【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
それと、活動報告や返信の内容が間違っていてすみませんでした。伊川は甲子園で3回も捕手やってないです
『わあああぁぁ……!!』
スタンドから沸き起こる大歓声。
じりじりとした夏の太陽が、まるで選手たちの体力と集中力を努力するかのように照りつける甲子園球場。
熱気は観客だけにではなく両チームの選手たちにも容赦なく降り注ぎ、試合の緊張感を一層高めてた。
その日、3回戦の舞台に登場したのは、全国対立の強豪薬師高校と、五島列島にある小さな無名校、下五島高校。
島の住人全員が応援に来ていると言う事もあり、彼らの声援はスタンドに響きわたる。
彼らの声を聞いた人々は、島全体で野球部を支えているのだという誇りが声援に込められているのが伝わってくるだろう。
「相手の投手って3、4人出てくるんだっけ?球種覚えてねー!」
「覚えてるとさ、逆に違うの投げて来た時に戸惑うから要らないんじゃねー?」
「クソゥ!また俺はベンチか!!」
「最近割と守備も直って来てるのになぁ……残念」
「カハハ……ショクソウ、マツエ、テラモン、打つ!!」
「全員読み方違うぞ、雷市」
だが相手チームにとって残念なのは、薬師野球部の最上級生達は相手を応援する声なんてちっとも気にしない図太い性格をしている所だろう。
自分達への歓声を聞けば嬉しそうに喜ぶ素直さを持ちながら、罵声が飛んできてもいい年して自分の躾の出来てないバカが騒いでんなぁ位にしか思わない鋼のメンタルを持ち合わせてるのだ。
これでは、島全体を上げた大応援の妙な威圧感が発揮されない。
別に応援している本人達は、そんな事を狙ってやった訳ではないだろうが……
試合前のシートノックが始まると、観客達の視線は一気に下五島ナインに向いた。
___カキーン!
___バシッ
___カキン!
___バシッ
「すっげぇな下五島高校!」
「守備だけで言えば高校最強なんじゃねぇの?」
「打撃だけで言えば最強の俺達とは真逆だな!」
ボールが外野フェンス際まで飛ぶと、選手達は涼しい顔でキャッチ。
わずか7分で421本の完璧なノックは、捕れなかろうが逸れようが逸らそうがお構いなしの薬師とは正反対。
山田監督のノックはまるで機械のような正確さ、選手達の動きもそれに肉薄する様な捕球動作で芸術品の様な美しさすら感じられる。
「良いぞ下五島!守備で奴らをブッ潰せェェ!!」
「薬師の守備には我慢ならん……!!」
この試合は、全ての能力がまんべんなく高い様な高校球児らしさを追い求める正統派……と言うか、薬師アンチが多く詰めかけたためか、甲子園一帯が審判以外下五島贔屓になりつつあった。
