【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
皆様のお陰で、恐らく日間ランキング3位に乗りました! 人生で見ると思っていなかった順位なので感動しています!
「打球がエース成宮くんの足に直撃! これは痛い! ……次の回、ピッチャーは代えてきますかね?」
「遠目から見てですが、成宮くんの左足が変な方向に曲がっていた気がします。これは代えてくるでしょうね……」
相手ピッチャーにピッチャー返しが直撃する一部始終を見てしまい、緊張と困惑で硬直した秋葉、雷市、北瀬、伊川に対して監督は強い口調で声を掛け落ち着かせる。
「そんな事もある! 投手直撃なんて、野球してたら起こり得る事故だ! 満塁は惜しかったが、切り替えて行け!!」
強豪相手の試合も慣れて来ていたこともあり、伊川以外はその一言で上手く気持ちを切り替えたが、当ててしまった本人はそう上手くいかない。
(違う、アレは運が悪かった訳じゃない。ピッチャー真正面に打とうとしてしまったんだ。思い描いた軌道のまま、飛ばしてしまったんだよ!)
ピッチャーに向かって飛ばす打球をイメージする事……それ自体は打者にとって普通の事だ。
だが、ゲーム能力を引き継いだ伊川がしてはいけなかった。
細かく打ち分けられる、ゲーム主人公としても高いミートAと本人のセンスを合わせると、直撃させれば思い通りの方向へ飛ばす事が出来ていた。
毎回ホームランを打っている訳でもない、伊川の打率が毎回守備に阻まれなかったのは、考えたままに守備の合間を打つ、素晴らしい打撃センスが大きかった。
本人はその事実に気付いていなかった。そして、ピッチャーに打とうと考えてしまった。それがこの事故を引き起こした。
本人だけが直感していた……これはマグレの事故じゃない、起こそうとして起きた、事件だと。
……
7回表が終わり、5点差で負けている薬師高校の攻撃。地区内屈指の強打者、三島が打席に立つ。
(相手が怪我で離脱とか後味ワリーな……でも手を抜かんぞ! 全力でブッ倒すだけだ!!)
___ガキーン!!
「またホームランが出たぞ!」
「やっぱ薬師パねぇっ」
『ミッシーマ! ミッシーマ!』
「ミッシーマって呼ぶな!!」
稲城実業の2番手ピッチャーも必死に投げたが、それでも西東京最強のサウスポー、成宮鳴より大幅に劣る。
薬師高校の中ではそこそこの打力とはいえ、強打の三島を相手に出来る実力は持っていなかった。
___カキン!
___カキーン!!
___カッキーン!!
一瞬で成宮の作った貯金を吐き出した稲城実業ピッチャーは、この後も連打を浴びこの回6失点。打者一巡を許してしまい、心がポッキリと折れていた。
……
9回表、稲城実業の攻撃。4点差を付けられている稲城実業は、この回だけは積極的にバットを振ってきた。
彼らはキャッチャー伊川の配球を読む事で、ツーアウト3塁まで進む事が出来たが……
___スパンッ!!
「ストライク! バッターアウト!! ゲームセット!!」
悲鳴と歓声が、この試合の勝者である薬師高校に降り注ぐ。何万人もの人が詰めかけた決勝。
勝者の薬師高校メンバーは嬉し涙を流す。
あれだけ必死に練習してきて、それが本当に報われたんだ! 俺達はこんな大声援の中試合が出来た。それで、勝って甲子園に行くんだ!!
俺、この学校に来て良かった。野球部に入って良かった! 練習を続けてきて、良かった!!
薬師高校よりずっと、苦しい練習に耐えてきた名門、稲城実業のメンバーは負けた悔しさと苦しさと自己嫌悪で泣き崩れていた。
(俺のせいで負けたんだ……俺達リリーフが2回で12点も打たれたから、こいつらを負けさせてしまったんだ。成宮になんて謝れば……)
(薬師の打撃が並外れている事は分かっていたんだ……もっと俺が、投手を支えられていたら……)
(あの時、あの守備でアウトが取れていたら、あいつらを調子付かせる事は無かったんじゃないか……?)
