【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
「……ギリギリまで迷ったけどよ。やっぱ公式戦で、1度はリベンジさせるべきだな」
「『百聞は一見に如かず』と言いますし、彼の事を申告するにしても実戦の場で見せた方が良いでしょうね」
「ですよねぇ……つー訳で、悪いが今回は伊川に任せる」
「……3回戦でも、伊川さんは完璧なキャッチングを見せていたので正しい判断だと思います」
準決勝で薬師と当たったのは、順当と言うべき大阪桐生。
言わずと知れた大阪の超名門であり、全国大会常連校。守備も堅実でチームの結束力の強さも長所と言える、欠点が無いチームだ。
神宮大会では北瀬無双の前に敗北し、選抜ではDL学園と同様に台風薬師を意識し過ぎてしまい、ジャイアントキリングに巻き込まれた結果敗退。
今回どうせ薬師と当たるのならばせめて決勝ではなく、準決勝で……それは決勝で上がってくるであろう巨摩を前に北瀬涼という鬼札が一番出し辛い場所で当たることを理由に望んでいた。
結果として大阪桐生は望み通り準決勝で薬師高校と当たったが、残念ながら投手は北瀬で来るらしい。
決勝でも当然エースが投げるだろうに……負傷リスクを考えていないのかと、大阪陣営は訝しんでいる。
その上なぜか、恐らくキャッチャーのポジションに伊川を据えると言う事実が彼らを困惑させていた。
勿論、勝ち目が見えて来た事に狂気狂乱もしていたが。
「___あ???なんや、このオーダーは……そら今年の薬師は誰が見たって最強や。からって負けてもええなんて、ウチの誰も思うとらん。
勝負の為の鍵は揃った!勝って、今年こそ優勝旗はウチがもらうで!!」
「何でこんなオーダーになったんですかね……?」
「さぁ。まさか、由井と奥村が相次いで離脱した……とかか?まぁ理由は何でもええわ!」
薬師のオーダーを見て、誰もが困惑した。
投手が北瀬涼……勿論それは問題ない。準決勝でも投げさせるのかと言う懸念はあるが、問題とする程の事では無い。
伊川始がセカンドにいない……それも許せる範囲だ。今季の薬師は最強の布陣、1人が抜けた程度で絶対的優位は揺らがない。
だが___捕手が伊川始と言うのは許せない。
打者としては最高、野手としても最高。
但し素人目でも、特に崩壊守備の薬師でそれはダメだろうと思えるレベルのリードを平然と行う男が、甲子園準決勝という大舞台で今まで散々足を引っ張って来たエースと組む事に観客達は怒りを見せた。
まぁミーハー達は、3回戦で見せた伊川の完璧な動きによって納得していたが……知恵のある玄人達は騙せない。綾瀬川が実質リードしていた事は、多くの観客達にとって周知の事実なのだ。
