……暗闇というものは人に恐怖を植えつける。
人々が普段光のある世界、明るい場所になりきっているからこそ、その反動が大きいのだろう。先が見えず、何があるのかも凝視しなければ確認できない、――へたすれば本当に何も見えない闇。
たとえ頭では大丈夫だとわかっていたとしても、精神的な面や本能の部分で恐れてしまうことがあるのだ。それは成長しようとも成長できない人が、変わろうとしても変われない人がいる。
「ね、ねえシュン君。やっぱり来た道を戻って、まっすぐヒワダタウンを目指さない?」
……まさに今のサツキさんがその状況だろう。
俺の服の裾を絶対に離さないように握りしめているサツキさん。声も心なしか震えているように聞こえる。
普段のサツキさんが怖がる様子なんて一ミリも見せないために、この瞬間がとても貴重だ。これがギャップというやつか。萌えてしまう。
「うーん。それがたしかに確実なんでしょうけど。……でも、たしかに聞こえたんですよ。何かの声が……」
「ちょ、ちょっと待って! わかった、わかったからあまりそういうこと言うのはやめて!!」
「……はい、すみません」
あからさまに動揺している。どうやら暗闇や幽霊という類のものも苦手なようだ。……マダツボミの塔にサツキさんを連れて行かなくてよかった。あそこにはなぜか野生のゴースが出現したからな。もし一緒にいたら悲鳴が何度も木霊したことだろう。
「こんなことなら地上の道を進むんだった……」
「いや、それが無理だったからこうして洞窟内を進んでいるんじゃないですか」
「それはそうなんだけど……でも!」
必死になっている反論している姿がよりかわいらしい。
……ポケモンセンターで1時間ほどの休息をとった後、俺たちは32ばんどうろを越えて、32番道路とヒワダタウンをつなぐ洞窟、『つながりのどうくつ』に入っていた。今は地上をつなぐ安全な道もできているとのことだが、あいにく現在は工事中で通行禁止となっていた。ゆえにこうして洞窟内を進んでいたのだが……まさかサツキさんがここまで弱い面があるとは想像もしていなかった。
(しかし、あの泣き声は一体なんだったんだろう? 霊的なものではなく、たしかに生物の声だったのだが……)
洞窟内を進んでいるとき、俺の耳に突如何かの生物の声のようなものが聞こえてきた。もっともサツキさんには聞こえなかったようで、それが一層サツキさんの恐怖を引き出してしまったらしい。
つながりの洞窟そのものは言うほど長くはないのだが、地下にも洞窟がつながっており、俺たちは今地下に降りて声の正体を探るために進んでいる。
「まあ、声が何なのか確認したらすぐに引き返しますよ」
「うん、そうだよね。そうしよう。早く探して早く戻ろう!」
「そうですね。そのためにも早く……おっ!?」
あまり怖がらせてしまうのも嫌なので、少し歩くスピードを速める。
……速めようとしたところで、俺は突如立ち止まった。前を歩いていた俺がいきなり立ち止まったその理由がわからず、サツキさんが横から顔を出したが、その理由はすぐに明らかになった。
「水が……」
思わず言葉に詰まってしまった。
つながりの洞窟の地下には水辺が広がっていた。どうやらここから先はしばらく陸地はないようで、歩いていくのは無理だろう。
「……近くの海につながっているのかもしれないわ。多分どこかの通路が海と面しているのでしょうね」
たしかに先ほどまでいた32番道路も海に面していたし、このつながりの洞窟がどこかで通じていてもおかしくはないのだろう。となると、他に迂回するルートも特に見つからない以上、ここから先は陸を渡っていくのはつらいな。
「これじゃあ仕方がないわね。もう戻りましょう」
「いや、行きましょう」
サツキさんは今すぐにでも戻ろうと水辺に背を向けるが、俺は振り返りはせずに水深を測る。……けっこうあるな。おそらく俺の身長くらいはゆうにあるだろう。
