【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
野球には、9つのポジションが存在する。
一塁手、二塁手、遊撃手、三塁手の4つの内野手と外野を守る3つの外野手。
そして、打者と向かい合い試合の流れの全てを左右する投手と、その投球をキャッチする捕手。
……花形である投手に対して、捕手はあまり人気がない。
球種とコースの要求を正しく行う為に、相手チームの打者一人一人の傾向と動きを予習、復習する地味な練習が必要だからだ。
それに、盗塁を狙う走者を刺し、ホームを守り、時には逸れた球のブロックやボールインプレー中の内野への指示出しもしなければならない。
試合中には目の前でバットを鍛え込んだスイングで振り回されるし、それが頭部直撃するリスクもある。
100を超える球を受け続けなくてはいけないし、1人だけ全身に防具を身に着けながら姿勢を固定するため、身体への負担も凄まじい。
その上内野にゴロを打たれれば、その状態で全力疾走して捕りにいかなければいけないなんて酷い話だ。
勿論他のポジションが楽なんて事はない。だがそれでも、捕手が過酷な重労働であることに変わりはない。
……だからこそ、捕手であることに拘りを持つ者は、同時に投手をより輝かせる事に強い誇りを持っているのだ。
しかし反面で、リードの良し悪しが評価されることはあまりにも少ない。
その理由は単純に、基本どんな配球をしようともそれで打たれたか否かの成果のみで評価されがちだからだ。
更に言うなら、どんなに投手がそのパフォーマンスを評価されるときでも捕手にスポットが当たることはほとんどなく、その優れた投手のバーターで選ばれる事も多い。
……1人、ほぼ全ての要素が恐ろしい程完璧なのにそれだけがあまりにも露骨に悪すぎて捕手としての評価を限りなく下げた人を思いつくが、まあそれは例外だ。
分かりやすく優れた捕手と評価される時は、変化球の暴投を後逸せずキャッチしたり強肩から放たれる盗塁刺しといった視覚的に分かりやすい要素、精々それぐらいだろう。
結論、捕手として大成するのは酷く難しい。
だがそんな捕手で、否、如何なるポジションにおいても決して揺らがない絶対的な指標にして付加価値が存在する
___それはバッティング。
これが出来るか否かで、試合に出せる選手として採用されるかラインに大きな差が産まれる……あまりにも恐ろしい程に。
リードが上手いが試合では殆ど打てない捕手と、リードが多少拙いが平然とフェンス上に放り込む者。
試合に採用されるのは、間違いなく後者。
勿論余りにも露骨に投手の足を引っ張ったり頻繁に後逸したりするようであれば話は別だが、点を取ることのできる選手であるという要素は1点の取り合いが勝敗を決める戦いである野球においては絶対的正義。
毎試合本塁打を当然の様に打てるのならば最高だ。
プロスカウトの指名は間違いない、最もそんなことができる者はそれこそ後のレジェンドクラスだろうが……
優れた打撃技術を身につける事は、プロ入りを目指すならば最重要事項。
であるならば入部するなら関東大会に進出した打の青道か、総合力を重視して甲子園常連校の稲城実業か……
そう考えていた時、超新星薬師の話題が入って来た。
「なあ光舟、今年センバツベスト8行った市大が無名校に負けたって聞いたか?しかもコールドで」
「……知ってる。1年生が次々本塁打打ち込んで、最後は満塁で倒したんだろ」
圧倒的、かつ凄烈な本塁打祭りで優勝候補たる市大がコールドで西東京のトーナメントから消えた時は、新聞を飾ったのもあり話題になったものだ。
