【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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190球目 得点圏

 

 

 

 

西東京予選決勝の真っ最中、2回表が終わった時、突如因縁のライバルである薬師が大喧嘩を始め、普通の強豪校である青道はドン引きしていた。

 

 

「な、なんだアレは……」

「今回スタメンの桜木くんと、確か19番の流川くんが殴り合ってるね……何があったんだろ……?」

「軍曹!あれ放っといて良いんですか?!」

「あーうん。まぁ相手チームの事情に口出しはな……」

 

突如始まった不良の戦いを見て、何なんだアイツらはと困惑している青道野球部の選手達は少しやる気が下がった。

今更ではあるが、意味不明なチームと戦わされている事を再度認識して甲子園への熱意に冷水をかけられた様な気分になったのだ。

ちなみに薬師野球部の選手達は、桜木と流川が殴り合う事にそこそこ慣れている為ほぼノーダメージ。薬師全体で考えると、喧嘩したのは得だったかもしれない。

 

 

「何や?!アノ殴り合ってる選手は?!」

「1年の流川と桜木やな……荒っぽい奴らとは聞いてたが、ここまでか……」

「オイオイ!桜木の拳、モロに北瀬の左腕に入ったぞ?!大丈夫か?!」

「日本の大エースにこんなしょーもない事で怪我させんなや!!他の奴らに止めさせりゃ良いだろ!!」

「3年生フツー殴るか?!可笑しいだろ!!」

 

もちろん、彼らの大騒動を見ている観客達も試合は進んでいないにも関わらずざわついていた。

確かに今までの薬師高校も、変なヤジを飛ばし続けたり監督に掴みかかったりと好き放題やっていたが、流石に大怪我に繋がりかねない喧嘩を公式戦で見せた事は無かったのである。

 

止めに入った北瀬や伊川も拳を食らったのを見たスタンドからは、ブーイングが鳴り響いた。

轟監督や片岡コーチは内心頭を抱えつつ、まだ1打席も打っていない桜木に対して選手交代の指示を出す。

 

 

「薬師高校、選手交代のお知らせをします。センター桜木くんに代わりまして、疾風くん。疾風くん……」

 

「……懲罰交代か、当然やな」

「寧ろぶん殴るべきやろ、アイツら」

 

片岡コーチの独断で動いた交代だったが、観客達からは当然の事として見られている。

最上級生で不動の大エースを変えの効く1年が殴って、何も無しと言うのは無いと大体の人が思っているのだ。

 

このまま2回裏に入られては堪らないと、監督の意向を仰ぐ前に指示を出してしまったので完全に越権行為であったが……

ここでセンター桜木を使い続けたら彼に大量のアンチが湧いていた可能性があるので、コーチの判断は結果的に英断だったのかもしれない。

 

 

 

 

___バシッッ!

 

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!!」

『わあぁ!』

 

「ここはちゃんと抑えなきゃな!」

「ナイスです、北瀬さん!」

 

利き腕に軽く一発食らっていた北瀬だが、ピッチングには何の影響も見せずに三者連続三振を奪い取る。

そんな普段通りの投球を見せた彼を見て、観客達は大層安心したらしい。

ピッチャーは些細な怪我で大きく狂ってしまう事があるので、野球ファンの人達はかなり心配していたのだ。

 

ちなみに、薬師野球部の2・3年生達は何も心配していなかったとか。

北瀬の鉄人ぶりをずっと見て来ているので、拳が当たった位で調子を崩す訳がないと分かっていたのだ。

だから薬師高校のベンチメンバーで北瀬を心配していたのは、綾瀬川と笠松位だった。

心配そうに声を掛けてきた2人を見て、北瀬は大げさだとは思いつつほんわかしたとか。

 

 

 

 

3回表、薬師高校の攻撃は9番疾風。

打力はせいぜい地方大会ベスト8程度の貧打、守備能力も甲子園選手の中では上の方かな程度の微妙な選手。

 

