖の底に沈められたというのか。
『……何故だ? もうテメーとの決着はついていただろ。あいつにはもう戦う力は残っていなかった。それなのに……それなのに何故シルバーにとどめを刺した!?』
そのシュンの最悪の考えを肯定する叫びがゴールドの口から発せられた。
怒りに満ちた声は長年付き合いのあるシュンでさえ今まで聞いたことがないものだ。
それでも、そんな必死な訴えを耳にしても仮面の男は全く心が揺れ動かない。
『答えるまでもなかろう。あやつは敵だ。敵を生かしておく理由がどこにある?』
こともなげにあっさりとそう言った。思わずゴールドは空の手を強く握りしめる。
『それに——』
『……あ?』
『やつは私の元を去った裏切り者だ。私の駒にもなれないような使えない男。……殺して当然であろう』
『なっ!』
それどころか、仮面の男はシルバーをさらに貶めるようにそう続けた。
人を人とすら思っていないような発言に、ゴールドの怒りは膨れ上がっていく。
駄目だと、シュンは叫び、止めようと思ったけれど。
まだ体の震えが止まらない。立ち上がる事すらできなかった。
『……ざけんな。ふざけんじゃねーよ!! 他人の存在価値を、テメー一人の価値観で決めつけるんじゃねぇ!!』
そんなシュンの様子など知る由もなく。
はち切れんばかりの声でゴールドが叫んだ。
だが、凍り付いた仮面の心にはその思いは掠りもしない。仮面の男は少年から視線をそらし、右腕をゆっくりと上空へ掲げた。
それは最後の合図だった。
直後、突如としてゴールドの足元の氷に巨大な影が映る。
彼が気づいたときにはすでに手遅れだった。異変に気付き、視線を上げた時にはすでに巨大な氷塊が眼前まで迫っていた。
『————』
ゴールドの絶叫は空しく響き——そして消えていく。
誰もいなくなった湖でただ一人、仮面の男だけが立っていた。
しばし湖面を見続けたあと、何事もなかったかのようにその場を去っていく。
ようやく仮面の男が見えなくなってから、シュンは草むらから飛び出したのだった。
『……ご、ゴールド? シル、バー?』
名前を呼ぶが、当然ながら返事はない。
湖の底に沈んだ者が声を発せられるわけもなかった。そもそも彼らは傷つきボロボロの状態だったのだから。
『た、助けなきゃ。……でも、どうやって? ギャ、ギャラドス!』
混乱する思考のなか、必死に二人を救出すべく思索に耽る。
しかし助けようにも凍り付いた湖の中へ子供である彼がひとりで飛び込めるはずもなかった。先ほど捕まえたギャラドスを出そうにも、急いでいたためダメージはもちろん“ねむり”からも回復できていない。
何もできることなど、なかった。
『だ、誰か! 誰か、誰でもいい! いないのか!? お願いだ、助けてくれ!』
目に涙を浮かべ、シュンは必死に助けを呼び続けた。
すがるような思いで声を出せども、期待に応えるような人物がその場にいるはずもなく。
シュンが必死の思いでチョウジタウンまで戻り、ようやくいかりの湖の中の捜索が始まったころには、すでにシュンもシルバーも湖の下から姿を消してしまっていた。
————
「うっ……! あ、ああ、あっ!?」
意識が現実に回帰し、シュンは体を震わせて身もだえした。
息苦しさが、身を襲うけだるさが、今こここそが現実なのだと彼自身に真実を伝える。
「今のは、あの時に見た記憶……!?」
間違いなかった。
あれはあの日、ワカバタウンを旅立つ日に見た夢と同じ光景だ。
シルバーとゴールドが仮面の男に敗れ、沈められたというあの戦い。それが今、まさに彼の脳内で再現されていた。
「なんなんだ、これは。さっきのと言い一体どうしてこんな……」
「これがこいつの能力だ。対象の人物の過去をなぞるように辿っていく。本来は特別な場所でしか起こりえない事だが、同じ存在が並び立っているんだ。こういう事もあるだろう。俺にも、お前と同じことが起きている」
突然発生した異変の連続に混乱する中、未来から来た自分がベルトのボールの一つに触れながら問いに答える。
実は大人シュンにも同じような現象が起きていた。彼にもこれまでの冒険で見てきた過去が次々と現れては消えていた。
全ては全く同じ存在がぶつかり合うという異常が生んだ出来事。互いに辿る事のなかったIFの自分を目にしていたのだ。
「——ならば、このままの方が話は早いか? お前の言う目的とやらも見させてもらう」
「良いだろう。どうせ俺でも止められはしないのだから」
二匹のピカチュウが放つ“アイアンテール“の威力は互角だった。
金属音が木霊し、衝撃は相殺され、お互いに距離をとる。
ならばと電撃を撃ち放つがこれも決定打にはかけた。
すかさず未来シュンはピカチュウを引っ込めて新たにバクフーンを繰り出すと、シュンも負けじとサンドパンに交代する。
バクフーンの“かえんぐるま”とサンドパンの“ころがる”が勢いよく衝突し、火花を散らして。
再び、意識がぼんやりと遠のき始めた。