当然この破壊力は、決してマグレではないと分かっている。
……だがいくら打撃が強いとは言っても、流石にあそこまで守備難なチームは嫌だと思っていた。
確かにエースの真田さんは、強豪校と十分戦えるスペックだ。それにああいった強気な選手は、リードしてみたいと思わせて来る。
だが、それを加味しても安定を欠きすぎているのだ。
その上リリーフは2人スタメン兼任……続く青道や稲城実業などの強豪達を相手に、息切れを起こすのは目に見えていた。
4回戦、5回戦……着実に駒を進め、薬師は西東京大会のチーム及び個人の最多失策記録を恐ろしい勢いで更新しながら、西東京優勝候補とまで言われるようになった。
しかしここまでエースはコールドとはいえ消耗続き、続く青道には負けるだろう。
そう誰もが思っていた時の事だった。
あり得ない事が、前代未聞の、西東京の……日本の野球史を間違いなく変えた大事件が起こった、起こってしまった。
今大会で圧倒的強打者の1人として名を馳せた北瀬涼。
エースの消耗を少しでも節約するための野手のリリーフ起用、そう思われた彼が日本人の最速記録を更新したのだ。たかが高校の地区大会で。
その影響力は凄まじく、市大三高撃破の時よりも遥かに話題となった。
まさか日本人最速の投手が全く実績のない無名から現れた……その衝撃はウチのシニアチームだけではない
恐らく関東所か全国にその名を轟かせていた事だろう。
続く稲城実業ではエースに打球が命中するというアクシデントがあったものの、異常な乱打戦らしき物を制して甲子園出場を決めていた。
センバツベスト8市大三高、春季を制し関東大会に進出した青道高校、甲子園常連校の稲実実業。
それら全てを薙ぎ倒した万年1回戦負けの弱小校が、1年生から不動の4番と言われるであろう日本史上最速投手と、9割超えの人智を超えた最強首位打者と、最強スラッガーを引っ提げて甲子園に殴り込んだ。
そして観客達が願っていた通り、初出場の準決勝敗退でありながらそのたった1回の出場で結果を出した。
チーム及び個人1試合及び大会最多本塁打、チーム及び個人1試合及び大会最多安打、個人最高打率、ついでにチーム及び個人最多失策記録を塗り替えたのだ。
万年一回戦負けの弱小校に突如現れた最速投手に首位打者に、親子での甲子園出場。
……その圧倒的な個性と物語性は話題を呼び、最早その扱いは甲子園優勝を掴み取った大阪桐生よりも遥かに大きな物になっていた。
日本最速記録更新という野球史を揺るがす偉業を成し遂げた北瀬という投手の扱いが、ニュースでやや控えめだったのは少し気になったが。
優秀な捕手である奥村も、北瀬涼の捕手を務める伊川始のあの圧倒的な体幹の強さと正確な打撃には確かに非常に驚かされていた。
……だが、素人が適当に決めたほうがよほどマシと思える余りの配球のパターンさと全く理解できない拙いリードに、酷すぎて腹が立った事を入学して1年近く経った今でも覚えている。
だが裏を返せば、北瀬涼の相方を務められる人間がいるのなら間違いなくコンバートされると言う事だ。
夏甲子園行きを決めた主力メンバー5人は全員が1年、来年の甲子園行きも非常に可能性が高い。しかも2年生も7人で合計部員がたったの12人。
つまり、秋からは1年生の確定枠は13人分となる。
ベンチは穴だらけで、シニアでの実績と捕手として実力を見せれば1年目からのベンチ入りはほぼ確実。
更に言うなら伊川のあのリードが改善されなければ、あの最強投手の相方を務めることができる。
勿論それも魅力的だったが、1年からプロ入り確定のクリーンナップのみならずベンチの一人に至るまであの圧倒的な打力……あのチームなら甲子園優勝だって……!!