そんな事はつゆ知らず、薬師高校はボルテージをMAXまで上げながら叫び続ける。
彼らの叫び声は、甲子園初出場校の微笑ましい出来事として、好意的に受け取られていた。
「勝ったぞぉー!!」
「甲子園! 甲子園!!」
「監督胴上げしよーぜ!」
「それは後でやるって説明されてただろ!」
『そうなんだ……』
「おい忘れてた奴何人いやがった?!」
「クゥ〜ッ! 俺も甲子園に出てぇ!!」
ちなみに勝った場合は、ベンチから人が出てきて勝利投手に抱きついたりするのが慣例だ。ベンチメンバーはベンチで暫く、騒ぎに騒いだ後に思い出し……たが、何もしなかった。
流石に11点は取られすぎじゃねぇか? アレがエースで良いのか?
いやでも、最初にバントだけで3点も取られた時はどうなるやらって思ったけど、最終的には他の試合と大差ない点数で収まったな……ならヨシ! 褒めたりはしねぇけど!!
あいつら打ちまくったけど、自分のやらかした分を取り返した位しかしてねーな。全くうちの主砲達は、手間がかかって仕方ねぇーや。
勝った試合、それも決勝とは思えない惨状を、薬師メンバーは広い心で許した。
普通ここまで炎上されると心の片隅にしこりが残ると思う。だが彼らにとっての真剣な野球というのは、薬師高校で経験した物なのだ。
監督と3人組のお陰で勝てるバッティングだけの元弱小校だし、まあピッチャーはこの程度の炎上してもおかしくないよなぁ。
そう無理やり納得してしまい、彼らはこの惨状に深い疑問を抱かなかった。
「優勝バンザーイ!」
「俺達の打撃は最強!」
「カハハハ、バンザ〜イ!」
結局ベンチメンバーはグラウンドに出てきた後、挨拶を促されるまでスタメンと混じってバンザイコールをし続けた。
バラバラな方向を向いて全力で手を上げている薬師高校の奇妙な写真が、新聞に後日大きく乗ってしまう。
普通の羞恥心を持っている部員は半泣きになった……三島は喜んで何部も買っていたが。
「試合終了! 15対11で、薬師高校の勝ち!!」
『ありがとうございました!!』
試合後、優勝した薬師メンバーは控室で記者達に囲まれていた。
「一時は5点差も付けられてしまいましたが、勇猛果敢な打撃で西東京地区初優勝を果たした薬師高校の轟監督! 優勝した感想をよろしくお願いします」
轟監督は優勝した喜びからか赤い顔で、但し文句を言うような口調で口を開いた。
「おう。実質エース扱いの北瀬がバント処理得意じゃねーのは分かっていたが、まさかここまで徹底されるとは思ってなかったぜ……勝てたのは運が大きいわ。」
「まあ監督! 別に良いじゃないっすか、結局11点しか取られなかったんですし」
監督の愚痴を聞き、2番手ピッチャーの真田が窘める。
……いや、北瀬達の守備が甲子園までに治らなかったら彼がエースかもしれない。
そもそも真田の背番号は1でエース番号だが、実質的なエースは北瀬として扱ってきていた。けど、それも今日までかも。
まあ真田をエースにした所で野手陣に大穴が空いている事に代わりはないが。
自分が甲子園でエースになれるかもという可能性を気にせず、真田は北瀬達を擁護した。でも、11点しか取られてないという表現は全く正しくない。どう見ても投壊している。
「11点しか、ですか……もしかして、轟監督は攻撃力を重視したチームを作り上げたかったという事ですか?」