「え、行くって……でもシュン君は水タイプのポケモンを、“なみのり”を使えるポケモンを持っていないじゃない」
「ええ。だから……泳いでいきます」
「……ええっ!?」
俺の返答に驚愕している。
……まあ無理もないか。ふつうの川辺などならまだしも、視界も悪い洞窟の水辺で水温も低い。それなのにどこまで続いているのかさえわからないところを泳いでいくのは危険行為だろう。それは俺も考えてはいる。
「たしかに気のせいかもしれませんけど、もしも本当にさっきの声が本物で、助けを求めているものだったら一大事ですよ。それを放ってはおけません」
「いや、でも……」
「サツキさんはここで待っていてください。俺が見てきますので」
さすがに暗闇に恐怖しているサツキさんを一緒に行かせるのは危険すぎる。それに何かあったときのために一人は対岸で待機してもらったほうが良いだろうしな。
ひとまず俺は、泳いでも大丈夫なように体を軽くストレッチする。いざというときのために、ポッポだけは空中で様子見していてもらうか。
「……ああもう! それならシュン君、私も一緒に行くわ」
「え? いいんですか?」
「一人で待機しているというのも心細いし、それに水中でなんてろくに動けないだろうから……その方が良いでしょう?」
前半部分が理由の大半を占めているような気がしないこともないが、そこはあえて触れないでおこう。
だが、言っていることは十分理解できるし納得できるのだが、それでも二人一緒に泳ぐというのは危険な気がするのだが……
「じゃあどうするんですか? 泳いでいくにしても……」
「いいえ、泳ぎはしない。この子に連れてってもらう」
「……この子?」
そう言ってサツキさんは腰にかけている6つのモンスターボールのうち、一つに手をかける。
どうやらついにお出ましのようだ。……今まで一度もボールからポケモンを出してこなかったサツキさんのポケモン、一体なにが出てくるのか。
「出てきて、スターミー!」
「これが……スターミー」
そうしてボールからでてきたのは、『なぞのポケモン』と呼ばれているスターミー。水と
体の中心部にある赤いコアがまばゆく光り輝く。背中側の五芒星が力強く回転し、好調さをあらわしている。
水タイプであるスターミーだ。なるほど、これならたしかに泳ぐことなく進むことができる。サツキさんは宙に浮いたスターミーの上に乗り、そして俺に手を差し出した。
「さあ、行きましょう」
俺も手を借りてスターミーに乗る。
二人を乗せたスターミーは宙に浮いたままどんどん進んでいく。
……ほとんどゆれることなく、しかし中々のスピードで動くスターミー。サツキさんと長い時間共にすごしてきたということが伺える。レベルも高そうだ。
そうしてしばし進んだ後、水辺は広い泉のような場所へと出た。
スターミーをその場で止めさせてあたりを広く見回し、何かないかと探す。
「……多分ここが洞窟の奥深くだと思うんだけど……」
「ん? ……サツキさん、何か聞こえませんか?」
「え!? なに、なにが聞こえるの!?」
「なにか、歌のような声が……」
「歌が? ……本当だ」
じっと耳を澄ませていると、たしかに歌が聞こえてくる。
人間のものではないが、リズムにあったやさしい音色が聞こえてくる。とりあえずその歌が聞こえる方向に向かうとした。
すると、少し進んだ先で一体のポケモンが泳いでいた。綺麗に歌を歌っているその姿はとても美しい。
「あれは……ラプラス!」
「……ラプラス、ですか?」
そのポケモンの姿を見たサツキさんが名前をつぶやいた。
ラプラスといえば、今となっては絶滅の危機に瀕しているといわれるほど野生の個数が少ないとても珍しいポケモンだ。俺も今までラプラスというポケモンがいるということは知っていたものの、こうして姿を見るのは初めてのことである。
ラプラスはしばし歌い続けていたが、俺たちがいることを確認すると歌うことをやめて俺たちのことをじっと見つめてくる。
