【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
高校最強投手を擁し高校最強打線が率いる薬師野球部は、青道高校相手にまさかの1失点&無得点。
薬師無双を見に来た、野球を見慣れていないにわかファン達は悲壮な顔をしている。
『まさかの……北瀬、初回1失点!!U-18世界大会であろうとも無失点を貫いた彼の被弾に、未だ会場中がざわついています!』
『注目の場面リプレイしますが……あ、やっぱり北瀬くんは凹みに足を取られてます
あーなるほど。全く均さないまま投球動作に入ってしまい、剛腕投手降谷くんのピッチングで地面が不均等になっていた事に気付かなかったのでしょう。打たれた後、地面を慣らす動作をしているので確実ですね』
あからさまにすっ転んだ北瀬が、テレビで散々リプレイされている。
あまりにも初歩的なミス。日本を代表するエースにしては、明らかに野球の経験値が足りない。
今まで身体能力に任せて投げ続けたツケだろう。細かい判断力は、未だに小学生並な所があった。
ベンチに帰った北瀬は、奥村に睨まれながらドリンクを手に押し付けられていた。
「えーっと……ごめん、ホームラン打たれて」
「打たれた事を怒っている訳ではありません……グラウンドを均すなんて常識です!!何でやらないんですか!!」
「えっ、グラウンドって普段もそのまま投げちゃダメなのか?!」
自分がグラウンドを整えると言う発想が無かった北瀬。
投げている最中だろうと多少のブレは無意識に調整出来る恵まれた体幹と、多少地面が自分好みではない形に凹んでいても全く気にならない鈍感力。
他にも色々理由はあるが、大まかに言うとこの2点によって今まで彼は立ち上がりに全く問題がなかったのだ。
そのせいで、高校3年生になって漸くピッチャープレート周辺の土を整える重要性に気が付いたらしい。
高校球児として、あまりにも遅すぎる発見だった。
「当たり前ですよ!!投げる前に毎回確認してください!!」
「えっと……ごめん、マウンドってどうやって慣らせば良いのか教えてくれない?」
実は北瀬は、今まで1度も投球前に均した事が無い。
相手ピッチャーが使用したマウンドを、ラッキーとばかりに使っていた。
何か前の人が毎回、掘り過ぎた所を直してくれてる気がするなぁ、なんでだろう?
もしかして、清掃の人が疲れない様にやってあげてるのかも!みたいな意味の分からない事を考えていたらしい。
考えるという事をしない馬鹿としか言いようが無い。
伊川が長年頭脳担当だった弊害か、彼は基本的に興味のない疑問はスルーしていく傾向にある。
「___は??」
「いや、うん……ごめん」
ガチ切れ奥村に平謝りな北瀬。この時ばかりは完全に、上下関係が逆転していた。
「……人によって投げやすい状態は違いますが、とりあえず真田先輩と同じ様に均してみては?……それは覚えてますよね?」
「覚えてるから、今回からそうしてみるな!教えてくれてありがとう!」
「はあ……」
こうして北瀬は、今更な所はあるが漸くマウンドを整えるという知識を習得した。
これから段々と、自分に合う均し方を覚えて行くだろう……まあこういう事への鈍感力が極まっている彼は、どんなやり方で整えてもピッチングには関係ないなと思うらしいが。
ちなみにメジャー入団後、この試合の話をリポーターに振られた彼は顔を赤くして俯いたらしい。
つい最近の酷い失敗を掘り返されて、恥ずかしく思ったのだ。
北瀬は別に、自分の甘さを開き直っている訳ではない。
まぁ彼ほどの豪速球があれば多少のミスなど気にしなくても良いのかもしれないが、出来る限り強くなりたいと思えるだけの向上心があるプレイヤーである。
ちなみに、寮で食事を取りながら中継を見ていた御幸は園が打った瞬間に唐揚げを落として笑われ、真田はお茶を飲んでいる最中に息を呑み気道に入って咳き込んでいた。
基本的に彼らは、大体の事で平常心を保てる選手なのだが……あまりにも、あの北瀬が簡単にホームランを打たれた事が予想外だったのだ。
後々真田は、そういや気にしてなかったけど涼は投げる時すぐ投げてて、グラウンドの状態気にしてる所見た事ねぇなと思い返した。
プロの先輩達にも、ちゃんと後輩に基礎的な事を教えておけよと暫く茶化されて面倒な事になったとか。
後に彼は、基礎的なルールは教え込んだんですけどねと苦笑いしてドン引きされる事になる。
そういやあの選手ほぼ高校から始めたド素人だったなと、今更思い返された様だ。
真田は知らないが、滅茶苦茶な最強伝説を築き上げてる薬師もそりゃ大変な所があるよなと勝手に何となく納得されていたらしい。
『守備のミスによって得点される事は覚悟していたのですが、これは予想外でした……』
『まぁ北瀬くんも人間ですから、毎回1番良い球を投げるなんて無理です。こんな事もありますよ……僕は寧ろ、たった1球を見逃さなかった園くんを称賛したいですね!