記者は、このヤベェチームの秘訣は、チームを作り上げた監督の方針にあるのかもしれないと思って聞いた。
この惨状を自分のせいにされかけた雷蔵は、眉間に青筋を立てながら吠えた。
見ているだけで胃が痛くなるこの惨状を、俺のせいにされたらたまらない! それは違う、ふざけんなと思い、咄嗟に記者相手についタメ口を使ってしまった。
彼の思いとは裏腹に守備が悲惨な事を分かっていて、指導を攻撃に偏らせた轟監督にも1分の責任はありそうだが。
後に監督は、だってこいつら守備の才能無かったんだもん! 才能を伸ばしてやりたかったんだもん! という大人げない言い分を言い放つ。
小さな記事に少し載っただけだったがネット上で拡散されて、才能を伸ばそうとする神監督か、何よりも大切な勝利の可能性を溝に捨てるダメ監督か積極的に議論される事になる。
「ちっげぇーよ! 俺の考えてたチームは、4対8位で勝つチームなの! 打撃を重視してるのはそうだけど、何もここまでしろとは言ってねー!! ……ですよ」
それを聞いた、ちょっと意地悪な記者はそりゃそうかと納得して、今度は北瀬に話を振った。
「なるほど……じゃあエースの北瀬くんにとって、この試合はどうでしたか?」
「あー、まあ負けたら終わりのトーナメントなんで、勝てて良かったです」
北瀬はまだ全く取材慣れしてなかったので、短文の、それも市大三高戦後と殆ど同じ回答でお茶を濁した。
駄目だこりゃ……こいつに聞いても全く面白い事言ってくれねぇ。
長年の勘から一瞬でそう理解した記者は、今度は伊川に振ってみた。
「なるほど……じゃあ今大会、アウトが1回だけの伊川君はこの試合をどう思いますか?」
「そうですねぇ……勝って甲子園に進めた事に驚いています」
伊川も話す言葉は短文だったが、北瀬よりは面白みのある回答だったので記者は深く掘り下げようとした。
「なるほど! 伊川くんにとっては、予想外の勝利だったという事ですね! あれだけの打撃を誇る薬師高校で勝利を掴むのが厳しいと思った原因は、やはり……」
「はい、守備能力の低さですね。俺、北瀬、轟は試合勘が浅いので、どうしても飛んでいく打球が予測出来ないというか」
記者達も部員も、そこじゃねぇよ! と思った。
いや、まあ確かにそこも酷いけど……それ以上に球種4つもあるのに9割読まれてる配球とか、セーフティ連続でされるとか、マズい所は色々あるだろうが!
そこまで考えた瞬間、ふと薬師メンバーは思った。
……そういえば、配球が読まれてるって情報、伊川に言ってあるっけ? と。
監督もそこまで考えた後、青褪めた。
(そういや、当然読まれてるなんて分かるかと思って言ってねぇなァ。それにたった数日でリードの仕方覚えられるとも思ってねぇし……でも組み立てを変える事位は出来た、か?)
ベンチメンバー達も、脳内会議を始める。
(ちょ、ちょっと待てよ。決勝の守備でもダルそうな顔をしてたのは、自分の実力不足を察してとかじゃなかったのかよ! マジで守備が面倒だっただけな訳か? え、マジであいつ、自分のリードのアレさ分かってなかったの??)
(そう言えば、当然誰か指摘してると思ってたけど……誰もして無かったの?? ヤバくねぇか、あの稲実との決勝戦前だったんだぞ?!)
そう……強くなっても、何となく弱小校の気風が漂い続けていた薬師高校には、誰も報告・連絡・相談をしようという考えが無かったのだ!!
