「マスクオブアイス事件」。
ロケット団の残党を率いていた首謀者である仮面の男を指して後にこう名付けられた、ジョウト地方全土を揺るかした戦いは終わりを迎えた。
その正体であるヤナギが投降すると、彼の洗脳下にあった団員たちはあっという間に力を失い拘束される。ヤナギが手にしていた伝説のポケモンたちもカントーおよびジョウトの図鑑所有者達の尽力によって無事に解放された。
あの戦いから約2週間の月日が経ったある日のこと。
セキエイ高原をはじめ、ロケット団の攻撃によって損壊した地域が落ち着きを取り戻した頃。
ワカバタウンの中心部に建っている大きな病院をサツキは訪れていた。
「――入るわよ、シュン君」
「あっ。こんにちは。お久しぶりです、サツキさん」
個室の扉をノックして入室すると、ベッドに腰かけていたシュンが出迎える。事件の後、戦いの最中で傷を負っていた彼はここで入院を余儀なくされていたのだ。
「元気にしてた? 何もできなくて退屈かも知れないけれど」
「まあ今までが忙しかったですからね。こいつらと一緒にゆっくりしてましたよ」
そう言ってシュンは彼の横に座るピカチュウやエーフィを自由に動かせる右腕で撫で回した。
サツキがこうして彼と合うのは事件の日以来である。彼女はこの2週間、当時の様子の証言を行ったり、復興の支援のために各地を回っていたのだ。
ゆえにようやく久々に落ち着いて話ができる機会を得られたのだが、改めて見ると彼の姿は痛々しい。
「完治するまでにはまだ長く時間を要すると思うけれど……」
「大丈夫ですって」
シュンの左腕には包帯が大きく巻かれて固定されており、他にも身体のあちこちが同様の処置が施されていた。
橈骨亀裂骨折、肋骨4本亀裂骨折、大腿骨損傷、頚部挫傷などなど。
リハビリも含めて全治3カ月という診断を受けて療養を強いられた。
その原因の大半を占めている事もあって、サツキは居心地悪そうに呟くが、シュンの声色は明るい。
「経過をよく看てもらっていますけど、どうやら治りも早いみたいで、『ひょっとしたら予想より早く退院できるかも』ってことでしたし」
だから大丈夫です、とシュンは付け加える。
実際のところシュンの怪我の治りは早かった。そもそも衝撃の大きさを考えれば、本来ならばもっと大怪我でもおかしくなかったのだと担当の医師は語る。
それを踏まえればこの程度ですんでむしろ良かったとすら思えた。
「それも、もう一人のあなたのおかげなのかしら?」
「……どうなんでしょうね」
確かに生命力を譲渡された事で自身の傷の治癒が早まったのならば、これまでのポケモン達への事例からも納得できる。
だが、今となってはもはや答えを知りようのない事だ。考えたところで結論は出ないだろうし、彼とて願いが叶ったのだから、それ以外の理屈なんてどうでも良いと考えるだろう。
「そんなことよりも、外の様子を聞かせてくださいよ。この2週間、何かありましたか?」
だからこの問題は曖昧のままで良い。そう考えて、シュンは他の話題に移ろうと話を降る。
「そうね。会場の整備はおよその目処がついて、セキエイ高原に集まっていたジムリーダーたちや図鑑所有者たちはそれぞれの街へ帰還して行ったわ。事態も終息したし、特にジムリーダーはこれ以上長居をしてジムの業務が滞ってもいけないから」
「………そういえば、ジムリーダー達がリニアに消えていった前後で放送が途切れてたんでしたっけ。そりゃ早く帰らないと地元の人達も心配が止まらないか」
シュンの言葉にサツキがこくりと頷いた。
各地方に君臨する限られた実力者たち、それがジムリーダーだ。そんな彼らの安否が一時的にでも不明となれば誰しも不安を抱くだろう。
そうでなくても今回のポケモンリーグから、各地方のジムバッジを手に入れれば本戦への出場する特権を与えられると発表があったばかりだ。トレーナーのジム挑戦への熱は高まりを見せている。だからこそジムリーダーは任されている町へ即刻帰ることが求められていた。
