『何をやってるんだ俺は』
故郷であるワカバタウンへと向かう道中。シュンの表情は優れなかった。
本音を言えば、今更知り合いに会わせる顔もないのだが、起こった出来事とその顛末を知らせなければならない。そのため自分やゴールドに任務を託した人々に伝えるべく、旅した道のりを遡っていた。
その間も絶える事なく襲ってくる自責の念に駆られ、まともに心境を整理することさえできない。
手持ちポケモンのマグマラシが寄り添って歩く彼の姿は非常に痛々しいものであった。
『助けるどころか、戦うことすらできなかった……!』
倒すべき巨悪と遭遇していながら、大切な仲間が戦っている光景を目前にして、彼を見殺しにした。
勿論、自分がいれば相手を退けられた等と自惚れるわけではない。相手との力量の差を理解していないわけではない。むしろ誰よりもわかってしまったからこそ足がすくんでしまったのだから。
たとえシュンがあの場に参戦したところでゴールドやシルバー共々返り討ちに合っていた事だろう。そういう意味では彼の判断は間違ってはいなかった。
それでも、そこまでわかっていても傷つくゴールドの隣に立てなかった、己の心の弱さを彼はひどく悔やんでいた。
『助けたいと、思っていたのに……!』
元々シュンはゴールドのように冒険に出るつもりはなかった。
だが、ウツギ博士研究所の襲撃事件、復活したと噂されるロケット団の暗躍、通信システムの不通など度重なる事件の連続を耳にし、彼は己の向上心と好奇心を拠り所にワカバタウンを旅立った。
彼も冒険に対して強い関心を持っていたのだ。
この世界の彼は年相応の成長を遂げており、父親との離別もなかったために強い覚悟を抱くこともなかった。
『考えが甘すぎたんだ』
普通に各地を歩き回って、普通にバトルをこなして、普通に友達と笑い合えればいい。
そんな甘い幻想を抱いて、そして、打ち砕かれた。初めての挫折は幼い心に大きな影を産み出した。
『ごめん、ゴールド! ごめん、ごめん!』
もう謝罪を告げる相手もいない。
それでもシュンは涙を流しながら同じ言葉を何度も繰り返した。
次の機会があったならば、次は必ず迷うことなく戦う。たとえどんな状況だろうと敵を止めてみせる。そう決心して。
この決心が、後に最悪の結末を生むことになるなど、当時のシュンは知る由もなかった。
――――
『うわああああ!』
『……なんだ?』
シュンがワカバタウンに到着してすぐの出来事だった。
街の中心部から突如前触れもなく響く悲鳴のような声。シュンはつられてそちらへと視線を向けると、少し先のところでポケモントレーナーとポケモンが共に横たわっていた。そんな彼らのすぐ目の前には一匹のポケモン――黄色い体に走る黒いラインが特徴的なポケモン――エレキッドが得意気に腕を合わせ、笑っていた。
『……野生のエレキッドか』
周囲にトレーナーらしき人物の姿はない。そもそも人通りの多い場所でトレーナーかポケモンバトルをするはずもないのだから間違いないだろう。
『どいてください』
『えっ? いやでもこいつは……おっ、シュンか! 帰ってきていたのか!』
シュンは足早にエレキッドの近くへと歩み、動向を見守っていた男性の肩を叩く。
男性は野生ポケモンは簡単に倒せる相手ではないと注意を呼び掛けようとしたが、相手がシュンであることに気づいてあっさりと引き下がった。
新手が現れたことに気づき、エレキッドもすぐさま臨戦態勢に入る。
しかし。
『行け、サナギラス』
シュンが繰り出したポケモン、サナギラスと相対して、エレキッドの体が縮こまってしまった。
サナギラスの身から醸し出す威圧感と、鋭い視線に当てられて、
『悪い。今はちょっと気分が悪いんだ。手荒に行くぞ』
そして何より、トレーナーの口から発せられた冷たい声色から、エレキッドは多大なるプレッシャーを感じ取っていた。
――――
『仮面の男がいかりの湖に!?』
『そんな。まさか、ゴールド君が……!』
