ワカバの導き手   作:星月

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第五十話 vsラプラスⅢ 決着の時

 仮面の男の脅威は変わらず健在であった。

 ホウオウとルギアを更なる侵入者排除のために手元から離したとはいえ、これまで数多くの実力者たちを退けてきた手持ちポケモンたちは全快の状態。自らも自在に操る氷の力もあって並大抵の相手ならば遅れを取ることはまずないだろう。

 

「ここまでよ」

「まさか仮面の下の素性がお前だったとはな。――ヤナギ」

「さあ、観念しな」

 

 しかしその仮面の男もついに終わりを迎えようとしていた。

 サツキとエイジ、ゴールドのポケモンたちにより完全に無力化されている。

 デリバードはメタグロスによって制圧され、ニドクインによって仮面を剥がされた。フーディンが操る無数の岩が巨悪の正体であるヤナギを取り囲み、キマワリによって強くなった日差しが氷の精製を無効化する。猛威を振るっていたヤナギも身動き取れぬほどに追い込まれ、ただその場で佇むしかなかった。

 

「……参った。まさかここまで来て追い詰められるとは思ってもいなかった」

 

 ジムリーダーを排除し、エンジュで不穏分子を隔離することにも成功し、あとは願いを叶えるだけだったというのに。そう語るヤナギにはどういうわけか焦りは見られない。その様子にサツキは違和感に似た感情を覚えた。

 

(まさかまだ援軍が?)

 

 操られていた自分にすら知らされていない助力を信じているならばその意図も理解できる。

 サツキはメタグロスたちに目配りし、警戒を怠らないように指示を出した。

 

「――結局、あなたは何がしたかったの?」

「うん?」

「これほどまで多くの人を巻き込んで、犠牲を生んで。そこまでして叶えたかったあなたの願いはなに?」

 

 万全の態勢を期してサツキはヤナギに問う。

 ジムリーダーになるほどの力を得ながらその使い方を誤り、悪の道に走ってまで。その果てに掴みたかったものは一体なんなのか。

 

「答えなさい!」

 

 理解できる答えでなければ許さないと、青い瞳がヤナギを射抜いた。

 

「願い、か。そうだな。ここまで私を追い込んだ者達へ敬意を表し、教えよう。私の願いは」

「過去の失敗をやり直すため、だろう?」

 

 サツキの視線に当てられ、ヤナギが話し始めたその時。

 彼の言葉を遮って一つの影が新たにその場に降り立った。

 

「……貴様」

「シュン君」

「無事だったか。あの子は――」

「ああ。もう決着は着いた」

 

 エンジュ郊外の戦いの組み合わせを知っていた三者から各々複雑な感情を向けられたが、シュンは表情一つ変えずにピジョットの背中からゆっくりと降り立つ。

 

「どういう事っすか? シュンさんは何か知ってるんすか?」

「ああ。他の敵からこいつの目的を聞かされてな」

 

 ただ一人、詳細を知らないゴールドは懐疑的な問いを発する。

 仕方のないことだろうと、シュンは当たり障りのない答えを返すに留めてヤナギと向き合った。

 

「ヤナギ。話は聞いた。その上で、あんたが本当に私欲のためではなく、大切な何かのために他の全てを捧げようとしたのならば。全てが終わった後で、罪を償うというのならば」

 

 数多くの人を操り、傷つけ、虐げてきたことは百も承知だ。

 それでも、あり得たかもしれない自分の姿を目にしたシュンは、それら全てを飲み込んで、仮面の男に提示する。

 

「――手を貸しても良い」

「はっ!?」

「……何を」

「ちょっ、どういう!?」

 

 必ず倒すと誓った虚悪に、手を差しのべた。

 突然の交渉に味方である面々から驚愕の声が挙がる。

 

「……話が読めんな。どういう意味だ」

 

 それはヤナギにとっても同じこと。一段と目を細め、何度となく戦った敵を睨み付ける。

 

「今ならわかる。……この時のために、俺はここまで戦ってきたんだと思う」

 

 確実にできるという保証はどこにもなかった。

 それでも今の自分ならばきっとできると。

 ありえたかもしれない未来の自分と向き合った彼は、そう断じたのだった。

 

 

――――

 

 

「それで? 一体どうするつもりだ?」

 