「ただし、ヤナギは別だけど」
ただ一人の例外を除いて。
今回の事件を引き起こした張本人の名前をサツキは重々しく口にする。
「……あの後、どうなったんですか?」
シュンは純粋にヤナギがどのような処置を受けたのか気にかかり、問いを投げた。
少なくともテレビやネットのニュースではヤナギが何か罰を受けたなどの発表は行われていない。
あれだけ多くの人々を巻き込んだ事件だ。自首したとはいえ、まさか無罪放免とは思えないのだが。
「――簡潔に言えば、司法取引が行われたわ」
その疑問にサツキが端的に答えた。
ヤナギの罪を軽くする代わりに彼へ協力を求め、それが認められたのだと。
「具体的には、どのように?」
「事件に関する供述や復興事業への助力は勿論だけど。他に彼の氷を操る技術の布教だったり、特に重要なのは遠隔操作でポケモンを操る術の布教ね。応用できれば技術の発展に大きく貢献することになる、って」
「まあ、実際に伝説のポケモンを捕まえてますからね」
俺も痛い目にあったし、と遠くを眺めながら呟く。
仮面の男と幾度も対峙したシュンは誰よりも敵の技術の恐ろしさを知っていた。確かにそれがこれからは正しい目的のために使用されるということになるならば、大きな社会貢献になるだろう。
「そうでなくてもジムリーダーがロケット団に関与していると噂が広がったばかりだったから。民心にこれ以上の不安を与えたくない、って判断もあったみたいよ」
「ああ、なるほど。確かにカントー地方で四人もジムリーダーがロケット団に与していた、なんて話も上がってましたからね。それでまた事件を引き起こされたとなれば、信用が落ちるか」
隣の地方と言えど、数年前にカントー地方で暗躍していたロケット団にジムリーダーが関与しているという噂は流れていた。そんな中でまたしてもジムリーダーが巨悪を率いたとなればジムリーダーへの信用は失墜する。そのジムリーダーを任命している協会も同様だ。
そう考えれば今回の処遇も納得できるものだった。
「不満、はない?」
ただ、納得はできてもその対応を満足に受け入れられるかは別な話。
特に彼から痛い目に遭わされた者は尚更だ。
彼女も同様であり、感情を言葉にするのは難しく、サツキは複雑な表情のまま疑問を返すが……
「まあ、良いんじゃないですか? もう被害が拡大することはないでしょうし。これで少しでもまた平和になるっていうのならば」
シュンは呆気なくそう答えた。
その様子からは怒りや不満などは微塵も感じられない。もう少し苛立ってもおかしくはないのだが。
「あなたも傷ついたのに?」
「ま、覚悟はしていたので。元々俺の旅立の目的はゴールドを見つけることで。あいつは勿論のこと、サツキさんも無事に帰ってきた。挙げ句の果てに、この旅の途中で父さんとも再会できた。……色々とありすぎて、これ以上何かを求める気にはなれないですよ」
そう口にしてシュンは年相応の笑みを浮かべる。
元々彼は誰かを責める事よりも、周りの者達を守り、平穏に過ごすことを臨む。
父親の失踪によって少し歪んでしまったが、その原因とも蹴りを付け、無事に再会を果たした。
「だから、俺はこれでよかったです」
もう満足した。
これ以上は何も望まない。敵に対しても思うことは何もなかった。
無事にすべての目的を果たして、彼の旅はようやく安息を得たのだった。
――――
2ヶ月後。
あの後何事もなく回復し、退院したシュンは家に帰るよりも先にウツギ博士の研究所を訪れていた。
彼にとってはサツキと出会い、旅立ちの場ともなった思い出深い場所だ。
呼び出されていたと言う事情もあったものの、シュンがここへ真っ先に足を運んだ理由。
「――ごめんな」
それは、ある決断によるものだった。
ボールの中に収まっているポケモンたちへ短く呟き、シュンは研究所の戸を叩く。
「やあ、シュン君。よかった、無事と聞いていたけれど、こうして君の姿を見れて安心したよ」
「しっかり休めたみたいね。本当に、よかった」