「なあ、奥村……お前何処の高校に行くんだ?」
「俺は……薬師高校に行く」
「だよな!俺もそうしようと思ってた!」
行かない選択肢は、無かった。
「カハハハ……!5連続、場外ホームラン……!!」
「よし、薬師最強パワーヒッターは雷市に決定!肉まん追加で1個進呈な!」
「やっぱ飛距離の安定じゃ雷市が上だな」
「ぐぬぬぬ、俺が3位か……空振りが痛かった……!」
「んー、やっぱ場外には微妙に足りない時あるんだよな」
「伊川は打球コースは誰より完璧なのにな
でも3打席目からは大分ノッてただろ?俺なんか場外1本だけの通常ホームランが2本だぜ。しかもツーベースのあたり1つと空振り1……やっぱし強振って俺にあんまし合わねぇんだよな」
「いや秋葉!それキャプテンの俺より多いから!!」
「ふおおぉ、やっぱり皆すごいのぉー!!ワシの写真コレクションが増える増える!!」
だがそこでは、画面越しで見るより遥かに恐ろしい怪物達が列を成していた。
「おい……あれって試し打ちでこの前俺等が打たせてもらったのと同じやつだよな?二輪式の……先輩方何やってるんだ?てかあれってウチの理事長じゃ……」
「あー……なんかピッチングマシーンでホームラン打つだけだと物足りない人が、ホームランダービーで肉まん賭けて戦ってたんだと。変化球付きで」
「2年生の5人もだけど、真田キャプテンも結構な数打ってんだよな。2番手投手なのに……やっぱセンバツ優勝校のキャプテンは伊達じゃねえわ」
「スイングスピードも精確性も全然ちげえよ……どんだけ振り込めばああ成れるんだよ……」
薬師の主力メンバーのバットスイングは試合を画面越しで沢山見て来たが、平然とフェンスを超える所を見るまでもなくたった一振りで、自分とはモノが違うと思わされた。
そしてそれは、自分だけでは無い。
野球人生の全てをかけてもあの輪には入れない、そんな風に思って3軍で燻る事を自ら選んだ者は、今思えば何人もいたのだろう。
最もそんな考えは奥村からすれば、端的に言って甘ったれにも程があった。
この部活の最上級生はベンチの一人に至るまで全員が野球の名門でクリーンナップ、あるいは主砲の座を張れるレベルの強打者達だ。
無論守備は論外だったが、それを補うだけの力は確かにある。
もしこの力をここで身につけることができれば、北瀬さん達が引退しても自分の代で甲子園だって目指せる、プロ指名も大きく近付く。
元からそのつもりで、俺はこの学校を選んだのだから。
勿論特化型の守備難である以上自主練習、勉強の時間もプラスしなくてはならないが、全国チームの一軍チケット代、そう考えれば何一つとして苦では無かった。
それでも……
「パワプロ、もう長打は安定してるなー」
「キャプテンほどじゃないっすよ!くーっ!やっぱフェンス超えの特大ホームラン俺も打てるようになりてー!!
投打でキャプテンや北瀬さんみたいになれたらマジ最高なんですけどね!」
「由井も、お前大分伸びてきてんな!来年には場外余裕で狙えるかも?」
「ありがとうございます!北瀬さんをもっと援護できるよう、精進していきます!!」
「……てか火神が1番やべー、もう安定して場外行けるようになってんじゃん」
「アザッす!甲子園でも全打席のホームランを打てるように頑張る……ます!」
「結城も打率は安定はしないけど、火神と並んで去年の北瀬や轟並?……ついでにエラーもあの時のアイツら並だし」
「というか北瀬と伊川は爆速で改善したのに、逆に何故他の奴らは悪化したんだろ……意味が分かんねぇ……」
暫くした頃、奥村は周囲の圧倒的成長に置いて行かれ始めていた。
親友の瀬戸も、かなり安定して長打を打ち込めるようになってきている。
勿論奥村だって打撃技術が成長してない訳ではない。
この学校に来てから、シニアの頃よりも飛距離も打球速度も強まっているという自覚はあった。
だが、元々圧倒的に自分よりも強い打者が更に遥かに自分を超える速度で強くなっていた事、パワードが自分を追い抜きかけている事も焦る要因の1つだったが……それはまだ良かった。
自分と同じ捕手の神童由井薫が、小柄ながら他の名門と呼ばれるチームならで不動の4番と呼ばれるであろうアーチストとして覚醒しつつあった事には、クールな彼も流石に焦りを隠せなかった様だ。
彼は、北瀬涼の専属捕手だった。
だから他のピッチャーは奥村に任されていたが……昔エースだと確信していた、バッテリーを組んでいる真田先輩はもうすぐ卒業してしまう。
その時、打撃能力が大幅に劣る自分が、キャッチャーとして選んで貰えるかどうか……正直自信が無かった。