【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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前回、3番北瀬の場面を入れ忘れていたので追加しました


191球目 交代

 

 

 

 

このまま降谷が調子を崩さず投げ続ければ、1点勝負になるかもと感じた伊川。

柄にもなく少し焦りながら、敵エースと大砲の勝負を観察している。

 

……勿論、残念ながらその直感は誰にも報告していない。

自分の思考をあまり信用していないし、仲間に報告する重要さも理解していないのだから当然の事だ。

誰か、最高峰の観察眼を持つ彼に話し合う大切さを教えて欲しい所である。

 

 

3回表は、4番伊川のツーベースの後、5番轟がヒットを打ち6番由井が犠打を打って追加点。その後7番花坂がフライを打って攻守交代、4-1になった。

3回裏は、9番が呆気なく三振した後1番園が三振、実質今回の主砲である2番沢村もバント失敗して回を終えた。

 

 

「よっしゃ!バント阻止成功!」

「ナイスピッチです北瀬さん!」

「内野陣を固くしたのは正解だったかもなァ!こんな固い守備、この代で見られるとは思わなかったぜ!」

「レフト飛んだら終わりですけどね」

 

4回表は8番真田と9番疾風、1番瀬戸も三振してスリーアウト。降谷がエースの風格を見せつけて終わる。

 

 

「おいおい!これじゃ降谷をちょーし付かせるだけじゃねぇか!もっとバカスカ打ってくれよ!」

「ウルサイ、くそ親父!」

「太平達だってサボってたんじゃないんで、カリカリしないでください」

「そもそも3回で3得点してますし、降谷が調子付く事は無いのでは?」

「俺、監督なのに当たりが強くね……?」

 

4回裏も、北瀬が三者三振。173kmのストレートとメジャーエース級のスライダーを活かして、相手バッターを翻弄していた。

 

 

『またも170kmーッッ!!エース北瀬、青道打線を全く寄せ付けません!!』

『170kmをコンスタンスに出せるのが、彼最大の長所かもしれません。安定感抜群な豪速球投手なんてどの球団も欲しいですからね』

 

 

 

 

5回表、2番秋葉がヒットを放ち、その後3番北瀬がフェンスギリギリで捕球されて進塁打扱い。

ワンアウトランナー2塁で、打席には降谷を過剰気味に警戒している3番伊川。

ホームランでカッコつけようなんて思わない、無難にヒットを打って後ろに任せようなんて、彼の能力からすると非常に消極的な事を考えている。

 

対して青道高校の降谷は、滝のような汗をかきながらも全く闘志は衰えていない。

全身全霊、力を振り絞り切ってでも伊川を打ち取ろうとしている。

 

 

___カキン!

 

『わあぁ!』

『伊川始!この回もヒットを放ちました!これで3打席3安打!!』

『ここでも降谷くん、MAXの157kmを出しました!これを打たれたら、もう相手を称賛するしか無いですよ』

 

全身全霊のストレートをシングルヒットにされた降谷。

……だが長打率も高い伊川を単打に抑えられているので、傍目から見れば良いピッチングだったと言えるのかもしれない。

 

それでも、降谷暁は悔しがっている。

彼は、どんな打者が相手でも真っ向勝負が出来る強い心を持っている。

打たれてしまったら負けだと、誰が相手でも思えるのだ。

 

(やはり降谷は良いピッチャーだ。このまま成長していけば、プロでも一線で戦えるだろう……ま、スタミナとか調子のムラとか色々足りない所は多いがな)

 

目をかけているエースが悔しがる姿を見ながら、落合監督は思いを馳せている。

 

 

 

 

次の轟こそ抑えて、この回も無失点で抑えようと意気込む降谷。

だがここで、誰も予想していなかった指示が落合監督から出た。

 

 

「青道高校、ポジション変更のお知らせをします。ピッチャー降谷くんに代わりまして、沢村くん。沢村くん……」

 

高校最強打線相手に4回4失点と奮闘している、特に落ち度のないエース降谷に対して交代の指示。

薬師高校を応援しているファン達も、不可解な降板にざわめいている。

 

……だが俯瞰的に見ると、この交代は妥当であった。

ただでさえスタミナ能力が低い降谷が、全身全霊の球を全打者相手に投げ続けたのだ。表情には出していないが、彼は既に意地だけで投げている様な状態であった。

 

それを察した落合監督は、甲子園出場よりも降谷のドラフト1位を目標にしている。

ここでスタミナが尽きて決壊されるよりも、良いピッチングを見せた状況のまま終わって欲しいと考えても仕方ないだろう。

勿論、本人は納得していない様だが。

 

 

「わーっはっはっは!後は俺に任せろ暁!!」

「…………」

「おいおい、早くボールを離せ!投球練習の時間が無くなるだろ!それとも俺が信用出来ないのか?!」

「違う!そうじゃなくて……もっと投げたかったなって」

 

3年間エース争いを続けて来た沢村を、1番信頼している降谷。

だがそれでも、まだ投げたいという思いが勝って中々マウンドから去れなかったらしい。

 

 

「……まだ終わりじゃねぇよ___俺達の目標は全国制覇!この試合も勝って、お前はエースとして投げるんだからな!!

