【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
3回戦の恋が浜高校は友部が、4回戦目の村田東高校は黄瀬と北瀬が投げて圧勝。
絶対王者としか言いようのない圧倒的な点差でここまで勝ち抜いた。
「よっしゃ、圧勝!」
「ここまでは順調だなー」
北瀬や伊川の発言に、部員達は頷いている。
ベンチメンバーのみならず、3軍4軍の部員達も若干いきがっている様だ。
確かに公式戦に出場出来ている部員達は、逆にもっと自信を持っても良い実力を持っている。
だが対した実力もない戦力外みたいな生徒達まで、過剰な自信を付けていくのは問題ではないだろうか……?
片岡コーチは彼らの心持ちを正そうと努力しているが、やらなければならない仕事が多すぎてしっかりとした対策が出来ていなかった。
ちなみに、2軍の生徒達は現実が見えていた。
俺が甲子園に出るには不断の努力と運が必要で、別に薬師野球部に所属しているからといって全員が天才という訳ではないと心の底から理解しているのである。
異次元の才能を持つ選手達を見ながらも努力を続けている秀才達は、他と心持ちが違うのだ。
5回戦の相手は由良総合工科。
片岡コーチの恩師である榊英二郎が監督を務めていて、神がかり的な打撃指示を繰り広げるのが特徴。
このチームのエースは130km前半のストレートで速さこそないが、変化球3つと優秀なコントロール力で安定した試合をしてくれる選手だ。
……まぁ薬師野手陣相手では良い鴨だろうが。
「相手は由良総合かー……って、どんなチームだっけ?」
「ガハハハ!知らん!!」
「そんな堂々と言うなって」
「確か、割と最近強くなって来たチームで安打率がそこそこ高い感じ?でも試合を見た限り、球がちゃんと見えてる感じはしないんだよなー。不思議だ」
今回は最上級生が固まって行動していた為、別に相手チームに詳しくない伊川が解説係になっていた。
彼は由良総合工科の試合動画を2時間位見た程度にしか知らないので、自信なさげに話している。
本人は自覚していないが、その程度の観察でそれっぽい解説が出来ているのは優れた観察力による物だ。
綾瀬川程の思考力ではないが、伊川はプロ野球選手全体で考えても上澄みの理解力をしている。
もっと知識を付ければ、未来を見てきたかの様な推察が出来るようになるのかもしれない。
「……見て打つんじゃないの?」
「どうなんだろ?まぁそうかもしれないけど……それにしては振り方に違和感がある気がするんだよな
でもリードを予測してるにしては、妙に熟練してるっていうか全員同じ考え方をしてる感じがキモいし……」
伊川がちょっと困った顔をしながら、聞いてきた雷市に自分の考えを話す。
彼は別に由良総合工科を対戦相手として脅威に感じている訳ではないのだが、それとは関係なく得体がしれない気持ち悪さの正体を暴いてやりたいと思っている。
全く理由が分からない高打率に不気味さを感じ、本能的に解消したいと感じているのだ。
由良の選手達の地方大会のチームにしては良い打率なんかよりも、彼本人の打率10割の方が明らかに超能力じみているのだが、その辺の自覚は無いらしい。
「___それは、榊監督の的確な打撃指示が影響しているだろう」
『マジすか!!』
「えっ、打つ所とかを毎回細かく指示出してたりするんですか?」
「ああ。由良総合工科高校の監督は、コースの指示や球種の予測を打つ度に出している」
片岡コーチの発言に驚きながらも、あまり具体的な理解は出来ていない北瀬達。
薬師野球部は圧倒的に放任主義の部活だ。
万年1回戦負けのチームをたった4年でチームを甲子園に導いた、轟監督の育成方針というか彼の野球人生が大いに反映されている。
打撃での指示なんて、自分が後悔しない様に打て程度にしか言われないので他のチームとの差異に驚いていた。
薬師野球部の3年生達は他の野球部と比較して入学した訳ではないので、一般的な部活動の上下関係などを知らないままプロに進もうとしている。
彼らは並外れた実力を持ち合わせているので何とかなるかもしれないが、後々の後輩達は大丈夫なのだろうか?
