【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
「ただいまより、3回戦。市大三校対薬師高校の試合を始めます。市大三校、ノックを始めてください。ノックは、7分間です」
『はいッ!!』
相手チームのベンチから、大きな大きな歓声が聞こえる。超アウェーじゃんか!
でも前の試合見てた感じ、俺達より弱そうなんだよなぁ。本当に強豪なのか? もしかして、秘密兵器を5人位隠してたりするのかな……流石に無いか。そもそも、強豪だと周りに観察されてそうだから隠せなさそう。
北瀬も伊川も、この大歓声の中余裕をぶっこいていた。
本能的に、市大三校を格下扱いしているのだ。2人に限れば間違いではない、間違いではないが、元弱小校の逆襲の割に肝が座り過ぎている。一応、自分達が格下だと言う事を思い出したほうが良いのではないだろうか?
まあ、過度に緊張するよりはマシではあるが……
『まなかァー!』
『真中さーん!』
「うへぇ、凄い歓声」
「嫌になるよなぁ」
「何言ってんだ、ここで目立つから格好いいんだろうが!」
北瀬と伊川が適当に愚痴っていると、三島が目立てば格好いい理論を、強く主張し始める。
俺達が勝っても喜ぶ奴とか格好いいと思う奴とか、観客席に殆ど居ないんじゃねぇの。というツッコミを伊川がしようとしたら、雷蔵監督が話し始めたので黙った。
「おうしっ、試合前におさらいしておくぞ。今日の対戦相手は、選抜ベスト8の市大三校。要注意投手はエース真中、まァお前らなら普通に打てるだろ。要注意な打者は、4番の大前と、3番の平川。
知ってると思うが、今日の打順は、前回の試合と大幅に変わる。
1番 レフト・秋葉
2番 セカンド・伊川
3番 サード・轟
4番 ライト・北瀬
5番 ファースト・三島
6番 ピッチャー・真田
7番 キャッチャー・渡辺
8番 ショート・小林
9番 センター・大田
後、もう1度確認しておくぞ。前の試合見てた感じ普通に行けそうだから、先発ピッチャーは真田でいく。お前なら大丈夫だと思うが、大崩れした時の為に打者は頑張って打ってくれ。」
『はい!!』
「時間余ったな、他に試合前に言う事。うーん……よし。ここは実質エースの北瀬、何かやる気の出る一言出せ!」
「えっと……エースの真田先輩は5回までしか投げられないんで、5回でコールドさせましょう!」
『ブッ……はははははっ!!』
強豪校相手にもかかわらず、弱小校相手みたいにコールドさせようと提案してきた北瀬に部員一同度肝を抜かれ、思わず爆笑してしまった。
だが雷蔵監督は思う存分笑い終わった頃に、彼らなら出来るかもしれないとちょっと思いながら茶化した。
「ブっフフフ、良いじゃん! 珍しくビッグマウスしたなぁ、北瀬さんよ!」
「えっ。だって監督、真中さんとかいうエースの球、俺達なら絶対打てますよ! バカスカ打って勝てるでしょ」
「甲子園で投げた人なんすよね……すっげぇー球投げんだろうなァ……カハハハハ!」
ベンチでバナナを食べていた雷市が急に立ち上がり、相手エースを打つ事を宣言する。この流れで言うって事は、めった打ちにしてやる宣言だろうか? 脊髄反射で動いてそうな人間だから、この言葉に意味が有るのかは分からないが。
「おっいいね、雷市もやる気満々じゃん。じゃー俺は5点以内に抑えるから、お前らで15点打ってくれ。そしたらコールド出来るから」
「よしっ、やる事は決まったな。守備のミスは気にすんな! とにかく馬鹿みたいに打って打って打ちまくれ! 相手のピッチャーをぶっ壊すぞ!!」
『おー!!』
「お前ら。市大の打線、よぉく見とけよ? 楊しかいなかった明川打線とは違うからな?」
正捕手の御幸は、周りにいる1年に、特に知識の薄い降谷と沢村に注意する。
「市大ってそんなに強いのか?」
「強いに決まってるじゃん! 選抜出場校だよ、春の都大会で戦ったでしょ」
沢村に質問されて、余りにも知識が無さ過ぎると呆れながら春市が答えた。
呆れても仕方ないでしょ、青道に進学する時に普通知るよね。甲子園を争う三強相手じゃん。沢村くんは何も調べないでうちの学校に来たの?