「ウツギ博士。サツキさんも。……ありがとうございます」
二人から優しく声をかけられて頬が緩んだ。
やはり知っている人たちの安堵の表情や声掛けは何よりもありがたい。自然と雰囲気が緩むのを感じ取れた。
「うん。君もまだしばらくは家族と過ごすだろうし、ゆっくり過ごすと良い。……さて、君を呼んだのは色々と情報を共有しておこうと思ってね」
「何かありましたか?」
「安心してほしい。別に事件があったとか、そう言うことではないよ」
身構える彼にウツギがそう付け加える。
しばらく入院生活が続いていたため、シュンはあまり人との交流ができていなかった。
両親やクリスと言った面々が様子を見に来てはくれたものの、他愛のない話ばかりであったために情報は限られている。そのためシュンにとってもありがたい持ちかけであった。
「先に大きな事から話しておこうかな。シュン君、君にもポケモン図鑑を託していただろう?」
「はい。今も持っていますが。……その、図鑑の集まりは」
「ああ、いやそれは気にしなくても良い」
申し訳なさそうに呟くシュン。
そもそも最後に図鑑の状態の確認をオーキド博士と行ってからというもの、仮面の男との連戦に入院生活があったために埋めようがない日々を過ごしていたのだ。どうしようもない話である。
「というか、全く必要がなくなったんだ」
「は? 必要がなくなった? それはどういう?」
「クリスタル君の事は君も知っているだろう? 彼女がね、図鑑を完成してくれたんだ」
「……………………はっ!!??」
ウツギの言葉にシュンは言葉を失った。
カントーとジョウト地方のポケモン図鑑は全部で251匹と言われている。そのデータを一人の少女が全て集めきったというのだ。
「さすがに伝説のポケモンたちを全て捕獲することはできなかったみたいだけどね。でも他の所有者たちとの協力もあって完遂したみたいだ」
「オーキド博士も驚いていたみたいよ」
「……すげえ。絶対に真似できない」
たとえ伝説のポケモンを除いたとしても集めることは至難の業だろう。年下の少女の姿を思い浮かべ、尊敬の年を抱いた。
「というか、それなら普通に教えてくれよ。クリスはなんで黙ってたんだ……?」
お見舞いに来てくれた時に話すタイミングはあっただろう、とシュンが愚痴を溢す。
捕獲のプロとは聞いていたが、ひょっとしたら彼女にとっては一仕事終えたくらいの感覚なのだろうか。
「だから君はデータ収集のことは気にしなくて良い。逆に欲しいデータがあればクリス君を訪ねてみると良いよ」
「彼女は今オーキド博士を手伝っていて、捕まえたポケモンたちもそこにいるみたいだから、きっと頼りになると思うわ」
「了解です」
その時は何か菓子折りでも持っていこう。クリスへの信頼度を大きく高めるシュンであった。
「あと、ゴールド君の事だ。彼からの言伝てもあってね」
「ゴールド? ワカバタウンにいないんですか? あいつは今どこに?」
旧友の名前を耳にしてシュンは疑問を浮かべる。
実は入院期間中も彼が見舞いに来ることはなかった。故に今日こそゆっくり彼と落ち着いて話ができるか、そう考えていたのだが。
「彼はね、シロガネ山でレッド君と修行しているよ」
「シロガネ山!? しかもレッドって、あの!?」
ウツギはコクりと頷く。
シロガネ山といえば強力なポケモンたちが住まうという山脈地帯。シュンの手持ちポケモンであるバンギラスの故郷でもある。
しかも相手のレッドと言えばカントー地方の図鑑所有者であり、前回のポケモンリーグの覇者だ。修行するには環境も相手も桁違いのものだ。
「事件の騒動後、意気投合したみたいよ。たまに山を下りて遊んだりもしていると聞くけど、基本的にはずっと一緒に鍛えてるみたいね」
「ずっとって。じゃあこの数ヶ月間、あいつは山籠り? は、ハードスケジュールすぎる……!」
「おかげですっかり息が合うようになったみたいよ」
そりゃあそうでしょうね。