ウツギ博士の研究所でシュンからの知らせを聞いたオーキド博士、ウツギ博士は驚愕の余り言葉を失った。
突如出現したギャラドスの大量発生、それを引き起こしたという敵の首領の襲撃とその圧倒的な実力、犠牲となってしまったゴールド。たった一時間ほどの間で起こったという出来事は直接見聞きしていない博士たちにも敵の強大さを伝えるには十分なものだった。
『申し訳ありません。何もできず、ゴールドを発見することすらできないまま、俺だけが戻ってきてしまいました……』
『シュン君……』
震えた声でそう答えるシュンの姿は今にも折れてしまいそうなほどに悲壮感が漂っていた。
昔から交流が深かった、悪友と呼べる親しい友を目の前で失ってしまった。その喪失感は他人には計り知れない。何と声をかければ彼の救いになるのか、ウツギ博士は判断がつかず口を閉ざしてしまった。
『いやそれ程の相手であったならば、たとえ他の誰が一緒であったとしても結果を覆すのは難しかっただろう。むしろ君だけでもよくぞ無事でいてくれた。――こちらからも改めてゴールドや共に湖に沈んでしまったというトレーナーの捜索を要請する。君は少し実家に帰って休んでくれ』
しかしこのまま放っておくわけには行かない。オーキド博士はあくまでも彼の冷静な判断を称え、しばし休養するようにと指示を出した。
これ以上の捜索は地元の住民や警察の協力が求められる。その間シュンには何とか鋭気を休めて次に備えて欲しかった。
『……わかりました』
その意図を察し、気力が尽き果てていた事もあってシュンは二つ返事で頷きその場を後にする。
彼が研究所を後にした事を見届けて、オーキド博士とウツギ博士は善後策を講じはじめた。
『わしらの認識が甘かった。ウバメの森の襲撃が起きた時点で、もっと慎重に動くべきであったか……』
『ゴールド君の安否は心配ですが、こればかりは我々が直接できることは少ないです。彼の無事を祈りつつ、これからの事を検討しませんと』
『うむ。仮面の男の調査は続けなければならんが、その為には相手を目撃しつつ、逆に向こうからは認識されておらんシュン君の存在は重要であろう。彼をサポートしながら、戦力の補充を考慮するとしよう』
生死不明のゴールドの捜索は専門の者に任せ、祈るしかない。
それまではいまだ明らかになっていない敵の正体を探る手段を講じるべきだ。
ウツギ博士と同じ結論に至ると、オーキド博士はしばし思考に暮れ、そしてポケギアである人物へと連絡を繋いだのだった。
――――
『 ただ、いま……』
『あら? まあ、帰ってきたの! おかえりなさい、シュン。疲れてない?』
『おお、シュン。久しぶりだな! 旅はどうだった? 少し休んだら、色々話を聞かせてくれ』
その頃。
シュンが実家へと帰宅すると両親が揃って笑顔で出迎えた。
少し間が空いた親子の再会。旅の事情を知らない二人は深い意味もなく息子へ明るい調子で語りかけたのだが。
『……父さん』
『うん?』
心なしかいつもより幾分かトーンが低い声が耳を打つ。
呼ばれた父・エイジは相槌を打つにとどまり、どうしたのかと息子の次の言葉をうながした。
『ダメだった……』
『ダメ?』
『父さんの言った通りだった。俺は、何も、何も、できなかった……!』
空の手を握り締め、力の限り食い縛った口から流れた血がそっと頬を伝う。
彼の脳裏には、かつて父親から受けた教訓が甦っていた。
『いいかシュン。強くなければ何もできしない お前にも戦わなければならない理由ができるはずだ。そのときのために、後悔しないためにお前は強くなっておけ』
『大きくわければ理由は二つある。一つは、どうしても倒さなければならない存在が現れたとき。そしてもう一つは、どうしても救わなければならない存在ができたときだ』
話を聞いた当時は深く考えることもなく、ただ感心しただけで終わっていた。
だが、今自身が全く同じ状況に置かれ、危惧する通りの結末で終わったことで、その意味の重さを思い知り、彼の精神は限界を迎えていた。
『……場所を変えて聞こう。何があった?』