スピードガンの表記を見た通り、彼にしては失投とは言え157kmが出ていました!その豪速球を観客席まで飛ばした園大和くんは、流石青道高校の絶対的主砲と言えるでしょう!』
解説の2人は薬師高校の選手達を擁護しつつ、青道の主砲を褒め称えていた。
日本の一等星にしては甘い球だったとはいえ、160km近いボールをかっ飛ばせる高校生なんて殆どいないのだ。
確かに打撃力だけ見れば1年時の轟より若干スケールダウンしているとはいえ、守備動作にも粗雑さが見られない園は将来球界を代表するプレイヤーになる事を目の肥えた観客達に予感させている。
2回表、ここから薬師は下位打線に入る。
ノーアウトランナー無しで、打席には6番由井薫。破壊力抜群の豪打を放つ、打撃型のキャッチャーだ……ちなみにリードやキャッチングは甲子園平均レベルらしい。
___バシッ!
___ブォォン!
「ストライク!」
___バシッ!
「ボール!」
___バシッ!
___ガギン!
「ファール!」
ワンボールツーストライクと、追い込まれた由井。
それでも彼は、まるで追い込まれていないかの様な自然体でバットを構えている。
(ワンボールツーストライク、明らかにピッチャー有利な場面……なのに、一応負けてるのに、全く怖くない
___そっか。どんな時でも全力で打ってる先輩達をいつも見てるから、俺も近付けてるんだ!)
そんな、追い詰められようが明鏡止水の様に澄んだ顔をしている強打者相手でも、降谷は一切怯まない。
彼は高校3年間、薬師打線と正面からぶつかり続けて来た強豪校のエースだ。
己の力に自信を持ち、誰が相手だろうと全力投球という姿勢を見せ続けて来た。それを、薬師高校相手でも貫けている。
___ガギーン!
一切の淀み無く振り切った結果、打球は左中間に飛んでいきギリギリの場所へ落下しようとしていた。
由井は走塁コーチの疾風を信じ、1塁蹴って2塁へ進もうとしている。
___バシ
「アウトォ!」
だが、打たれた瞬間から全力移動した東条が何とかボールを掴み取った。
勿論判定はアウト。これで、ワンアウトランナー無し。
まだ伊川しか打てていない状況で、7番バッターはサードの花坂学。
伊川の愛弟子である彼は、青道の選手に例えるなら小湊に近い能力をしている。
高校に入ってから成長著しいこのプレイヤーは、もしかしたら大成するかもしれないとニッチな薬師ファンに割と注目されていた。
まあ伊川や秋葉に続いて薬師3人目のアベレージヒッターという事で、物珍しさも込みの注目度だが。
そんな、投壊薬師野球部の選手として考えると微妙な能力である花坂を相手にしていても、降谷は一切警戒心を解かない。
彼らを相手に油断したら一撃で試合を持っていかれる事を、心の底から理解しているのである。
___バシッ!
「ボール!」
___バシッ!
___ブォン!
「ストライク!」
___バシッ
「……ボール」
___バシッ!
「ボール!」
___ガギン!
「ファール!」
フルカウントまで粘った花坂は追い込まれて少し焦りつつも、真剣な目付きで降谷を観察している。
身体や目線の動きで、どのコースに投げてくるか冷静に判断しようとしているからだ。
逆にエースの球数を使われたと判断したキャッチャーの狩場は、渋い顔をしながらミットを構えている。
剛腕投手の実力を活かしきれていない事が悔しいのだ。
相方にそう思われている降谷は、豪速球を投げて抑える事しか考えていない様だが……彼はごちゃごちゃ考えると弱くなるタイプなので、それが正しいのだろう。
___ガギーン!
「ファール!」
