【完結済】気付いたらパワプロで適当に育てた選手に転生してた話 作:いちごケーキ
薬師高校がまさかの敗戦をした次の日、伊川は後輩達の元に訪れていた。
甲子園6連覇に向かって強いプレッシャーが掛けられていた大切な後輩達が、地区大会で負けてしまったので居ても立っても居られなかったのだ。
「轟監督、久しぶりです」
「あぁ、久しぶりだな伊川……つうか練習は?」
少し暗い顔をしながら、轟監督は何気なく聞いた。
伊川は後ろめたい事など無いかの様に、あまりにも酷い事を言ってしまう。
「あーサボりっす、腹壊したって言っときました」
「お前さぁ……後で絞られろ!」
「ういーっす」
プロ1軍としてあまりにも不適格な行動をしている伊川に呆れながらも、轟はグラウンドに通してしまう。
ここで無理やり返しても、サボってしまった以上もう意味が無いと分かっているからだ。
ちなみに伊川は、自室に籠もっているフリをして窓から脱出しているからバレないと思っているらしい。
(来たは良いけど、直接慰めるのも変だよな。太平達の様子だけ見て帰るか)
彼はそんな事を思いながら、薬師高校を見に来ている群衆達に紛れてグラウンドを見つめていた。
北瀬と違い、連絡先が分かっている後輩全員に慰めメールを送った後の為、他に出来る事が無いのである。
「あっ、ヤクルスワローズの伊川さんですか?!」
「あーいえ、違います」
「サインください!!」
「……ここに居た事を黙っていてくれるなら」
気付いた人に対して口止め代わりにサインをし始めた伊川だが、既に姿をSNSに上げられてしまっている。
直ぐに監督達にバレて大目玉を食らう事になるだろう。
無念そうな暗い顔をしている後輩達の姿を悲しげに見つめている伊川は、美少年なので妙に様になっていた。
実態はサボりの超天才野郎なのだが、その辺が誤魔化せそうな美しさである。
そんな彼がグラウンドを眺めている時、ある事に気付いた。何故かレギュラーの笠松幸男が居ないのだ。
(簡単にサボる様な奴じゃないよな、練習も出来ない位に落ち込んでんのか?)
「あっ!クソ野郎が出てきやがった!!」
「ヘボキャッチャー!!薬師を辞めろォ!!」
そう思った伊川が彼の状況を確認しようと寮に向かおうとしている最中、周囲から酷い罵声が聞こえた。
振り返ると笠松がグラウンドに出て来た様で、彼に向かってゴミが暴言を飛ばしているらしい。
笠松は俯き続け、涙を堪えた様な顔をしている。
カッとなった伊川は暴言を吐いた奴らを睨みつけると、ズカズカとグラウンドに入っていった。
「笠松!そんなに落ち込むなよ___お前が悪い訳じゃない、青道が強かっただけなんだ!」
「い、伊川先輩……」
目を丸くしたまま涙を零した笠松の手を引き、彼は部室へ歩いていった。
静まり返った資料室に辿り着いた後、伊川はどうやって励ますか頭を悩ませた後にこう呟いた。
「アイツらヒデェよな、負けが1人のせいなんてあるわけ無いのに」
「…………」
笠松が黙り込んで居るのを暫く見つめながら、彼は内心困り果てている。
ここまで自分を責めて落ち込んている人を見たことがないから、どう言えば良いのか何も思い付かなかったのだ。
「そもそも俺が1年の頃は、甲子園で勝てたのなんて奇跡みたいなモンだったんだ。たった4年目の弱小校モドキに期待し過ぎだっての」
伊川は自嘲している様な苦い顔をしながら、気にするなと伝えようとしている。
だが笠松にとって、その意見は認められなかった様だ。
「……先輩達が作り上げた薬師野球部は、弱小校モドキではありません」
「えっ?」
「薬師野球部は最強でした。それを、俺が……」
自らの失態に絶望したと言う雰囲気で話している笠松。
だが伊川は、別に彼の失敗で負けたとは思っていない。
だから、あの程度の失敗で絶望するなんてバカバカしいと言いたげな顔をしている。
「たったの1エラーで潰しちゃったって?」
「それだけじゃありません!……エラーも勿論大きいですが、綾瀬川が打たれ続けたのは俺の責任です」
笠松は綾瀬川の投げるシュートとスライダーとスプリットを捕る事が出来なかった為、彼らはストレートとカーブのみで戦わざるおえなかったらしい。
その上、まだまだリードも未熟な笠松のせいで綾瀬川に大きな負担が掛かっていたのは事実であった。
「ふーん、キャッチャーの責任ねぇ。
まぁ俺なんて明らかに酷いリードをしてたから、他の捕手になんか言うのは可笑しいかもしれないけど……悩み過ぎるのは最強の打者陣に対して失礼だと思うぞ」
伊川にとって、この言葉は本心でもあった。
薬師野球部と言うチームは、相手投手を枯渇させる程の打撃力で勝ち進んで来たチームなのだ。
だからたった5点しか取れないで負けたのなら、打てなかった全員の負けだと思っていた。
普通に考えたら綾瀬川の球が捕れなかった笠松が悪いのだが、その辺は本気で気にしていないらしい。
「薬師は最強の打者が稚拙な守備をカバーするチームだ。たった8点取られただけで驚いたから負けたんだよ。
