【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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178球目 雰囲気

 

 

 

 

インタビューを受けて次の日、北瀬と伊川は普段通りに起きて食堂まで向かった。

 

 

「え、何でみんなして新聞なんて読んでるの?」

「伊川さんの独占インタビューですよ!」

 

北瀬の方をちらりと向きつつも、雑誌に気を取られたまま由井は答えた。

 

なんと伊川と佐藤がインタビューをした次の日には、スポーツ新聞の一面記事に乗っていたのだ。

1日でこの文章量を書き上げた、新聞社の執念が伺える。

 

 

「真田元キャプテンと一緒に野球をやりたいからという発言も驚きましたが……まさかピッチャーをやりたかったとは知りませんでした」

「えっ……??!」

 

北瀬は非常に驚いた。

伊川から、一言たりとも聞いたことが無かったのだ。

 

中学生の頃に「野球やりたい!」と言ったら、「へー……どのポジションがやりたいんだ?」と聞かれ、「ピッチャー!」と答えたら「じゃあ俺はキャッチャーやろうかな」と言われただけなのだ。

 

北瀬は必死に伊川の発言を思い返していた。

 

そういえばキャッチャーやろうかなとは聞いた気がするけど、キャッチャーがやりたいとは聞いていなかった様な……

 

彼は冷や汗をかきはじめていた。

えっ、俺まさか、勝手にキャッチャーを押し付けたのか……?と自分の記憶を疑い始めたのである。

 

 

「伊川……お前、ピッチャーやりたかったのか……?」

「強いて言うならな?北瀬と真田先輩がやってるから、ちょっと気になってるだけ」

 

声が震えている北瀬に、伊川は気付いてないフリをして冷静に答えた。

動揺した声を出せば、彼が前の事を後悔してしまうと分かったからである。

 

それに実際、伊川はピッチャーに強い拘りがないのも事実である。

野球の中ではピッチャーが1番気になるだけで、そもそも野球に強い関心なんて無いのだ。

先輩や友達と遊ぶ為のツール兼、近い未来の仕事内容位の価値しか感じていなかった。

 

 

「……本当か?」

「ホントホント。そうじゃなかったら、俺だってピッチャー志願してたって!」

 

適当な感じで伊川は断言した。

でも北瀬に頼まれたら、どうしてもピッチャーやりたかったとしても諦めただろうなと内心思いながらである。

 

 

「……そっか、悪かった」

「やっぱ信じてないな?

そんな事より、俺は北瀬がアメリカでやっていけるかの方が心配なんだけど……お前、英語全然できないじゃん!」

 

伊川は困った顔をしながら心境を伝えた。

実は、北瀬の英語能力は非常に悪い。偏差値50弱だった薬師でも、毎回ギリギリ赤点を免れる位の実力なのだ。

通訳が付いてくるとはいえ、このまま放りだして大丈夫なのだろうかと彼は本気で心配している。

 

 

「そっちはスカウトのベンソンさんが大丈夫だって言ってたし、ダイジョブでしょ!」

「そう、だよな……」

 

軽い口調で笑う北瀬に、苦笑いを返す伊川。

正直、本当にコミュニケーションに問題が出ないのかどうか疑問視しているのである。

今更言っても仕方ないけど、英検3級位の実力で海を渡るのは中々に無謀じゃないかなと心配していた。

 

 

 

 

 

 

一方、普段はプロの2軍でじっくり身体を鍛えている真田は、部屋を出た瞬間に周りの同僚や先輩達に群がられていた。

普段はクールな御幸まで聞き耳を立てているのが見えて、俺って何かしちゃったっけ?と内心慌てている。

 

 

「えっと先輩方、俺って何かしちゃいました?」

「はぁ?!まだ知らないのか真田ァ!……あの伊川が!!お前を追ってヤクルスワローズ入りを志願だとよ!!!」

「あー……」

 

真田は、ちょっと照れた様に笑いながら頬をかいた。

一昨日ラインで聞いてはいたが、本当に来てくれるのかと喜んでもいるからである。

 

 

「あーって……あの甲子園打率10割がお前の為に日本に残るって言ってるんだぞ?!もっと喜ばんか!!」

「すいません!追いかけてきてくれて嬉しいんですけど、やっぱりメジャー行ったほうが良いんじゃないかって気持ちもあって複雑で……」

 

体育会系の先輩に対して咄嗟に謝りながら、真田は正直な心境を口にした。

思い付きの言葉で、世界最高峰の後輩の進路をねじ曲げてしまった事に罪悪感があったのだ。

確かに本人が選んだ事とはいえ本当にこれで良かったのかと、この2日間隠れて苦悩していたらしい。

 