薬師の選手達の大半が持っている大きな弱点である、悲惨な守備をある程度サポート出来るから選ばれたベンチ組だ。

最近は守備範囲が広く打力も多少はある桜木にお株を奪われつつあるので、この機会に名誉挽回と行きたい所だろう。

 

 

___バシッ!

___ブォン

 

「ストライク!バッターアウト!」

「くっそ……」

 

意気込んでも、無理な物は無理だった。

明らかにボールより遅れているスイングは掠りもせず、実力差が出て三球三振。

実はボール球も来ていたのだが、目が追いつかないのか振ってしまっていた。

 

 

「ドンマイ疾風!瀬戸頼んだ!」

「ここはガツンと一撃!打てるぜ拓馬!」

「そろそろ打っとかないと、勝てるか不安だしな」

「ガハハハ!ピンチはチャンスだぞ!!」

「そんなピンチか?……まあ確かに降谷さんは凄いけど」

 

 

 

 

1点差で負けているにも関わらず、どこか余裕な空気が漂っている薬師。意味不明な胆力を持つ最強の3年生達の空気に、他が飲まれているのだ。

後々、最上級生が引退してから1・2年生は甲子園連覇校としての重圧を受け、北瀬達の恐れ知らずさに再度驚く事となるだろう。

 

 

ワンアウトランナー無しで、打席には1番瀬戸。

観客達から、速く打ってくれという悲鳴が聞こえてくる。

にわかファンは薬師高校の無双に慣れ過ぎて、1点差で負けている状況が酷く不安に感じられているのだろう。

 

 

___バシッ!

___ブォン!

 

「ストライク!」

 

 

___バシッ

 

「ボール!」

 

 

___カキーン!

 

『わああぁ!』

 

プレッシャー渦巻くこの場面で、瀬戸が打った!

打球は内野を越えて勢い良く転がっていき、ツーベースヒットになる。

打つタイミングが完全に合っていたとは言えないが、パワーAの怪力を活かして強引に振り抜いたのが良かったのだろう。

 

 

「ナイス瀬戸くん!」

「降谷さん相手ならホームラン出なくても仕方ない!次は狙えば良いさ!」

「ガハハハ!己の力を信じた良いスイングだった!!後はタイミングだな!」

「ふぅ!やるじゃねーか瀬戸のヤロー!こりゃドラフト1位あるかもな!」

 

 

 

 

ベンチから瀬戸への称賛が聞こえる中、打席に立つのは2番秋葉。

得点内にランナーを置いた重要な場面で、彼は昔の屈辱を思い返している。

 

(前4タコしちゃったの、皆は気にしてないみたいだけど……俺は悔しかった。ホームランを殆ど打てない俺は、安打数で稼ぐしかない。それなのに、前は1安打しか打てなかった……

だからこそ!青道高校のエースから打点を奪い取ってやる!!)

 

投手降谷を睨みつけながら、彼は闘志を燃やしている。

 

 

___カキン!

 

「セーフ!」

 

「ナイスッス!」

「ランナー進みましたね!」

「次のバッターは北瀬先輩と伊川先輩……こりゃ1点は固い!!」

 

普段通りの思考じゃなくてもミート力は据え置きでヒットを放ち、ベンチは一応喜んでいた。

逆転のチャンスなのにそんなに盛り上がっていないのは、もちろん秋葉が嫌われている訳ではない。

彼の打力が信頼されているからこそ、ヒット位で称賛を掛けたりしないだけである。

下手するとイジメみたいになってしまう習慣だ。けれど薬師野球部にはエゲツナイ打力の持ち主が沢山いて、当てはまる全員にその対応をしているので全く問題になっていない。

 

 

 

 

ワンアウトランナー2・3塁。

打者有利な場面で、エースの北瀬が打席に入った。

 

 

『北瀬!!北瀬!!』

『北瀬!!北瀬!!』

 

