【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
本編が投稿されたと思った方、申し訳ありません。まだ時間がかかりそうです
北瀬と伊川が、平行世界の彼らと入れ替わった頃。
同じく平行世界の彼らも、肉体が入れ替わってしまい非常に困惑していた。
「お前誰だよ?!」
「北瀬どこだ?!」
「俺は北瀬だ!」
「俺の名前は伊川始!」
『嘘だろ顔が違う!!』
お互いの声に驚き、鏡を見る為に慌てて洗面所に行くと、北瀬の立ち位置には染めたような金髪に、黒い目をした割と普通の男が写っていた。
伊川の立ち位置には、真面目そうなキッチリとした髪型、垂れ眉に黒い目をした、優しそうな顔のイケメンが写っていた。
普段は鈍い彼らだったが、なんか2人の身体は知らない物になっていると直ぐに分かった。
まぁ鏡を見たのだから、誰でも判るかもしれないが。
思考停止状態になった彼らは、日々の習慣が無意識の内に出たのか、とりあえずバットを振って落ち着こうと野球道具を手に取った。
___ブォン! ブォン!
室内の空いている場所で暫く振り続けた後、伊川がこんな事を言い出す。
「それにしても、不思議な事が起こったな……とりあえず、顔を写メっとくか」
「分かった! ……ん? 携帯を充電してる所に、こんな板があったんだけど……?」
「PINを入力してくださいか……パスワードを入れろって事かな。とりあえず、自分の誕生日でも入れてみるか?」
誕生日を入れたらあっさり通ってしまったので、とりあえず中身を見てみる彼ら。
ゲームが好きな北瀬は、真っ先にポケモンGOを見つけた。
「……なんだコレ、ポケモンのマークがあるな。押してみるか!」
「あ、俺のにも入ってるな……コレ、周辺の地図か
___うお、スゲェ! ポケモンを押したらゲットチャンスみたいだぞ!!
……いやいや、そんな事やってる場合じゃねーや。明日から高校生じゃん、とりあえず何とかしないと……!」
そうやって伊川は誘惑を振り切って、中学生の頃使っていたバックを手に取った。
「あれ? 中学生の頃使ってたバックが、玄関に出しっぱなしになってるな。絶対仕舞った筈なのに……」
「伊川ー。中学生の頃の学生証見たんだけど、俺らの写真まで今の顔になってるぞ?」
「……やっぱり顔が勝手に整形されたんじゃなくて、知らない誰かになったのかもな」
見たことが無いゲーム機の様な板を触っていた彼らは、アニメの様な世界に来てしまったのかもしれないとあっさり受け入れた。
現実に、こんな薄くて凄い板が無かったからである。
「でも俺らの名前は同じだぜ? ほら学生証」
「……知らん! たまたま同姓同名だっただけだろ!」
「まぁ身体の入れ替わりに比べたら、たまたま同じ名前の人が異世界にいたって方が普通だよな……」
状況確認をしていた北瀬と伊川は、ある重大な事に気付いた。野球が大好きな彼らにとって、死活問題な話である。
「ヤバい! パソコンで薬師高校って調べたんだけど、野球部全然活動してないみたいだぞ?!」
「マジかよ?! ……そりゃ並行世界だもんな。実業団所属だった監督とか、就任してなくてもおかしくないか
寧ろ、並行世界の俺達がちゃんと高校に入学してくれてた方がラッキーかもしれないな……」
「俺達バカだもんなー! 野球推薦も無しで、よく普通の学校に入れたよなって感じだし」
野球に熱心だった北瀬と伊川は、ヤンキー学校の中学生らしく非常にバカだった。
崩壊学級ではマトモに勉強出来ないし、そもそもちゃんとやろうという発想が湧かなかった。
偏差値50弱の薬師高校に入学出来たのが、奇跡だと言っても良い位である。
「そういや伊川ー。この板に表示されてる情報からすると、まだ3月らしいんだけど……」
「へー、日付もズレてるんだ。じゃーキャッチボールしに行こうぜ!」
「そうだな! 何が起きようと、俺達は野球をする事しか出来ないしな!」
実に脳筋的な発想で、彼らは普段通り野球の練習を始めてしまう。
今の時刻は22時で暗く、野球をしていて良い時間では無いと思うのだが……まあ多少転んだ位では、鉄人の彼らは怪我しないので良いのかもしれない。
入学して2週間が経ち、新入生が入部する時期になった。