まぁ相手も甲子園準優勝チームだし仕方ねぇけど、実力を出し切れなかったのは確かだな」
「…………」
笠松は、この敗戦は自分の責任だと分かっている。
だが態々慰めに来てくれた先輩に、グチグチと言う物では無いと考えて黙りきっているのだ。
納得出来ていない笠松を見ながら、彼を励ましたい伊川は思った事を咄嗟に口に出した。
「つまり……薬師野球部は辞めないで欲しい。
嫌な事はあったかもしれねぇけど、楽しい事も絶対にあると思うから。つか笠松が辞めたら、正捕手は誰になるんだよって感じだし」
「っ!!」
伊川からの指摘を聞いて、息を飲んだ笠松。
まさか、部を辞めるべきかと悩んでいる所まで気付かれているとは思わなかったのだ。
野球は好きだった。薬師野球部も好きだった。
だからこそ、ここを汚してしまった俺は辞めるべきなのだろうと思っていた。
なのに、俺のせいで負けたのに、レジェンドの伊川先輩にそこまで言って貰えるとは思っていなかったのだ。
そうやって打ち震えている彼を見ながら、自分の言葉が的外れだったのかと悲観的に考えた伊川はビビっていた。
人の行動に口を挟むなんて烏滸がましかったかと後悔しているらしい。
「つか別に俺、辞めたいなんて言われてねぇよな。何言ってんだって感じだろ?ごめん」
「いえ___ありがとうございます。俺は、薬師野球部で続けて行こうと思います」
「だよな!頑張れよ、これからも応援してるぜ」
こうして彼は、1人の有望な選手の退部危機を救い、堂々と母校を去っていった。
グラウンドに進入する時にカメラに撮られていたのは分かっているが、まぁ1日練習を休んだ位ならセーフだろうと開き直っている。
同級生達にもLIMEで近況報告をしながら、彼は電車に揺られながら寮に帰って行った。
そして……
「___伊川、自分が何をやったのか分かっているんだろうな?」
「いや、えっとその……母校を見学しに行ってましたすみません!」
強い不良の様な貫禄で、青筋を立てながら笑いかけて来る高原監督に少しビビりながら、伊川は一応謝った。
確かに野球が仕事だけど、1日位はサボっても良いじゃんと思っているが、それは表に出さない様にして謝った。
だがそんな彼の甘い見通しを察した監督は、更に眉間のシワを増やしながら脅した。
「こりゃあ2軍落ちレベルの醜態だぞ?」
「そうですよね、すみません」
真田先輩と一緒に野球がやれるし、寧ろ2軍に落として欲しいなと思った伊川は、喜びを表に出さない様に素っ気なく答えた。
2軍降格の危機に動揺しない彼を見て、逆に少し動揺させられた高原監督は、伊川がメジャー行きを蹴った理由を思い出したらしい。
ここで降格させたら奴の思うツボだと気付き、別の罰則を申し付ける事に決めた。
「仕方ない、2軍落ちは止めてやろう。
___代わりに3ヶ月、2軍選手と関わる事を禁止する」
「勘弁してください!悪い事をしてしまったと痛感してます、大変反省しました!」
2軍落ちの時と違い、慌てて撤回させようと熱心な伊川の姿を見て、これで良かったと監督は満足したらしい。
呆れ果てた様な顔をしながら、高原監督は至極最もな事を言い放った。
「うむ、罰に相応しい様だな。これを期に1軍選手ともしっかり交流を深めろ」
「……ハイ」
伊川は俯きながら、交流の深め方なんて分からねぇよと絶望していた。
彼は基本的に相手から話しかけて来るのを待つタイプなので、交流する気が無い人達と関わる方法なんて分かっていなかった。
そして、流石にLIMEまでは見張られて居ないとはいえ、先輩が近くに居るのに会えない事が苦しかったのだ。
ここ1年近くで見なかった程に凹んでいる彼を見て、監督は言葉を付け加えてやった。
最初は言うつもりは無かったが、ここまで凹ませてしまうと成績に響きそうだと考えたのである。
「……後輩を慰めに行った事は話題になっている。
プロアマ協定を考えればグレーゾーンだが、遊びに行った訳では無い事を考慮して3ヶ月だ。
次に無断欠勤したら、罰則は更にキツくするぞ」
「ハイ……」
こうして、シーズン中に練習を丸一日サボるという醜態を晒した伊川。
思ったよりも監督から怒られたし、やっぱり先輩達からも怒られるだろうと憂鬱になっていたが……
「ハハハ!お前、後輩を慰めに練習サボったんだって?バッカだなぁ〜」
「マジですみません、なんかヤバくねってと思って」
何故か、逆に伊川への好感度が高くなった様な人達もいた様だった。
困った様に笑う伊川を見ながら、ムードメイカーの先輩はバカ笑いしながら褒め称えている。
「マジで笑えるわ〜、良いんじゃねそういうの!中々居ねぇよ、プロよりも後輩を優先する奴。
落とされるとは思わなかった訳?ま〜確かに伊川の成績なら早々落とされねぇとは思うけどさぁ」
3塁手の先輩は、完全無欠で近寄り難かった後輩が思いもよらぬ方向にやらかしたのを見て喜んでいる。
実力があるから格下の先輩を敬わないけど最低限は取り繕う舐めた奴だと思ってたのに、後輩の事はめっちゃ気に掛けてんのかよ?!