「また伊川と組むなんて、不思議な事もあるもんだな!」
「まぁ北瀬が勝手に投げてくれんなら、リードは俺の責任じゃないから良いけど……由井にやって貰えば良いのに」
「ガハハハ!試合が始まる前から悲観的になっちゃあいかん!俺の様に堂々と構えてろ!!」
「そう言う問題か?それ。いや、そんな物かも……?」
普段通りのお気楽ふわふわ思考のまま試合に望む最上級生達。この状況で、肝が座り過ぎている。特に三島。
因みにその頃、U-18の選手達と薬師OBはTVの前でお茶を吹いていた。そんな空気の中、準決勝が始まる。
___カキン!
___カキーン!
___カッキーン!
「まぁこんなモンだろ」
「牛島の時よりは楽」
「ホームランキターー!!」
最早お決まりのように秋葉がシングルヒット、伊川がツーベース、北瀬がホームランを打てば後続のヒットが続き、あっという間に初回4点。
問題はその裏___本当にキャッチャー捕手を、綾瀬川無しで運用して良いのか。
___バシッ!
___バシッッ!
___バシッッ!
「ストライク!バッターアウト!」
___バシッッ!
___バシッ!
___バシッッ!
「ストライク!バッターアウト!」
___バシッッ!
___バシッッ!
___バシッ!
「ストライク!バッターアウト!」
そんな声を払拭するかの様に、瞬きの間に三者凡退での交代劇。
最初は様子見、配球傾向を探っていけという指示があったものの、流石に彼等も気づく。
伊川始は配球など考えていない、彼が……絶対に北瀬の球を溢さない的になっている事に。
捕球技術だけは定評のあった男だったが、まさかの投手がボールを手に取った瞬間には投球を開始するという状態。
合図の様子も一切無いまま、完璧な捕球を見せていた。
あっさりと三振を取られ続けた大阪桐生。
キャッチャー本人よりはマシとは言え単調なリードを利用し、クリーンナップ陣がなんとか出塁しても、最初からその予定だったかと思う程に簡単にゲッツーにされ……
バットを振っても打てない。
バントでも簡単に伊川にアウトにされ、様子見をすればあっという間に奪三振。
何をやっても、大阪桐生は2塁以上先には進めない。
その動揺は投手達にも伝染し、次の回からも薬師は次々と点を入れていく……
格言にある通り、野球の打線というものは水物で、運も大きく絡む。
だが、それらには大きな偏りがあるのだ……所謂『流れ』と呼ばれる。
勝ちの流れに……つまり優性な状態であれば、余裕を持ってプレーを行える。
だが逆に、全く反撃のチャンスを作れない状況では萎縮しヤケになり、攻防関わらず冷静な判断ができなくなる。特に多感な時期であれば猶更に。
そうなれば___確実に勝率は低下する。
無論大阪桐生の監督松本とて、指を咥えて眺めていた訳ではない。喝を入れ、配球傾向を探り、代打を回し……
だが敢えて講じた策を潰され、当然士気は更に下がった。
充満する無力感、虚脱感、虚無感。
止まらない負の連鎖は際限なく加速。遂には野手陣も普段であればしない様な、らしくもないミスまで現れる。
「伊川ー!そろそろホームランが見たいぞー!!」
「伊川っち!ガツンと一発、オナシャース!」
そんな中、公式戦準決勝にも関わらず大差が付いてしまった7回で、伊川始の打席に回った。
秋葉と北瀬が2・3塁にいる状況。ここで、彼は思った。
そういえば……今までホームランは何度か打ったけど、公式戦ランニングホームランとかしたことなかったな、と。
___カキーン!
彼は初球を簡単そうに打ち、猛スピードで2塁へと進む。
飛距離はあっても球は少し浮いていた。しかし外野が追いつけず、フェンス手前で落ちる。
ランナーは一斉にスタートしホームに向かう中で……信じられない事が起きてしまった。
浮いて落下した際バウンドしたボールがフェンスに跳ね返り、外野手の頭上をふわふわと浮いたのである。
『はあああぁぁ??!』
通常、フェンスに直撃した球は当然手前側に跳ね返る。
だが彼はわざとフェンス手前に、浮かして落とすことでボールを上に跳ね返したのだ。
つまり伊川はフライで打ち取られない様に、『打ってからホームにボールが戻ってくる時間が最も長いコース』を計算して打ち込んだらしい。
結果として、3ランランニングホームランとなった。
……そこから先はもう、語るまでもない事である。
大阪桐生にとってこの敗戦は、まだ相手がベストメンバーであればマシだった。
世界最強率いる最強に、最後まで諦めず立ち向かったという矜持と共に胸に張ってグラウンドを去れただろう。
そうでなくても、いつもの投壊試合であれば……
だが、何も考えずに投げる相手にただ1点すら入れられなかったこの試合は……事実上北瀬の投球練習場だった。
白鳥沢学園との試合が終わった後、明晰な頭脳を持つ綾瀬川は伊川にこんな質問を投げかけていた。
「その……伊川先輩、いつもどうやって相手のボール見極めてるんですか?」
「皆に聞かれるんだけど……どうって言われても、普通にボール見てるだけなんだよなぁ」
「相手投手の癖を掴んでいると言う訳ではないですよね。経験とか勘とかも含めた選球眼?っぽいのは分かるんですけど、何て言えば……
あっ、そうだ。変化球の一部は途中で球筋が変化するじゃないですか、あれはどうやって判断してるんですか?」
綾瀬川が言う、よく分からない言葉に困惑している伊川。
困って小さく首を傾げながら、彼にとっての一般常識を口にした。
「ん……?球筋が途中で変わる……?何言ってんだ?投げられた後のボールの球筋が、途中で変わる訳ないじゃん」
「___あっ」
こうして、【伊川のキャッチャー×が無くなった!】