……まあほとんどの下級生達は、シニアや中学で体育会系の空気を知っているから恐らく大丈夫だろう。多分。
でも弱小野球部での経験しかないパワプロや、そもそも今まで帰宅部だった黄瀬などは後々非常に苦労するかもしれない。
彼らより反骨精神に溢れている奥村や桜木ですら、強豪シニアや不良界隈で上下関係自体は学んでいるのだ。
そういう経験が一切なく、ギスギスしたポジション争いを一切経験していない優秀止まりな選手は、進んだ先の先輩達かなり締められそうだと思われる。
昔から出る杭は打たれると言われる上に、礼儀までなってないなら仕方ない。
将来の事を考えるなら、今のうちから上下関係をしっかり学んでおいてほしい物だ。
まぁそれはそれで気安い先輩達に壁を作ってしまうので、難しい話だが。
「なるほど!つまり、由良高校は監督が強いって事っすか!」
「___榊監督の指示は的確だが、由良総合工科はそれだけで勝ち進んで来た訳ではない。指令を忠実に実行出来るだけの実力を、彼らは持っているのだから」
「確かにそっすね!」
「へぇ、面白いチームっすね!」
「カハハハ……ホームラン、打つ!!」
「ホームランは関係ないだろ」
今から戦う由良総合工科野球部の実力を楽しみにしながら、北瀬達は笑っている。
一発勝負の戦いだろうと、彼らは王者の貫禄を崩さない。
自分達が高校最強だとナチュラルに思っているので、負ける可能性を全く考えていないのだ。
まぁ彼らは仮に格上相手との戦いでも闘争心を剥き出しにして笑っていると思われるので、強者のプライドというよりは鋼のメンタルというべきなのだろう。
(榊監督……俺のチームは変わりましたが、貴方への尊敬は変わりません。監督が手塩に掛けて育てた由良総合工科野球部と、俺と轟監督が教え導いた薬師野球部が戦うのを楽しみにしています)
片岡コーチは、心の中で敬愛と対抗心を顕にしていた。
生徒達には話していないが、彼にとってこの試合は大切な物なのだ。
一戦一戦が全部大切だと言われればその通りなのだが、やはり思い入れという物は誰にでも存在する。
俺の教え子が勝つと信じながら、由良総合工科の実力も気になっていた。
……彼らは正直、甲子園春夏連覇校の薬師高校に勝てる訳がない程度の強さなのだが。
格上のチームとして当然の様に、薬師は由良総合工科を見下ろしている。
貶しているとか馬鹿にしているとかではなく、当然俺達の方が強いと判断しているのだ。
対して元青道高校所属の榊監督は、薬師野球部との実力差を正確に認識しつつも威風堂々と生徒達を鼓舞している。
「実力差は確かにある……だが、絶対に勝てないチームなど存在しない!俺達の3年間の努力を、全身全霊を掛けて証明しよう。行くぞ!由良総合!!」
『おうっ!!』
1回表、由良総合の攻撃は1番センター。
対して、薬師高校のピッチャーは17番のパワプロ。
ある意味で1番対戦したくない投手と呼ばれる、高校野球屈指のノーコン豪速球選手である。
___バシッ!
「ストライク!」
初球、155kmのストレートど真ん中をつい見逃してしまったバッター。
厳しい球は打たないという事を意識し過ぎて、絶好球が打てなかったらしい。
打ちに行っていた所でパワプロくんの豪速球をマトモに打てたかは分からないが、折角のチャンスを無駄遣いしてしまったのは確かである。
(速えぇ……ボール球を見極めるって、どうすりゃ良いんだよ?!)
