【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
1回表、薬師高校の攻撃は1番ショート瀬戸。
優秀なパワーヒッターにも関わらず足も相当速い、打撃に関しては全くケチがつけられない選手である。
「……全力のボールを、投げ抜く」
対して、青道高校のピッチャーは背番号1の降谷。
春の甲子園準優勝の伝統的な強豪校で、2年間エースの座を守り続けた剛腕投手だ。
気の休まらない薬師打線相手に燃え上がる心を鎮めようと、自分のやるべき事を唱え直している様だ。
そんなエースを支えるのは、同じく青道高校の3年生である狩場。
リードも打力も甲子園出場選手としては物足りない事を自覚しつつ、それでも最高の投手達を支えようと努力している人物だ。
その努力あってか、最近はキャッチャーが青道最大の弱点とは言われなくなって来ている。
狩場が指示を出したのは、インコース高めのストレート。
薬師相手でも強気な姿勢を見せようとしているのだろう。
___バシッ!
「……ボール!」
『おお……』
初球は少し高めに浮き、ストライクにはならず。
何とか振るのを堪えた瀬戸だが、内心は穏やかでは無かった。
(速い!データは知ってたけど、想定以上だろ!)
___バシ!
___ブォン!
「ストライク!」
___バシッ!
「ボール」
___バシッ!
「……ボール!」
___バシッ!
「……ストライク、ツー!」
瀬戸の、薬師にしては弱気な選球によって初回からフルカウントになった。
流石、薬師にしては珍しく冷静な選手である。相手エース降谷の立ち上がりの悪さを冷静に判断しているのだろう。
___バシッ!
「ボール、フォア!」
「ナイスだ瀬戸ー!」
「気にせず振ってこうぜ!」
「ガハハハ!次はホームラン狙えよーっ!」
「後輩を洗脳すんなって……」
ギリギリの場面でも焦らず、瀬戸はアウトコース外れた球を冷静に見逃して出塁した。
「あれ……外れた……」
「気にすんな降谷!次アウト取れば問題ねぇぞ!」
「俺と変わるか?暁!」
「相変わらず威力すげぇ……!」
勿論外して投げたつもりは無かった降谷は、無表情ながら小さく首を傾げて不思議そうにしている。
結果的には1塁に進まれて不利になった青道高校だが、観客達はバックスクリーンを見てざわめいていた。
『降谷暁!初球から156kmを記録しています!!』
『歴代高校生の中で2番目の数字ですからね、流石は右腕の怪物と言った所』
『ですが制球が定まらず、ノーアウトフォアボールでランナーを出してしまいました!ここから巻き返しなるか?!』
『ランナーがいる場面で4番の伊川には回したくないですが、ダブルプレーが出ない限り出てきてしまいますねぇ』
初回から全力投球の降谷は、彼の最速に近い156kmを連続で出した。
『またも空振り三振っっ!!薬師クリーンナップを、2連続で仕留めました!!』
『メディアでは北瀬くんばかり注目されていますが、降谷くんも高校最強クラスの豪腕投手。流石の薬師打線でも苦しめられていますね』
流石は速球派の怪物右腕。マグレではなく、実力で豪速球を投げ続けている。
好調の降谷は、高校最強の薬師打線相手でも三振を取れる実力があるのだ。
「くっそ、完全に空振った!!」
「……確かにタイミング完全に遅れてたな」
「アレヤバいって!元から速いのに、途中から加速してね?!」
「じゃ、そのつもりで打ちに行こうかな」
今回4番に座っているのは、異次元の安打製造マシーン伊川。
北瀬の愚痴を参考にし、想定のタイミングより早めにバットを振ろうと考えている。
___カキーン!
『わあぁ!』
珍しく初球から打ちに行き、ツーベースヒット。
予定調和の如くランナーを3塁まで進める働きを見せていたが、北瀬は伊川が内心困惑している事に気付いていた。
(どうした伊川?何か変な事でもあったのか?)
(うーん、確かに156kmより速く感じる。俺の体感的には160km超えてるな……)
(だよな!だってパワプロより明らかに速いだろ!)
