連続で生じた二つ目の戦いもようやく終わりを迎えた。
エンジュシティ郊外で幾度も木霊していた轟音がなりやみ、ようやく静けさを取り戻した空間。
勝者であるシュンはポケモンたちをボールに戻すと、何かを噛み締めるようにゆっくりと歩を進める。相手のポケモンたちも完全に戦闘不能になっているのを見届けて、その主のそばへと歩みよった。
そして片膝を地面につき、木に背を預けて倒れるもう一人の自分を表情一つ変えることなく見下ろす。
「……何だ、その顔は? ……倒した相手、それも自分を殺そうとした相手が消えるんだ。いっそ清々しいと考えたらどうだ」
ボロボロの体からは光が溢れ、すでに腰から下は消滅していた。今にも消えそうな自分をなんとも言えない顔で見つめる自分と目が合い、もう一人のシュンは自虐気味に笑う。
「そんなこと、できるかよ」
戦っていた時は戦闘の熱もあってあのように語っていたものの、目の前の存在はあるいは自分が辿っていた可能性なのだ。割りきることは難しい。
短く、そう返すにとどまった。
「お前が気にする必要はない。……本当は、時渡りをしたあとでも、まだ選択の余地はあったはずなんだ。仮面の男だって伝説のポケモンを捕まえようとしたのは、過去の失敗をやり直すため、そう聞いた。だから俺も今度はサツキさんが苦しまないように、力になる道だってあった」
思わぬ形で突然敵の目的を知らされ、シュンの瞳が驚愕に見開かれる。
ロケット団の残党たちを従え、伝説のポケモンたちを手中に納め、多くのトレーナーたちと敵対してでも成し遂げたかった願い。
それが野望の達成でもなければ大望の成就でもない。あの巨悪でさえもそんな人間らしいことを考えるのかと、シュンは正体も知らない大敵の心の内を知って、共感に似た感情を抱いたのだった。
そんなシュンの考えを知ってか知らずか、もう一人のシュンは話を続ける。
「だが、俺はそうしなかった。俺がサツキさんの命を奪っておきながら、俺が彼女を助けるだなんて虫が良すぎる話だと、そんな資格はないと、そう思ったから」
彼も敵の真意を知ったときは同じ想いに至ったことだろう。
しかしもう一人のシュンは違う道を選択した。
罪悪感が他の全ての感情を勝ってしまったからこそ、救済よりも破壊を選んだのだと悲しげに語る。それだけ自分の手で身近な存在を破滅に追いやってしまったことが彼の心に影を落としたのだろう。
「だから、これで良いんだ。……あの日、セキエイ高原で彼女を失った時からきっと、こうなるべきだったんだ」
今でも過去の自分の選択を呪っている彼は、この結果を受け入れていた。
たとえ誉められたものではない行動だとしても、その根本にあったのは誰かのためにという願いがあったからこそ。
「……そうか」
それをシュンも感じとったからこそ余計な口出しはしなかった。
互いに言葉は尽くした。これ以上の問答に意味はない。
シュンはふらつく体に力を込めて立ち上がった。
随分と遅れをとってしまった。早くサツキたちに追い付かなければならない。
「待、て」
しかし。
背を翻した直後、もう一人のシュンが力のない声で呼び止める。
もうすでに脅威は去った。相手もただでさえ体の消滅が起きていた上に電撃と炎を一身に浴びたのだ。もはや身動きでができないことは明白である。それを知っているためにシュンは特に身構えることなく相手の次の言葉を待った。
「これを、持っていけ」
胸元からあるものを取りだしてシュンの眼前に掲げる。
シュンが受け取ると、それは黒いカバーに包まれた二本の羽のようだった。
「なんだ、これは?」
「にじいろのはねとぎんいろのはねだ。おそらくこの先の戦いで役に立つだろう」
「これが!?」
教えられたのはオーキド博士たちとの会議で話題に上がっていた大切なもの。
伝説のポケモン捕獲に必要とされ、仮面の男も手に入れようとしていた羽だった。
