【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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175球目 真価

 

 

 

 

普段通りの練習を続けていた次の日、急に轟監督が今日の予定を変更しだした。

まぁ、いつも通りの展開と言えばそうかもしれない。

 

 

「いやー元チームメイトの同期の能田監督に頼み込まれちゃってなー……

練習試合するぞ!山梨の近葉山高校ってトコとな!」

『はい!』

 

最早こんな事位では動じない薬師部員達。

唐突な練習試合も気にせず、素直に返事をしていた。

 

偶に練習を観に来ている真田母が、相手の大まかなチーム事情について説明し始める。

 

 

「轟監督がおっしゃる通り、相手は私立近葉山高校

山梨にある強豪校で偏差値は50、甲子園出場回数は春2回と夏3回

一般的な甲子園出場校と比べて高水準の打力と野手の硬さが持ち味で、有望な1年が多数在籍

ベンチ5人が1年生と若いチームでもあり、昨年も選抜に出て準々決勝戦まで勝ち抜いています!

ちなみにエースは、3年の蔵と2年牧山の2枚看板スタイルらしいです」

『そうですか……』

 

調べてあるんだなぁ位に思っている生徒達に対して、轟監督と片岡コーチは戦慄していた。

練習試合が決まって3日しか経っていないからである。

 

何でそこまで調べてあるんだよ……と困惑しながら、監督はつい自チームスカウトに対して質問した。

 

 

「えっ、いつの間にそんなの調べたんです??」

「甲子園で戦うかもしれないチームはある程度調べてありますから!……全員のデータがある訳でもありませんが」

「マジすか……スゲェっすね!」

「ふふ、嬉しいです!」

 

ヤベェ能力を持つ人だなと思いながらも、褒めるだけでスルーした轟監督達。

彼らは受け持つ子どもに天才が多過ぎたせいで、そういう物だと納得する癖が付いていた。

 

ちなみに……彼女のえげつない偵察能力にも、一応カラクリらしき物はある。

理事長が湯水の如くお金を使う事を許可している為、何回でも偵察に赴けるのだ。

元々の情報収取能力と膨大な資金力が合わさって、最強のスカウトが生まれつつあった。

 

 

 

 

 

 

先発は綾瀬川だが、相棒の奥村は先日練習の最中ファールチップに当たり、骨は折れず軽い打撲だったものの試合参加は数日禁止になっている。

それなら当然キャッチャーは由井、もしくは後々の事を考えて笠松が妥当だろうという空気が流れていた。

 

 

「今日のキャッチャーは……伊川で行く!」

『はぁ?!』

「えっ、俺ですか??」

 

だが、なんと轟監督は捕手に伊川を起用した。

これには上級生組もどよめくものの、隣にいるコーチも問題なしと言う。

 

奇妙だが、正捕手の由井も何も言わない。

今日は一体何の実験をしているんだろうかと、薬師部員達の困惑の中で試合が開始した。

 

 

 

 

 

 

1回表、相手エースがリリースと緩急で相手に掴ませないピッチングで秋葉は3ボールまで粘ったものの、ゴロに打ち取られる。

伊川はいつものツーベース、北瀬相手の時は場外へのファールで一瞬怯ませたが、残念ながら結果はフライアウト。

轟はライナータイムリーで火神はシングル、しかし三島は三振して1得点で終わった。

 

 

 

 

そして裏、綾瀬川が伊川とバッテリーを登板する。

……やはり、当然の如く問題が発生。

 

伊川は、妙にパターン性がある上で無闇矢鱈にゴロを狙うリードをしてくるのだ。

 

 

まぁ初回ではスペックでのゴリ押しで、なんとかニ者三振のピッチャーゴロに追い込んだ。

問題は2回から。パターンをつかんだ4番に打たれたのを皮切りに2失点。

3回になると、ノーアウトの1・3塁にされてしまった。

 

打たれたとして精々十数失点そこら、そんなものこの試合では全く痛くも痒くもない

お決まりのように先発を下ろしてコールドは確実だろう、しかしとはいえ……流石の綾瀬川もヤバいと思い、監督にタイムをお願いした。

 

 

「あの……伊川先輩、規則性をなるべく無くして三振狙いのリードに変えて頂けませんか?」

「んー、じゃあ綾瀬川の好きに投げるってのはどうだ?

