【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
由井の突き指は、練習を続けて多少悪化させた事によって全治2週間となっていた。
指を使うキャッチングなどは出来ないが、走り込みなどは出来るので他の怪我よりはまだマシだっただろうか……?
轟監督は、最近の由井がオーバーワーク気味だった事を知っているので、ある意味休憩させる良い機会かもなと内心思っていた。
彼が知っていて注意しなかったのは、指摘した事で隠れて練習されたら洒落にならないからである。
絶対に止めるべきと言えるほどの練習量では無かった為、少しでも怪我をしたら即座に止める体制を作っていたのだ。
確かに、もし由井にオーバーワークを注意して隠れて練習されていたら、今回は発覚しなかっただろう。
だから仕方ないといえば仕方ないのだが、轟監督はもう少し上手くやれなかったのだろうか……?
そんな感じで、組んでいたキャッチャーが居なくなってしまった北瀬。
1か月後に地方大会があるし、薬師野球部のエースとして練習しない訳にはいかないなと、伊川に頼んでキャッチングをして貰っていた。
___バシッッ!!
「久しぶりに全力ストレートを何回も投げたな……でもやっぱり、早く治ると良いんだけど……」
「そうだな。由井は毎回張り切ってボール取ってたのに、可哀想だし」
___バシッッ!!
「俺キャッチング飽きてきたんだけど、久しぶりに一緒にバッティング練習しないか……?」
「えー、もうちょい投げたいなぁ……」
北瀬と伊川がグダグダと話しながらピッチング練習をしている所に、奥村が現れてこう発言した。
「伊川さんはキャッチングに飽きたんですよね、なら俺にキャッチングをさせてください」
伊川は奥村の言葉に、嫌な物を見たような顔をしながらこう宣言する。
「チッ、奥村か……俺がキャッチングするから要らねぇよ」
伊川の攻撃的な言葉をスルーして、北瀬を見つめている奥村。
彼にとって、今の伊川はちょっと邪魔をしてくる先輩でしかなかった。
バッティングは参考にしたいけど、俺がキャッチングをしたい事とはあんまり関係ないよな。という反応である。
ちなみに遠くから奥村をハラハラと見守っていた瀬戸は、光舟って伊川さんにもめちゃくちゃ嫌われてたのかよ?! とめちゃくちゃ焦っていた。
薬師高校3強の内、2人に嫌われているのはかなり不味い。何とかしてくれよと慌てていた。
「いや伊川、お前の練習を犠牲にする必要はねぇよ
……由井の怪我が治るまで、よろしく頼む」
北瀬は彼らの言葉を聞いて少しだけ悩んだが、真田先輩の言葉もあり、結局奥村の手を借りる事にした様だ。
キャッチングが好きではない伊川に、無理に2週間も取ってもらう訳にはいかないと考えたのである。
伊川の本職はキャッチャーじゃないので、練習時間が無駄になるしな。北瀬は割と理性的に、そうやって考えていた。
北瀬の言葉にも特に表情を変えたりしないまま、クールな声で奥村はこう宣言した。
「よろしくお願いします……でも、真田先輩が投げる時は真田先輩を優先しますから」
「ああ……真田先輩と、けっこう上手くやってるんだな!」
エースに対して失礼な言葉だが、北瀬からすればけっこう嬉しかったらしい。
やっぱり奥村は、真田先輩の事を意外と尊敬してたりするのか……? と内心考えていた。
___バジ、ガッ
「すみません」
「……惜しい」
___バジ、ガシャン!
「すみません……」
「…まあ、そんな事も、ある……?」
初日だからか、まだストレートすら取れない奥村。
考えていたよりも明らかに重い北瀬の剛速球に、彼は四苦八苦していた。
北瀬は由井への対応とは違い、奥村が失敗した時にしっかりとした慰めの言葉を掛ける事は無かった。
まあそれでも、キャッチング出来ない1年生捕手相手だと思えば温厚な対応ではあるが。
「ハァ、ハァ……」
「……少し休憩するか」
「要りません。まだまだ行けます」
北瀬は奥村の事を考えた提案をしたが、彼はバッサリと拒否。
このチャンスを逃してなるものかと、自分の疲れを全く気にせずにそう告げた。
北瀬はそんな彼の言葉で、由井の怪我を思い出して奥村にこう頼んだ。
「いや……ちょっと手を見せてみろ」
「……? 良いですけど、何も無いですよ」
奥村が言う通り、手が真っ赤になってはいるが怪我をしている様には見えない。
