【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話   作:いちごケーキ

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223球目 才能マン

 

 

 北瀬がメジャーリーグに旅立ち暫く経った頃、後にキセキの世代と呼ばれる選手達はメディカルチェックや入団発表をした後、華々しく入寮を果たしていた。

 特にメジャーから200億の提示をされた伊川を取る為のカメラマンは多く、迎えに来てくれた車から出た瞬間、多くの記者達の熱烈な視線を浴びている。

 

 

___パシャパシャ、パシャパシャ

 

 この日は選手達の持ち込む物が注目される事が多いのだが、彼の持つキャリーケースの中には、多くの調理器具が入っていた。

 寮は食事が出る事は分かっているのだが、やはり趣味の料理は外せなかったらしい。

 真田先輩に料理を振る舞う約束もしていたので、当日持ち込む物をこれにしていた。

 

 

「入団おめでとうございます!早速ですが、選手の個性が出る持ち込み物!伊川くんは何を持ってきていますか?」

「はい。趣味の料理の為に、今日使う予定の食材と調理器具を持ってきています!」

「りょ、料理ですか……それは振る舞う為でしょうか?」

 

 今までトランクいっぱいに調理器具を持ってきた選手は居なかったのか、アナウンサーが一瞬困惑した顔をした。

 だが直ぐに気を取り直し、彼から面白い話を聞こうとしている。流石は取材のプロと言った所だろう。

 

 

「そうとも言えますね!真田先輩とか先輩達の友人達に料理を振る舞う約束をしているので」

 

 真田は、伊川が自らが所属するチームへの入寮が決まった後に、料理を振る舞って貰う約束を取り付けていた。

 これはただ単に栄養価が高くて美味しい物が食べたかったのもあるだろうが、彼が早くチームに馴染める様にという先輩心も含まれている。

 いや、そもそも寮の食事も美味しいから、伊川の為を思っただけなのかもしれない。

 

 とにかく彼のコミュ力は、自分と周りが快適になる様にする事に長けていた。

 

 

「へー!何を作るんですか?」

「えびと白身魚の南インド風カレーです」

「本格的ですね、おいしそう!」

「ありがとうございます、皆さんに美味しいと言って頂ける様に頑張って作ります!」

 

 入寮して真っ先にするのが料理の献立について話す事のいうのが、ある意味伊川らしいのかもしれない。

 彼は未だに、自分が格好良くなる事に多少の興味はあっても、野球に対する興味はあまり無かった。

 

 

 

 

 

 

 長めの取材を終えた後、今日から自室になる部屋に来た伊川は慄いていた。思ったよりも部屋が広く、まるで一軒家の様であったからだ。

 

 

「けっこー広いよな!ここに住み続けても、何の問題も無さそうだ」

 

 荷物の整理を手伝ってくれている真田先輩が、嬉しそうな顔をしながら喋っている。

 伊川もニコニコとしながら、彼の言葉に耳を傾けた。

 

 

「ですよね!恋人が居なかったら、この部屋に住み続けたかっただろうなと思います!」

「えっ、始って恋人いたんだ」

「…………えっと」

 

 久しぶりに尊厳する先輩に会って、気が緩んでいた彼は失言をしていた。

 伊川は勇気が出せず、未だに恋人の兄でもある真田先輩に付き合っていると報告していなかったのだ。

 

 

「半年前から、唯奈さんと付き合わせて頂いてます。報告が遅れてしまって、すいませんでした!!!」

「えっ?……ええーっっ??!」

 

 分厚い壁を貫通しそうな勢いで叫びながら、彼は頭を深々と下げた。真田先輩に不義理を働いてしまった事に対して、本当に悔いていたのだ。

 なら最初から報告しろよという話だが、彼はまだ自己肯定感がかなり低く、反対されて別れさせられてしまうだろうと恐れて話せなかったのである。

 

 

「全く聞いてねぇんだけど?!」

「すみません!!マジですみません!!」

「いやいや、ビックリしたけど別に良いさ。別に付き合ってるってだけで兄に相談する義理なんてねぇしな!それに、お前なら安心して妹を任せられる」

 