こっちは適当に捕るし」

「…………」

 

綾瀬川は唖然とした。

大凡捕手というポジションを、いや試合そのものを全うする意思を放棄したと取られかねない、常軌を逸した発言であることは言うまでもない。

そして、仮にも甲子園春夏連覇と国際試合優勝の立役者の1人であり、全国最強の投手の相方を一時とはいえ努めた男の発言とは思えなかった。

 

呆気に取られる綾瀬川を他所に、なんか気不味い空気を感じて逃げた伊川がポジションに戻ってしまい、試合再開。

 

 

 

 

正直、伊川先輩が本当に取れるのか綾瀬川には分からなかった。

なにせ今日いきなりやると決まった時点で慌ててサインの確認をした位で、球を受ける練習すらしたことがない。

 

そして球種もコースも、全て投手が決めろという指示。

それは別に構いはしない。

だって、俺が投球の方針を決めた事は何度かある。

 

しかし、どれだけ投手の好きにと言っても普通はこの打者はこの方針でとかある程度の打ち合わせ位はする物だと綾瀬川は知っていた。

残念ながら今回はそれすらない。

綾瀬川のリード力と伊川のキャッチング能力に全てを任せた無茶苦茶な方針。

 

 

その上、問題はそれだけではない。

初めの頃入ったリトルのチー厶で問題になったのは……そもそも彼の球を取るのは一般的な捕手では非常に難しかった事も大きい。

 

どんなにコントロール良く投げたとしても、キャッチャーが受け止められずに後逸したことは何度もあった。

伊川の捕球技術は十分なレベルである事は綾瀬川も既に承知だが、それでもシニアMVPの球を全球実質不意打ちで投げるのは本当に可能なのだろうか?

 

 

 

 

不安と困惑の中で、彼はまず手始めに速球を投げた。

 

 

___バシッ!

___ブォン

 

「ストライク!」

 

伊川急造捕手は、低めの球を難なくキャッチ。

綾瀬川は、とりあえず速球は問題ないことを確認出来た。

 

 

次は変化球。

続く打者を高めの速球を振らせ、スライダーからの決め球シュートを狙う。

 

 

___バシッ!

 

「ストライク、ツー!」

 

 

___バシッ!

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

これもしっかりと三振にする、全てが完璧な捕球だった。

ついでに言うならば、伊川は恐ろしい位にフレーミングも完璧なのだ。

綾瀬川のコントロールによる審判への好印象も要因としてあるが、際どいボールすら完璧にストライクに出来ていた。

 

 

 

 

そして1塁走者が盗塁スタートし、綾瀬川がボールゾーンにストレートを投げて刺そうとする。

 

 

___バシッ、バッ!

 

「アウトォ!!」

 

流れるように伊川が2塁に送球、勿論一切の合図なし。

膝を付いたまま完璧に矢のように放たれた送球は、あっさりと走者刺してアウト、チェンジとなった。

 

 

 

 

周囲が綾瀬川のピッチングと盗塁死に沸き立つ中、当の綾瀬川は、戦慄していた。

 

打ち合わせもサインも無しの自分の球を完璧に捕れたこと、勿論それは凄い事だと思っている。

だがそれよりも……伊川先輩は俺の投げた球を見た瞬間ミットを動かすルートを完璧に決めていて、そこから捕球位置のズレが一切ない事が衝撃的だったのだ。

 

 

コントロールがいい投手でも大抵、ある程度は要求した所からブレる物である。

故に球の動きに合わせてある程度調整する事が普通。

というより、必須技術と言っていい。

 

だというのに、一切の軌道を瞬時に見抜いて最終的な着地点を持っていき、吸い込まれる様にミットに収まる光景。

___余りにも、それは異常が過ぎた。

 

投手側がリードしているという部分に気を取られ、あるいは捕球技術や矢のように放たれる肩に目を取られ、リードさえできれば最強だったのに勿体ないなあと言う者もかなりいた。

 

 

そんな伊川の異常性。

これを真に理解できていたのは、綾瀬川以外であれば既に知っていた雷蔵、片岡、由井、そして……

 

 

「いやこれ……捕球とか技術とかじゃねーッスよ!!」

 

他者のあらゆる技術を、自分の体へと落とし込む事に特化した力を持った黄瀬だった。

 

伊川始は、相手の投げた球を完璧に見切る事が出来る。

重要なのはその1点だけ。

そこに理屈や理論や理由が、あったのだとして意味がない……なぜなら、同じ才能が無ければ模倣する事すら出来ないのだから。

 

