ワカバの導き手   作:星月

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第四十七話 vsバンギラス 破壊の果てに

 「危うい」存在。

 それがこの時代で初めてシュンと出会ったサツキが抱いた彼の人物像だった。

 この時間でもオーキド博士から依頼を受けた彼女はシュンと共にジムリーダーを調査する任務に励んでいる。その過程でシュンの、そして彼のポケモンの実力をみて、鍛えようと励んでいた。

 手持ちのポケモンはまだ荒削りだが、その辺りのトレーナーには遅れを取らない程には鍛えられている。シュン自身も多少はポケモンへの指示に遅れを見せる時が見られるものの、知識などは申し分なく、これからの成長を見据えれば及第点と言える実力と言えた。

 

『俺はどうなっても良い。とにかく、次に戦ったならば、必ずや仮面の男は邪魔する奴も含めて俺が倒します。たとえどんな手を使ってでも……!』

 

 危険視したのは彼の考え方だ。

 この時代でも行われていた、くらやみの洞穴での二人の談話。ここではラプラスには最低限の治療と、きのみなどの持ち物を手渡して終わったためかラプラスはシュンのパーティに加わっていない。

 ラプラスの群れと別れた後にサツキが問いかけた、彼の戦う目的。怒りの感情が満ち満ちていた当時の彼はひたすらに敵の殲滅を望んでいた。

 それ以外は何もいらないと語る彼からは余裕が微塵も感じられない。別の時間軸の彼と似た捨て身の意気込みも、その有り様は真逆のものであった。

 守ることよりも倒すことを意識する。理念が変わった事はのちに彼の行動も、運命も変わっていく事となるのだった。

 

『……そう。行方不明という二人の為にも、まずは強くならないとね』

『はい。わかっています!』

 

 サツキは彼の思想を耳にして肯定も否定もしなかった。

 目の前で親しい人間を失くしてしまったという彼に、出会ってからあまり日が経っていない自分が何かを告げても説得力はない。何より今の彼にはどんな言葉を投げかけても心には届かない、そう感じたからだ。

 これからも旅を続け、いろいろな人に出会い、ポケモンたちと交流を重ねていけば自然と彼の心も安らぐだろう。そう未来に希望を抱いて、サツキはそれ以上は深く立ち入らずに会話を終える。

 

 

 その後の旅は順調だった。

 あまりにも順調すぎた。

 旅の経路は変わらず、ウバメの森でも二人は敵とは一切遭遇する事なく終わり、この地で時間を費やすことがなかった二人はコガネシティでも最低限の調査を済ませるとすぐに次の街へと向かう。

 エンジュシティのジムリーダー・マツバ、アサギシティジムリーダー・ミカンとの戦いを経て、次第にトレーナーとしても成長していた。

 しばらくアサギシティで時間を潰し、クリスタルとイエローとの合流するとタンバシティに向かう一向。

 

『ゴールド!? シルバー!? 生きて……!?』

『うおおお! マジか、起きてこんなすぐ会えるなんて!』

『……お前は無事だったようだな』

 

 その道中、うずまきじまにてシュンは生死不明だったゴールドとシルバー、旅立ちの目的であった二人との再会を果たす。

 かならず取り戻すと誓ったものの本当に無事でいるのかどうか保証はなかったために心の底で「あるいは」と覚悟していた。それゆえにこの喜びは一際大きかった。

 

『抵抗するな。これ以上抵抗すれば殺すぞ。……貴様の仲間たちを』

『ッ!?』

『すでにルギアは我が支配下にある。私だけでなく伝説のポケモンまでも敵となればどうなるか。それほどの実力があればわからないはずがあるまい?』

 

 そしてその後に再び訪れた衝撃も。

 こちらでの時系列での大きな違いは、情報がなかったために仮面の男の奇襲は行われず、サツキが仮面の男と互角以上に渡り合っていたこと。しかしその上でもう一体の仮面の男が生成した分身体によるルギア捕縛が実施され、その情報が伝えられたことだった。

 

『……好きにしなさい』

 

 彼らをここで失うわけにはいかず、サツキが自らポケモンたちをボールに戻し、仮面の男の指示に従い拉致された。

 両者の間のみで行われたこの密約は当然他の者たちに知られる事はなく、

 

『なんで、なんでだよ! ようやくゴールドたちが無事だってわかったのに! 今度はサツキさんが……!』

 

