エクセル日本海軍 19××年
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海軍戦史研究局所蔵『露西亜戦役編纂記録』④ 因幡青嘉海軍元帥
旧字体は新字体に改め、表現も現代語に改めています。
皆さんも知っている通り、日露戦争は日本の勝利に終わりました。
樺太をめぐる利権争いで帝国はロシアとの闘争に打ち勝ち、北方の利権を確保しました。
しかし、日露戦役、我が海軍にとってはロシア戦役は、薄氷の上の勝利でした。
ロシア帝国海軍は、今でこそ我が海軍を下回る戦力と艦艇しか保有していませんが、当時は違いました。
彼らは帝国海軍の10倍以上の戦力を持つ超大国でした。
帝国海軍は第1次宗谷海峡海戦などで、ロシア帝国海軍に対して勝利を収め、
戦役中にロシア帝国海軍に敗北したことはありませんが、
問題は、海戦に勝てなくとも戦争には勝つことが可能だということです。
今年終結した「スペイン懲罰」にて、我々はそれを証明しています。
第2次宗谷海峡海戦で、帝国海軍に戦術的に勝利することが困難であるということを学習したロシア帝国海軍は、
通商破壊と海上封鎖を戦略目標に切り替えました。
我が海軍は、乙巡と砲艦が通商護衛を担い、
装甲艦と甲巡が艦隊戦を担うという硬直的な戦術思考から抜け出せませんでした。
これが、ロシア戦役の失敗です。
本土海域付近であるなら、甲巡は5から6隻の2戦隊あれば十分な警備と戦闘が可能でした。
しかし、帝国海軍は新規に導入した十勝級甲巡を通商護衛任務に投入せず、遊兵化させてしまいました。
仮に、十勝級を通商護衛に就かせていれば、輸送船舶の被害は抑えられたでしょう。
逆に、それ以外は我々ではなく外務省の手柄でしょう。
シアトルでなるべく粘り、ポーツマスでロシア帝国海軍の海上封鎖網が完成する前に戦争を終結させてくれました。
恐らく、ポーツマスでの和平交渉が成功していなければ、
ウラジオストク沖で艦隊決戦が行われていたでしょう。
その戦いに、帝国海軍が勝利できた保証はありません。
未だに、あの戦争に勝利できたことが信じられませんから。
~この先は因幡青嘉海軍元帥の個人的な感情の吐露が続く~
今回のロシア戦役の戦史を編纂するにあたって私が現役の将校たちに警告したいのは、
つまりこういうことなんです。
敵を過大評価することは、自身の正常な判断能力を失うことに繋がりますが、
敵を過小評価することは、正常な判断能力と共に、自身の部下と陛下から賜った御艦を喪うことになるということです。
ロシア戦役で帝国海軍が海戦で敗北しなかったことから、それが圧倒的な勝利だと錯覚することは、国を破滅の道へ誘うことと同義である、と。
ドワンゴから私の個人情報流出してませんように。