バトルになることも警戒して身構えるものの……ラプラスは何もそのようなそぶりを見せずに、俺たちに背中を向けた。
「……これは、どういうことですかね?」
「『ついて来い』って言っているのかもしれないわね。ひとまず、様子を見ましょう」
こういった時にポケモンの意思がわからないのが不便だが、少なくとも戦闘の意思はないようだ。
するとラプラスは俺たちを一瞥した後、ゆっくりとさらに奥へと進んでいく。それについていくように俺たちも奥へと進んでいった。
たどり着いたのは、洞窟の岩がくりぬかれてできた大部屋のような場所だった。
ラプラスについていくと、その部屋の奥にラプラスの群れが集まっていた。
「こんなところにラプラスが群れで行動を……」
「信じられないですね。まさかこんな洞窟の奥深くで存在していたなんて」
全滅寸前とまで言われているポケモンがこのようなところに身を潜めているのだから驚きものだ。
だがそのようにいつまでも驚いてもいられない。先ほど俺たちの前で歌っていたラプラスは一体の小さなラプラスの下へと向かっていく。……まだ子供なのだろうか、他のラプラスと比べると一回り小さい。よく見るとそのラプラスを囲むように群れが集まっていた。
俺たちも近づいてよく見てみると、そのラプラスが怪我をしているのがわかった。背中の甲羅にも傷があり、体に大きな痣ができているのが見える。
「……ここまで怪我しているとは。一体なんで……」
「落石とかそういう類のものだと思う。地上を工事したことでこの洞窟内部にも少しばかり影響がでたんじゃないかしら」
なるほど。地上の開拓の工事のために地盤がゆれ、それによって生じた落石に巻き込まれたということか。たしかに洞窟の中では特にそれ以外に負傷することなどないだろうし、これだけ奥深くに住んでいるのならば他の野生ポケモンやトレーナーだって簡単には現れないだろう。
それで多少の危険を覚悟の上で助けを呼ぶためにさっきのラプラスが歌っていたのか。誰か仲間を助けてくれる人を求めて。
……そう考えるとやはり黙ってはいられない。怪我しているラプラスも十分痛みに耐えてきたのだろう。ならばそれに応えてやらなければここまで来た意味が完全になくなってしまう。
「どうするシュン君。甲羅にまで影響が出ているとなると、ポケモンセンターに連れて行くしか……」
「いえ、俺が治療します」
下手にラプラスを外に連れて行くわけにはいかない。
ただでさえ珍しいポケモンとして狙われているというのに、それ以上人目にさらすことはない。もしもセンターに連れていったとしたら、再びこちらに逃がすときに狙うような輩が出てくるだろう。そうすればこの怪我以上の被害が出てしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。
俺はサツキさんにお願いしてスターミーを怪我しているラプラスの傍に移動させてもらう。そして右腕をラプラスの体へと触れさせた。
妙な行動をするのではないかとラプラス達が警戒しているのが感じられたが、そのようなこと関係ない。元より疑われるのには慣れている。
右腕に全神経を集中させる。……たちまち右腕から白い光が放たれる。
サツキさんやラプラス達の驚いている声が聞こえてきた。おそらく怪我しているラプラスもだろう。
……約一分。その時間を終えると俺は集中を解いた。
力を使いすぎたせいか、体からどっと力が抜けていく。しかし、ちゃんと成果はあった。
ラプラスの甲羅は元通り万丈になり、痣もすっかりひいて元気な状態へと戻っていた。それを確認したラプラスは皆に見せびらかすように泳ぎ回る。元気になったなら何よりだ。
「……よかったな」
嬉しそうに俺に向かって微笑む姿が可愛らしい。
まだ小さな子供であるがゆえに、少しの傷とて致命傷になりかねない。こうして治してやることができて本当に良かった。
「大丈夫、シュン君?」