そういや、2軍の真田の言う事は忠犬の様に聞きまくってるって噂が流れてたな。もしかして懐に入れた奴には滅茶苦茶甘いタイプなのか?
と、試合以外では殆ど関わりの無い先輩に、割と確信を付いた推測を立てられていた。
「まぁ、可能性はあってもおかしくないと思ってたっス。
でも俺の2軍落ちなんかより、後輩の方が大事なんで」
先輩が怒っていない事を察した伊川は、割と本音で話し始めている。
昔の彼なら誤魔化そうとしていただろうが、今の彼は自分の心を晒す事への怯えが減ってきているのだろう。
「どんっだけ大事な後輩だったんだよ!笠松、だっけ?が付き人だったりでもしたのか?」
東京の野球部には残っていないが、他の野球部には割と残っていたりする悪習を例に出した先輩。
その制度がある奴なんて後輩の事を殴っても良い使用人位に思っている事が多いが、咄嗟に思い付いたのがソレだったのだ。
そんな先輩の言葉を知らない伊川は少し首を傾げながら、それでも堂々と答えた。
「付き人……って言葉は知らないのですが、多分違うと思います。彼との関わり自体は薄かったですし。
なんと言うか、笠松は薬師野球部に必要な人員なんですよ。野球部が強くある為には居る選手なんです」
別に笠松と仲が良かった訳では無いと聞いた先輩は、意味が分からねぇと引いている。
SNSの情報には、笠松を慰める為に薬師野球部に来たと書いてあったからだ。
どんだけ野球部に愛着を持っているんだよと困惑しつつも、彼は少し羨ましくなっていた。
そこまで大切になる程、薬師高校が楽しかったのだろうと思ったからだ。
「へー、そこまで野球部が好きなのか。良い学校だったんだろうな」
「はい、それはもう!俺、薬師野球部に誘って貰えて凄く良かったって思ってるんです。先輩も後輩も同級生も凄く優しくて、一生居たかった位ですから!」
「えぇ……?」
プロとして大活躍している伊川が発した言葉にドン引きしながら、川鳥は話を聞いてやっていた。
聞こえていた周囲の選手達も、どんだけ良い学校だったんだよと困惑している。
最終的に、彼が話す薬師野球部の楽しさを聞き切った彼らは、自らの所属してた野球部と比べてしょっぱい気持ちになったとか。
そんなエンジョイ野球部が甲子園5連覇って意味が分からねぇよ、羨ましいなと感じていたらしい。
ついでに伊川が1軍の空気に馴染めない理由も薄々分かり、声を掛けてくれる先輩が増えたとか。
実力のある選手に近付けるとコツなどを教えて貰えるメリットがあるので、他選手も内心は彼の事が気になっていたのだ。
それでも誰も近付けない程、彼の表面上を取り繕う能力が高過ぎたのである。
「あ、笠松クン帰って来た!」
「おう、帰って来ちまったぜ」
「非難されて大変そうっすね!ま〜次もあるし頑張るしか無いんじゃない?笠松クンは天才じゃ無いんだからさ!」
「そりゃどうも」
「ま、俺と組む時はちゃんとしてよね!」
(あんな失態を晒しても、黄瀬は俺が正捕手になると思ってるんだな。コイツ、俺の事が嫌いっぽいのによ)
「……次は俺と組むと思ってるんだな」
「え、そりゃそうでしょ。由井センパイと奥村センパイは引退するんスよ?ソコを忘れちゃダメでしょ」
「そんなの分かってるっつの!」
「??」
実は薬師高校が負けた要因の1つに準決勝でも投壊していた事もあります。火神などの野手も疲れて、いつものバッティングが出来ない状況でした。それでもホームラン狙いを崩さないのはある意味凄いと思われます。