ツーアウトランナー2・3塁、絶好のチャンスで出てきたのは高校最強の長距離砲と呼ばれる轟。
ちなみに今回はレフトでの起用。投手が北瀬なら、ほぼ飛んでこない外野に封印されている。
最近、もしかしたら高卒メジャー行きも有り得るのではと噂されているが、本人はまずは日本で堅実にプレーするつもりである。
「カハハハ___フルヤ凄い!打ちたい!!」
『…………わあぁ!』
強敵と戦える事を喜び勇みながら打席に立った彼には、盛り上がっている会場を一瞬無音にする程の威圧感が備わっていた。
北瀬や伊川にもカタログスペック的にはある筈なのだが、本人達のやる気の問題で多少軽減されてしまっている。
雷市の打ちたいという本能は、彼の実力も相まってピッチャーに与える影響力になっていた。
(轟くんは凄いバッターだ……だからこそ、僕は彼を打ち取りたい!)
轟雷市という強打者からのプレッシャーを受けても、青道高校のエースは怯まない。
並大抵の投手では一瞬で場の空気に流されてしまう様な轟への大声援の中、降谷は平常心を保っている。
彼の、良くも悪くも周りに左右されない胆力が今回は上手く働いていた。
そんな教え子を見て、落合監督は思わず拳を強く握った。
(これだ!これこそ俺が見込んだ、エースとしての姿!
……だからこそ惜しい。こんなに良い選手が、地方大会で消えてしまう事が……これが高校野球の怖い所。1人良い選手がいても、同地区選手の巡り合わせによっては呆気なく散ってしまう
降谷は本当に運が無い。中学ではチームメイトに恵まれず、高校では世界最強に潰されるなんてなぁ……)
落合監督の哀悼を他所に試合は進んでいく。
と言うか試合が終わってもいないのにまるで引退した選手の事を考えている様な気分になっている彼は、高校生の指導者としておかしいと思われる。
最後まで諦めずに指示を出すのが、甲子園を目指すチームの監督として正しい姿ではないだろうか?
……まあ冷徹な合理主義者だからこそ、最新のスポーツ科学に即座に適応し、今までの伝統を無視した最新の野球が教えられる面もあるのだが。
物事には良い面と悪い面があり、彼の性格を考えると全体指揮をする監督よりも技術指導をするコーチに向いているというだけである。
___バシッ!
___ブォォン!
「ストライク、バッターアウトッ!チェンジ!!」
『わあぁ!』
轟相手でも奇をてらった作戦は立てず、得意のストレートで押し切った青道バッテリー。
得意の直球を打てなかった雷市は、別に凹んではいなかったがバックスクリーンを見て考え込んでいる。
(おかしい……多分、156kmより速いと思う……)
雷市が思った事は前の打者全員が思っていたのだが、残念ながら情報伝達がされていなかった。
それを言うと打てなかった言い訳になってしまうし多分気の所為だろうと思った為、他の選手や監督に言おうと思わなかったのだろう。
これが、伝統のないチームの弱みの1つである。細かい所を話し合う動線が出来ていないのだ。
選手達の仲が良く変な事を言っても問題は起きない空気作りは出来ているのに、何故か変な所で躊躇してしまう選手は割と多かった。
もしキャプテンの三島が打席に立っていれば打ち損じた時に喚いてくれ、結果的に妙だと気付けただろうが……そんなIFを今更考えても仕方ないと言える。
実の所、薬師高校の選手達が感じているスピードガンの不具合は正しかった。
元々2年前までの明治神宮球場は他の球場より速く表示されていたのだが、無名の北瀬が159kmを出したタイミングで本格的に故障が疑われ、最近になって設置位置が変更されていた。
