エクセル日本海軍 1890年7月 迪化級戦艦の誕生
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1890年1月から7月の財政状況は、以上のように記録されている。
先の稿では触れなかったが、1890年6月の装甲巡洋艦常盤の建造工事は進んでいない。これは、未だに不可解なことが含まれている出来事である。
1890年6月の、常盤の建造の遅延に関する、ヴィッカース社からの報告、日本海軍の装甲巡洋艦常盤の建造遅延に関する記録、いずれも存在しなければならないものなのだが、全て残っていない。
しかし、現に常盤の建造期間は延長されているため、原因は不明だが、表に出て来ない何らかの措置が取られた可能性が高い。先に述べたように、「声の箱」は自らに関する記録を付けなかった、または廃棄した。
公文書を破棄することは、本来は歴史学的に、組織の強化の為に唾棄すべきことなのだが、このことを鑑みるに、1890年の設立当初から、「声の箱」は徹底的な秘密主義集団だったと推測できる。
以上のように、常盤の建造は遅延したことは事実であり、財政記録から、ヴィッカース社からの払い戻しが行われたことは明白であり、それにより、1890年5月から6月にかけて、日本海軍の資金は2,780から3,702と、922増加している。
1890年7月に、装甲巡洋艦3隻の工事に遅延が発生することはなく、工事は予定通りに行われ、そして、赤字も予定通りに発生した。
1890年7月に、日本海軍は460の赤字を計上し、資金は3,702から3,242に減少した。
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常盤級装甲巡洋艦を3隻建造する日本海軍を横目に、日本海軍を仮想敵としていた清国海軍北洋艦隊は、イギリスに迪化級戦艦を2隻発注し、戦艦群の増強に勤しんでいた。
しかし、日本海軍は、迪化級戦艦の諸元について、ある程度の目星をつけていた。
イギリス海軍の建造した、ロイヤル・オーク級戦艦である。
迪化級戦艦は、イギリスで建造された戦艦であり、工事の規模がロイヤル・オーク級と同等だったため、迪化級戦艦はロイヤル・オーク級をベットにした改良艦、または姉妹艦であると睨んでいた。
その予測が戦争で役に立つ可能性は高くなかったが、結果的に、その予測は外れていなかった。
迪化級戦艦は、ベルト装甲を1.5インチ厚くし、最高速力を1ノット増加させた、ロイヤル・オーク級の改良艦だった。この情報により、日本海軍の次期戦艦は、速力16から17ノット、副砲6インチ砲を8門以上搭載する艦にすることが決定された。
【艦艇紹介】
戦艦龍威