シュンはサツキの言葉に追従し、何度も首を縦に降る。
一応ゴールドもしばらく行方不明になっていた期間の直後に激闘の日々を過ごしていた。それにも関わらず、すぐさま先輩のトレーナーと激しい修行に励むとは。
シュンは予想を超える彼のタフさを知って息を飲んだ。
「そんな彼から君へ伝言だ。『強くなったら今度は俺から会いに行きます。また遊んで、そしてバトルしましょう』と」
「……わかりました。ありがとうございます。確かに受けとりました」
「良い友達を持ったわね」
「はい」
その時までに自分もさらに腕を磨いて強くなる。
悪友とすぐに再会できない事に一抹の寂しさをいだきつつ、シュンは成長したゴールドの姿を思い浮かべて笑うのだった。
「最後に、ジムリーダーのことだ。君も数々のジム戦を経験したから、ひょっとしたら君に関わるかもとおもったからね」
「ジムリーダー……」
「ああ。多くのジムリーダーはもう通常業務に戻っているけれど、チョウジジムだけはまだなんだ。ヤナギさんがしばらくの間休養する事を発表してね。今その期間中にジムリーダーの代行を勤める人材の選定をポケモン協会が進めている」
「……なるほど」
公には休養として、公の期間への協力に当てるのだろう。
背景を察したシュンはうっすらと目を細める。
たしかにゴールドの話を聞いた今は余計に強さを手にしたくなった。ジムリーダーと幾度となく戦いをこなしてきた自分にとって、ジム戦はその貴重な機会といえる。ウツギ博士もそれを知って教えてくれたのだろう。
「チョウジジムも再開する頃には発表があるはずよ。だから、もしも挑戦する時はそれまで待ってね」
「わかりました。多分先の事にはなると思いますけど、きっと挑むと思います」
まだ相手が誰になるかはわからないが、それは今までと同じことだ。
まだ見ぬ実力者を見据え、シュンの闘志に火が灯る。
「さて、僕の方からの話はこんなところだ。君も退院したばかりだし、ゆっくりと過ごしてくれ」
「ありがとうございます。……それじゃあ、俺の方からも良いですか?」
「ん? なんだい?」
「何かあったの?」
話を区切るウツギに、シュンは自身の腰へ両手を伸ばしながら話を続けた。
「はい。……こいつらの事です」
そう言ってシュンは四つのモンスターボール――各々サンドパン、へラクロス、ハッサム、エーフィが入ったボールを手にし、傍の机にゆっくり置いた。
「こいつらを預かって欲しいんです。もし、一匹でも野生に帰りたいとそう願うポケモンがいたら、野生に帰して欲しいんです」
「……え?」
「何を……」
「もう、言葉は伝えておきました」
あまりにも突然すぎる言葉に、ウツギもサツキも状況をすぐに読むことはできなかった。二人が言葉に詰まるなか、シュンは話を続ける。
「こいつらは俺が捕まえたり、急遽保護したり、預かったり。自らの意志で俺に着いてくることを選んだわけじゃありません」
彼らは突発的な出会い、そして捕獲の成功を経て今に至るポケモン達だ。ピカチュウやバンギラス達のように、自らの意志でシュンに連れ添ったわけではない。
旅立ちは全て受動的なものだった。だからこそここから先はどうするのか、その選択は彼ら自身に委ねたかった。
「……シュン君。彼らの事を大切に思っている気持ちはわかるわ。ただ、皆もあなたの事を信じているからこそ、ここまで着いてきてくれたんじゃない?」
「わかっています。だからこそ――もう、こいつらに無理強いはできない」
もうすでに決めたこと。彼の意志は固く、サツキが宥めようと声をかけても、眉一つ動かすことはなかった。
「ハッキリ言います。俺は今回の戦いで、死んでも良いと思ってました」
「っ」
続けられた言葉を耳にし、全てを知っているサツキは口にしようとしていた説得の台詞を飲み込む。
「もしも状況が違えば、一歩間違えれば、俺はこいつらの行く場所を奪うところでした。そんな選択をした俺が、これ以上こいつらに負担はかけられない」
「…………」