今回の薬師には懸念事項がある。だから綾瀬川相手だろうと打てると確信していたのだ。
……そう、それは綾瀬川と組んでいる奥村が、軽い熱中症に掛かってしまった事である。
だからオーダー表に由井が居ない以上、あのクソリードの伊川がキャッチングをする事になってしまうのだ。
観客達は、由井はエースのキャッチングに手一杯で2番手投手と練習する余裕なんて無かったのだろうと推察していた。確かに大体合っている。
予想外だったのは……驚異的な動体視力を持つ伊川ならノーサインでキャッチングが出来る事と、綾瀬川の配球力が異常に高かった事だろう。
___バシッ!
「ストライク!バッターアウト!!」
歓声はたった1球、綾瀬川の直球で沈黙に変わった。
彼の直球がキャッチャーミットに突き刺さった瞬間、甲子園全体が一瞬、静まり返ったのだ。
彼の投げたボールの圧倒的な速球と切れ味は、まるで空間を裂くかのような迫力を伴い観客席のどよめきも一瞬消して見せていた。
もちろん下五島の2番バッター山口も、キャッチャー伊川に完全にタイミングを狂わされて手も足も出ず三振を喫している。
急に冴え渡るリードを見せて来た伊川に対し、会場全体が当惑した。
実際の所、リードを考えているのは全て綾瀬川なのだが……そんな事を彼らは知らない。
まさかあの伊川が俺達と戦う時に急にリードが上手くなるなんてと思いながら、バッターの山口は悔しそうに肩を落としてベンチに戻って行った。
初回の綾瀬川は、相手をたった7球で三者凡退に。
薬師アンチの観客は、驚きと失望が混じった様な声をを漏らしている。
「そりゃ下五島じゃ綾瀬川は打てねーって……アイツすげぇ強いからな!」
急に捕手をやる事になったらしい伊川は、半笑いでベンチに座って呟いた。
薬師高校に対して負けてくれと願う群衆が若干不愉快だったので、目論見が外れたのを見て喜んでいるのだ。別に下五島高校に対しては特に何も思っていない。
小さな声で呟いているとはいえ、万が一相手に聞こえていたら問題になっていたかもしれないが……
「おい伊川ァ!お前は油断し過ぎだっつの。勝負の最中に欠伸してんじゃねぇ!」
「げっバレてた、すみません!」
「まぁ気持ちは分かるけどよ?ほぼ勝ち確だしな!
……ま、でも万が一を最低限は警戒しといてくれや!」
「確かにそうっすね」
1回裏が始まると、マウンドには背の低いアンダースロー投手、植草。
彼の投球はかなり独特。
ベースの左端から低い角度で放たれる直球は、左打者の膝元ギリギリを突き抜く。予測とのわずかなズレが、投壊薬師打線すら悩ませた。
___ガギン!
「アウトォ!」
左打者瀬戸の膝元いっぱいに3球連続投げ込まれ、妙にズレたアンダースローに対応出来ずセカンドゴロ。
疾風は外低めの球をひっかけ一飛。伊川にはしっかり打たれて右方向にホームランを打たれたが、北瀬の打球はギリギリフェンス手前で失速。これでスリーアウトチェンジとなった。
「よし……植草、いいぞ!」
山田監督は、安堵の表情を見せている。
薬師相手に1回1失点と言うのは、評価するべき成果だ。
だからといって薬師に勝てるかは怪しいが、ここを褒めずに何を褒めると言うのか。
3回裏まで試合は進んだ。下五島の攻撃は無安打無得点。
2番手ピッチャー綾瀬川のピッチングと、伊川の球界の頭脳とでも言うべきリードを相手にして、下五島の打者は一切抵抗出来ていない。
薬師優位のリズムに飲まれて、一部の選手はバッターボックスで静かになっていた。
守りでは一切失策がなく、3回を4失点で抑えた下五島高校……しかし、攻撃がこれでは厳しい。
甲子園に来るまでの試合は毎回守備が勝敗を分けていたが、今回はそうはいかない。相手は薬師だ。強力な投手を相手にして、 貧相とも言うべき打者陣では立ち向かえない。
「いやー、お任せキャッチングって凄げぇ楽!綾瀬川、この調子で頼むぜー!」
「はいっ!(どこに飛んでくるか分からない150kmを取るのが楽って……この人は感覚がズレてるなぁ)」
「マジで強いッスね!この組み合わせ!!相手が守備型チームじゃなきゃ、もっと本領を発揮出来てたのに……」
「確かに!」
薬師野球部には圧勝ムードが漂い、普段通りのお気楽な会話を続けていた。
綾瀬川は1度もヒットを打たれていない所かフォアボールも出していないので、下手したら完全試合狙いになるのだが……その辺を理解しているのだろうか?
平凡なゴロなどを捕逸したら、流石に外野からの戦犯呼ばわりは免れられないが……まぁ態々ネットで調べなければ他人の声なんて聞こえて来ないので、実質ノーリスクと言えばノーリスクなのかもしれない。