北瀬は野球の怪我には詳しくないが、ヤンキー校に在籍していた事により、見れば怪我しているかどうか位は何となく分かるのである。
「良かった、怪我してないな……
でも、手が真っ赤だな。痛くないのか?」
由井の事があって怪我に少し敏感になっていたから、つい手を確認してしまったけど、別に怪我なんてしてなかったな。
いや……別にコイツの事は割と嫌いだけど、由井と同じくスポーツを真剣にやっている奥村まで怪我したら、やっぱり可哀想だからな。
北瀬はそうやって、奥村を少し心配していた。彼はやはり、根は悪くないのである。
「北瀬さんのボールは普通より重いので、普段より赤くはなってますけど、キャッチャーなら当然の事ですよ」
「そうなんだ……だったらやっぱり、無理やり伊川にキャッチャーをやらせたのは良くなかったなぁ」
痛そうに見えるのに、キャッチャーとして普通の事だと断言する奥村。
彼の言葉を聞いて、思わず北瀬はこう話していた。
「無理やりやらせたんですか?」
「ああ、中学生……いや、小学生位の頃に俺が野球を始めたんだけど、キャッチャーをちゃんとやってくれる人がいなかったから、伊川に頼み込んで野球をやって貰ってたんだよ」
伊川さんは、そんな理由でキャッチャーやってたのかよ……だからリードがいつまで経っても上達しなかったのか。
少年野球の頃に稀にいた、親にやらされている奴と似たような感じだったかもしれないんだな。
それであの打力とか、ふざけんなよ! ……いや、キャッチャーがやりたくないだけだろう。
野球自体に興味がないとか、そんな筈はない。
奥村は一瞬、伊川の真相に気付きかけたが、常識的に考えてしまい結局気付けなかった。
まあ彼が気付いた所で、メリットがあったかと言われると分からないが。
「だから伊川先輩は、熱意が足りないんですね」
「そうだな……結局今も、伊川が野球を楽しんでくれてるかは良く分からないんだ」
楽しんでくれているのか分からないという北瀬の弱音を聞いて、何を言っているんだ……? と内心困惑した奥村。
彼は高校野球に対して、楽しみながら練習をしたいとか、そういった甘っちょろい発想は全く脳裏に無かったのだ。
だから、彼は北瀬の思想に沿わない思想を断言した。
「薬師野球部は、甲子園優勝校です。皆が憧れる、日本一のチームです
だから、楽しむとか仲良くとか、そういった姿勢は良くないと思います」
「そうか……? 部活動は、楽しいのが1番だと思うけど」
先輩達とやる野球が楽しいから、北瀬は部活動を真剣に行っている。そんな彼からすれば、奥村の発言は意味不明だった。
楽しんで仲良くやる為に、俺達は勝とうとするんだろ? それが要らないとかどういう事なんだよ、なんて思っていた。
高卒メジャー予定の選手とは思えない、脳内お花畑みたいな思考回路のプレイヤーである。
「高校野球の結果というのは、将来に繋がる重要な段階です
北瀬先輩はメジャー行きが既に確定しているらしいですが、真田先輩は、この夏の結果で決まりますから」
「確かに真田先輩は、プロになりたいって言ってたな……うーん、奥村の言いたい事は分からなくもないけどさ。でもやっぱり、楽しんで勝つのが1番良くないか?」
俺だってメジャーに行けるんだから、真田先輩がプロになれるのは当然だと考えている北瀬。
だが一応、ドラフトとかいう制度をぼんやりと知っている彼は、真田先輩が1位を貰う為には甲子園優勝しなきゃいけないのかなと考え始めていた。
パワプロのシステムと混合し過ぎである。
「だからと言って、レギュラーが仲良しこよしでやる訳には行きません。俺は、現時点で由井や正捕手の秋葉先輩を打ち負かして、薬師高校の正捕手になるつもりですから」
「……そっか。あんま応援は出来ないけど、可能性の覚悟はしておくよ」
奥村の言葉を聞いて、確かに由井と奥村の実力はあまり変わらないから、可能性は無くもないな……と思った北瀬。
考えたくはないが、今まで一緒に頑張ってきた由井ではなく、奥村とバッテリーになる可能性を心の中でも認めてしまった。
「話は終わりましたか? じゃあ練習を再開しましょう」
「ああ、分かった」
自分の真面目な宣言を聞いて微妙そうな顔をしている先輩を無視して、そろそろ話を終えようと話した奥村。なんか言い方が悪い。
北瀬からの好感度を+−で見れば前より少し上がったとはいえ、隙があれば積極的に下げていく言動はどうにかならないのだろうか……?