「ええ、大丈夫です」
ふらつく体をサツキさんに支えてもらう。
……たしかに、少しやりすぎた感はあるな。余計な心配をかけてしまったようだ。でもこれでラプラス達はこれからも群れとして安心して行動することができるだろう。
「それじゃあな、これからは怪我せずトレーナーに見つからないよう気をつけなよ」
あそこまでいけばあとは自然治癒でどうにでもなる。今まで群れとして暮らしてきたのだし、これからもきっと大丈夫だろう。
役目を終え、サツキさんはスターミーの進路を来た道の方向へと移し、戻ろうとする。
……しかし、そんな俺たちを引き止めるように先ほど歌を歌っていたラプラスが“なきごえ”をはなった。まだ何かあるのかと振り返ってみると、先ほどとは逆に俺たちについてくるようにラプラスがあとを追うように泳いできた。そして俺の瞳をじっと見つめてくる。
その行動だけでラプラスが言おうとしていることは理解できた。
「……良いのか? せっかく仲間が治ったと言うのに、群れと別れて」
今まで共にすごし、心配してきたのだから一緒にいたいという気持ちはあるだろう。
だがラプラスは群れのほうを見ると一度だけ頷き、そして群れのラプラス達も頷いて返した。まるで旅立ちを許すかのように。助けてもらったことに恩を感じたのだろうか。
個人的には水タイプがほしいところだったし丁度いい話だ。ラプラスが望んで俺の手持ちに加わってくれるというのなら、これは見逃すことはないだろう。
「……わかった。お前がそれでかまわないというならば……俺と一緒に来い、ラプラス」
殻のモンスターボールを一個リュックから取り出した。
ラプラスは自分からボールに向かっていき、コンッと額をボールに当てる。
ラプラスの体はボールへと吸い込まれていき……そして完全に収まった。これはラプラスをゲットしたということを意味する。
「ありがとう、ラプラス。……それじゃあ、最後に皆に別れの挨拶を言っておけ」
捕まえたばかりのラプラスをボールからだし、仲間達に挨拶をさせる。言葉は一切なかったものの、お互い通じるものがあったことだろう。
別れを告げた後、ラプラスは俺たちに向かって再び“なきごえ”をしてきた。そしてその長い首を自分の背中へ向けて振っている。
「これは、俺たちに乗れって言っているんですかね?」
「そうね。元々ラプラスは背中に人やポケモンを乗せて泳ぐことが好きと言われているくらいだもの。せっかくだからお言葉に甘えて、乗させてもらいましょう」
サツキさんも一度乗ってみたかったのか上機嫌で答える。
断る理由もないし、サツキさんはスターミーをボールへ戻して俺たちはラプラスの背中に乗った。
ほどよいスピードで進んでいくラプラスの乗り心地は最高だ。なるほど、たしかにこれは人々がほしがるだけのことはある。そう断言できるほどの乗り心地だった。
「……ねえ、シュン君」
「はい? なんですか?」
「君のあの力は、一体何なの? どうして、あんなにまで苦しい顔をするの?」
「……ああ、そのことですか。やっぱり気になりますよね」
力のことをまったく知らないサツキさんからしてみれば、やはりどうしても心配してしまうのだろう。
なにせ、突如ポケモン達を自力で癒したと思ったら、その癒した俺がかなり疲労しているのだから。おそらくトキワの力であってもそう上手くはいかないだろう。
たしかにサツキさんには説明しておいても良いのかもしれない。むしろこれから先、何もわからずにいてもらうほうが困るな。
「それなら教えておきますよサツキさん。
俺の力は……代々ワカバタウンに伝わる、特殊な力です」
「ワカバタウンの……?」
「ええ。――己の力を代償に、他者に力を分け与える禁忌とされた力」
トキワの森の力よりもはるかに珍しく、使い手が圧倒的に少ない秘密の力。
よく知らぬものは便利だと思うのかもしれない。うらやましがるのかもしれない。だがしかし、デメリットのない力など存在しない、力には代償が必要である。それを象徴するかのような力だ。