北瀬コールが鳴り響く中、彼は普段通り楽しげに笑いながら打席に立っている。

 

 

「北瀬!ホームラン頼むぞ!」

「カハハハ……ホームラン!!」

「まだホームラン1本も出てねぇぞ!!」

 

ベンチから声援らしき物が届く中、彼本人もホームランだけを狙って打つと決めていた。

北瀬もまた、投壊薬師打線の常識に染められているのだ。

 

 

___カキン!

 

「セーフ!!」

『……わあぁ!!』

 

豪快に振り切った北瀬だが、振る位置が合っていない。

だが怪力を活かした破壊的なスイングで内野を抜かし、結果ヒットになった様だ。

 

 

「ナイス同点!」

「ガハハ!次はホームラン打てよ!!」

「ハッハッハ!でもホームランじゃねーっすよ!!」

「何を偉そうに……」

「やっぱ頼りになりますね!」

 

一応ヒット打った北瀬は、味方ベンチを見ながら微妙そうな顔をしている。

降谷暁というピッチャーの事は尊敬している。だから彼相手に打てた事は誇って良いかもしれないとは思っているのだが……やはりホームランじゃなければ格好つかないと感じているのだ。

 

『エース北瀬のヒットで同点に追いつきました!!』

『いやぁ豪快なスイングですねぇ、アレで当てられるのは生来の物としか言いようがありません!!』

 

先ほどまで残念そうにしていた北瀬は今、伊川が打った瞬間全力で走り抜く事だけを考えている。

最高の安打製造機の力を信じているから、打てなかった時の事なんて考えないのだ。

 

 

 

 

『キャー伊川くーん!頑張ってぇ!!』

『伊川ーッッ!!打てェ゙ーーッッ!!』

 

同点に追いつきワンアウトランナー1・3塁。絶好のチャンスで打席に立つのはチャンスに強い伊川。

まあ塁に人が居ても居なくても確実に打つので、彼がチャンスに強い事は本人含めて誰も知らないのだが。

今大会打率9割超え、故意三振指示が無ければ10割だったであろう伊川は、確実に打つと確信されている。

 

まだ高校生の彼は、異常な期待を無意識に掛けられているが……それを本人はあまり気にしていない。

というか自分は打てて当然だとナチュラルに思っているので、この場面で打てると思われているのも当然だと感じているのだ。

打てなかったら嫌だなぁとは思いつつも、まぁ普通に打てんだろと平常心を保っていた。

今まで打とうとして打てなかったのは、本郷相手に2回と成宮相手に1回なのでさもありなんと言った所か。

 

(四方八方から煩い……そんな盛り上がる程面白いか?)

 

「打てー伊川ー!ホームラーン!」

「カハハハ……ウテル!」

「伊川先輩!!頑張ってください!!」

「ま、伊川先輩なら打てるっしょ!」

「トーゼンっすね!センパイの心配するより、どーやってコピーするかの方が大事っすよ!」

 

(普段よりベンチ盛り上がってんな!……やっぱ多少の苦難が有った方が皆楽しいのかも?俺には分かんねぇけど、まあいっか!)

 

今だに野球の面白さが分かっていない伊川だが、それでもチームメイトが楽しそうにしているのは嬉しい様だ。

珍しく内心喜びながら打席に立ち、強烈な威圧感を出しながら構えている。

 

 

対して、得点圏にランナーがいる状況で世界最高峰のバッターに回してしまった青道バッテリー。

強豪校相応のプライドとメンタルを持つ狩場でも、観客席からの負けろという主張や世紀の天才が放つ得体のしれないプレッシャーに押し潰されそうになっている。

 

だが、常にチャレンジャーとして逆境に立ち向かい続けた青道エースの降谷は一味違った。

 

(ワンアウトランナー1・3塁、打席には伊川くん……これってピンチだよね。でも、この灼熱は楽しいな

何でだろ___負ける気がしない)

 

この逆境で、この舞台で、降谷は史上最高のコンディションを持って来た。

 

