【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

244 / 288
214球目 日本一の

 

 

 

 

一般的にプロ野球では、ホームチームが後攻でビジターチームは先攻とされている。

アマチュアでトーナメントである場合には、試合開始前にコイントスかじゃんけんやくじ引きが多い訳だが。

 

この試合が始まった経緯とその意義を鑑みれば、挑戦者である日ツナが自然と先手という形になった事は、総てが常識破りのこの試合に於いて数少ない順当な出来事と言えただろう。

 

 

そんな日ツナ側の先頭打者としてバッターボックスに立ったのは、2年連続のリーグ最多得点と初の打率3割を記録し最多得票でゴールデングラブ賞と、ベストナインを受賞した経歴を持つ男だった。

それらの一流の証を打ち立てたまさにプロフェッショナル、プロの舞台を目指す球児達にとって正しく雲の上の様な存在だ。常日頃、彼一人の雄姿を見る為だけに球場に駆け付ける者もいるだろう。

 

 

___バシッッ!

 

「ストライク!」

 

しかしながら、今はピッチャーマウンドに立つ彼に視線が集まった。

 

 

彼を見た誰かが嘗て一番星とそう呼んだが、今となっては彼の輝きと引力は太陽のそれに近いだろう。見た者の目を焼いて、引きずり込み、己一色へと染め上げる。

 

人類の壁を超えた男の桁外れのパフォーマンスを見れば否応無しに注目を集めるのは当然の事であるし『人気者』と非常に簡素な言い方をすれば確かにその通りだが。

___明らかにそれで説明できる領域を超えていた。

 

 

 

 

北瀬が投球の準備に入ると、地鳴りのように響いていた観客席は瞬時に静まり返った。ざわめきは消え、ピッチャーマウンドを見つめる視線が集まる。

いつも通りの仕草で、彼はゆっくりと肩を回しながら由井のサインを待つ。今この瞬間、彼の周囲だけが時間を違う速度で流れているかのようだった。

 

相手の先頭打者がバッターボックスでバットを肩に乗せ、鋭い目つきで北瀬を見据えている。

しかし、その視線もまた北瀬の存在感にかき消されるかのようだった。彼の背後にある薬師高校のベンチメンバーも、全員が一丸となって北瀬の投球を見守る。

 

第二球目も北瀬は迷いなく腕を振り抜いた。

 

 

___バシッ!

 

「ストライク!」

「……この国でそんなん投げてくる投手は君しかおらんぞ、ったくもう監督も無茶言いよってからに」

 

ボールは鋭く内角を突きバッターは見送ることしかできなかった愚痴を溢しつつわずかに苦笑いを浮かべ、バットを軽く振り直した。北瀬がただ速い球を投げるだけの選手ではないことはずっと前から理解していた。

しかしいざ打席に立てば、こうも違う。

 

観客席からは、漸く驚きと賞賛の声が上がる。

 

そして、第三球目。北瀬はさらに冷静にしかし力強く腕を振る。その球は完璧なコースに決まり

 

 

___バシッッ!

 

「ストライク、スリー!バッターアウトォォォ!!!」

 

 

バッターは全く手を出せずに三振に終わった。

審判の力強いアウトのコールとともに観客席からは大きな拍手と歓声が湧き上がっていく。

北瀬は軽く息を整えて次の打者を迎える準備をした。その動作には一切の迷いがなく、ただ勝利を目指して進む意志の強さ。

 

試合はまだ始まったばかりだというのに、既に彼の圧倒的な存在感は球場を支配した。

 

次の打者もまた、北瀬の投球に挑むが結果は同じだった。

鋭いスライダー、完璧なカーブ、そして圧倒的なスピードの直球。

すべてが打者の手元で変化させる事で彼らのタイミングを狂わせ、次々と三振に倒れていく打者達を前に冷静さを保ち続ける。

 

 

___バシッッ!

 

「バッターアウト、チェンジ!」

 

息もつかせぬ三者三振___打ち取られた3人は何れもプロという舞台のその第一線で名を馳せた猛者達である。

観客席からは歓声と驚嘆の声が入り混じったどよめきが沸き起こり、球場全体が揺れ動く。

 