この時、サツキは目の前の少年を説得するだけの言葉も経験も持ち合わせていた。
しかし、彼が語る「負担」という言葉の意味合いに彼女のそれら全てが含まれているような思いを抱き、二の句を続けることは敵わなかった。
少なくともありきたりの言葉で意見を変えるようならば、そもそもポケモンたちとの別れを口にすることはしない。そういう子供だと知っていたから。
「しっかり考え抜いた答え、なんだね?」
「……はい」
ウツギに問いかけられると、最後にポケモンたちを一別し、目を閉ざして答えるシュン。
「俺からはそれだけです。……どうか、よろしくお願いします」
最後にそれだけ口にして、シュンはもうボールを見ることなく研究所を後にした。
彼が去ったのを確認して、ウツギは大きく息を吐く。
「まったく。ああいうところはまだまだ子供だな」
「ええ。本当に」
ウツギに続き、サツキも苦笑しつつ同意した。
彼らは知っている。
モンスターボールではたとえ捕獲することはできても、ポケモンの意志まで縛ることはできないということを。
たとえ行き先が地獄であったとしても、置いていかれるよりは共を進む事を選ぶ想いの強さを。
だからこそポケモンたちはトレーナーの想いに答えようと奮闘し、強くなるのだと言うことを。
「まあ、仕方がないか」
ひょっとしたらこの先、シュンの方からこのポケモンたちを呼ぶことはないのかもしれない。それでもポケモンたちがトレーナーの元を離れることはないだろうことを察して、ウツギは大切にボールを預かるのだった。
――――
「……そうか。大きな決断だったな」
ウツギ博士の研究所でのやり取りを告げると、エイジが感慨深そうに告げた。
「そうでもないよ。ただ、これ以上は俺の我が儘だと思っただけだ」
「我が儘、か。旅をして大人になったようだな」
「そんなことは……いや、そうだね。少なくとも二回分の人生を味わった、みたいな感じだし」
少なくとも今ここにいるのは二人分の命だ。そういう点から見ればたしかに大人になったという表現も間違ってはいない、そんな気がした。
「それで、シュンはどうするの? ゴールド君はまだ旅を続けているみたいだけど、あなたもまた出かける?」
「……うん。少し休んだら、まだ残っているジムに挑戦したいと思ってるよ。今後のリーグ戦に役立つだろうし」
母からの問いかけに、シュンはしばし考えて答えた。
旅の途中で幾度とバトルを経験して強くなることへの渇望を抱き、バトルの楽しさを感じた今、その最高峰であるポケモンリーグはいつの間にか近しいものと感じるようになっている。
「元々の目標というわけではなかったけど、いつの間にかもう少しのところまで来たんだ。ここまで来たら最後まで行くよ」
残るジムバッジはあと三つ。
何としても次のリーグ開催までに手にし、強くなりたい。そう願うのは必然だった。
一人息子が年相応に燃える姿を見て、両親は揃って笑みを深くする。
「そう。……なら、丁度良いかもしれないわね。ウツギ博士に何匹か預けて手持ちに空きがあるんでしょう? なら、この子を連れてってあげて」
「うん? この子?」
誰のことだ、シュンが見当も付かない中。
母の部屋で控えていた大型のポケモンがゆっくりと歩を進めた。
まるで虎を彷彿させる縞模様が身体に刻まれた、2メートル近い獣人のような姿。各々左右から伺える二本の尻尾と赤い瞳が特徴的なそのポケモンは、シュンの目の前に立つと、ゆっくり膝を折った。
「……誰?」
マジでわからん。
見覚えのないポケモンを目にし、シュンの表情が強張る。
「何言ってるの。あなたが旅立つ前、私にエレキッドを預けたでしょう? 忘れたの?」
「エレキッド!? こいつが!? えっ、どういうこと。進化系!?」
「そうよ」
「知らん……何それ……怖……」
母は当然のように語るが、シュンは簡単に受け止めきれず、呆然とした。
だがこれも無理もない事である。