あっ、その前にこの俺が、そのナンバー奪ってやるけど!!」

「うん、そうだね___君にも負けないから」

 

 

 

 

こうして青道は、5回ワンアウトランナー2・3塁で変則サウスポーの沢村に代わった。

青道高校のベンチやスタンドからは、大きな大きな声援が鳴り響いている。

 

 

「抑えろーーっっ!!沢村ーーっっ!!」

「お前なら出来る!!俺達を甲子園に連れて行ってくれぇーーっっ!!」

『おしおし、おーし!!』

 

この歓声は、甲子園を掛けた戦いだからという理由だけでは無い。

沢村栄純という男が信頼を集めているからこそ、選手達は本気で応援出来るのだ。

 

 

「おい雷市ィ、交代した今がチャンスだぞ!一発かましてやれぇ!!」

「まだホームラン出てねぇぞ!!俺と変わるか?!」

「得点ちょうだーい!」

 

2打席1安打の雷市は、泣く子も黙る凶悪な嗤いを浮かべながら打席に立っている。

変化球を7つ持つ、最速143kmの変則サウスポーは薬師雷砲を抑える事が出来るのだろうか?

 

 

___ガギーン!

 

『わあぁ!』

「……ファール!!」

 

___バシッ!

___ブォォン!

 

「ストライク、ツー!」

「おしおし、おーし!!」

『おしおし、おーし!!』

 

怪しい場面もあったが沢村は2球でツーアウトまで追い込み、恒例の雄叫び声を上げてチームメイトと盛り上がっている。

青道側で観戦している、内心薬師贔屓の観客達も何となく一緒にコールして楽しんでいた。

 

まだワンアウトも取っていないのに大げさな盛り上がり方な気もするが……こうやって観客達を盛り上げられるのが、沢村というピッチャーの強みでもあるのだ。

青道高校の選手達は、まだ行ける、俺達なら戦えると闘志を燃やしていた。

 

 

___カッキーーン!!

 

『わああぁぁ!!』

 

「___カハハハハ!!!」

「よっしゃホームランキターッ!!」

「ガハハハ!流石は俺のライバル!!」

「何だ、楽勝じゃん!」

「スゲェ、これが高校最強の大砲……!!」

 

だがそんな微かな希望を完膚なきまでに打ち砕くのが、薬師高校の大砲轟雷市。

場外への特大ホームランで場を盛大に沸かしながら、楽しげにダイヤモンドを回っている。

一緒に塁を回る秋葉と伊川は、雷市なら当然だと言うような満足げな顔で小走りしていた。

 

(なんだ、余裕で勝てるじゃん……なんで1点勝負になるかもなんて思ったんだ?馬鹿じゃん、俺

弱気過ぎたなー、だってコイツらはどんな相手だって打ってきたんだ。青道だけ打てないとか、そんな事ねーし……ま、降谷のスタミナが北瀬並みにあったら話は別だったかもしれねぇけど)

 

どこか冷静な顔をしている伊川だが、6点差も付いて圧倒的優勢になったと内心安堵しながら、さっきまで勝てるかどうかなんて心配していた自分の弱気さを嘲笑っていた。

先ほどまでの悲観的な考えが完全に杞憂となった事を悟り、バカバカしくなったのである。

馬鹿の考え休むに似たりという諺を思い出し、そんなに警戒し続ける必要なかったなと軽く溜息を吐いた。

 

 

伊川がベンチに帰ると、嬉しそうにも寂しそうにも見える微妙な表情をした北瀬が駆け寄って出迎えてくれた。

 

 

「得点おめでと!……てか、なんかさ、この展開って前にもあったよな?」

「ああ、降谷交代直後のスリーランホームランは甲子園でもあったな」

「青道って交代に弱いのかな?」

「ん……分かんね。俺、野球詳しくないし」

「そっか!」

 

北瀬の質問に答えられなかった伊川は、やっぱり俺には頭脳労働なんて向いていないと感じていた。

本人は無自覚だがかなり優秀な頭脳を持っているにも関わらず、思考放棄の癖が強化されてしまいそうだ。

彼が無意識にしていた想定では、内野のエラーで5回4失点位はすると判断していたのだが……思ったより味方野手陣が固かったらしい。

 