 

「なんで伊川っちはめっちゃゴロ狙いすんのかって思ってたっすけど……そりゃ、どうせ打たれるなら飛ばない方が良いっすよねー」

「おい黄瀬、どういう事だ?」

「は?自分で考えたらどうっすか?」

 

 

 

 

同時刻、綾瀬川も黄瀬と同じ事に気付いていた。

彼、綾瀬川次郎も天才だった。

あらゆるスポーツで、体験レベルの段階で熟練者をあっさりと追い越していくスポーツの天才である。

 

圧倒的な体格から繰り出される豪速球のみならず、あらゆる理論技術を自分に落とし込む学習能力と速度。

 

 

そして何よりも……球界の頭脳とも言うべき、一選手らしからぬ視野の広さと視座の高さ、そして圧倒的勝負感。

次の打者への意識のみならず天候や地質、数多の要素を緻密に当たり前のように組み込んでゆくその戦術論と戦略眼、打者の微細な変化に対する心理や柔軟な対応力も兼ね備えている。

 

嘗て代表として戦った監督に施されたそれらが、キャッチャーによる一切のフィルタの無いままに、綾瀬川次郎の全てが他ならぬ本人のリードよって引き出された。

ついでに彼は、悪い意味で他を寄せ付けぬ圧倒的なワンパターンリードによって掻き消されていた伊川の捕手としての、圧倒的フィジカルによるあらゆる能力も、理論上の最高値を引き出している。

 

 

 

 

既に捕手としての努力を放棄した伊川始を、最高レベルの捕手としてリードして扱える投手など綾瀬川次郎の他にいない。

そして、綾瀬川次郎を本当の意味で好きに投げさせることの出来る選手も、少なくともこの高校野球の舞台においては伊川始以外にいなかった。

 

 

轟監督達が気付いていたのかは分からないが、この世界で理論上最強の組合わせが今ここに誕生。

 

あっという間に4回裏を三振2つとピッチャーゴロで処理し、5回でコールド……ではなく。

 

 

「すいません、これ以上はウチの天狗坊主共が……

もう鼻柱どころか鼻がもげちまいます」

 

5回表、薬師の打線が噴火の如く爆発して永遠に終わる気がしなかったので、向こうの監督が頭を下げて降参勝ち。

ちなみに50−2である。

 

相手エースは4回で降板していたので、5回だけで40点取っている。リリーフ陣は涙目になっていた。

 

 

 

 

選手達の殆どは、伊川の成し遂げた偉業に気付かず……というか当本人も把握しないまま無邪気に大量得点を喜んでいたが、轟監督と片岡コーチは微妙そうな顔をしていた。

 

 

「いや……これヤバい、語彙力なくなる」

「彼を、キャッチャーとして育てるのが最善だったのかもしれませんね。本人が嫌がっている以上、難しい選択になりますが」

「取り敢えず、スカウトには申告しておきましょー……」

 

自分達のセカンドとして育てた選択肢に、自信が持てなくなってしまったのだ。

歴代の名選手達を置き去りにする伊川の異次元の才能に、彼らは圧倒されていた。

 

監督達の近くにいた由井も伊川の衝撃的な才能に圧倒されながら、声を振り絞り情報を伝え始める。

 

 

「伊川さんはやっぱり、北瀬さんとバッテリーの相性が悪かったんですね……俺とは捕球も送球も比べ物にならないくらいの精度なのに……」

「はー……いっその事、荒れ球の雷市あたりと組ませたら面白かったかもな

まーあの時期だと二遊間がカッスカスになるから、リリーフ尽きた最後の手段って感じだろうが」

「それにしても、選球眼が良すぎて相手の心理が読めなくなるなんて漫画みたいな話ですね……」

 

一応、捕手伊川を完璧に操縦可能な綾瀬川との組み合わせの脅威を知って警戒する偵察もいた。

 

……だが単純に彼への負担が大きい事や、綾瀬川専用機とするにはもうタイミングを逃している事、なにより二遊間の防御力低下が懸念される。

結果、秋からの事も考えあくまで奥村由井が負傷した際の緊急時のみの起用という事となった。

 

その判定を聞いた2番手キャッチャーの奥村は、内心安堵していたとか。

 

 

 

 




Q.なんで今まで伊川のミット移動タイミングがおかしいって気づかなかったの?おかしくない?
A.相方が北瀬だから
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