シュンが捕獲したとき、エレキッドだったときは身長が60センチくらいで、今はその3倍以上の大きさに成長していた。横にも大きくなっているため記憶から大きくかけ離れてしまっているのだ。
「どうやらエレキブルというらしいぞ。私も先日進化した時に調べて知った」
「えっ。じゃあ、こいつって進化したばかり?」
「ああ。母さんにエレブーを見てくれと一度預かってな。そしたら何か進化してた」
「ノリが軽すぎる!」
「その時にこの子が持っていたものがいつの間にか無くなっていたから、それが進化のピースだったのだろうな」
「……マジかよ。これ、一度オーキド博士に報告すべき案件じゃん」
やることも考えることも増えたな、とシュンがため息を溢し、視線を落とす。
すると、ふとこちらを見上げるエレキブルと視線があった。
「……お前、本当にあのエレキッドか? 見た目もだけど、もっとこう、自由奔放な感じじゃなかったっけ?」
少なくとも記憶が正しければ、ピカチュウに攻撃をしかけ、家の中を暴れまわろうとするくらい言うことを聞かなかったはずなのだが。
似ても似つかない見た目、その姿勢にシュンは猜疑心が収まらなかった。
「私がしっかり鍛えておいたから」
「母さんは元々ブリーダーで有名だったんだぞ? そんなに気になるなら、図鑑で見てみると良い」
「まあ、たしかに」
言われるがまま、シュンは図鑑を開き、目の前のポケモン、エレキブルのデータを見る。
たしかに親の名前はシュンとなっており、ポケモンの名前もエレキブルで一致しているのが確認できた。どうやら間違いないようだが。
「はっ?」
ある一点の項目で目が止まる。
「66レベル、だと……!?」
エレキブルのレベルが、シュンのパーティーの最高峰であるバンギラスをも凌駕していた。エレキブルが加われば、彼が最高値を記録することになる。
「ほらな?」
「だから言ったでしょう? しっかり鍛えたって」
「今までのあの激闘はなんだったんだ……?」
たしかに複数のポケモンを同時に鍛えるよりも一匹のポケモンを集中的に鍛える方が上達が早いのは理解できた。特にシュンの場合は人よりも多くのポケモンを連れていたのだから尚更だ。しかもシュンは幾度となく戦えない期間もあった。
相手がポケモンの育成を強みとしているブリーダーと考えればなおのこと。
それでも仮面の男やジムリーダーとのバトルを経たシュンは理解はできても納得することができなかった。
「この子もそれだけ頑張ったってことよ」
「そうかもしれないけどさあ!」
「身近な人が自分の知らない所で、いつの間にか傷ついた。それがどれ程辛いのか、強くなりたいと願うのかは、あなたがよく知っていることじゃない?」
「っ」
「……耳が痛いな」
母の言葉にシュンはそれ以上反論できず、エイジも短くそう返すに留まる。
たしかにそうだ。
元々シュンが旅立とうと考えたのも、ゴールドの消息が掴めなくなったのを知ったからだ。
ならば、仮にも手持ちポケモンとなったエレキッドが、ほとんど一緒にいられないまま主が傷を負ったなどの話を聞いたらどうなるか、考えるまでもなかった。
「エレキブル。……今度は、付いてきてくれるか?」
そう問いかけると、エレキブルはゆっくりと頷く。
「そうか。そうだよな。ごめんな、心配かけたな」
彼の方から付いてきてくれるというのなら、二度と裏切らない。
エレキブルの信頼に応えようと、シュンはあたまをゆっくり撫でるのだった。
こうしてシュンのパーティーは別れと再会を経て、再び6匹が揃うこととなり。
旅の準備は着々と整っていくのだった。
――――
エレキブルとの再会から約二週間後、シュンは再びワカバタウンを旅立った。
ジムリーダー調査の旅とは違い、ひとり旅となった今、まず彼が目指したのはタンバシティである。アサギシティからラプラスの背中に乗ってたどり着いたこの地で、ジム挑戦を再開した。
「エレキブル、クロスチョップ! ピジョット、つばめがえし!」
早速手持ちにに加わったエレキブル、そしてピジョットの活躍で危なげなくこの戦いに勝利する。
