エクセル日本海軍   作:佐竹福太郎

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 私の書く歴史は嘘ですし、面白くもない歴史です。ただ、私の記憶を整理するためのものです。

 貴方が面白いと思うか不安ですが、何かになれれば嬉しいです。


ロシア戦役前
1890年1月 大日本帝国海軍


 この小説は、Naval Warfare Simulationsが開発したシミュレーションゲーム「Rule The Waves 3」での著者のゲームプレイの記録を基に書かれた架空戦記です。

 

 

 そのことを念頭に入れて、読んでいただければ幸いです。RTW3は面白いゲームなので、良かったらプレイしてみてください。

 

 

***

 

 

 エクセル日本海軍 1890年1月

 

 

***

 

 

 1890年1月時点の日本海軍は、世界第8位の規模を持つ海軍だった。総排水量は43800トン、海防戦艦を2隻、装甲巡洋艦を2隻、防護巡洋艦を2隻、コルベット5隻を保有する、当時の世界標準で見ても、決して有力な海軍ではない。

 

 

 清――当時の中国を支配した王朝――の北洋艦隊の総排水量は51500トンであり、強力な戦艦を2隻、装甲巡洋艦4隻を保有する彼らに比べるまでもなく、お粗末な海軍だった。ひょっとしたら、それは今も変わらないかもしれないが。

 

 

 しかし、日本海軍は規模こそ小さいものの、高い潜在成長力を持っていた。それは、植民地も持たない島国にしては豊富な経済力だった。

 

 

 当時の日本海軍の年間予算はスペイン王立海軍と、北洋艦隊を差し置いて世界第7位。第8位の予算を持つスペインより12500多く、これは1890年のスペイン王立海軍の年間予算の2割増しの数字だった。

 

 

 余談だが、この当時、世界最弱の海軍は、アメリカ合衆国海軍である。後に世界の覇者となる者とは思えない程に貧弱な海軍を有していたが、実は、彼らの年間予算は日本海軍よりも多かったことを付け足しておこう。1890年でも、恐るべき経済力を持つ国家である。この頃から、覇権国家の風格を漂わせている。

 

 

 

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 話を日本海軍に戻そう。そんな、小国の海軍にしては高い経済力を持つ日本海軍だったが、1890年1月時点では赤字を計上していた。

 

 

 

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 一重に、その原因は、当時日本海軍内に創設された謎の最高権力機関「声の箱」だった。

 

 

 「声の箱」は、その記録資料が廃棄されており、海軍や歴史学者たちが総力を挙げて研究を進めているが、未だに全容は判明していない為、詳しく記述することは避ける。

 

 ただ1つ分かっていることは、当時の海軍で最も影響力があり、1890年1月から1969年12月までの約80年間、日本海軍を監督・指揮した組織であるということである。

 

 

 「声の箱」の前任者――名前は判明していない、仮に「元帥」と呼称する――は、装甲巡洋艦の拡充に力を注いでいた。現に、日本海軍は経済力の割に、主力艦は海防戦艦2隻、装甲巡洋艦2隻と貧弱だった。

 

 

 元帥は機動性に劣る戦艦の有効性に疑問を抱いていたらしく、装甲巡洋艦の整備を第1に上げていた。その装甲巡戦力拡充の尖兵が、イギリスのヴィッカース社に3隻発注された大型装甲巡「常盤」「磐手」「八雲」だった。

 

 

 彼女らは、当時のイギリスにて考案された奇妙な装甲巡、防護甲板を備えた“装甲巡洋艦”だった。満載排水量8100トン、主砲6インチ砲14門、速力19ノット、ベルト装甲4.5インチの、この重武装艦は、上部構造物の鋼鉄による防護を諦め、喫水線の防御に集中した、集中防御方式の前身とも呼べる艦だった(防護甲板を備えた巡洋艦を“防護巡洋艦”と呼ぶので、常盤級が装甲巡洋艦と呼べるかは未だに賛否両論がある)。

 

 

 この艦は、巡洋艦にしては高額だった。当時の日本海軍の月当たりの予算は5642。常盤級の月当たりの建造にかかるコストは1382。これが3隻同時建造されている為、常盤三姉妹の建造にかかる総費用は4146だった。実に、予算の70パーセントを占有していた。

 

 

 これは、常盤級が大型艦艇だったということもあるが、ヴィッカース社に建造を依頼した、武器を海外から輸入する行為だったからでもある。

 

 

 1890年代から1910年代の日本の造船業は貧弱であり、国内最大のドックは6000トンまでの艦船しか建造できなかった。当然、工業も未熟であり、工作精度も低かったので、建造は容易に遅れ、設計重量を超過したり、設計速度を下回ることが多々あった。

 

 

 元帥の希望に沿う艦艇を造る技術が、日本には無かったのだ。その為に、日本海軍は予算の過半以上を、ヴィッカース社に投じたのだ。常盤級は海外建造のため、日本までの回航コストや日本の通貨の価値の低さ、その他諸々が合わさり、通常よりも割高な値段を日本海軍は支払っていた。

 

 

 「声の箱」創設前は、このような状態であったが、日本海軍の財政状態は黒字だった。保有艦艇が少ないことが、この状況を維持していた。

 

 

 しかし、「声の箱」は、このバランスを完全に破壊した。

 

 

 彼らは1890年1月に始動するや否や、研究費を2パーセント増額した。これはまだ良かった。何故なら、(常識的に考えられないが)彼らは日本海軍の全艦艇を予備役に編入したからだ。

 

 

 その分、維持費や人件費が浮いたのだ。この分で、研究費の増額は十分打ち消すことができた。では、何故日本海軍は赤字を計上してしまったのか?

 

 

 「声の箱」は、国内の海軍工廠、民間造船所のドック拡張工事を始めたのだ。更に、海軍情報部の予算を増額し、結果、1890年時点で日本海軍は276の赤字を計上した。

 

 

 当時の日本海軍の貯金、資金は2766。つまり、その状態が10か月以上進行した場合、日本海軍は借金をしなければ組織を動かすことができなくなる、危険水域に突入することになるのだ。

 

 

 当時の海軍の記録を見る限り、「声の箱」にも、見込みはあったことが窺える。常盤の就役は1890年11月予定であり、つまり、10か月後には1382の予算が浮く予定だった。そうすれば、10か月後には1106の黒字を計上することができ、借金を免れることができた。

 

 

 ただ、分かる通り、これは危険な賭けであった。政府からの予算減額、外国からの技術導入、常盤の建造遅延や、外国との緊張増加による出師準備に取り掛かれば、このバランスは崩壊する可能性があった。

 

 

 

 

 ただ、世界の先を見通すことはできない。一寸先が闇である世界を、日本海軍は手探りで前進していかなければならなかった。

 

 

 

 

【艦艇紹介】

 

海防戦艦扶桑

 

 

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装甲巡洋艦常盤

 

 

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