 

「全く、優柔不断な奴だ」

「俺、伊川は絶対メジャー行くと思ってたんだけど……スタメン枠が1つ減ったな」

「俺らからすりゃ、ナマイキなのに妙に弱腰な普通の後輩なんだがねぇ……何でこんなに慕われてんだか分からん」

「マジで、どうやってあんな奴らを手懐けたんだよ!」

 

体育会系の空気に馴染み切れていない真田に対して、小生意気な奴だと思っている先輩は多かった。

本気で嫌う程に協調性がない訳でもないが、どこか先輩を同級生の様に思っている変な奴だと感じているのだ。

 

そんな空気を読みながら、真田は爽やかに笑っている。

彼は何年もの間、弱小チームのムードメーカーだった事を引き摺っているのだ。

幼少期から軍隊の様な生活をしていた人達の空気に馴染めきれていなかった。

 

それでも周りから嫌われない所が、彼のコミュニケーション能力の高さを示している。

 

 

「いや手懐けたっていうより、俺がアイツらを尊敬してるって感じっすね

すげぇ天才達に囲まれて、普通の人生だった筈が全部変わっちゃいましたし!」

『へー』

 

真田の以外な発言に、そうなのか知らなかったと少しだけ驚いたチームメイト達。

でもよく考えたら、そうでもなきゃ世紀の天才である伊川や北瀬があれだけ真田を持ち上げるのはおかしいかと、どこか納得していた。

 

 

「はぁ……ドラフト1位の奴が言うと普通は嫌味だが、伊川基準で考えるとそうだな。アレ何なんだよ」

「世界1のバッターっすかね!」

「お前、マジで嬉しそうだな……」

「真田が後輩に慕われる理由もまぁ分かったわ」

 

 

 

 

先輩達がいなくなり真田が同期の選手達と朝食を食べている中、仲の良いカルロスが興味深そうに話しかけて来た。

 

 

「後輩がここまで追いかけてきて来るとか、マジで慕われてんなぁ。どんなキャプテンやってたんだよ」

「はは、ありがと。でも正直、あんま上手くやれなかったけどなー。割とすぐ慣れたのは取材だけで……弱気な態度で怒られてたりしたな!」

 

懐かしそうに答えた真田に対して、面白そうな話題だと思ったのかカルロスが深掘りして来た。

 

 

「へぇー、それで監督に怒られたのか。災難だったな。いったい何をやらかしたんだ?」

「いや後輩に怒られたんだよ。エースじゃない俺だと零封できなかったって零したら、そんな事言ってるからアンタは何点も取られるんですよって言われちゃってなー。図星でホント耳が痛かったよ」

「やべぇ後輩だな……鳴以上に生意気な奴とかいるのか」

 

真田はなんでもない事の様に話しているが、カルロスはちょっと引いていた。

控えめに言って上下関係が崩壊しているからである。

 

だが、そんな雰囲気のチームにいたからコイツは妙に緩い空気なんだなと割と納得していた。

 

上級生の礼儀がなっていないが、真田は鳴の様にワザとやっている様に見えないのだ。

指摘されたら素直に謝って直しているので、今まで誰にも指摘されなかったのかよと周りを困惑させていた。

元弱小校出身だとは分かっているが、流石に1回戦負け常連校の空気を知っているプロはいなかったらしい。

 

 

「それより、薬師って基本緩い空気が漂ってるからかな

練習が甘い訳じゃねぇけど、他は軽いノリって感じ」

「へぇ……例えば?」

 

甲子園連覇校の実情が割と気になったカルロスは、おかずを摘みながら話を聞いている。

3位指名の御幸や、育成指名の真木も興味深そうな顔をして聞き耳を立てていた。

 

 

「グラウンドで線香花火とか焼き肉したりもしたし、気軽に先輩に話し掛けて良い空気が出来てるっていうか……

涼は特に、3軍の後輩に群がられて苦労してたな。170km投げて欲しいって後輩めっちゃ多かったんだよ!

本人も楽しそうにしてたから良いけどさ、割と練習の邪魔だったと思う」

 

意外と皆が聞いていたのか、真田は先輩達にまでギョッとした顔で見られていた。

そんな空気に気付き、面白い話は出来ないんですけどねと思いながらも彼は普段通りの顔をして話している。

彼は基本的に、投手に相応しい強心臓をしているのだ。

 

 

「……マジ??色々ツッコミたい所はあるけど……3軍がアイツの邪魔してたのか?」

「もちろん悪意があった訳じゃないんだけどな!