北瀬はただ、静かに次の回に向けて準備を始めていた。

 

 

「北瀬先輩お疲れ様です、こんな舞台だと言うのに全然緊張してないですね」

「由井もナイスキャッチ!まぁ、U-18と変わんねーし」

「カハハハ、キタセムソー!」

「今日打席立てねーし、雷市も頼むぜ!」

「分かってる!___打って打って、打ちまくる!!」

 

 

 

 

 

 

試合開始前の食堂はやけに静かだった。

普通なら、引退した仲間たちが久々に顔を揃えればすぐに賑やかな声が飛び交うはずだ。

でも今日は違う、この試合の意味を全員が理解していたからだろう。俺、多田野樹は画面に映る薬師高校の選手達を見つめていた。

 

隣にはエースの赤松と久々に会う仲間たちの顔がある。

 

 

「どうなるんだよ、これ……」

 

その呟きは誰に向けたわけでもない。

だが、食堂にいる全員が同じ気持ちでいることは分かっていた。

 

試合の始まりを告げるサイレンが鳴り響き、観客のざわめきが画面越しに伝わってくる。

北海道日本ツナファイターズの監督がマイクを握って挨拶を始めている。俺は無言でその様子を見つめ、薬師の選手たちの表情に注目した。

彼らは堂々とした立ち振る舞いでプロの選手たちと対峙している。

 

 

薬師が勝つというよりは、そう願う者もこの中には多くいる。

 

稲城に限らず名門の看板を持つ野球部に入る者はほぼ例外無く野球に人生を捧げている

中学生(シニア)の時から、あるいは小学生(リトル)の時から……

 

その過程において『君には才能がある』『甲子園でスターになれる』『お前ならプロになれる』そんな風に言われずこの場所に来なかった者はいない。

 

少なくともそれを口にした人間にとっては煽てたつもりもなければ紛れもなく見たままの本音で、真実だろう。

ただ、その期待に応えられなかっただけの話だ。

 

絶対的な壁として幾度となく甲子園への道を阻まれ、野球人としての人生設計を跡形もなく破壊された者はこの学校だけでも両手の指では足りるまい。

故に、そんな薬師の彼らに例え誰が相手でも絶対無敵の存在であってくれ願う者がいるのはある種道理だろう。

 

 

「―――オイオイ、本当に始まっちまってるよ」

「うわっ!現地の盛り上がりやべー!」

 

稲城実業の一室、稲城実業野球部は引退した俺達3年生も含めて寮の食堂に集められ、とある野球の試合の観戦を行っていた。

大画面に映し出されるその試合は、あの薬師と日ツナのエキシビジョンマッチ。

つまりは高校生とプロの正面対決である。

 

絶対的である筈のプロアマ規定を捻じ曲げて球団丸々と絶対頭が上がらないありとあらゆる組織を動かしてやる事が、例え建前としても一高校生のお別れ会だというのだから……それ以前にそれが建前として成立すること自体全く意味不明と言う他無いだろう。

いやあるいは、そんな常人の尺度を人類の壁を超えた男に用いること自体が間違いなのかもしれない。

 

 

「多田野先輩、これどっちが勝つと思います?」

「ちょっと俺には想像も出来ないな、なんせ投手が投手だし、相手も相手だ」

 

薬師高校も北瀬も高校球児であれば今や知らぬ者の居ない存在だ。というより、今この学校で野球部に限らずその存在を知らない奴が居たとしたら、モグリ云々よりもまず精神の方を疑われるレベルだろう。

最も俺が入学した時はどちらも全く無名であったというのだから、全くもってタチが悪い。

 

 

甲子園確実とまで言われた成宮鳴擁する稲城、入学早々150の大台の怪物投手という次世代の絶対的エースを新たに天才捕手御幸を抱えた青道。

加えて選抜ベスト8市大三高という三国割拠の状態。

 