その結果、本来の速さより3km位遅く表示される欠陥システムになってしまっていたのだ。
1人の超人により、日本野球界が滅茶苦茶になって来ているらしい。
まあ結局北瀬が他の球場で160km以上を出した為、機材変更前に不具合では無かった事が証明されていたのだが……予算の都合でそのまま実行されてしまった。
『1回表、薬師高校の攻撃はまさかの無得点!決勝戦までは初回確実に得点していたのですが……降谷くんがそれだけ強いと言う事でしょうか?!』
『それもあるでしょうが……そもそもいくら薬師打線とはいえ、全ての回で得点している訳ではありません。たまたま打線が初回に爆発しなかっただけとも考えられます』
観客の総意に合わせたのか、若干薬師贔屓の実況が流れながら1回裏に入った。
青道高校の1番打者は、1番レフトの園大和。
あの綾瀬川のライバルとも言われ、準決勝でも一発ホームランを放っている長距離砲である。
対して薬師高校の投手は、勿論エースの北瀬。
普段通りの少し楽しげな顔で、投げるタイミングを待ち構えている。
___カッキーン!
『わああぁぁ!!』
「は?!あの北瀬センパイが打たれたんスか?!」
「園大和……余りにも強過ぎる……!!」
「今の動きは……」
そして彼は、まさかの初球ホームランを食らった。
薬師高校の下級生達は酷く動揺しているが、上級生達も宥める気配を見せない。
……というか、ベンチに座っている選手は三島と流川以外の全員が大層動揺していて他の人に構う余裕が無かった。
北瀬がホームランを喰らう姿を、誰も見た事が無かったからである。
「あちゃー……失投しちゃった、悪い!」
「い、いえ!気にせず落ち着いて行きましょう!」
「勿論、次は打たせねーつもりだ!」
「由井ー!北瀬は気にしてないから一旦落ち着けー!」
「……はいっ!!」
北瀬は投げる瞬間、若干凹んでいた地面に足を取られて失投した事を自覚していた。
だから園に打たれても、やっぱりなぁ位にしか思っていない。
別に1点取られた位で薬師が負ける筈がないと信じている彼は、野球人としてのプライドがあまり無い事もあり普段通り落ち着いている。
……だが、周りの選手達はそうも行かなかった。
特にエースから全幅の信頼を受けリードしている由井は、どこか自分に弛みがあったと感じて落ち込んでいる。
確かに北瀬さんは、今回のピッチングでは100%の実力を出せていなかった。
それでも彼は降谷さんと同じ160km近い球だったし、ビタビタとまでは行かずともインコースに投げられていたのだ。
そもそも最初から、俺が北瀬さんにグラウンドを均す事を教えていれば今回の失投は無かった。
何も考えず、投げろと指示を出すだけなんて誰でも出来る事だろう……そうやって、由井は自責の念に駆られている。
___カーン!
「セーフ!」
そんな弱気な姿勢を悟られたのか、2番沢村にあっさりバントを決められてしまう。
3番と4番のは打ち取れたが、どこか青道を舐めていた薬師に危機感を抱かせる追撃を食らわせていた。
「いやーやっちまった!それにしても、負け越してるのっていつぶりだっけ?」
「松若商業の時も結局裏で逆転してたしな……あれ、夏の甲子園決勝以来かも?まぁ今回はまだ1回終わった所だし、普通に逆転出来そうだけどな!」
「くぅっ!ギリギリの試合は見てて面白いぜ!!……つーか俺も出たい!打ちたい!!」
「だから守備を何とかしてくれってあれほど……」
「カハハ……フルヤ!ブッ飛ばす!!」
1年ぶりの危機に対して、最上級生の北瀬達は怯まない。
寧ろ、今ホームランを打ったら気持ち良いだろうなというキラキラした顔をしている。
結局彼らはホームランジャンキー。本塁打を打つ事以外にあまり興味がなく、劣勢なんて目立つチャンスとすら思っているのだ。
そんなお気楽なエース達を見て、何だか落ち着いて来た下級生達。
そういや俺達は投壊薬師高校、1点取られた位で喚くなんてカッコ悪いよな……て言うか、まだ初回じゃん。何でビビってたんだろうと我に返っていた。
北瀬の無失点記録が途切れたのは残念だが、楽勝な試合が続いた結果、劣勢への耐性が弱くなっていた事を自覚出来た事は良かったのかもしれない。
グラウンドはかなりあからさまに凹んでいたのですが、野球経験の浅い北瀬は気付けませんでした
今まで1度も、ピッチングで地面の凹みに足を取られた事が無かったからです