でもアイツ、お願いされたら誰の練習でも付き合ってたからな……正直、基礎練習の時間もサボってる後輩の頼みまで聞く必要ないんじゃねって思ってた。勿論そりゃ、楽しい思い出を作らせてやりたい気持ちも分かるけどさ」

「えー……」

 

上下関係が強い上に実力主義の世界で生きてきたカルロスは、そいつらは正気なのかとドン引きしていた。

彼は基本的に陽気な性格をしているが、流石に許容範囲を超えていたのだ。

 

隣で話を聞いていた御幸は苛立ちながらも、まぁ他チームのチームに口出しは出来ねぇなと諦めた。

 

U-18で組んでみて改めて思ったが、現時点で北瀬は世界最高のピッチャーだろう。

そんな彼が、実力がなく努力もしない格下に煩わされている事に苦痛を感じたのだ。

 

御幸一也は、骨の髄までキャッチャーである。

 

 

「はー、新しいチームってのは緩くなるもんなのかね?

ま、それはいいや。来年同じチームになりそうな、伊川ってどんな奴なんだよ?色んな情報が錯綜してて全然分かんねぇし、教えてくれよ」

 

カルロスの言葉に、周りの選手達は同意している。

なんと、普段真田と関わりのない1軍の選手達まで気にしている様だ。

とんでもない実力を持った人物の動向を知っておきたいというのは、人間の本能なのだろう。

 

 

「うーん、始は……初見だと明るい性格に見えてるけど、案外内気で真面目な奴かな?

たまに常識を間違えてる所もあったけど、基本的に先輩は立てて後輩の練習も見てやる奴だったよ

それと、貧乏くじを引きがちだったな。後輩が少なかった頃は率先して勝手に部内の片付けとかをして、皆には黙ってる様な奴だった」

『へぇ……』

 

高卒メジャー級のスーパースターの、意外な性格を聞いて少し驚いている先輩達。

あの異次元の成績で調子に乗ってないのかと、不思議そうな顔をしている人もいた。

 

 

「そういや雑誌でピッチャーやりたいって言ってたもんな。それも貧乏くじ引かされてたのかねぇ?」

「え、アイツ投手やりたかったのか?!聞いてねぇ!!」

 

今更知った衝撃の事実に、素っ頓狂な声を出した真田。

彼はまだ雑誌を読んでいないので、衝撃的な発言をまだ知らなかった。

 

 

「……あーなるほど。中学の頃、涼に好きなだけ投げさせる為に捕手選んだんだろうな

どんな球でも打てるせいで読み合いが苦手って言ってたけど、まさか本当は投手やりたかったとは知らなかった」

「マジ?そういう事情だったのか?」

「そうらしい。本人も言われるまでは無自覚だったけど……よく考えたら、狙った所に絶対に打てる奴がバットにも当てられない奴の思考回路なんて分かる訳ねぇよな」

「なるほどねー」

 

軽い口調で同意しながら、御幸は冷や汗をかいていた。

そりゃ根本的にキャッチャー向いてねぇわ完全に言い過ぎたと、自分の過去の発言にまた凹んでいるのである。

 

 

「にしてもベタ褒めだな、そんなに良い奴だったのか?」

「そりゃ可愛い後輩だからな!あんまキャプテンが贔屓は良くねぇんだけど……甲子園に連れてってくれた5人の天才達には、どーしても甘くなっちゃうわ」

「マジで後輩達が好きなんだな」

「そりゃな!俺が高校野球を頑張れたのは、アイツらと戦う2番手ピッチャーだったからだし!」

 

自分より活躍した後輩達に対して全く恨み辛みもなく、本当に嬉しげに話す真田。

彼の話を聞いているチームメイト達は、真田が慕われている訳に大いに納得がいったという。

 

こんなに優しい上にドラフト1位レベルの先輩がいたら、そりゃ慕われるわ。北瀬や伊川にまで慕われてんのは、真田が本気で可愛がった結果だろうな思っていた。

正直、あんな超天才が後輩にいたら可愛がれる気がしなかった人は少なくないらしい。

まあ強豪校でずっと頑張ってきた人と、急に野球を真剣にやる事になった真田を比べるのは間違っているのだが、それに気付いている人は殆どいなかった。

 

あの伊川をヤクルスワローズに導いてくれそうでありがとうと、1軍の選手からは内心拝まれていた。

まあ、セカンドの選手からは勝手に恨まれていたが。

 

 

 

 

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