___バシッ!
「ストライク、ツー!」
___バシッ!
「ボール!」
___バシッ!
___ブォン!
「ストライク!バッターアウト!」
「よっしゃ!」
1人目のバッターは、簡単に三振にしたパワプロ。
格下チーム相手と言えど、登板機会が少なめな彼は素直に喜んでいる。
由良総合の榊監督は評判通り、割と奥村のリードを予測出来ていたのだが……どこに飛んでいくか誰にも分からないパワプロの豪速球には、あまり意味をなさなかった。
ある意味では、パワプロが最強の狙い撃ち封じのピッチャーなのだろう。
ワンアウトランナー無しで、打席には2番レフト。
豪速球をバッターサークルで見ても怯まず、打ち切ってやろうと決意している。
___バシッ!
「ストライク!バッターアウト!」
「ガハハ、良いぞパワプロー!」
「ナイスパワプロくん!」
「……確変?」
だが今回の打席では、そんな決意が無駄に終わった。
運悪く四隅にボールが散らばり、どう考えても打てない様なピッチングを披露されてしまったからだ。
結果、彼はパワプロの実力を過大評価して顔を引き攣らせている。
今回の完璧な投球は伊川が呟いた通り完全に紛れなのだが、それに納得出来る程このバッターは心が成熟していなかった。
ツーアウトランナー無しで、打席には3番ファースト。
インコース打ちが得意で、かなり振ってくるバッティングをする選手である。
1球目、奥村は内角低めのシュートを指示。
大まかに言うと指示通り、勢い良くボールゾーンに向かっていく豪速球。
146kmの綺麗にスピンが掛かった球を見て、バッターはアウトコースのストレートだと誤認。
監督の指示と違った為慌てながらも、肘を伸ばすドアスイングになりながらも全力で打ちにいった。
___ガッ!
「ッッ!!」
「……デッドボール!」
結果、ボールはバッターの腕にぶち当たった。
審判は迷った後、故意に避けなかった訳ではないとしてデッドボールを宣告。
パワプロは帽子を脱ぎ、バッターに謝った。
だが彼は内心、バッターが全力で踏み込んで降ってこなければ当たらなかったピッチングだったと判断してムカついている。
確かに、ボール球と言えど腕を伸ばしていなかったら当たらなかったと思われるので難しい所である。
まぁ地方大会レベルの選手に、146kmの変化球を見極めて避けろと言われても出来ないのも確かなのだが。
「……あれ、今の人って全然避けようとしてなくね?どういう事だっけ?」
「えっ?言われてみれば……どういう事だろ?」
あまり細かいルールを把握していない、ライトの北瀬とセカンドの伊川は首を傾げている。周りに隠そうとしているが、雷市や黄瀬も分からないらしく聞き耳を立てていた。
「あー多分、打ちに行ってても避けようがない球だったって審判に判断されたらデッドボールになるからっすね
この場合は微妙なラインなんで、人によって判定が違うと思いますけど……」
「そうなんだ、ありがとな!」
「知らなかった、サンキュー!」
そんな彼らを見て、レフトの太平が普段通りの顔をしながら説明してくれた。
北瀬達は選手なら知っている筈の知識を3年生になった今更手に入れたが、教えてくれて素直に感謝している。
ちなみに彼の内心ではそんな事も知らないのかと少しビビっていたが、周りに気付かれる事はなかったという。
見ていた観客達が思ったよりバッターの怪我が重かったらしく、臨時代走でランナーが出た。
だが公式戦で選手に当てても平常心を保っているパワプロが、普段通りの豪速球で相手を打ち取る。
地味にサード雷市に飛んでいったので、普通に取ってくれたお陰で嫌な流れが来なくて良かったと轟監督と片岡コーチは安堵していたとか。
ちなみにベンチメンバーの選手達は、全く試合の事を心配していなかった。
多少打たれても全く問題ないと完全に信じているからだろう。
だからメンタル面で考えても、解釈次第では彼らが高校最強かもしれない。
闘争心や責任感はあまり無いのだが、ピンチへの動じなさは最強レベルなのだ。
「試合終了!22-3で薬師高校の勝ち!礼!!」
『ありがとうございました!!』
薬師高校と考えると非常に打線が湿っていた結果、珍しく5回まで故意三振をせずに打ち続けていた。
パワプロの死球によって、若干精神面に問題が出たのかもしれない。
まあ完全に薬師ピッチャーが悪い投球でもなかったからか、試合が終わった瞬間完全に罪悪感を忘れた為、大局に問題は出なかったという。
ちなみにデッドボールが当たってしまったバッターは骨折していたらしく、暫くの間練習が出来なかった。
しかも、今回の件について見解を求められた北瀬が、「パワプロはそのうち当てちゃうと思ってました」と話して後に少し炎上した。
ノーコンで案の定怪我させたパワプロや登板させた轟監督にチームメンバーを信じてない北瀬や、何故か避けられなかったバッターにクレームが飛んできたという。
由良総合工科の選手は踏んだり蹴ったりである。
彼は、自分の発言の影響力を考えて話した方が良い。
……まあ所詮、ここ3年弱で有名になった元一般人なので完璧な記者対応は暫く無理だろうが。