 守られた事を知らないシュンは、また身近な人間が消息不明となってしまった事実に酷く打ちひしがれる事となる。

 その後は捜索依頼を出し、彼らはセキエイ高原へと向かう事となったが、ここでも大きな変化が見られた。

 それがシュンのセキエイ高原での作戦参加だ。

 サツキの具体的な安否が不明なためにガンテツから詳細な説明がなされなかったこの世界ではシュンはエンジュシティに向かう事なくセキエイ高原で仮面の男の動向を探る事となった。

 やはりジムリーダーたちの対抗戦の最中に行われたロケット団の強襲、ジムリーダーの会場からの隔離、そして伝説のポケモンたちを率いた仮面の男の登場と事態は止まる事なく急展開を呈していく最中。

 

『……バカな。なんで、サツキさん!?』

 

 敵の洗脳下に陥ったサツキが会場に現れるや次々と建物を破壊していく。

 シュンの叫びは正気を失った彼女には届かず、被害が増すばかり。彼の自慢のポケモンたちも止めようと向かっていくものの、圧倒的な力に敵う事なく蹂躙されていった。

 

『や、やめろ』

 

 あるいは彼が持ちうる力を解放すれば抵抗はできたかもしれない。

 だが、この時代のシュンはそうしなかった。

 彼には覚悟が足りなかった。

 父親との離別もなく、何かを救うという決心を抱くこともなく、巨悪との直接的な対決を迎えることもなく。

 ただ敵を倒すという目的だけに囚われていた彼は、咄嗟の場面で寿命を縮めても構わないという余裕を抱けなかった。

 

『やめてくれ!』

 

 それでも、サツキが蹂躙を繰り返し、人々の悲鳴がこだまする惨劇を見て、ただ見ているわけにはいられない。

 守らなければ。

 でも止められない。

 普通に戦ってはただ制圧されてしまう。

 どうしようもない状況の中、『邪魔する者はたとえどんな手を使ってでも倒す』とそう誓った彼は。

 

『バンギラス、〝はかいこうせん〟!』

 

 彼のポケモンが持ちうる中での最大火力の発射を命じた。

 山一つくらいならば容易に吹き飛ばしてしまうというバンギラスの必殺の一撃、この技は。

 

 

 

 彼女のポケモンごと、サツキの胴体を貫いた。

 

 

 

――――

 

 

 

「なっ、えっ……!?」

 

 目にした光景を受け入れきれず、シュンの目が見開かれた。

 

「エレキブル、〝クロスチョップ〟」

「――ヘラクロス、〝メガホーン〟だ!」

 

 敵が怯んだ隙をついたエレキブルの猛攻、しかしシュンもすぐにヘラクロスに迎撃の指示を下す。

 格闘戦を得意とする両者の攻防。エレキブルの二振りの手刀とヘラクロスの一本角が何度も交錯し、火花を散らした。

 

「お前!」

 

 両者の実力は拮抗している。レベルでは相手の方が上回っている印象だが手持ちポケモンの数で優位に立っている事もあってシュンはうまく立ち回っていた。

 そして戦いが膠着している間に、シュンは未来の自分へ声を張り上げた。

 

「サツキさんを、殺したのか……!」

「――ああ、そうだ」

 

 問いかけに短く肯定の言葉だけを告げる。

 決して本意ではなかった。

 ただあまりにも力も決意も足りなかった、その甘さが呼び起こしてしまった悲劇。今更取り繕う気はない。

 

「気づいたら、指示を出していた。気づいたら、サツキさんの体が地面に崩れ落ちていた」

 

 他に選択肢が思い浮かばなかった。

 自分を犠牲にする事なく。目の前に障害を排除する事だけに意識が傾いてしまった。

 

「すぐに彼女の元へ駆け寄った。だが人手がなく設備も崩壊した現場ではどうしようもなかった。でも微かに息はまだあったんだ。だから何度も呼びかけた」

 

 あるいはこの時、せめて彼女の最期の言葉が、彼への憎しみや侮蔑であったならば、救いようがあったのかもしれない。

 むしろ未来のシュンはそう言って欲しかった。憎しみや、恨み、呪い。それを言葉にしてくれれば、それを抱いてくれれば彼女の死をも自分は背負っていけたのかもしれない。

 

「なのに!」

 

『――ありが、とう……』

 

 それなのに優しすぎる彼女は、最期まで負の感情を向けてはくれなかった。

 自らを殺めた少年に、感謝の言葉だけを告げて。

 彼女はその瞳を、永遠に閉ざした。

 

『あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 

 この一瞬の判断の過ちが未来のシュンの心を閉ざす事となる。

 自ら犠牲となることに怯え、目の前の敵を倒した。

 大切な人()を救おうとして多くの人々の命(100)の叫びにゆれた。

 その結果勇気は消え去った。信念は壊れてしまった。100を救うために1を殺した。無力であるがゆえに、サツキを救うことができなかった。恐怖と動転により自分を犠牲にすることさえなく。

 これまでの全てが偽りになった。敵わない理想や淡い希望を抱いた結果が、現実がこれだ。

 この現実には信じられるものなど何もない。絶望と孤独と罪悪感、そして自責の念――負の感情だけが残り、思考を支配する。

 

「なのに! 世間は俺を英雄と謳った。ジョウトを巨悪から守り抜いたポケモントレーナーだと。そしてサツキさんを、罪なき彼女を罪人だと罵った。ジョウトを混乱に陥れた反逆者だと」

 

 仮面の男の正体が明らかにならなかったからこそ、意識は他へと向く。そして観客の一人が撮影し、ネットに出回ったサツキが会場内で破壊の限りを尽くす映像が世間を批判に駆り立てた。一方でそんな相手と戦い、観客を逃がして戦っていたシュンたちを讃えるようになっていく。

 

『フフフ。まさかあの女に助けられて生き延びたこんな子供に追い詰められる事になるとはな』

 

「――それは違う。断じて違う!俺は英雄などではない。大切な人一人守れないような弱者で。好きな女性さえをも天秤にかけ、その結果手にかけるほどの愚か者だった! サツキさんこそが、本当に讃えられるべき英雄だったんだ!!」

 

 後の仮面の男との戦いで耳にした真実、自分たちを逃すために囚われたという知らせはより彼を追い込んだ。

 何も褒められる事はしていないのに賞賛され、操られていた事実も知らずに不当に悪評を流す世間の声。

 守りたかったものは消え、結果として守り抜いた彼らはサツキの名さえをも貶めた。一度被せられた汚名はもう二度と消えることはない。永遠に残り続けることになる。

 ありとあらゆる事象が苛立ちばかりを加速させた。

 

「そうか。だからお前は過去(この時代)に戻ったのか。俺から父さん(理想)を奪い、血に濡れた未来(過去)を消し去るために。全ての悪を消し去るために」

 

 ようやく全て合点がいった。

 シュンは鋭い視線で未来の自分を射抜く。

 元々彼が戦う理由の原点は父親との出来事に起因したもの。それが一つのトリガーとなってしまった。その切掛を減らすために。

 

「それだけじゃない。父さんならば職業柄ウバメの森での異変にもすぐに気づけると思った。だからこの時代にきてすぐに父さんと接触し、行動を共にした。そして仮面の男と交渉し、かつての自分の行動になぞった情報を教え、サツキさんとの葬儀の際に出会ったパーバスにも話を通した」

「……パーバスもお前が!」

 

 かつてコガネシティ近郊で激闘を繰り広げた強敵の名前に驚愕する。

 確かにあまりにも情報が正確すぎるとは思っていた。

 まるでこちらの情報を読んでいるかのような正確な敵の配置に、シュンは誰か内通者がいるのではないかと一時は疑問を抱いていたほどだ。

 それがまさか未来の自分が自分を潰すために用意周到に準備していたとは考えられるはずもなかった。

 

「そうだ。俺はこんな結末を望んでなんかいなかった! 俺はこんなことのために旅に出たんじゃない! ――ずっと憎かった。何もできない自分も、全ての元凶であったヤナギも! そして何よりも、何も知らないくせにサツキさんを穢したこの世界のことが!!」

 

 怒りに声を振るわせる未来のシュン。

 かつては敵対し、止めようとしていた巨悪に一時でも力を貸した原因。

 それこそが己という存在の抹消であり、不意を突いて巨悪も消し去り、そして大切な人を侮辱した世間への攻撃なのだと力の限り吠えた。

 

「サツキさんは許しただろう。だけど俺は許さない。彼女を救えたとしても、そんな彼女を消した存在が未だ存在することは許容できない。だから――ここで消えろ!」

 

 目の前の敵を撃ち倒す。

 もうそれしかないのだと、未来のシュンは感情を露わにし、再び過去の自分へと攻撃を仕掛けたのだった。

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