北瀬と伊川が入部するのは、当然野球部に決まっている。今年の入部者は9人と、豊作らしい。
これで来年も再来年も入部者が居なくても、野球部は存続できるなぁと、自分達が弱小校だとばっちり自覚している上級生達は安心していた。
……
「三谷優治、ポジションはファースト。大会では、2勝を目指して頑張りたいです!」
___パチパチ
「頑張れよー!」
「20年前位には、薬師野球部もしたらしいからなー」
そこそこ歓迎されている三谷。
丁度いい目標を立てた彼を、上級生達は良く思ったらしい。
次に自己紹介するのは北瀬。
彼は本気で、自分の目標について語った。
「北瀬涼です! ポジションはピッチャー! ……と、ついでにライト。絶対、甲子園に行きたいです!!」
『…………』
北瀬の発言で、野球部は静まり返った。
コイツ、マジで言っているのか? 俺達は所詮、1回戦負けの弱小校なんだけど。
バカを見る目をしながら引き攣っている上級生達を見ながらも、伊川は気にせずに自己紹介を続けた。
「伊川始です、ポジションはキャッチャー
___北瀬を甲子園に出場させる事が、俺の夢です」
「……えぇ?」
無理だと思って、思わず口に出てしまったキャプテン。
やべぇと慌てて口を塞いだ後、曖昧な顔をして肯定した。人数が少ない弱小校なので、なるべく入部希望者を逃したくないのである。
「まあ、うん。夢は大きい方が良いよな!」
「そうですね
___北瀬は、夢を叶えられる位、強いですよ」
伊川の強い口調に気圧された上級生。
そこまで言うならと、彼はこう話してしまった。
「そこまで言うなら、今ピッチングを見せてくれよ
……急に甲子園とか言われても、俺達ピンと来ないからさ。良いですよね監督」
「まぁ、良いんじゃないか? どうせ、自己紹介は全員終わったし」
所詮、教師のついでに野球部の監督をしているだけである彼は、まあ良いかと許可を出してしまった。
___バシッッ!
北瀬が投げた瞬間、爆音が鳴り響く。
北瀬は1年生の現時点で、球速160kmの化け物だ。
……真剣に野球をやって来た訳ではない彼らも、完全に気圧されていた。
「マジ? 何だコレ……?」
「150km出てんじゃねー?」
「コイツをエース運用出来るなら
___甲子園だって、行けるかもな!」
確かに弱小校の俺達でも、コイツがいれば甲子園に行けそうかもと感じた彼ら。
この世界の西東京地区は平行世界と比べると弱い為、ピッチャー1人が無双すれば勝てそうな環境なのである。
1回戦勝ちを狙っている程度でしかない野球部が、唐突に甲子園を狙う事になってしまって大層困惑していた。
……この才能を活かさずに直ぐ負けるのは、エンジョイ勢の彼らですら大罪な気がしたのだ。
___バシッッ!
「北瀬ー! もうちょいキレを意識したらどうだ?」
「分かった!」
___バシッッ!
「そんな感じだ!」
「オッケー分かった!」
毎日居残りをして練習をしている、北瀬-伊川バッテリー。
彼らを見ながら、薬師野球部のメンツは微妙そうな顔をしていた。
「アイツら、毎日頑張ってるよな……俺達も、なんかするべきかな……」
「そう言ったって、何をすれば良いんだよ? どうせ邪魔になるだけだろ……」
「だよなー、あんな天才と一緒に練習なんか出来ねぇよ」
コソコソとした動きをして、北瀬達を置いて帰っていく野球部員達。
部員達も……監督ですら、どうやって手伝えば良いのか分からなかったのだ。
彼ら天才達の鬼気迫る様なピッチングを見ていると、凡人な上に努力して来なかった俺達には何も出来ないと感じてしまったのである。
もしこの野球部に轟監督が居れば、野球部を上手く操縦して練習させる事が出来たのだろうが……ただの教師には無理だった。
そして___北瀬も伊川も、野球部員達に期待などしていなかった。
今までの経験上、やる気のない人達が練習をしてくれる訳が無いと感じていたのだ。
試合にちゃんと来て、突っ立っていてくれれば良い。
俺達2人で守って打てば、絶対に勝てる! 簡単な話だ。
そうやって彼らが考えている事が、透けて見えていた。
だから野球部員達は、北瀬と伊川の練習に加わる事が出来なかったのである。
『青銅高校のエース丹波、試合に出場出来ないまま引退!