 真田は寛大な心で伊川を許した後、これからは妹を任せると太鼓判を押した。

 ちょっと常識外れな所はあるけど、性根は優しくて天才な後輩と妹が付き合う事には大賛成だったのだ。

 寧ろ、良い男を捕まえたなぁと感心すらしていた様だ。

 

 

「ありがとうございます、絶対大切にします!」

「いや、まだ結婚した訳でもないんだし、そこまで誓わなくても良いけどな?」

 

 伊川の決意表明を聞きながら、真田はついそう漏らしていた。彼はほぼ確実に有言実行する上に、愛がかなり重い事を知っていたからである。

 

 

 

 

 

 

 そんな事がありながらも真田先輩に協力して貰って直ぐに部屋を片付けた伊川は、3時間近く掛けて本格カレーを作っていた。

 

 

「おっ、これが伊川の作ったカレーか。随分本格的だな」

 

 ヤクルスワローズの中で真田と1番仲が良いカルロスが、出てきたカレーを見て少し驚いた様な顔をしている。

 興味本位で食べてみたかっただけで、ここまで凄い物を期待していた訳では無かったからだ。

 

 

「ありがとうございます。偶に家でも作ってたんで、味は多分問題ないと思います!」

「伊川は料理も美味いからな!高校時代は何度もお世話になったんだよ〜」

 

 真田先輩がナチュラルにハードルを上げた事に苦笑いしながら、伊川はカレーを丁寧に盛り付け続けている。

 エビとコリアンダーが見える様に丁寧についだ後、コップにラッシーを注いでトレーに乗せた。

 

 

「俺も料理は得意な方だと思ってたけど、ここまでは出来ねぇわ。つか、何でこんなの作れるんだよ」

「作るのが好きで、期待に応えていった結果っすね」

 

 スパイスの調合から作り始めた伊川を見て、同じく料理が得意な御幸は呆れていた。

 ここまで作れるようになる為に、彼がどれだけの時間を費やしたかを察したからである。

 

 

「うっま!!おかわり!!」

「そんなに食ったら寮の飯食えなくなるんじゃね?」

「大食いだからな!」

「ま、なら良いけどよ」

 

 伊川が作っている最中に野生の勘で現れた、特に招かれてはいない小川がおかわりを要求した。

 図々しいと言えば図々しいが、本当に美味しそうに掻き込んでいる彼を見た伊川は少し嬉しそうにしている。

 結局、丁寧に追加のカレーを注ぎ、お米を丁寧についで彼に渡していた。

 

(そういやコイツ、成孔のタックルした奴だよな。それにしては性格が良さそうなのが不思議だぜ)

 

 最近漸く故意に相手を怪我させるプレーは悪い事だと気付き始めた伊川は、小川の美味しそうに食べながらも他人の分は取らない姿勢を見て内心首を傾げていた。

 極亜久中学の頃の経験によって、悪い人の条件がガバガバになっているからである。

 

 

「俺も食べてみたい」

「俺も!」

「どうぞどうぞ、まだまだあるんで!直ぐに注ぎますね」

 

 最終的にはその場にいた人達ほぼ全員にカレーが行き渡り、味を褒められた伊川は嬉しそうにしていた。

 

 

「いやうっま!店の味じゃん!」

「これがあの伊川始が作ったカレーか、才能マンじゃん」

 

 結局、本人の分は全く残らなかったが、彼は美味しそうに食べる人達を見て満足していた。

 最近、野球を引退したら飲食店を経営しても良いかなと思っているらしい。

 ちなみに、練習の合間に凄い料理を作る伊川を姿を見ていたヤクルスの選手達は、引退後に料理店を開こうとする人が減ったとか。

 

 

 

 

 

 

「春は甲子園を争うライバルだったけど、これから先は仲間だし……一応ヨロシク。でも、乾さんを怪我さした事は忘れねぇからな」

「お、オレだって勝ちたかったからしょーがねーだろ」

 

 新人選手自主合同トレーニングが始まった瞬間、ドラフト2位の向井と4位の小川が揉めていた。

 どうやら、伊川も見ていた悪質タックルの件の様だ。

 恐らくあんな事のせいで試合に負けた事が、向井にとっては我慢ならなかったのだろう。

 