___ガギン!
「ファール!」
___バシッ
「……ストライク!バッターアウト!」
『わあぁ!』
「良く粘った!」
「ボール見えてるよー!次は打とう!」
「花坂!次はホームラン打てるぜ!!」
粘りに粘った末、ギリギリの所に決まったスプリットを見逃し三振。
花坂は一瞬悲しそうな顔をした後、すぐに気を取り直してベンチに戻って行った。
薬師のプレイヤー達には、細かい失敗なんて直ぐに忘れて次の打席を楽しむ空気が流れている。
ツーアウトランナー無しで、打席には8番真田。
甲子園レベルの打者としては平凡で守備能力は物足りないという、特筆すべき何かを感じない選手である。
薬師野球部の中で考えればかなり守備が丁寧に出来ると言った点から、隙間産業的でベンチ入りに成功しているのだ。
疾風程ではないが打撃能力が足りない彼は、それでも怪物投手から打つ事を諦めずにバッターボックスに立った。
___バシッ!
「ストライク、バッターアウト!チェンジ!!」
「ドンマイ太平!」
「次はきっと打てる!」
「惜しかったよ、太平くん!」
「まー次があるッスよー!」
だがやはり、降谷暁には敵わなかった様だ。
ブンブンとバットを振り回して、あっさり三振になりベンチに帰って行った。
「あちゃー、やっぱ降谷さん強えぇっすね」
「だよな!あの人の豪速球マジヤベーし!」
「俺、まずはあの人を超えてぇな!」
「……俺も打ちたい」
「ナーッハッハッハ!……流川!俺はスタメンお前はベンチ!格の違いが分かったかね?!」
「うるせー4タコ」
「何だと?!」
___バキッ!
___ガツン!
普通の話から唐突に喧嘩を始めた桜木と流川。
よくある事とはいえ、至近距離で190cm近い彼らが殴り合っているせいでベンチメンバーは若干怯えている。
「……うわ、ヤンキー怖えー」
「アレが殴りかかって来たら負けそー」
「お前ら!眺めてないで止めるぞ!」
「___ベンチ入りメンバーから外して欲しいのか?」
『すんません!』
部員総出で何とか2人を抑えつけた後、片岡コーチの鶴の一声で争いは完全に止まった。
もちろん言葉で注意するだけで話は終わらず、コーチは次の指示を出す。
「___疾風、今から行けるか」
「は、はいっ!!」
「ちょ、ちょっと待てよコーチ!昨日は俺出すって言ってただろ!」
「___気に食わないからと暴力を振るう選手を、使おうとは思わない。言うまでもなく人を殴る事は許されない上に、今は公式戦の最中だ……2人共、頭を冷やせ」
『うっす……』
(厳しい場面で取り敢えず桜木使っときたかったんだけどなぁ……まぁ片岡コーチの言う事はご尤もだけど)
なんか流れで桜木が下げられた事に内心困りつつ、轟監督は越権行為を黙認した。
昭和脳が抜けていない彼からすれば、ほぼお互い同意した上での喧嘩に罰を与える必要は感じていなかったが、まぁ片岡さんの判断に泥を塗る必要は無いかと思ったのだ。
やはり片岡コーチには、何となく色々許されてしまう薬師の空気を引き締めてくれる効果がある。
薬師野球部でしょうもない大喧嘩がありつつ、西東京決勝は2回時点で青道1点リード。
エースの北瀬が下位打線を難なく抑えている為、大量失点は考え難い。
事故の様な1得点を青道高校がどう使うか、それに勝敗が掛かってくるだろう。
「じゃー次、打順は疾風からかー……頑張れ」
「好き勝手振っていいぞ、後は俺達が何とかするからな……そりゃ出塁してくれんのが1番良いけど」
「ガハハハ!ホームラン打ちに行くか!!」
3年生からのありがたいお言葉を受け取りながら、緊急出場の疾風はバッターボックスに歩いて行った。