新パーティの初陣を済ませ、一行は今度は東へと進路を向けた。
再びアサギシティへ戻り、そしてフスベシティへと向かう途中に立ち寄った運命の地•エンジュシティで。
それは現れた。
「お、お前は……!?」
焼けた塔の目の前を通りすぎようとしたその瞬間、焼け落ちた2階に君臨する四つ足の大型ポケモンが発する気迫と熱に当てられ、シュンとポケモンたちの足が止まる。
「エンテイ……!」
一度吠えれば火山が噴火するといわれる炎ポケモン。発する炎には生命エネルギーが溢れているといわれる「命の炎」でかつてはゴールドやシルバーも救った伝説のポケモン、エンテイがシュンの前に姿を現したのだった。
こうして彼にとっては二度目、単独で挑むのは初めてとなる伝説のポケモンとの戦いが開幕する。
こうして予想外の戦いも経て、シュンがたどり着いたのはフスベシティ。
「バンギラス、いわなだれ! ラプラス、れいとうビーム! エレキブル、れいとうパンチ!」
イブキが繰り出すドラゴンポケモンたちに挑んだのは、シュンのポケモンたちの中では大型である三匹。
「よしっ!」
各々の得意技で真っ正面から挑み、ついに7個目のバッジを手にしたのだった。
「あとは最後。チョウジジムだけだ。ただ、あそこは一体何時になったら臨時のジムリーダーが選ばれるのか。……ん?」
残るジムバッジはリーダーが休養のため休業中のチョウジジムだ。
サツキは再開する頃に発表があるとは語っていたものの、それはまだ行われていない。
果たしてあとどれくらいで再開されるのかと、シュンが疑問を抱いたその時、ポケギアが突如着信音をならし始めた。
その着信元の名前、サツキという文字を目にしてシュンの顔が笑顔で溢れる。
「サツキさんですか!? お久しぶりです! 調子はどうですか?」
すぐさま電話に出て、明るい声を発すると、電話越しに小さな笑い声が耳に届いた。
『ええ、元気よ。そちらも元気そうで安心したわ。私も一緒に行けたら良かったのだけど』
「色々と召集もあったんでしょう? なら仕方ないですよ」
『ありがとう』
サツキからは仮面の男に関する聴取の他にも協会に呼ばれる用などがあるため、ここからは別行動だと説明を受けていた。だからシュンも割り切り、こうして旅立ったのだから。
『そろそろあなたもジム戦に励んでいる頃と思って電話したの。どうかしら? あれから挑戦してみた?』
「もちろんです。タンバとフスベ、二つのジムからバッジを貰いましたよ」
『あら。凄いじゃない。順調すぎるくらいでビックリした』
サツキの称賛に、シュンは「そうでしょう」と胸を張った。
姿が見えなくても彼の満足げな様子を察したのだろう、サツキは笑みを深くして、話を続ける。
『それなら丁度良かった。そんなあなたに朗報よ』
「なんですか?」
『協会の人から聞いた事なんだけど、ついにチョウジジムの臨時ジムリーダーが決まったって。明日からジムも再開するみたい。この後正式に発表されるという話だから、行ってみると良いわ。ひょっとしたら一番乗りできるかも』
「本当ですか!」
たしかにそれは朗報だ。
サツキの知らせにシュンの胸が踊る。
二つのジムバッジを手にし、彼らは波に乗っていた。今ならば何も恐れるものはない。
幸いにも今シュンがいるフスベシティからチョウジタウンは近く、ピジョットに乗ればひとっ飛びだ。
この勢いに乗じて最後のジム戦もクリアしよう。シュンは逸る心を抑えられなかった。
「教えてくれてありがとうございます。今日のうちに移動して、明日にでも挑んでみます!」
『なら良かった。――頑張ってね』
「はい!」
最後に応援の言葉を貰って通信は途切れる。
早速シュンはピジョットに指示を出してチョウジタウンへ戻ると、その日は町のホテルに泊まり、一日を終えた。
翌日、朝早くに目覚めたシュンは軽くポケモンたちとウォーミングアップを済ませると、宣言通りにチョウジジムへ向かう。