 

___ブン!

___バシッ!

 

「ストライクッ!」

『おおぉ……!』

『降谷が157kmを記録!!これが高校最速右腕!あの伊川が打ち損ねました!!』

『プロでも中々見ない球速ですからね……伊川くんは逆に振るのが速すぎた様です』

 

大体が初球ヒットの伊川から、ワンストライクを実力で奪い取った降谷。

これは、運が良かっただけでは無い。

 

(1打席目だって体感160kmは出てたんだぞ?ここから更に速くなるのかよ……)

 

ポンコツスピードガンが出した記録上は157kmだが、正しく測った場合の球速は160km。

それに加えストレートの体感速度が大幅に上がる怪童と、相手のパワーが大きく下がり打たれても打球が飛びにくくなる怪物球威の能力を持つ、彼のストレートはメジャークラスの破壊力を持っている。

 

___これが、世界最速投手からライバル視されている降谷の実力。

同じく世紀の天才である伊川が、思わず1球見送る程美しいストレートを放つ怪物の真骨頂だ。

 

 

___バシッ!

 

「……ボール!」

 

2球目は際どい所に決まり、審判は迷ったがボール判定。

もし打席に立っているのが異次元の選球眼を持つ伊川でなければ、ストライクと判断されたかもしれない。

 

(やっべ、今のストライクって言われても仕方ないトコに決まってた。打ち辛そうな場所だったけど振るべきだったか?何にせよラッキーだったな)

 

 

___カキーン!

 

『わああぁぁ!!』

 

考え事をしていた伊川。だが降谷が投球動作に入った瞬間、バッティングの事だけを考えて振り切った。

 

打球は右中間を突き抜けてフェンス直撃。

誰もが夢見る聖地でも舐めプしている男とは思えない程集中していたが、怪童と怪物球威を持つ絶好調のピッチャーからホームランを打つのは難しかった様だ。

結局、伊川は安定した結果を求めて低めに打ち返したらしい。

 

 

3塁ランナーの秋葉は余裕のホームイン。

1塁ランナーの北瀬も、本塁を目指して一心不乱に走り抜けている。

 

「セーフ!!」

『わああぁぁ!!』

 

『ホームイーン!!3回表、伊川のツーベースで逆転!!

これで3-1、薬師高校待望の今試合初打点が入りました!!』

『ピッチャーの半ば自滅で得点した青道高校は、この先厳しいでしょう。同じ失敗を2度もしてくれる投手ではありませんよ?』

 

呆気なく勝負をひっくり返した伊川。汗も殆どかいていないのて、傍から見れば酷く余裕な表情に見える。

……だが彼は、なぜか珍しく苦い顔をしていた。

 

(北瀬が尊敬するピッチャーなだけあるわ……コントロール悪めなのが逆に的を絞り辛ぇ。こりゃ下手したら1点勝負になるかもな)

 

元々優れたエースである降谷の調子が、1打席毎にどんどん向上していると確信したのだ。

負けて非難される事を恐れている彼にとって、かなり嫌な真実だった様だ。

 

 

「雷市ー!一発ホームラン頼むぜー!」

「カハハハ……フルヤ!打つ!!」

「また打てなかったら俺と交代しろーっ!!」

「ヤダー!!」

「伊川が野次飛ばすなんて珍しいな……」

 

炎天下の中で冷や汗をかきながら、次のバッターが打つ事を願って3塁を狙う伊川。

とにかく点差を付けて4回に行きたいと、珍しく自分本意に近いな事を考えている。

 

勿論、全力で点を取りに行く事は野球人として正解だ。

それでも友達の見せ場を作ろうと手を抜いてしまう所が伊川の悪い所だったのだが、最後の夏にして遂に真剣に試合に取り組む事を覚えていた。

なんと、強豪校としてのプライドが遂に伊川にも付き始めたらしい。

 

 

 

 




北瀬の打順が抜けてたので追加しました
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