 当たり一面にかつての出来事が次々と現れては消えていく異空間。

 時間のはざまの中でヤナギは目の前に立つシュンへと問いかける。

 今、この空間には三人のトレーナーがいた。

 ヤナギとシュン、伝説のポケモンから採取した二枚の羽を持つ二人とゴールドである。彼もシュンと共にバクフーンの背中に乗り、行動を共にすることでこの空間の悪影響から逃れていた。

 サツキとエイジは祠の外で待機している。何かあったときに全滅することを避け、すぐに掩護射撃できるようにという態勢を敷いていた。

 もっとも、シュンはその心配はないと断言していたのだが。

 

「その前に一つ確認したい。――あれがお前の願いで間違いないのか?」

 

 遠くを指差してヤナギに質問を投げた。

 この先では若き頃のヤナギの手持ちポケモン、二匹のラプラスが氷山の崩落に飲み込まれ、沈んでいく光景が浮かんでいる。

 

「その通りだ。私は過去に遡り、私の愛するポケモン達を救う! その為にここまでやってきたのだ!」

「……なるほどな。ようやくテメーの本音を聞けた気がするぜ」

 

 何者にも邪魔はさせないという強い覇気が籠められた、信念にも聞こえる声。

 ゴールドもこの言葉に偽りはないだろうと、相手の本気を感じ取っていた。

 

「……やはりな」

 

 シュンも同様である。

 実はすでに知っていた事だった。もう一人の自分と戦った際に生じた記憶の共有。あの時にシュンは仮面の男の正体もその目的も、そして辿った結末も視ていたのだ。

 改めてヤナギから彼の願いを聞き、胸を撫で下ろす。

 

「――だが時間を遡って、救ってどうする?」

 

 その上で、シュンはヤナギに指摘した。彼の願いの裏に潜む、見て見ぬふりをしてはならない欠点を。

 

「どうするだと? 何が言いたい? 彼らを救うことが無駄だというのか?」

「そうは言わない。しかし時間を遡って二匹を救ったとして。その後はどうなると思っているんだ。過去を改変したら、その地点にとっては未来に当たるお前は――消えてしまうかもしれない」

 

 重々しく、そう続ける。

 思わずヤナギも息を飲んだ。

 救出の果てに待っているものが何なのか、自分がどうなってしまうのか、それを考えたことがないわけではない。パラレルワールドのような時間軸が発生してもおかしくない話だ。今一度、考えたくはないが考えなければならない提示を受けてヤナギはしばし口を閉ざすものの、すぐに平静を取り戻して話し始める。

 

「それが何だと言うのだ。たとえそうなったとしても、私は構わない! あの二匹の為ならばそのくらいの犠牲は!」

「今、お前の手持ちのラプラスも、犠牲になっても良いと?」

「っ!」

 

 有無を言わさぬ口調のヤナギも、この反論を前には黙り込むしかなかった。

 

「……それは」

 

 過去を改変した後となれば、ヤナギは勿論の事、今の彼の手持ちポケモン達も存在しないものとなるだろう。一緒に消えてしまってもおかしくない。

 

「そのラプラスの為に親を救いたかったのかもしれないが、結果としてお前はその子も失うかもしれない」

「黙れ! お前に一体何が分かると!」

「分かるさ。――見ろ」

 

 苛立ちを募らせるヤナギに、今度は反対側の空間を見るようにと促す。

 

「……これは」

「はっ? はっ!?」

 

 ヤナギが、続いてゴールドが愕然とした。

 それは先程、シュンがもう一人の自分と戦っている光景だった。対峙している相手は徐々に姿形が光となり、その存在が消滅していっている。そしてそれは彼のポケモンが入っているモンスターボールも同様で。

 

「俺は見てきた。お前と同じように過去を変えようとした男が、どうなったのかを」

 

 過去を改変した結果、あり得ない存在は歴史から消えていく。

 それは何人たりとも、ポケモンも避けられない事象だ。実証ずみの光景を提示され、ヤナギは言葉を失う。

 

「……あの、マジで今のはどういう事っすか!? えれって実際に起こった事なんすよね? じゃあ!」

「悪いゴールド。詳しい話はまた後でだ」

「う、うっす」

 

 一方で何も知らないゴールドは理解に苦しみシュンに問い質すが、今はこの事について語り合う時間ではない。全てが終わった後で話すと約束し、この話題は一時中断とする。

 