「よし、ピジョットゆっくりな。落ち着いて。……よし、ありがとう」
チョウジタウン郊外にそびえる山々。
その一角に形成された地下深くへ向かって、シュンはピジョットに乗ってゆっくりと降り立った。
もう少し町の中心部近くに建設してくれ、と言いたい文句を飲み込み、ドーム状のジムを視界に納める。
「……よし、これが最後のジム戦だ。皆、行くぞ!」
手持ちポケモンたちを奮い立たせるように呼び掛けて、シュンはジムの扉に手を伸ばした。
大丈夫、たとえ誰が相手であろうとも、あの仮面の男と戦うよりは何倍もマシだ。そう行き込んでジムの中へと足を進める。
「失礼します! ジムリーダーはいらっしゃいますか!? 挑戦に参りました!」
声を張り上げると、反射して建物内に響き渡った。
これだけの声量ならば、聞こえないはずはない。
反応を待つべきだと、シュンがその場で立ち尽くしていると。
「――ようこそ。チョウジジムへ」
奥の扉が音を立てて開かれ、同時に高い声が返ってきた。
「早速の挑戦、嬉しいわ」
「……………………へっ?」
「きっと来てくれると思ってたよ、シュン君」
青い長髪を揺らして、女性は穏やかな笑みを浮かべる。
相棒のスターミーを従えて、サツキがシュンの前に立ちはだかるのだった。
「サツキさん? なんで。まさか、そこにいるってことは……」
「ええ。本日よりチョウジジムの代理ジムリーダーとして、ここを任されたのは、私よ」
「……マジかよ」
前言撤回。
ある意味仮面の男よりも戦いたくない相手が現れてしまった。
先のエンジュシティの戦いを思い返し、単独では容赦なく叩きのめされ、ゴールドと二人がかりでようやくサツキの指示がない状態の彼女のポケモンたちを抑えた事実を思い返し、体が震え上がった。
「安心して。私もジムリーダーの代役なんて初めてだから、緊張してるの。だけど……初めてが君で、良かった」
「その台詞、ここで聞きたくはなかったです」
シチュエーションさえ違えばきっと気分は最高潮に達していただろうに、今はむしろ恐怖で縮こまってしまっている。
「さて」
そんなシュンの心境を知るよしもないサツキは一つ間を置くと、息を整えてシュンを力強い視線で射抜いた。
「問答はここまで。準備は良い? ここまで一緒に旅をして、さらに二つのジムを経て、更に腕を磨いてきたこと、私にはわかります。そんなあなたに敬意を表して……チョウジジムリーダー代理、サツキ。本気であなたの挑戦を受けて立ちます!」
「……退いては、貰えないか。わかりました。なら、胸を借りるつもりで戦います!」
ここからは正真正銘本当のジムバトル。
ここまでの旅の成果を測るため、見せつけるため、最後のジムリーダーへの挑戦が始まるのだった。
ここまでの活躍をポケモンレポートに書き込んでいます…………
主人公:シュン
持っているバッジ:7個 (ウイングバッジ、インセクトバッジ、レギュラーバッジ、ファントムバッジ、スチールバッジ、ショックバッジ、ライジングバッジ)
手持ちポケモン
バクフーン♂ Lv59
ピカチュウ♂ Lv58
ラプラス♀ Lv60
バンギラス♂ Lv61
ピジョット♀ Lv54
エレキブル♂Lv68
ボックスメンバー
エンテイ Lv50
レポートに書き込みました!!
2012年。約13年前から始まった連載、これにて完結です。
……13年!? と自分でも衝撃を受けました。
Xなどでぼやいていましたが仮面の男との連戦など非常に難産となる回も多かったですが、無事に走りきれたのは良かったと思います。
原作に倣って伝説のポケモン捕獲回であったり、一部ジム戦の描写がカットされたりもありましたが、今後機会があれば短編などで描くこともある、かな?
その時はまたそちらで話をしようと思います。
後日譚として軽く何か作品について触れることもあるかもしれませんが、ひとまずこの作品はここで最終話となりました。
皆さんありがとうございました。またどこかで会いましょう。それでは!