練習試合の怪我で登板出来なかった彼は、新たな強豪校である薬師野球部の2人に打たれ続けるピッチャーを……』
『薬師高校のエース北瀬、ベスト4確実と思われた市大高校相手に完封勝利! 後少しで完全試合だったが、1回ゴロを出しただけでエラーが出てしまった
エースの北瀬は「仕方がないミスでした、むしろ試合にちゃんと来てくれるだけ有り難いです」と発言して……』
『決勝戦……稲城実業エース平野! 薬師野球部に完敗!
___1番の北瀬と2番の伊川に打ち込まれ、打線は160kmに全く手が出なかった
薬師野球部の実質主砲である伊川は「エースの実力で掴んだ勝利、北瀬が最強です」と熱心に語り……』
こうして薬師野球部は、2人以外殆ど練習しないまま甲子園に出場する事になってしまった。
観客達の熱気が渦巻く舞台に、特に何も練習しないまま来てしまい、部員達は完全にビビっている。
「マジかよ……マジで来ちゃったよ……」
「大丈夫です! 全部俺と北瀬で何とかします! 先輩達は、ボールが来たら避けても良いんで立っててください」
「……だよな、分かったよ」
甲子園も北瀬が全て投げ続けて4戦目、ベスト8まで来て巨摩大藤巻との対戦になった。
相手は高校最強と言われていた、3年生エース本郷。
今まで練習して来た努力の全てを掛けて、北海道初の甲子園優勝を狙っている。
___バシッ!
「ストライク、バッターアウト! チェンジ!」
『9回裏、エース本郷が2番北瀬を抑え、スリーアウトチェンジ! これで試合は、タイブレークに突入します!』
『両チーム無得点のまま、10回に入ってしまいましたね……甲子園ベスト8まで来て、無失点でタイブレークに入るのは高校野球史上始めてではないでしょうか?!』
そして、薬師高校にとって最大の悲劇が起こった。
___ガギ!
「あっ……」
『おっと?! ぼてぼての当たりでショートがエラーを出してしまった! 投手北瀬が慌てて打球を追いかける!
だが2塁ランナーはホームへ突っ込む! ……セーフ! これは完全にセーフ!!』
『今まで薬師野球部は、地方大会でも1・2番からの得点しかないですからね
……ここからの逆転勝ちは、非常に厳しいですよ?』
そして……最後のバッターにも拘らず完全に腰が引けている5番が、明らかに振り遅れながらバットを振った。
『試合終了ー!! ___大エース北瀬! 自責点0のまま、甲子園の舞台を去る!!』
『結局、チームの総合力が試合を決めましたね
北瀬くんも伊川くんも、中学生の頃試合に出られず推薦が来なかったそうです。彼らを見つけられなかった事は、高校野球界において大きな損失であり……』
明らかに北瀬贔屓な解説がテレビで流れながら、彼ら薬師野球部の長い夏は終わった。
最後にエラーをしてしまった3年生は、顔を青ざめさせながら必死に謝っている。
「俺、こんな……北瀬、伊川。ごめん……!」
そんな先輩の声を聞いて、伊川は仏頂面のままこう答えた。
「仕方ないですよ、ゴロを取る練習してないですし
___あれは、打たれた俺達バッテリーの負けですから」
「俺達、甲子園に出るっていう目標は叶えましたから……試合に付き合ってくれて、ありがとうございました」
優しくもあり残酷でもある、別に先輩達は戦力換算していなかったと言う北瀬達の言葉を聞きながら、薬師野球部3年生達の部活は終わった。
あまり練習もしないまま大舞台に立てたのは、良かったのか悪かったのか……?
それは分からないが、とにかく彼らの夏は終わった。
この夏をどれだけ悔やんでも、もう2度とこの場所には帰って来れない。
部活よりも就職活動の方が大切だった、最上級生達の野球は終わったのだ。