彼の発言を聞いて面白い奴だなと思ってくれる人も割といるが、北瀬はそういうタイプではないので。
しばらくぼんやりと奥村のキャッチングを見ていたが、つまらなくなってバッティング練習に戻った伊川。
何もしていない所をチラチラと見られている事に耐えられなかったのも大きい。
(なんであんなクソ野郎と、北瀬が練習しなきゃいけないんだ……やっぱり、俺がキャッチングしに戻るか? 流石にそれは無理だよなぁ……)
そんな事を考えながら、適当に野球部の施設内トボトボ歩いていたら、太平がバッティング練習をしている所に遭遇した。
(あっ、太平けっこう頑張ってるな。これは1軍昇格も近いんじゃないか……?)
全ステータスがG〜Eしかない太平に対して、内心くっそ依怙贔屓な評価を下した伊川。
彼は、めちゃくちゃプライベートのイメージでチームメイトの能力評価を下している。
「あっ、伊川先輩! こんにちは!
……今もし時間が空いているなら、一緒に練習して貰えませんか?」
「おっけー! 一緒に素振りするか?」
「はいっ!!」
伊川がこちらを見ている事に気付き、練習の誘いをした太平。
許可が貰えた事で、尊敬する選手と一緒に練習が出来て嬉しそうである。
___ブォン!! ブォン!!
凄まじい音をたてながら、バットをスイングする伊川。
彼は持ち前のミート力ばかり取り上げられているが、パワーもBとかなり優秀なのだ。
具体的に言うと、今の真田先輩と同じ位である。
「やっぱり、伊川先輩のスイングって凄い!」
「そうか……? ありがとな?」
太平から称賛を受けるも、彼は周りの化け物じみたパワーに慣れすぎてしまっているので微妙な反応を返した。
伊川の反応を伺いながら、太平は楽しそうな表情で伊川にアドバイスをお願いした。
「俺、伊川先輩みたいに打てるようになりたくて……! 何か打席で考えている事があったら、ぜひ教えてください!!」
「うーんそうだな……打席で考えているとかいう訳じゃないけど。俺、後半で負けてると打力が上がるんだよな
やっぱり相手ピッチャーも疲れてるし、俺の集中力も上がってくるからかなぁ……?」
その言葉を聞いて、少しだけ驚いた太平。
伊川先輩は殆ど10割打っているから、いつの調子が良いかなんて分からないのである。
「えっ、そうなんですか……?
……もし良ければ、伊川さんの言う打席で集中している所を再現して見てくれませんか?!」
「まあ良いけど……上手く出来るかなぁ?」
完全に打席にいる感じを再現こそ出来なかったが、伊川からの好感度の高さもあって、太平はメッタ打ちの下位互換である固め打ちを覚えた。
太平は他の天才達みたいな才能は無いが、伊川からの好感度が高かったのがパワプロ能力的に良い作用をしたのである。
まあ既に、彼にもエラー&送球△が付いてしまっているが……
彼の総練習量からしたら、ミートとパワーがEになっている事が奇跡みたいな物なので、コラテラルダメージと言った所だろう。
コミュ力の高さが運命を分けかねない薬師高校の中で、太平は非常に上手く立ち回っていた。
理事長の判断によって1人だけ選抜入試で入ったというズルっぽい事実を物ともしない、素晴らしい協調性と言えるだろう。
……もしかしたら、3年生になる頃にはベンチ入りも有り得るかもしれない程の急成長を遂げている太平だった。