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佐竹福太郎:https://www.youtube.com/@FukutarohSatake
エクセル日本海軍 1893年6月~7月 ロシア帝国の近況
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現在ではフィンランドは北欧や西欧に石油を輸出している産油国だが、フィンランドのタンベレ油田が発見されたのは1893年6月ごろであり、帝政ロシアの支配下での出来事であった。
そんな状況下で、ロシア帝国海軍は戦力の立て直しを行っていた。
世界第3位のロシア海軍は、戦艦3隻を失ったことで8隻の戦艦が現存していた。
大型艦を喪った影響は大きく、予算規模ではロシア海軍より小さなイタリア海軍に総排水量で劣っている。
最も悲惨な状況だったのは装甲巡洋艦であり、現有戦力は5隻、総排水量46,200トンと、ほとんどの列強に遅れを取る形となってしまっていた。
当時の装甲巡戦力の指標で、分かりやすい例を挙げると、ヨーロッパ列強内で最弱であるスペイン海軍の装甲巡戦力が5隻、総排水量45,400トンである。
世界第3位のロシア海軍の装甲巡戦力が、スペイン海のものとほぼ同等であることから、事態の深刻さが分かるだろう。
ロシア海軍は戦争で失った排水量を取り戻すことが目的かのように、1893年7月時点で戦艦8隻の同時建造という大建艦を行っている。
イギリス海軍の戦艦6隻同時建造より多いことから、ロシア海軍の真剣さが窺える。
内訳は、排水量8,500トンのアレクサンドル1世級戦艦2隻、排水量11,600トンのポベダ級戦艦3隻、最後に排水量12,000トン級のトリ・イエラルハ級戦艦3隻であった。
実は、終戦する以前からこれらの建艦は始まっていた。
ただ、日露戦争前に策定された建艦計画に則っていたことから、残念なことに戦争における装甲巡の損耗には対応できておらず、建造中の装甲巡はクロムボイ級1隻、ヴォイン級1隻の計2隻のみでおり、ロシア海軍の巡洋艦戦力の再建はしばらく後の話となる。
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エクセル日本海軍 1893年7月~9月 バルカンの火が絶えることはない
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1893年という年は、日露戦争の緊張状態からの解放という状況から、国際情勢にあまり動きはなかった。
しかし、そんな中でも1893年8月ごろ、バルカン諸国間で何度目かの紛争が勃発した。
ただ、案の定、日露戦争が終結したばかりでもあった為に列強各国の反応は鈍く、日本政府もこれに関しては深くは言及していない。
当時の海軍大臣が「かの国の将官たちは鉛玉を食べるのが好きなようだ」と失言をして、バルカン諸国と英仏独政府の顰蹙を買ったという事件があっても、戦争終結直後の平和ムードの中では、外交に大きな悪影響を与えることはなかった。
画像はしばらく無しでございます。