「わかっただろう? 何もかも救うなんて、無茶な話だ。本当に過去の失敗を後悔して、ポケモン達に報いたいというのならば、これ以上はやめておけ」

 

 結局何かを犠牲にすることになる。そうシュンは続けて、話を締め括った。

 

「…………黙れ」

 

 だが、説得には至らなかった。

 理解はできた。

 それでも納得はできない。

 今さらあの愛するポケモン達の犠牲をただ受け入れることなんてできない。

 一回り以上も小さい少年に諭されて、目的を見失い、ヤナギは怒りをぶつけるように強い口調で再び声を荒げる。

 

「わかったような口を聞くな! お前になにかわかる!」

 

 胸の内に思い浮かんだのはかつての記憶。

 

「このヒョウガを孵した時の私の気持ちが

! ラ•プリスとラ•プルスを亡くし、この世に一人となった中で産まれてきたヒョウガを胸に抱き締めた私の気持ちが! 貴様にわかると言うのか!?」

 

 親しみを込め、愛称で詠んでいた大切なポケモン。その二匹の間に産まれた子供。

 二匹を亡くし、代わりに生を受けたラプラスに親の姿を見せられなかった不甲斐なさ。

 言葉にしつくせない感情を吐き出し、ぶつけていく。

 

「……いいや。わかるぜ」

「なに!?」

「オーキドのジジイに教えて貰ったからな。俺も、孵す者だ!」

 

 彼の問いに、ゴールドがシュンに代わって声高に叫ぶ。

 彼の腕のなかにはピチューがいた。ゴールドに似た鋭い瞳で、ヤナギを睨み付ける。

 新しく産まれてくる命の誕生の瞬間。それを幾度となく見てきたゴールドにはヤナギの気持ちがよく理解できた。

 

「……ヤナギ。先程も言ったが、俺はあんたに手を貸すつもりだ」

 

 ゴールドの声でヤナギが落ち着きを取り戻したのを確認し、今一度シュンはヤナギに話を持ちかける。

 

「……人の願いを散々否定して、一体どう手を貸すと?」

「あんたは知ってるかもしれないが、俺は生命力を気として操る事ができる」

「だからなんだ?」

 

 知っている、とヤナギはシュンの言葉と軽く流した。

 今さらそれを聞いたところで何も感情が動いたりはしない。失われた命が返ってくるほどの力ならば話は別だが、そこまで便利なものではないのだ。耳を貸すに値しなかった。

 

「そして、この時が次々と流れ行くこの場ならば」

 

 そんなヤナギの様子に流されることなく、淡々と話を続ける。

 シュンには上手く行く確信があった。

 もう一人の自分が辿っていた結末、あの中に仮面の男の行く末も視られたのだ。もしもあの通りだとするならば。

 

「力が増幅した今なら、行ける」

 

 しかも今、彼には二人分の神秘が宿っている。

 失われた命を補って余りある力は、シュンの内に秘めた力をさらに確たるものにしていた。

 右腕を伸ばし、力を籠める。

 すると、先程過去のヤナギの光景が流れていた空間へと一筋の光が伸びていき――空間から、二つの小さな光が浮かび上がってきた。

 

「……はっ?」

「なに、を?」

「生命力を気として操ると言っただろう」

 

 これまでは自身の生命力を操作することしかできなかった。

 しかしこの特殊な空間の下ならば。

 

「来てくれ」

  

 失われる瞬間の、他の生命力を導き、形にする事ができる。

 やがて二つの光は大きくなり、そして――二匹の大きなラプラスの輪郭を形成した。

 

「お――――おお」

 

 何十年と前に何度も目にし、取り戻したかった愛する存在を前に、ヤナギは呆然とする。

 すると主が固まっている間に、彼の懐のボールの蓋が開かれ、一匹のラプラス――ヒョウガがその光へと進んでいった。

 やがて二つの光とヒョウガは姿が重なり、そして熱い抱擁を交わす。

 

「ヒョウガ……!」

 

 何度も夢にまで見た光景が目の前で再現され、ヤナギの瞳から涙が溢れだした。 

 

「……上手く行った、か」

「シュンさん。一体いつの間にこんな使い方を?」

「いや、俺だけの力じゃないさ」

「へ?」

 