――――
同時刻、ワカバタウン。
ウツギ博士の研究所にて、ウツギ博士はオーキド博士に問いただしていた。それはまさにシュンに宿っている力について。彼があそこまで言っていた真の意味について。
「そんな……それじゃあ彼の力とは!」
「ああ、そうじゃ。彼の力、『ワカバの力』とは――己の生命力を他者に分け与える力。再生能力を高める気として他者の体内に作用させ、細胞に直接働きかけて再生能力を高めるというもの」
“ワカバの力”。――自分の生命力を他者に作用させ、細胞の活性化を促すというもの。
今までの治療というのもまさにそうだった。トキワの森の力は周囲のエネルギーをも取り込み、外側・体面から癒すのに対し、ワカバの力は傷を内側、細胞を活性化させて回復力を増幅し、自然治癒を促進させるというもの。ゆえに治すというのには正確には語弊がある。あくまで彼は傷を治す方向に導いているということなのだ。
「そんな力があったとは。……でもそれなら、なんでそんなにワカバの力は知られていないんですか? 私とて長年この地に住んでいますが、今まで話を聞いたことさえありませんでしたが」
「当然のことじゃよ。たしかに力としてはかなりのもの。それこそ『トキワの力』にも匹敵する。
だがしかし、能力者の数が少なすぎるんじゃ。己が生命力を他者に譲渡するというのが問題となる。……その能力者が力を使うたびに能力者の体は弱まっていき、細胞の死滅――つまりは肉体の寿命がいち早く訪れ、そう長く生きられないからじゃ」
「なっ……!」
「……滅多に能力を使わなくても80年は生きられず、多用すれば50年は生きられず、乱用すれば能力の発動中に死んでしまうさえ言われる禁忌の力。能力者が次々と夭折してしまうんじゃ。知らないのも無理のない話し」
驚愕の色を隠せないウツギ博士にオーキド博士はさらに追撃をかける。
……「短命」。それがワカバの力の担い手に宿る
「……ワカバタウン。トキワの森と似ている力が生まれようとも、その意は全くの逆。
トキワは『永遠』を意味しているのじゃろうが、ワカバは……『若葉』、つまり幼いことを意味しているのじゃからな」
「シュン君は、それを知った上で行動しているんですよね」
ウツギ博士の言うことはもっともだ。
このようなことは14歳の少年には背負うには重過ぎる問題だ。だが知らなくては彼の人生そのものにかかわる。オーキド博士は悔やむように、彼の問いに答えた。
「昔、彼は友人のゴールドに言ったそうじゃ。
『俺には1を救うために100を捨てるような勇気なんてないし、100を救うために1を捨てるような信念なんて持ち合わせていない。……だけど、
「そんな……!」
それはあまりにも重過ぎた覚悟。少年にはつらすぎる
他に誰もいなかったとはいえど、数奇な運命をたどる少年をさらに追い詰めてしまったのではないかと、ウツギ博士は後悔していた。オーキド博士も自分の判断が本当に正しかったのかと考えをめぐらしている。
だがしかし、どれだけ優秀な研究者と謳われた二人でも、その答えを見つけ出すことはできなかった。
この世に本当に正しいことなんてありはしない。それでも今は最善を尽くすしかないのだから。
――――
「……シュン君は、それでいいの?」
一方、つながりのどうくつ。
シュンから『ワカバの力』の話を聞き終えた後、内容が内容なためにしばしサツキは顔を俯いて無反応の状態であった。想像以上のことだったのだろう。よもや担い手の寿命を削り取るような力を、シュンのようなまだ若い子供が持ち合わせているなど誰が想像できるだろうか。
少し時間が立ち、ようやく現実のことと認識したのか、サツキはシュンに問いかける。果たして本当に満足できているのかを。
「ええ、俺はかまいませんよ。むしろ嬉しいくらいですから」
「……嬉しい?」