ただ事ではない息子の様子を察し、エイジは手にしていた本を机の上に置き、真剣な表情でシュンと向き合う。
母親に余計な心配はさせないように二人はエイジの自室へと移動し、ゆっくりと当時の事を思い返しながら、シュンは父に事の顛末を話し始めたのだった。
――――
『ゴールド君が……そうか……』
エイジも見知った少年が生死不明に陥ったと聞き、衝撃を隠しきれなかった。片手で頭を抑え、悲しみに暮れている。
近所の少年が旅に出ると聞いて、息子がその後を追って、それからの話は特に何も話を聞いていなかった。連絡が無いことがかえって二人が無事に旅を続けているという事の現れだと思っていたのだが、その予想は最悪の形で裏切られてしまった。
『それで? それでお前はどうするつもりだ?』
『……えっ?』
『ゴールド君の捜索は地元警察が引き継いだ以上、もはやお前にできることはないだろう。彼が無事に見つかるとして、お前はどうする? 元々は彼の冒険をサポートするためにこの街を旅だったんだ。彼がいない今、目的がないだろう。一体どうするんだ?』
息子が友の喪失に立ち直れていない中、あえてエイジは少し厳しめに彼に意見を問いただした。
シュンが少しでも早く立ち直れるように。少しでも負い目から脱出できるように。彼に新たな目的を見出ださせようと。
『……力が欲しい。今度こそ逃げずに、立ちはだかる敵を有無を言わさず倒せるだけの力が。その為に、鍛えたい』
父の言葉を受け、シュンの脳裏には仮面の男の姿が、歪な笑い声が鮮明に甦っていた。
思い返すだけでも腹ただしい。
あの巨悪は許せない。許してはならない。
明確な倒すべき敵への闘争心。それがシュンの心に深く刻み込まれていた。
『……そうか。救うためではなく、倒すためにか』
『そんなのはどっちでも良いだろう!』
エイジの言葉遊びのような確認に、シュンは声を荒げ、切り捨てた。
もう嫌だったのだ。仲間が傷つき、倒れる様を見ていることしかできない現状は、一度で十分だ。
どんな状況でも、どんな相手でも、自分で敵を打ち倒す。そんな力をシュンは望んだ。
これがこの世界のシュンと、元の世界のシュンの最も大きな差異だった。
――――
それから五日が経過した。
シュンはこの期間、手持ちポケモン同士でトレーニングや模擬戦を繰り返し、経験値を積んでいた。
圧倒的に不足している戦闘の技量を補うため、日々鍛練に励む。目の前の物事に没頭し、未だに行方すら明らかになっていない友の姿を考えすぎないように。
『ああ、やはりここにいましたか。シュン君ですね?』
その日も手持ちポケモンとトレーニングに励んでいると、ふとシュンは背後からかかる声に気付き、振り返った。
『はい。あなたはウツギ博士の……』
『ええ。助手を勤めているものです。ウツギ博士、そしてオーキド博士がお呼びです。研究所に来てもらえませんか?』
『そうですか。わかりました。――よし、トレーニングはここまで!』
ウツギ博士の助手と名乗る者の言わんとすることを察し、シュンは二つ返事で頷いた。
指示がなくても戦い続けるポケモン達に指示を出し、手元に呼び寄せる。
『行こうか。ピカチュウ、サナギラス、マグマラシ、クロバット、ギャラドス、エレブー。もう一度、今度こそ何も失わない旅へ』
六体の手持ちポケモンが揃い、再び冒険の旅へと出るべく歩みを進めた。
手持ちポケモンの数もレベルも、この時はまだこの時代のシュンの方が上回っていた。
ここまではまだ良かった。
シュン自身は知る由もない事であるが、ゴールドとシルバーの両名が意識こそ無いものの健在であり、さらにこれからジョウト地方には彼らに味方する戦力が集う事になる。まだいくらでも取り返しようがあった。
しかしここから歯車は、狂っていく。
第一話のサブタイトルと比較するともう……
こうしてこの世界のシュンとは同一個体のポケモンもいますが、少し手持ちが異なる事に。
こんな形でエレキッドの描写を描くことになるとは……