「なぜお前がこれを持っている!?」
「先程セキエイ高原でイエローから奪ってきた。本人は知らないことだが、彼女は肌見放さず持ち歩いていたんだよ」
「お前、イエローさんにまで……!」
「言っただろう。仮面の男を倒すつもりでもあったと。そのためだよ。さすがに、こいつを渡すのは無理なようだからな……」
新たに明らかになった悪事を糾弾する自分をスルーして、もう一人のシュンは腰のボールを撫でた。
先程の戦いでは繰り出さなかった、ときわたりポケモン。彼がこの時代にもこれた要因であるポケモンは時代を逆行して以降、ボールからでようとすらしない。だから代わりに用意していたものを仮面の男を止めるために託そうと、シュンに手渡した。
「それと、もうひとつ」
「なんだよ?」
まだ何かあるのかと、シュンは彼が話しはじめるのをじっと待つ。
もう一人のシュンは大きく息を吐き、瞳を閉ざし、覚悟を固めると意を決して言葉を紡いだ。
「消える前に、最後に、お前に、ワカバの力を、つかわせてくれ」
「はっ!?」
突然の提案は信じがたいものだった。
先程まで敵対していたもう一人の自分が、今度はシュンのために力を奮うと言うのだ。しかももう自信はいつ消えてもおかしくない現状で、何をしても自身の結末は変わらないと言うのに。
言葉を失うシュンに、もう一人のシュンは笑みを深くして説明を加える。
「何を驚く。お前も言っていたことだろう。俺達の力はポケモンだけに使えるわけではない。まして本来は同じ人間であるお前に使うんだ。あるいは、お前がこの度で費やした生命力をも補えるかもしれない」
理屈はわかる。
そもそもサツキが存命である事からもその効果は認められた。
だが、気がかりなのはそれをどうして今になって消そうとしていた相手に使うのかということ。
「どういうつもりだ?」
「見ての通りだ。俺はもうじき消える。未来が変わった今、おそらく俺と言うあり得ない存在は最初からなかったことになるだろう。なら、ここで力を使い果たしたとしても、何もデメリットはない」
「だが俺は……!」
力の代償はなくなったとしても、目的は異なるだろうと反論するシュンの言葉を遮って、彼は話し続ける。
「頼む。良いんだ。いや、きっと最初からこうするべきだったんだ。俺は我が身可愛さに多くの人を傷つけ、失った。誰かを助けるための力を持って生まれたはずなのに……」
彼が持つ力に元々秘められた意味を思い返して、こうせざるを得なかった。
「だから、頼む、」
重ねて訴えるもう一人のシュン。
「せめて最後に、俺にも誰かを救わせてくれ。そして叶うならば……お前は何があっても絶対に守り抜け」
「――――言われるまでもない」
今度こそ正しい道を進みたいのだと聞いて、シュンも反論はできなかった。
かつての世界でピカチュウ、そしてこちらの世界に来てサツキに行使した二度目に続き、これが三度目。
もう一人のシュンは残された生命を全て振り絞り、願いと共に託したのだった。
力が、抜けていく。
体が、溶けていく。
存在が、光となって消えていく。
これまでの過程が、結果が、全てが、失われていく。
「……あるいは、あの世界で、あなたに力を使えていたならば、変わっていたのかな……」
後悔ならある。
あの日、あの場所、あの瞬間。行動に移せなかった自分の不甲斐なさ。
あれからずっと悔やみ続けていた。
もう会わせる顔がない、そう思ったからこそ彼女を救う道よりも自分を抹消する道を選んだ。
「結局、あの人とは、まともに出会えなかったな……」
こちらの世界で面と向かって会えたのは彼女が拉致された後。仮面の男が支配下に置くため、彼が力を行使した時だけだ。あとはこの場で遭遇し、状況を把握しきれていない彼女と軽く話を済ませただけ。
結局最後まで守りたいと思った存在としっかりとした再会を果たすことができないまま終わってしまう。
「……因果応報、か」