伊川始という選手は、全く捕手に向いていない。
純粋に素質という意味でなら、厳密に言えば事実とは異なるが……少なくとも今の現状においては間違いではない。
彼は野球あらゆる技術を同世代において究極と呼べる領域で修めながら、その独特な感性1つでキャッチャーへの適正を失っていた。
真面目に試合に取り組んでいれば当てられて当然のボールがバッターに当てられるのは、彼にとって当然の帰結。
故に、自分のリードが悪いと言われて納得していようが、原因がパターン性にあると言う当然の理屈が自力では導けなかった。
自分に向かって飛んでくる球に反応出来ないと言う事が、既に彼にとっては共感性の欠片もない事なので。
そして……残念ながら、最初からずっと担当していた人間が北瀬であった事も悪かった。
前提として北瀬涼という人間は感覚派であり、また自分の事を客観視することが苦手な性格をしている。
成果が出ない場合、運が悪かったか、俺に実力が無いのだろうと考えているのだ。
それは野球人としての心構えがどうこうという話ではなく、彼の中では何事でも真実である。究極的に言うと、己が出した結果の全ては自己責任だとナチュラルに思っているからだ。
誰かに急に殴られようと避けなかった自分が悪いし、誰かに騙されようと見抜けなかった自分が悪いと思っているのだ。
その理論を他人には適用しない辺りが、彼の独善性を表しているのかもしれない。
だから打たれる原因の殆どが、親友である伊川にあるなどと言う発想自体が彼の頭には出て来ない。
薄々彼のリードが悪いとは察していても、結局の所は未熟な俺が悪いと判断してしまうのだ。
ついでに、目に見えて自チームの守備が壊滅的だった事も関係しているだろうが……
伊川本人がこの世で最も信頼する男が、リードに全く不満を覚えず良しとしてしまっている。その1点が、彼の捕手としての成長にこれ以上なく致命的だった。
人間的には兎も角……野球という競技においてバッテリーという関係性である互いの強みを、絶望的なまでに殺し合ってしまう組み合わせだった事になる。
もう今更言っても仕方のない話ではあるが……もし、リスクを恐れず、早い段階で捕手経験のある三島達と組ませて試合に出させていれば。
もし、伊川が心酔してると言っても良い真田と組ませた上で、彼が少しでも苦言を呈していれば。
自分とそれ以外での違いについて真剣に考える機会があったのなら、キャッチャーとして覚醒する切っ掛けがどこかで生まれていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
「今更な事ではありますが……私が来たばかりの頃、伊川ともっと真剣に向き合い教えられていれば、また違ったのでしょうか」
「いやー、あれ以上は難しかったっすよ。それに結局、唯一マトモな2遊間の片側が丸々居なくなるって思うと簡単に抜けなかったですし。
コーチが落ち込む気持ちも分かりますが、全身がフィクションじみた人の才能を見抜けって方が無茶っすよ……」
片岡コーチ、轟監督、由井薫の3人が参加した結果判明した伊川の捕手適性会議。
それは、せめて全てがもう1年早ければ違っただろうと言う結論を以て決着することとなった。
ちなみに当の伊川は、綾瀬川次郎と何時間と議論を交わしている内に、誰にも知られぬまま幾何学的とも形容するべき程に常軌を逸した速度の超進化を引き起こしていた。
「なるほどー、皆が言ってたのってそういう事だったんだ。何となくは分かった、ありがとな!
後は……投手への指示の出し方と、他の捕手とバッターの動きの連動傾向さえ掴めれば、俺でもリード出来そうか」
【伊川は球界の頭脳のコツを得た!】
「ま……もう捕手やるつもりねぇから関係ねーけど」
【伊川は球界の頭脳にポイントを割り振らなかった!】
斯くして、彼自身がプロ入りの際に捕手を一切希望しなかったが為に捕手としての才はひっそりと埋もれ、人類史上最強の安打製造機兼名2遊間として世界に名を馳せる事となる。
「試合終了!19-0で、薬師高校の勝ち!礼!!」
『ありがとうございました!!』
『ありがとう、ございました……』
伊川が悪辣なランニングホームランを決め、アーチスト軍団が花火大会をする裏で秋葉はしれっと7打席6安打を記録。
その晩肉を摘まみながら、本人は選抜じゃ奇跡的に全打席ホームランも達成できたけど、やっぱ俺って本来こういう地味な活躍がメインだよなと妙にぶつくさと言っていた。
1シーズン切り取っても3割で強打者、4割で怪物と呼ばれる世界でこんなこと言ってる奴がいたら、普通はドン引きモノである。
にも関わらず、感覚がぶっ壊れている黄金世代組は、まぁまぁ次は頑張れば良いじゃないかと本気で慰めていた。
それを聞いていた黄瀬やパワプロなどは、常識人ぶってるこの人もこの人で大分イッちゃってんなーと、内心で暴言を吐いていたとか。
ちなみに大阪桐生3年世代の、ベンチ入りしていた選手の実に半数以上が卒業後に野球を辞めた事など、薬師1軍メンバーは誰も知らない。
今回の試合、大阪桐生の総攻撃時間が20分にも満たなかった事も知らない。
Q.何で悪癖が治った伊川にリードさせなかったの?
A.悪癖が治った事は本人しか知らないからです。
指摘した綾瀬川も、まさか1日で修正して来るとは思ってませんでした。
Q.総合的には白鳥沢とか下五島より強いのに、失点が多いのはおかしいよね?
A.最初から割と勝つのは諦めていた白鳥沢と、希望から絶望に叩き落された大阪桐生ではメンタル面が違いました。
まだ失点を減らして見栄を張ろうと思っていた白鳥沢の選手達の方が、モチベーションを高く保てたらしいです…後は運もありますが。