「ハァ……ハァ……」
「交代だ、植草。頼んだぞ松浦!」
4回裏、山田監督は限界を迎えた植草を降板させ、2番手の松浦をマウンドに投げた。
___カッッキーン!!
『わああぁぁ!!』
松浦が甲子園で初めて投げた球は、雷市のバットに吸い込まれる。甲子園の旗を突き破るかの様な、と言うか実際に棒をぶち折った豪快なホームラン。
松浦は甲子園の空を高く見上げ、ボールがスタンドに突き刺さる様子を呆然と見ていた。
「痛いな……」
山田監督は、こっそり小さく呟いた。
火を噴く薬師打線の打球を、正に鉄壁の守備で防ぎ切る下五島野手陣。
しかし回が進むにつれ、こまめに失点を積み重ねていった。
植草に続き、一瞬で松浦も薬師打線に捉えられた。
薄々分かっていた事とは言え、手塩にかけて育てた生徒達が無残に負けていく姿は心に来るものがあった。
試合の対局を見定めて生徒達の全てを掛けた試合を判断する監督としての焦りが、心の中で徐々に膨らんでいく。
試合は終わっていない。だから諦めるには早いが、薬師の圧倒的な攻撃力に対して、下五島の守備でも持ち堪える事が出来ないのだ。
4回裏はしばらくの間、薬師の攻撃が続いた。
松浦は途中でなんとか踏ん張り直し、後続の打者を凡退させたものの1回2失点。
試合の流れが完全に薬師に傾いている事を、誰もが理解している。
6回裏、また薬師の攻撃が始まる。
松浦はまだマウンドに立っている、疲労が隠し切れない。
身体的な疲れもあるだろうが、3失点という重みが彼の心を押さえ付けていた。
「ここで踏ん張れ、松浦!」
しかし、松浦の投球は既に薬師打線に捉えられている。
2番の火神がセンター前ヒットを放ち、続く伊川が鋭い当たりを打っ。ボールは左翼手へと飛び、並木が必死に追いかけるも、届かずフェンスに直撃。これで薬師が再び1点を追加し、下五島の反撃の芽を摘み取ろうとしていた。
「松浦、よくやった。寺門!頼んだぞ」
山田監督は、ついに3番手の寺門を投入することを決断。
彼は長崎市からの留学生であり、下五島の島民で構成されたチームにおいて異色の存在だった。
そのトルネードサイドスローの投法は、今の今まで軟投派投手を使っていた下五島が急に体の捻りから角度を突いた重い速球派投手を使った事もあり薬師打者陣を翻弄した。
7回裏になり再び寺門がマウンドに立つと、スタンドは盛り上がりを見せた。彼の投球は面白く、反薬師の観客達は興味深く見守っているのだ。
寺門は初球から140kmを超えるストレートを投げ込み、9番綾瀬川を圧倒した。
「寺門なら___抑えられる」
山田監督は期待を込めてそう語った。寺門は薬師の打者たちを次々と凡退させ……ると思った人もいたらしいが、上位打線に入った途端に打ち込まれてしまった。
ちなみに、綾瀬川の完全試合も崩れていない。
彼の圧倒的な投球が続いている中、誰もがこのまま無傷で終わるのではないかと感じていた。薬師野手陣という罠が作動しない事を、多くの観客達は祈っている。
「ストライク!バッターアウト!!試合終了ーー!!」
『わああぁぁ……!!』
13-0の9回裏、綾瀬川は最後の3人を簡単に三振。
70球で打者27人を危なげもなく三振に切って取る完璧な甲子園初試合を見せ、薬師アンチを昇天させていた。
これで一転してファンになった人や、逆にアンチ活動を加熱させていく人の二択に分かれたとか。
日本中を照らす太陽の様なピッチングは、影も強く深く作り出してしまうのだろう。
本人はそんな事、全く望んでないのだが……
ちなみに……薬師部員達には関係ない話だが、試合が終わった後のの寺門はプロ志望届を提出しようか悩んでいた。
4イニング5失点の投手なんて、誰が取ってくれるのだろうと思いあぐねてしまったからだ。
実際の所、北瀬相手にそのピッチングを出来たなら十分ドラフト指名リストに入っていたと思われるのだが……
すると野球部長が呼び出した。なんとマリナイズのヘンソンスカウトが、態々こんなド田舎までやって来てくださったのだ。
曰くヒテオのようなトルネード、更にそこからサイドハンドで角度と重さのある速球を投げ込む姿に可能性を感じたとか。
そこからトントン拍子に来年2月のトライアウトまで話が進んだ時、寺門はすっかりその気になってしまい、日本でプロになる事なんて考えなくなってしまった。
そこから英語の勉強と、ヘンソンから渡されたピッチングドリルの消化に取り組んだ寺門。
来年春、寺門が球団の費用で参加したトライアウト。
最速145キロの直球・角度とキレを強調した2種類のスライダーを使うトルネードサイドピッチャーとして打者をキリキリ舞いした彼の姿を、北瀬はちらと見ることになる……のかもしれない。
Q.白鳥沢と同じ位の点差っておかしくね?
A.3人で継投したピッチャーと、1人で完投したピッチャーの価値は違うと思います。多分…