だが、仕方ない。
今さら彼女の隣を歩こうだなんてそれこそ都合が良すぎるというものだ。
だから、もう仕方がない。
そう考えて、自虐気味に笑って、瞼を閉ざした。
ふと、人の気配を感じて目を開け、後ろを振り返った。
「………………………………なんで?」
あり得ない。
この世界の彼女は、父と共に決着の場へ向かった。先程この世界の自分も二人を追って向かったのだ。間違いない。
なのに。
女性は腰まで伸びる青い髪を揺らし、ゆっくりと歩み寄り、手を伸ばす。
「あり得ない。俺は、だって、なのに……!」
幻覚か。いや、たとえそうだとしてとあり得ない。虫が良すぎるなんてレベルではない。
もう二度と見ることはないだろう。そう覚悟した彼女の笑みが、
「…………サツキ、さん!」
目の前に、あるなんて。
手を伸ばせば届く距離。だが、もう彼の両手は光となって消えた。
肩より上しか残っていないこの状況ではもう何も出来はしない。あまりにももどかしいこの小さな距離にもう一人のシュンが歯を食い縛る。
そんな、彼の残った頭を、サツキは優しく抱き寄せた。
「……ごめん、なさい。あり、が、とう…………」
それは、セレビィの優しさが見せた最後の奇跡。
もう一人のシュンは最後の最後に救われ、満足げな表情を浮かべて消えていった。
くしくもその最期の言葉は、彼が行動を起こす切欠となった、大切な人のものと全く同じものであった。
――――
ジョウト地方の各地で繰り広げられていた激闘も分岐点を迎えていた。
エンジュシティ郊外の戦いは決着し、リニアに閉じ込められていたジムリーダーたちも危機を脱し、セキエイ高原で発生した戦いも一先ずの終末を迎えている。
そして舞台は場を移して、伝説のポケモンが眠るという言い伝えが残る地・ウバメの森へ。
「まったく。なんとか間に合ったと喜んでいたのに。記念するこの時に、招かれざる客が多いことだな」
デリバードから降り立った仮面の男が何もない空間へ向けて言葉を発する。
「何者だ?」
中々でてこない敵へ問いを投げた。
やがて草むらから二人の影がポケモンたちと共に飛び出した。
サツキとエイジ。シュンよりもいち早く仮面の男の迎撃に向かっていた二人である。
「私よ。遅かったわね」
「待ちわびたぞ。お前の好きにはさせん!」
「……なるほど。貴様たち二人が敵に回ったということは、エンジュの攻防はあの少年が勝ったということか。予想が外れたな」
サツキのメタグロス、エイジのフーディンが険しい目付きで睨み付けるなか、仮面の男は余裕を崩さない。
意外だと言いながらも問題はないという様子であるが。
「こっちにもいるぜ!」
敵は彼らだけではない。
さらに仮面の男が来た方角からもう一人のトレーナー、仮面の男を追跡していたゴールドが姿を表した。
「……ふん。しぶといやつだ」
「ゴールド君!」
「ウツギ博士たちも話していた先程の……」
「あっ? ……ってええ!? シュンさんの親父さん!? と、超美人! ――マジかよ。こんな場面じゃなきゃこの出会いを両手あげて喜んでいたところだったのによ」
普段と変わらない調子の良さで語りかけながら、ゴールドは鞄からビリヤードのキューを取りだし、視線を細めて仮面の男を睨み付けた。
「しゃあねえ。さっさとこの戦い、終わらせてやるか」
「うずまき島での借り、しっかり返させてもらうわよ」
「援護する。一斉に行くぞ」
ゴールドのバクフーンが放つ咆哮を契機に、三人のトレーナーは一連の事件の黒幕へと意識を強める。
「どいつもこいつも邪魔物ばかり。だが……今さらここで足を止めたりするものか!」
三人のトレーナーの包囲を敷かれる中、仮面の男は空間を切り裂くほどの声量で叫びだす。
直後、彼の声に応じるように周囲一面に氷の槍が瞬時に形成され、敵へと襲いかかる。
ジョウト地方全土を揺るがした事件の最期の戦い、その火蓋が切って落とされた。