 ゴールドの疑問にそう答え、シュンは明後日の方角を指し示す。

 言われるがまま視線を向けると、そこには緑色の小型のポケモン――セレビィが宙を舞っていた。

 やがてセレビィが指を振るうと無音だった空間に一つの音楽が流れ出す。

 

「この、歌は……」

「まさか……」

 

 それは今もラジオ放送などで流れ、受け継がれている名曲、ラプラスに乗った少年だった。

 かつてヤナギの友人達が集い、彼の心を溶かそうとした歌。

 昔は何も感じることのないこの歌であったが、今耳にすると心が大きく揺れ動いた。

 

「そうか。セレビィ。手持ちにならずとも、ここまで私の気持ちを汲んでくれたのか。――ありがとう」

 

 ヤナギも伝説のポケモンの真意を理解し、静かに礼を告げる。

 

「少年よ。シュン、と言ったな」

「はい。何ですか?」

「君にも礼を言う。そして、もう一つだけ聞きたい。この光は、まだしばらくは保つのだろうか?」

「この空間が続くならば、おそらくは」

「そうか。ならば……ヒョウガ」

 

 一つだけ確認を済ませると、ヤナギは胸元から一つのボールを取り出した。

 それは時間を捕らえるモンスターボール。ホウオウとルギア、伝説のポケモン達の羽から作り出し、セレビィ捕獲の為に用意したものだ。それをヒョウガへと手渡し、彼の持ち物とする。

 

「これがあればお前はここでも自由だ。好きなだけ失われた時間を取り戻してくれ。これから先は、お前の好きに生きて良い」

 

 ここにいても、ここから出ても。

 どう生きようと自由だと、ヤナギはヒョウガに別れを告げた。

 そして彼らに背を向けて、ヤナギはシュンとゴールドの元に歩み寄る。

 

「すまない。頼む」

「はい。行きましょう」

 

 こうして三人はセレビィとヒョウガ達を時間のはざまに残し、元来た道へと転進した。

 

 

――――

 

 

「無事なのかしら」

「信じて待つしかないさ。だが……」

「ええ。待っているしかないのは歯がゆいですね」

 

 ウバメの森の祠の前。

 待機を続けていたサツキとエイジは気が気でなかった。

 いざというときに各所へ連絡ができ、臨機応変に動ける年上の二人が残るのは致し方ないとはいえ、幼い少年達が原理もよくわからない空間へ敵の首領と向かったのだ。不安は尽きない。

 

「せめて生きていてくれれば……」

 

 たとえ事態が上手く進まなくても、ここへ戻ってくれればどうとでもなる。

 皆揃って戻ってきてくれと、願い続けて――

 

「ん? 見ろ!」

 

 願いは届いた。

 祠の中から巨体――バクフーンが飛び出してきた。

 その背中にはシュンとゴールド、そしてヤナギが先程と変わらぬ様子で乗っている。

 

「二人とも無事ね! よかった」

「ありがとうございます。ご心配おかけしました」

「あーよかった。無事に戻ってこれたぜ」

 

 再び会えたことに安堵し、胸を撫で下ろす三人。

 やがてヤナギは気難しそうに表情を歪めて、ゆっくりと杖を上手く使ってバクフーンの背中から地面に降り立つと、遠い空を視線を浮かべた。

 

「ヤナギ!」

「ああ。そう警戒するな。私はもう、これ以上騒ぎを起こすつもりはない」

 

 エイジに名前を告げられたヤナギは、祠に入る前とは別人かと思わせるほど闘志が失せた声で。

 むしろどこか清々しさしえも彷彿させるような柔らかい表情を浮かべると、敵として戦っていた者達に向き直り。

 

「…………投降したい」

 

 ジョウト地方全土を揺るがした騒動を終わらせる一言を述べるのだった。

 

 

 

 

 

 

ここまでの活躍をポケモンレポートに書き込んでいます…………

 

 

 主人公:シュン

 持っているバッジ:5個 (ウイングバッジ、インセクトバッジ、レギュラーバッジ、ファントムバッジ、スチールバッジ)

 

 

手持ちポケモン

 

 バクフーン♂ Lv55

 ピカチュウ♂ Lv56

 エーフィ♀ Lv55

 ラプラス♀ Lv58

 ヘラクロス♂ Lv57

 ハッサム♂ Lv54

 バンギラス♂ Lv59

 ピジョット♀ Lv52

 サンドパン♂ Lv50

 

レポートに書き込みました!!

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