戦っているのは、今までの投壊野手陣ではない。

伊川を含めれば甲子園下位レベルにまで落ち着いている事を、冷静に判断出来ていなかった様だ。

普通の野球経験が無さすぎて、今までの経験則で失点予想をしてしまったのである。

彼の失敗は打者陣を信頼していなかった事ではなく、野手陣を信頼していなかった事なのだが、思考を止めた彼は残念ながら気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

「……打たれちまったモンは仕方ねぇ!ガンガン打たせてくんで、バックの皆様!どうか冷静に!!野球が好きだという原点に立ち返って戦いましょう!!」

 

交代直後に被弾したキャプテン兼2番手投手の沢村だが、そこから驚異の粘りを見せた。

9回表まで、その後は薬師打線相手に1失点しかしなかったのである。

初っ端からホームランで3点献上したとはいえ、薬師相手に5回4失点は素晴らしい成績と言える。

 

……そもそも記録上、エース降谷が出したランナーの点数は自責点扱いではない。

そこを考慮すると、沢村の失点は5回2失点となる。

ここだけ聞くと、まるで一般的なバッター達と戦っているかの様だ。メジャーリーグから熱視線を送られる、超弩級の選手達と戦っている様に聞こえない。

 

 

「変則サウスポーの沢村……思ったより良い選手ですね」

「ええ。大豊作ですし取る程じゃないかなと思っていたのですが……下位指名ならアリですね」

「いやいや、薬師相手にここまで奮闘してるんですよ?上位指名も見えてきているのでは?」

「…………確かに今の所は優秀な選手ですが、143kmとそこまで速くない上にコントロールも微妙ですからねぇ。本格的に対策されたら終わりですよ」

「まあ言われてみれば……」

 

(なんて言っとけば誤魔化せますかね?狙いますよ、彼)

 

彼の奮闘を見ているスカウト達は、意外な大活躍に目を瞬かせていた。

甲子園でも割と活躍していたので当然存在は知っていたが、本人の実力でここまで出来るとは思われていなかったのだ。

前回の戦いで活躍した事は、残念ながらマグレだと思われていたらしい。

 

 

___ガギ

___バシッ

 

『疾風のゴロアウトでスリーアウトチェンジ!これで薬師は8-1で9回裏に入ります!!どうでしょう、青道高校は厳しい展開ですが……』

『試合は最後まで何があるか分からないと言いたいですが……相手は最強投手ですからね、7得点は流石に……非常に厳しいと言うしかないでしょう』

『そうですね……最後まで全力で戦った両選手に、観客席から盛大な拍手が鳴り響いています!』

『いや、まだ試合は終わってないんですがね?』

 

 

沢村は持てる力の限りを尽くして投げ、素晴らしい活躍を見せたが……北瀬相手に7点を取り返せる選手なんて、未成年には存在しない。

 

これでも運が良い方だったのだ、青道は。

本気で戦いに来ている薬師相手に2桁失点をせず、実質メジャーリーガーの投手から得点を奪っている。

 

 

___パチパチパチパチ!!

 

「よくやった青道!!」

「良いぞ薬師!今年も全国制覇だ!」

「お前らは俺達の誇りだぁ!!」

「北瀬!!北瀬!!」

「雷市!!雷市!!」

 

観客席は、既に試合終了ムード。少し危うい場面はありつつも王者の戦いを貫いた薬師高校と、最後まで諦めずに全力で走り抜けた青道高校に盛大な歓声が鳴り響いている。

 

 

「おーいお前ら、7点差付いてるからって油断すんなよ?こんな点差、俺達がひっくり返した事だってあるんだ!!

まーシンプルイズベスト!取れる範囲の球は取れ!」

『おうっ!!』

 

油断してるんだかしてないんだか分からない轟監督のありがたい言葉を聞きながら、薬師野球部の選手達は守備に入る。

 

そこそこ固い内野陣と、レフト以外は上手い外野陣。

彼らを信頼しつつ、エース北瀬とキャッチャー由井は最後まで三振狙いを貫くだろう。

打たれなければ失点は無い、俺達2人で試合を終わらせてやると意気込みながら。

 

結局味方を信頼していないのかと言いたくなる様な調子に乗っている思考だが、実際これが最善手なのだから仕方ない。

最速最強の投手は、普段通り平静な顔で最終回に立った。

……今時リトルでも起きない様なミスで被弾した事は、都合良く忘れている。

 

 

 

 




沢村追加失点の相手は伊川です。相性の悪さで単発ホームランを打たれてしまいました。逆に言えば、2発の被弾でしか点を取られていません
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