だがシュンは躊躇うことなく笑顔で答えた。
「一体どこが嬉しいというの?」という言葉は彼の笑顔の前に、発せられることはなかった。
もはや彼はすでに割り切っていた、覚悟を決めていた。そして同時に自分を諦めかけていた。
それがサツキにはよく理解できない。この年代の子供ならば、自分のために何かしたいことだってあるはずなのに、シュンはまるで自分の死に対して無頓着なようだった。
「だって、この力があれば誰かを助けられるんですから。
俺は『守る』とか、『助ける』とか『救う』とか……そういうことをただ叫んで終わりたくはない。そんなことを叫ぶだけ叫んで何もできないような人よりは、行動に移せるだけ幾分か良いでしょう?」
……反論はできない。反論したくても、何て言えば良いのかがわからない。一体何を言えばこの子に届くのか、まったくわからない。サツキはシュンの笑顔を見て何も言い返すことができず、感情を悟られないように再び顔を下げた。
大げさなことを言っているのではない、間違いなく事実だろう。現に今までもシュンは度々ワカバの力を使ってきた。そして力を行使するたびに体が弱っていた。
きっと彼はこの先、本当に大きな戦いになったならば、まず間違いなく命を懸けて戦うことだろう。文字通りその身を犠牲にしてでも。
それが良いことだと、当然のことだと思ってしまっている。自己犠牲の結果、誰かが救われれば良いと結論付けてしまっているのだ。誰かが助かるように導ければ、その
「それでも、あなたが良くても他の人はそうは思わないでしょう? たとえ他の誰かが救われようとも、あなたが消えてしまったら意味がないじゃない!」
「元より『皆助かれば良い』なんて自惚れてはないですよ。代償は必ず必要だ。それなら、その犠牲は少ないほうが良いに決まっている」
「……どうして、そこまで割り切れるの?」
シュンとてサツキの気持ちがわからないわけではない。何も自分から死を望んでいるわけではない。
だがしかし、すでに変わることのない固い決意ができあがってしまっている。まだ14年しか生きていない子供が、なぜそこまで他人を考えられるのか、付き合いの短いサツキにはわからない。
「……小さいころ、よく父さんは言ってました。いつも傍にいると、必ず俺が守ってやると」
「……え?」
突如シュンは昔の話を持ち出した。何が言いたいのかサツキは疑問に感じたが、シュンの話し方から何か昔の大切なことを話そうとしていることは理解できた。
「そんな父さんの背中が俺には強く映りました。力強い言葉が俺には強く印象に残りました。
……でも、そんな父さんも気がついたらどこか旅に出ていた。俺達に何も言わずに、俺達を残して。あれだけ言っていたのに、いまや音沙汰もない」
そう感じたからこそサツキは何も口を挟まずに耳を傾ける。
シュンがどれだけ彼の父親を慕っていたのかはその様子から察することができる。そしてどれだけ傷ついたのかも理解できる。
「母さんは数日泣いていましたよ。俺だって話を聞いたときは衝撃を受けました。
……それ以来、俺は父が嫌いになりました。そして綺麗言だけはくような人も、大事な時に傍にいなくて他の人を傷つけるような人も」
シュンの顔が強張る。やはり母親を傷つけた父親を、期待を裏切った父親を許せないのだろう。
そして同時に、サツキはシュンが自分のことまで嫌いに思っているのではないかと感じた。
先立って旅に出たジョウトの図鑑所有者の一人はシュンの大切な友達だったと聞く。その友達が危機に陥ったときに傍にいて助けることができなかった自分を許せないのだろう。だからこそ、もう誰も傷つけないようにと……
「……バカ」
「……え?」
シュンは、きっとこんなこと言って嫌われたかとも思った。見放されたのではないかと。
だがしかし、サツキは一言文句を述べると、後ろからシュンをしっかり抱きしめた。
「え、ちょっ……サツキさん!?」