「俺、グラウンドに残ってたから見てねぇし……で、この薬師ってチームは?」
「ここまで1度もバントが無い、超攻撃型のチームだ。去年の春から監督が代わり、力を付けてきた。3本のホームランを出した三島と秋葉の打力は全く侮れないし、エースの真田を今まで温存してきている。だが、やはり総合力では市大だろう」
「クリス先輩! ちなみに、薬師の3番ってアレなんて読むんスか? 車3つだから……三輪車?」
「トドロキじゃないかな?」
沢村の馬鹿な会話を聞いていたクリスは、薬師の打順が大幅に変わっている事に気付く。普通は注目してない弱小校のオーダーなんて覚えていないだろうが、流石名門の記録員、戦わないであろうチームまで覚えていた。
「待てよ……轟、北瀬……クリーンナップが入れ替わってる!」
「クリス先輩、選手名簿に乗ってますよ。打順1番から5番まで、全員1年っすね。こいつら」
「あれ、監督も同じ名前っすね」
市大での試合で、前試合で活躍した三島ではない1年を抜擢か……妙だな。
クリス等と一部が、この段階では違和感を感じつつ、誰も薬師の異常性に全く気付いていなかった。
「あの真田ってピッチャー、良い球投げてますね」
「でも、轟のエラーでノーアウト2塁か……」
「何やってんだあのサード!」
「ド素人かぁ?!」
「ア゛ァーまた雷市かぁー!」
「知ってた! 仕方ねぇ!」
(あれがクリーンナップの轟雷市……ヤケクソか、それとも戦略か……)
打順3番が監督と同じ名字だった事で、頭脳派のクリスすら思い出登板を疑っていた。
当然違う。轟雷市は、全国有数の打者である。
これが4番に座れない程、薬師の打者の層は厚いのだ。まあ3番と4番は、実は目立ちたいかどうかで決めた適当な番号だが……クリーンナップの層が厚いことに代わりは無い。
「ツーアウトなのに……今度はセカンドの伊川のフィルダースチョイスで、この回市大2点目!」
「あー何だよこの糞守備は!!」
「野球舐めてんのか!」
「真田先輩……まじサーセン!」
「仕方ない! 17点取ってくれりゃ良いさ!」
打撃は神がかっている薬師高校だが、守備は本当に酷かった。この前轟監督が想定として考えておいた、エラー→ヒット→エラーで失点というパターンを初回から踏んでいる。
こんなに酷い展開でも、1番の真田がカッとならずにどうにか踏ん張った事で、この回市大は2得点で終わった。
「裏の薬師の攻撃は、1年の秋葉からか」
___カン!
「おっ、クリーンヒットで出塁か。上手いなぁ!」
「1番でこれなら、守備が上手けりゃ勝負になったんだろうけどなー」
観客は1年の打撃にしては良いじゃん位の感覚で、ジャイアントキリングは全く期待していなかった。
「伊川ぁ! ホームラン狙ってもいいぞ!」
「いや、俺はいい感じのツーベースヒットが見てぇな!」
「おぅし、じゃーホームラン狙ってくわー」
「何だ……? 薬師のベンチが、急に活気付いたな」
「守備の時は諦めムードだったのに……薬師のやつら守備嫌いなんすかね」
だが、2番・伊川の打撃で、流れが全て変わってしまう。
___カキーン!!
打った瞬間ホームランだと分かる打球に、弱小校の打者の実力に、会場中が静まり返った。
「うぇーい!」
「……うえーい!!」
小走りで、だが堂々と、伊川がグラウンドを旋回する。ベンチに返ったらハイタッチ。和気あいあいと、普段通り楽しそうにしている薬師高校。
対して市大三高の空気は固まっていた。
「……なっ」
「嘘だろ?」
「真中のスライダーをあんな軽々と……あれが1年生のスイングか……?」
確かにNo1左腕の成宮と比べたら、うちのエースの実力は1枚落ちるかもしれない。だが弱小の、それも1年に打たれる程、うちの真中は弱くないのだ。
それなのに、いとも簡単にホームランにされた。ショックを受けているエースの背中を見て、この試合は楽に決まらないぞと覚悟し始めた。
だが、その程度の想定では甘いのだ。
「カハハ……」
___カキーン!!
「カハ……カハハハ……すげぇ、ボールが手元でぎゅんて回った!!」
「真中のスライダーが、2打席でホームラン……?」
薬師高校には、それ以上に実力のある打者が2人いる。中核の轟と北瀬は、打撃だけならプロでも即通用する実力なのだ。真中程度では、力不足。それを悟り、真中の心は完全に折れた。