そんな中でいきなり現れて甲子園の切符を搔っ攫い、かと思えば秋では勝手に人数不足で自滅で再戦を宙ぶらりんにされて、念願適った選抜ではまさかの素人に討ち取られ、次の夏では鳴さんを中心に必勝を誓い。

___それでも勝てなかった。

 

甲子園の舞台に立つことを俺たちは夢見ていた。

成宮鳴と一緒に、俺たち稲城実業が日本一になる未来を信じていた。でもその夢は叶わなかった。

 

 

___お前はアイツラに勝てよ。

 

 

あの鳴さんの引退を賭けた夏の地区大会決勝の後、鳴さんが俺達に託した言葉が、胸の奥でずっとくすぶり続けている。俺達はあの言葉を背負い、薬師に挑んだけれど、結局は勝つことができなかった。

あの人は、プロの世界で既に結果を出している。

彼はその舞台で成功しているが一方で俺達はあの言葉に応えることが出来なかったという現実だけがあった。

どうしようもなかった、俺には……

 

 

 

 

いや違う、鳴さんと一緒に、あるいはその次の秋大会で。

その時に俺は北瀬の球を、例え一打席でもエラーに依らず死に物狂いで打たなければいけなかった。その成果を、結果を、億万に1つのマグレであろうと出さなければいけなった。

 

俺達が決してただ負けるだけに行う試合の日を待つだけの存在ではないのだと、俺は皆に例えそれが仮初でもハリボテでも示すべきだったんだ。

それが出来なかったから、稲実はこの一年間ただ敗北を待つだけだった。

 

地区大会で敗れたあの日のことがまだ頭から離れない。

あの夏の最後の試合、俺たちは6回コールドという屈辱的な形で散った。

終わったというよりは、もう何もできる事がなくなってしまったという方が感覚としては近い。俺の中で燻っているのは何なんだろう。後悔なのか、それとも未練なのか。

 

託された「打倒薬師」は自分の実力にはあまりにも重すぎると自覚していたが自分の持つ全力を振り絞って足掻いて、藻掻いて、けれど本当にただそれだけで……

 

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

赤松が俺の様子を見て心配そうに声をかけて来た赤松に俺は軽く笑ってみせたが、その笑顔がぎこちないことは自分でも分かっていた。

 

 

『仇討ちの準備してくる』

 

そんな夏の大会が終わってから、鳴さんから流れてきた一通のメールは余りにも簡潔なものだった。

 

鳴さんの卒業後も連絡は偶に来るが、内容は一方的な物が多い。おまけに愚痴っぽい連絡も時たま流れてくるし。

 

7回無失点でのインタビュー騒動の時は、一体あの人は卒業してまで何をやっているんだと心底呆れたものだったが……

何処に行ってもあの人は、成宮鳴はここと変わらず歩み続けているという事実がどこか少し嬉しくもあった。

 

だからこのメールには、少しばかり笑ってしまった。

プロの舞台でリベンジとはいうが、相手がメジャーの舞台へ進むことが決まっている北瀬涼となれば、それはまず日本のトップに君臨するレベルの成績を残さなければ対戦の仕様もないだろう。

 

如何に成宮鳴でも生半可な事ではない。

そんな事は本人が一番分かっている筈だろうに。

 

___と思ったらまさかのこれだ。流石鳴さん、千載一遇の機会を引き寄せる運まで持っている。

勿論本人も、こんな超展開で戦う事になるなんて分かっていた訳ではないのだろうけど。

 

 

……正直な所、今の俺がどちらが勝ったと今更聞いたところでああそうなのかという程の気持ちしかないだろう。

だから今、願う事はただ一つ。

 

そう思っている内に日ツナチームの攻撃が終わり。

___続く先発投手の姿に皆が大声を挙げて沸き立った。

 

 

「貴方は貴方の、今できる最高の投球を見せてください。鳴さん」

 

 

 

 




「慣れねえプレゼンしてまで先発出して貰ったんだ。
___これで見てなかったら後でぶっ飛ばすからな、樹」
「鳴、前の事は気にし過ぎんなよ」
「分かってるって!一番の理由は俺自身の為だよ!」
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