……そもそもこの壊滅的な守備の一因は、監督は生徒のやりたいと思われる打撃をやらせてあげたつもりで、部員はそういう方針なんだなと考えて、3人組は野球をよく理解していなかった事にある。
その実情を共有出来るかどうかは、この段階では誰にも分からない。
記者の取材により、衝撃的な……リードを読まれている事を理解していなかった正捕手という情報は共有された。
気付いたメンツは、伊川達にどう説明すれば良いか頭を抱えながら帰路につく事になる。
「結局……俺が投げても真田先輩が投げても、試合結果自体は変わらなかったですよね」
そんな空気を知ってか知らずか、北瀬は的外れな事を話し出す。
北瀬は、せっかく覚悟を決めて俺を出してくれる様にお願いしたのに結局意味が無かった事が少し不満だったのだ。
だいたいさ、俺は成宮と戦いたかったのに次の回で負傷退場しちゃったし。酷い、飛んできたボール位で怪我しないでよ。ちゃんと避けてくれたら良いのに。
それに……ボールが当たった位で普通骨折れるか?
そんな事を思うのは北瀬の怪我しにくさステータスが、A超えて鉄人だからだ。
彼程にもなると、甲子園1回戦から優勝まで投げても一切怪我なんてしない。
ぶっちゃけ彼がいるなら、バントさえ捌けるようになれば、2番手投手なんて要らないのだ。だって全部、北瀬が投げれば良い。
もし監督がそうしていたら、北瀬は慣れる事により守備能力が向上し、決勝戦でバント攻撃を喰らい続けなくて済んだかもしれない……当然、北瀬の化け物じみた耐久力を監督は知らないので、そんな事はさせないが。
「そうだな。成宮が離脱した時点で、もー俺達の勝ち確定って感じだったよな」
「……あれ? じゃあ成宮さんに打球を当てた俺がMVPっスかね?」
真田は北瀬の言う事に、軽い口調で同意した。
だがその内容を聞き、伊川はふと、思った。
成宮さん間違えて狙っちゃって、本当に申し訳無いなと思ってる。だって怪我してたら、日常生活でも不便だもんな。
___でも、でもさ。もしかして……相手エースに打球を飛ばして怪我させれば、うちのチームって簡単に勝てるんじゃないか?
伊川は、気付いてはならなかった事に気付いてしまった。
磔テニヌの様に、ルールを守って相手を負傷させる技を開発出来たと言う事に気付いてしまったのだ。
気付かなければ、試合最中に脳裏によぎり続ける事は無かったのだろうが……
確かに、1アウトは取られちゃうけど、相手エースを退場させられるのは大きいな。
……いやいや、駄目だろ故意に怪我させるなんて。相手は強豪校のエースだぞ? それを仕留めたら相手になんて言われるか。それに怪我させるのは可哀想だし……ルール上はOKだっけ……?
脳内で相手に怪我フラグを立てていた伊川だったが、チームメイトがキレる声を聞き、一旦その思考を中断した。
「……自惚れんな! 10エラー野郎が!」
「公式記録では7回位でーす」
「テメーのミスって事に変わりはねぇだろうが!」
……その場所に立つことを許されるのは、ほんの一握りの勝者のみ。
全てのチームが憧れ、夢見る聖地、甲子園___その舞台に、後にファイアーフォーメーションと語り継がれる17年度・薬師野球部が降り立つ!
語り継がれた理由は凄まじい打撃ではなく、酷すぎる守備が笑えたからなのが残念だが。
印象に全く残らない野球部より、人々の心に刻まれる野球部の方が優れているから良いのだ! 多分。
薬師野球部のメンツは死ぬまでこのネタを擦られる事になるが、就活とかで役に立った部員も多いから多分恐らく問題はない。
……緩やかな時間が流れる、薬師高校野球部。目標にしていた甲子園出場を決め、思い残す事は無いといった表情をしていた。この後、地獄のバント処理特訓が待ち受けているのを彼らは知らない。
元々成宮を怪我させる予定は無かったのですが、このクソ守備野球部に成宮が負けるのが解釈違いだし、守備難3人組にはしばらく調子に乗っていて欲しかったので。
断腸の思いで退場していただきました。