仮面ライダー THE ANIMA ~陰の実力者になりたくて……~ 作:ロードすらいむ
初めて殺人現場というものを目撃した。
白衣を着た学者風の男の人が、全身装備の黒づくめに首を絞められて、殺された。
警察を呼ぼうにも、なぜか圏外で繋がらない。
「な、なんでこんなことになってるのよ……!」
涙目になりながら、西野茜は午前二時過ぎの緑地公園を駆けていた。
テスト勉強の息抜きに、コンビニへ買い物に行こうなんて考えなければよかった。まさか目の前で人が殺される上、今度は自分が標的にされるなんて冗談じゃない。
茜は力いっぱい走るが、極度の緊張からくるストレスに目眩を覚え、遊歩道から少し外れた雑木林で足を止めてしまった。その場で片膝を着き、樹木に寄りかかる。
「誰か、助けてよ……っ」
そう独り呟きながら、茜はポケットに入った携帯のことを思い出す。もしかすると、ここなら電波が届くかもしれない。
自身の鼓動の速さに焦りながら、震える指で携帯のロック画面を解除する。
「やった! 電波届いてる」
これでようやく助けが呼べる。
茜は電話マークのアイコンをタップし、順に「1」「1」「0」を入力する。しかし、その直後携帯の電源が落ちてしまった。
……おかしい。何度電源ボタンを押しても反応しない。こんなときにまさかの故障? ありえなさ過ぎるでしょ。
ガシャン。
茜の背後で、何かの音がした。振り返ると、そこには赤い眼が二つ。
「ヒッ───」
声にならない声を上げ、茜は大きく後退る。そこに居たのは、紛れもない殺人犯《ホッパー》だった。
「見つけたぞ、西野茜」
「わ、私の名前、なんで……」
「ネームドキャラの名前は覚えているつもりだ」
「ネームド……?」
「こちらの話だ。それよりもお前、死んでもらおうか」
グググ……、と拳を握る音が聞こえる。こいつ、本気で私を撲殺する気だ。
「陰の実力者───いや、我々ショッカーの姿を見た者は死ななければならない。お前に恨みはないが、これも定めだ。悪く思うなよ」
奴の拳が、一瞬にして眼前にまで伸びる。
茜は寸でのところでそれを回避した。拳は背の樹木に激突し、樹木はいとも容易くへし折れてしまった。
「今のを避けるか。運のいい女だ」
「こ、殺さないで」
「命乞いなら、もっとマシな台詞を用意してこい」
今度こそ確実に殺される。パンチ一つで木を伐採してしまうような腕力に、為す術などない。
───お願い、誰か。
「助けて……」
茜はキュッと目を瞑った。
「ッ!?」
しかし、いつまで経っても体に風穴が開くことはなかった。
茜は恐る恐る瞼を上げる。目の前にあるものは男の拳ではなく、大きな背中だった。
ホッパーの拳は、茜を護るようにして立ちはだかる何者かによって抑えつけられていた。だが、驚くべきはその " 何者か " の容姿にあった。
ホッパーの前に立つ何者かもまた、ホッパーと同じ全身装備に身を包んでいたのである。
ホッパーが二人。茜の目には、そう映って見えた。
「お前……何者だ?」
ホッパーは抑揚のない声で、何者かに尋ねる。その問いには答えないまま、何者かはホッパーの手首を掴み、そのまま投げ飛ばしてしまった。
数十メートル宙を舞った後、ホッパーは自重落下により地面へ叩き付けられる。が、直様立ち上がり戦闘の構えに入った。
ホッパーと対峙する形で、何者かも構える。
双方の大きな複眼が、ガシャンと音を立てて点灯した。
「その特殊強化服、超触覚アンテナ、タイフーン……お前も〈ホッパー〉か」
「僕はホッパーじゃない。本郷猛だ」
『本郷猛』───その名を聞き、茜とホッパーは同時に驚いた。茜は困惑したような顔で目の前の背中を見つめ、ホッパーは妙に嬉しそうな表情を浮かべる。
「なるほど、例の裏切り者か。一文字隼人はどうした? 死んだか?」
「あいつは……死んでなんかいない。不死身なんだ」
「なら、お前を殺した後に試してやる。本当に不死身だったかどうかをな!」
地を蹴り、ホッパーは本郷との間合いを一気に詰めた。そしてそのまま飛び蹴りを繰り出す。
本郷は冷静にそれを回避し、その流れのままがら空きとなったホッパーの背中を蹴り飛ばした。
またもホッパーは吹き飛ばされ地に伏した。
「動きが大きくて無駄が多い。お前、まだまともに闘ったことないんじゃないか」
「そんなはずはない! なぜなら俺は、毎晩毎晩暴走族やチンピラ相手に戦闘の訓練を───」
言いかけたところで、ホッパーは急に黙ってしまう。まるで電池が切れたロボットのように、ピタリと静止した。
「……? い、一体どうしたのかしら」
「西野さん。今のうちに早く逃げるんだ。後は僕に任せて、早く!」
「本郷……、さん。あなたは一体」
「早く逃げるんだ!」
これ以上何か言えるわけもなく、茜は雑木林から離脱した。