だが、今の市大三高には真中以下の控えピッチャーしかいない。それでも市大三高が勝つなら……打者陣が20点は取らないといけない。
「……おなしゃーす」
観客のボルテージが高まる中、普段通りあんまり覇気が感じられない挨拶で入ってきた、4番北瀬。
初球は下に大きく外れて、ボール。2球目は失投でど真ん中に飛んで行き……
___カッキーン!!
「うっしゃっ、残り13点!」
「何だこの薬師の打線……?! ありえねぇ……」
「真中……」
……
「まさか、こんな展開になるとは……3回表で5対8、薬師のリード。ここで下位打線を凌いでも、伊川、轟、北瀬が止まらない……!」
「次はこれが相手ですか。いやぁキツい試合になりそうっすねー」
「何ビビってるんすか! あいつらなんか俺がけちょんけちょんにしてみせますよ!」
「栄純くん、ネコ目になってるよ」
「あいつら、聞いてた話と別チームっすよ! ……いや、守備が駄目なのは合ってたけど、主軸とか投手とかが別物じゃないっすか!」
「落ちつけ、ここまで大きな隠し玉があるとは思っても見なかったが……俺達のやる事は、打つ事だけだ。こんな時、天久がいれば……」
観戦している青道メンバーが次の対戦相手の話で盛り上がり、市大三高ベンチが深刻そうに話し合っている中。
市大三高と試合をしている新たな強豪、薬師野球部は何をしていたかと言うと、わいわいガヤガヤと味方を煽りながら盛り上がっていた。
「大田ー! ヒット一本も打ってないの、もうお前だけだぞー! 俺と代わるかぁ?」
薬師では下位打線だが、中堅校のクリーンナップより強い3年の大田が、煽りに対抗する形で打ち返す。
次の打順は、1番秋葉。北瀬、轟、伊川、三島、真田と優秀なプレイヤーが多すぎて霞んでいるが、彼も十分優秀な打者の1人だ。
___ガキン!
「うっせぇ! よし見たか、俺の力!」
「よし。打つぞ……!」
___カーン!
「うわあのレフトまた打った!」
「これでツーアウトだけど、クリーンナップの伊川に回った……!」
「ランナー1・3塁で今の所、打率10割の伊川に回るのかよぉ……」
投手は2人ノックアウトされ、市大三高3人目の投手が出てきたがもうフラフラだ。可哀想だから変えてやって欲しいが、もう変えられる選手が居ないので、頑張ってもらうしか無い。
「うわっ、フォアボール出したぞ!」
フォアボールを出さなくても伊川相手では打たれていたと思われる。だが、このミスによって、満塁で轟に打席が回った。
「カハハハハ……!!」
観客は、薬師のジャイアントキリングが確定したと見た。
強者が弱者を一掃する試合と、無名校が大躍進する試合、どちらも1回で見られるなんて最高だ!
轟がバッターボックスに入った瞬間、大歓声が上がる。
___カッキーン!!
『わああぁぁ!!』
「来た来た来たァ! 満塁ホームランだ!」
「轟止まらねぇ!!」
___カコーン!!
『わああぁぁ!!』
「またホームランが出たぞ!」
「轟も北瀬も止まらねー!」
「この試合、薬師のコールド勝ちかぁ?!」
……
4回表で降板した真田は、ベンチメンバー達と一緒に大声で応援していた。ちゃんとした応援ではなく、野次に近い物言いだったが、無いよりはまし……? だろう。
「秋葉ァ! 相手ピヨってるぞー! 今が打ち頃だぞー!」
「伊川ぁ! 打撃でエラー3の責任を取れーッ!」
……俺達を知らなかった観客達が、大きな大きな歓声を上げて雷市を見ている。そうだ、そうだろう! 見たかッ! 俺達の主砲達は凄いんだ!!
もっと驚け、もっと騒げ! 俺達の主砲は凄いんだ!!
「おいおいおい! 7回表終了で8対12、裏の攻撃によっちゃマジでコールドしかねないんじゃないか?!」
「やばい嘘だろ、ワンアウト満塁で轟に回ったぞ! 市大三高って強豪じゃなかったのか?!」
「それだけ薬師が強ぇんだろ!!」
「薬師高校はワシが見つけた……!」
『雷市ィー、行けーっ! ヤれー!!』
ノックアウトされてレフトに戻ったけど、控えピッチャーを全員雷市達に殺られたから戻ってきた市大のエースさんっ。そんな顔したら、うちの雷市を止められねぇぜ!
「ボール、フォア!」
「うわぁ、押し出し追加点かよ!」
「強豪の見る影もねぇ!」
あれ、雷市を敬遠するんだ。それとも唯のミスかな? ……でも良いのか? 雷市と同じく、最強格の北瀬がツーベースを打っただけで、あっさり俺達の勝ちが決まるぜ。
俺達の主砲がしくじってもまだ1アウトだし、そもそも明らかにメンタルヤられてる真中如きに、あの北瀬が討ち取られる訳がねぇ。
こりゃ勝ったな。まさか、あの市大三校相手にコールド勝ちするとはなぁ。俺は5点差で抑えられなかったのによ、やっぱ俺達の主軸は最強だぜ!
『後2点! 後2点!』
___ガキーン!!
『わあぁぁぁ!!』
勝った! 俺達が!! あの市大三高にコールド勝ち!!
流石は北瀬に轟に伊川っ、後ついでに三島と秋葉。この脅威の1年生軍団が入れば、絶対甲子園に行ける! 彼らがいるから、俺達は強いんだ!!
後は、北瀬が投げない時に俺が打たれなければ勝てる。今回、4回で5点も取られちゃったけどな。悪い事したなぁ、5回を5点で抑えるって言ったのに。でもあの失点はエラー絡み、あの失点もエラー絡み。あれ、つまり俺の自責点は、0……?
うん、まあ。後はもうちょい守備を頑張ってくれたら嬉しいけどな。流石に高望みってもんだろ。
本来、薬師高校と市大三高にここまで点差が付く程の実力差は無かった。けれど薬師高校の波に乗った時の爆発力。市大三高が3点差を付けられて追い込まれ始めた時、打者陣が萎縮してしまった事。何よりエース真中の心が折れた事が、実力以上の大差を付けさせたのだ。