羞恥心からシュンが振りほどこうと必死にもがくが、サツキはそれを許さずさらにギュッと力をこめて体を抱き寄せる。
「シュン君。たしかに君は間違ってないよ。でも、正しくもないと思う」
「……はい」
元より自分が正しいとは思っていない。そもそもこのような力を持っている時点で常人とは道を踏み外している。それでも、自分が望んだからこそこうして旅をしているのだから。
「皆を救いたいと思うのなら、君も生きなきゃ駄目だよ。君の友達だって、シュン君がいなくなったらどうなるかわからないよ?」
「……そうですね」
「そんなときにシュン君がいなかったら、それこそシュン君の嫌う人になっちゃうよ?」
「……」
たしかにゴールドがもしもシュンがいなくなったらどうなるか。……容易に想像できる。先輩思いな彼のことだ、おそらく話を信じられずに一人激昂し、暴走することだろう。それをとめられるとしたら間違いなくシュン一人だけだ。
「シュン君だって旅立ちの時、一人では無理だと思ったんでしょう? 一人では限度がある。それは何も恥じることじゃない。むしろ当然のこと。一人で背負わず、私をもっと頼ってくれていいんだよ?」
「……ええ、わかっています」
「わかっているなら、これ以上無茶はしないでね。皆のためにも、……シュン君自身のためにも」
「……はい」
サツキはただ願う。目の前の頑固な少年に救いの未来があるようにと。
シュンにその思いが痛いほど伝わった。抱きつかれた状態のまま、悟られないようにため息をつく。
(この人は、優しすぎる……)
ため息はついたものの、嫌な気持ちではない。むしろかえって清々しい気分になった。サツキに感謝しつつ、シュンは今まで心配をかけてしまったことを心の中で謝罪し、そして彼女を真に頼れるパートナーだと認識した。
「だからお願い。これから先、何があってもその力だけは使わないで」
「ッ!? それは……」
だが、さすがにこのサツキの提案にはすぐに頷くことはできなかった。
この力は他者を癒し、助ける力だ。これから先も使用の機会はあるだろうし、何より対仮面の男における切り札でもある。それを封じるのはあまりにも痛すぎる。
それはできないと、シュンは改めて断ろうと口を開くが、それより先にサツキが言う。
「言ったはずよ。私をもっと頼ってくれていいって」
……その言葉にはなぜか重みがあった。まだ彼女のことをよく知らないシュンではあったが、その声を聞いた瞬間に反対の気持ちは制せられた。
――人やポケモンの治療、緊急時の戦闘。使いたい出番はあるし、使わなければならないときもあるだろう。
だがたしかに無理に力を使う必要はない。怪我とて専門のポケモンセンターに行くなり病院に行くなり、他にも手はある。戦闘においてもサツキがこれほどまでに頼ってくれと言っている。先ほど見たスターミーから判断しても、サツキが信頼するに値するトレーナーだということはシュンも感じていた。
甘えてしまってよいのかとシュンの信念が揺らぐ。
ここで肯定してしまったらもう破るわけにはいかない。もし破ってしまえばそれこそシュンは彼の嫌う人に成り下がってしまう。
……悩んだ末、口を開き、そして再び口を閉じてその言葉を飲み込んだ。
瞳を閉じて再思考した結果、今度こそシュンはサツキの問いに答えた。
「……わかりました、サツキさん」
――是と。力を封じることに同意した。
約束した以上は必ず守り通す。シュンは決意を新たにする。
……皆を救い、そしてサツキと共に自分も未来を生きることを。
秘密を打ち明けたことで、二人の絆がより深く、より強くなった日だった。
ここまでの活躍をポケモンレポートに書き込んでいます…………
主人公:シュン
持っているバッジ:1個 (ウイングバッジ)
手持ちポケモン
マグマラシ♂ Lv18
ポッポ♀ Lv17
ピカチュウ♂ Lv19
ヨーギラス♂ Lv28
サンド♂ Lv15
ラプラス♀ Lv32
レポートに書き込みました!!