 

「おいおい、これから先は仲間としてやっていくんだぞ?仲良くしとこうぜ」

 

 3位の平野さんが喧嘩を止めようとしているのを見ながら、伊川は思っていた。

 確かにタックルは良くなかったけど、どっちかと言うと飯を美味そうに食ってくれた小川派だなぁと。

 伊川は無自覚に、同じチーム内で派閥形成をしようとしてしまっていた。

 

 

「そっすね、同じチームとして戦う事になるかもしれないですし」

 

 一応、争いを止める方向に動いてはいたが……人間は基本的に揉める事が普通だと思っている彼は、本気で仲裁しようとはしていない。

 

 

 

 

 

 

___カッキーン!

___カッキーン!

 

 新人自主合同トレの時、伊川は景気良く柵越えを連発していた。

 異常なミート力と比べると些細な物だが、彼はそこそこパワーも持っているのだ。

 彼は毎回程々に力を入れて打ち、全く同じ場所にボールを飛ばし続けていた。

 

 

「うん、凄いね。まっ、この俺を差し置いて1位に選ばれただけの事はあるじゃん」

「…………北瀬涼の弟だからな。同じ位の強さでいれなきゃ困るだろ」

 

 向井にライバル視されている様に見える伊川は、口籠った後に話題を少し変えて論点をずらした。彼はなるべく、チームメイトと切磋琢磨したくないのである。

 彼は、共にライバル視して戦うよりも、1人は皆の為にと言うように仲良く遊ぶ方が好みだからだろう。

 

 まぁ確かに返答を意図的に誤魔化しているが、それでも彼にとっては本音でもある。

 無自覚に自尊心を持ち始めた伊川からすれば、北瀬と対等で居たいという思いがあって当然なのだ。

 寧ろ、兄よりも格上になってやると言う野心が無い所が、彼のプロスポーツ選手としての弱点でもあった。

 

 

「ふーん、同じ位の強さねぇ?それならメジャーに行けば良かったのに」

「それとチーム選びは別の話だろ!俺はまだ、真田先輩と野球がやりたかったからな〜」

 

 そんな伊川は、弱気な心境を同じ高卒アスリートに一瞬で見抜かれて呆れられている。

 

 いや、実力相応のプライドを持つ向井からすれば、世界一とすら言われる伊川の弱腰な態度が理解出来なかったのだろう。

 正確に言うなら、呆れているというよりは珍獣を見る様な雰囲気を漂わせられていた。

 

 

「先輩と野球がしたいからってメジャー行きを蹴るとか、マジで意味分かんねーなー。別に、俺の事じゃないからどうでも良いけど」

「まぁ……楽しむ為に野球をしてる俺は、勝つ為に野球をしてる強豪校の選手達とは違うよな」

「楽しむ為に野球してるって、リトルの選手じゃねぇーんだからさぁ」

 

 真っ当な野球選手の向井に呆れられている伊川。

 ヤンキー校から弱小校モドキに入学した彼には、まだまだプロとしての当然の心持ちが芽生えていなかった。

 

 こうして、向井と伊川のファーストコンタクトは地味に失敗に終わる。

 野球選手にしては珍しくアニメやゲームを楽しんでいるという点で仲良くなれそうな相手なのだが……まだ彼らはお互い、相手の嗜好なんて知らない。

 

 チームメイトの彼らが仲良くなれるかは、周りの環境に掛かっているのだろう。

 つまり、また真田先輩が頑張るしかないのであった。

 伊川の衝撃的なチームの選びが正しいかは兎も角、彼本人の選択としては正しかったのかもしれない。

 

 

 

 




向井くんも推しなので、出番を増やしました。


2008年ヤクルスワローズのドラフト

1位 伊川始(薬師高校)
2位 向井太陽(帝東高校)
3位 平野悠介(和稲田大学)
4位 小川常松(成孔学園)
5位 永田充(GR東日本)
6位 伊織誠(尾張電工業)
7位 谷口伸太郎(和稲田大学)
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